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02話 超能力者はファンタジーの夢を見るか?

 超水球事件以降、東京には人が増えた。

 なぜか。

 簡単だ。超水球と謎の黒服集団の戦い生中継は世界中のオカルトマニアの心に火をつけ大火災を起こしたからだ。俺だってマッチポンプの仕掛人側でなければ大興奮だっただろう。全てを投げ出してでも血眼になっても調査したに違いない。羽田空港国際便は終日満席。予約は常にいっぱいで空席待ちが列を成し、臨時便も飛んでいる。

 一足早いオリンピックが来たかのように街中に外国人が常にも増して増え、ホテルは満室、受け入れ調整にてんやわんや、警察官は交通整理や小競り合いの対処で目の回るような忙しさ。通訳業者が大集合し、東京に来たついでに観光しようという人間も多く、東京は降って湧いた好景気に嬉しい悲鳴を上げている。


 さて。

 当然の話だが、人が増えれば人気の無い場所も減る。特に超水球事件・東京湾沿岸部の倉庫街から飛び立った巨大黒怪鳥の調査をしているような連中は人気のない場所にこそ現れる。珍獣ハンターの如く超能力者がいないか探しているのだ。怪しげなタトゥーを入れた浅黒い肌の男たちや、水晶玉や杖を持った派手な髪色髪型の外国人グループがうろつく連日連夜の珍風景。

 

 翔太くんや燈華ちゃんをハンター達の生贄にはできないが、俺はわざと世界の闇をチラ見せして話題を提供した。

 話題を提供しつつも決定的証拠は掴ませないのがミソだ。曲がり角に現れ、カメラを構える前に消える。不思議な霧で映像をボヤけさせる、あるいは撮影に成功してもカメラが故障する。そうして好奇心を煽る。そして同時に、黒い水の化け物に襲われた、友人が食われた、という噂も流す。

 他にもネットに書き込み工作をして、あれこそが人類の悪しき心の集合体即ち世界の闇なのだ、とか、実は油でできていて火を近づけると爆発する、とか、真実を紛らわしい情報に織り交ぜ何が真実なのかわからなくする。


 世界の闇が目撃されているのは事実。

 襲われているのは嘘。

 しかし同時期に流れたその二つの虚実は入り混じり、どちらも真実だと誤認させる。日本の年間行方不明者数約八万人のうち、発見されずに終わるのは1000~2000人。その内の何割かは世界の闇の餌食になっているのだ(という設定)。

 やがて「世界の闇は人を襲っている」という偽りの真実が浸透していく。しかもどれほど調べても、特に警察が本腰入れて調べると全然物的証拠が出てこない(出さない)ので、いずれオカルト扱いされていく運命にある。

 鏑木さん発案の都市伝説計画は噂を流すための信用できる人間を詳細な事情を伏せて雇い、順調に進められている。この都市伝説は世界の闇の犠牲者を出さずに世界の闇の犠牲者を出した事にするために大いに役立つ事だろう。


 世界の闇といえば、超水球事件以降にバージョンアップを行った。

 具体的にはぐにょぐにょした不定形から、のっぺりした人型へ変化させた。


 超水球という暴力的存在を叩きのめしたのは人間だった。それによって人間は得体の知れない怪物よりも強大な存在であるという無意識下の認識変化が起きる。

 これにより不定形だった世界の闇は人型を模すようになった。なぜならそれが人間が考える暴力の象徴であるから。

 ……というのが表向きの設定。実際は戦闘のマンネリ化を避けるためだ。人間ほど多彩な戦い方をする生き物はいない。いくらでも戦闘法がある。だから多様な攻撃手段、戦闘シチュエーションを用意するためには、人型の方が都合が良いのだ。


 人型の存在をぶっ飛ばすのに慣れてしまうと、人間そのものを攻撃する事にも躊躇がなくなりモラルが破壊される恐れは確かに依然としてある。

 が、人間卒業試験を終えた翔太くんと燈華ちゃんは精神的に成長していて、今更人を模した存在を殴ったところでモラルブレイクは起こさないと信じられる。

 二人はそれだけの確固とした意志を持つようになったのだ。


 しかしいくら確固とした意志があってもそれだけで学力は上がらない。勉強しないと知識は増えない。中学三年生になった翔太くんと燈華ちゃんは毎日せっせと予習復習をし、時に鏑木さんに分からない部分を教えてもらっている。翔太くんはとにかく燈華ちゃんは地頭が良いのでちゃんと勉強すれば誰かに教わるまでもなく理解できるのだが、どうも鏑木さんに構ってもらいたくて分からないフリをしている節がある。そして鏑木さんもそれを察しながら教えているようである。通じ合う二人に弾き出され疎外感を感じたらしい翔太くんには無言で参考書に偽装したエロ本を貸しておいた。巨乳モノの。女子にはナイショだ、という無言の目くばせを翔太くんは察してくれた。

 どうだ鏑木さん、燈華ちゃん。これが目と目で通じ合う、という事だッ!


 そんなアホらしくもほのぼのする日々は駆け足で過ぎていき、中学生組三年生の夏休みがやってきた。

 超水球事件を利用した鏑木さんの政府・警察・マスコミへの食い込みやコネ作成も一段落しつつあり、そろそろ新しい構成員を加入させようかという頃の事だ。


 その日、模試で疲れた二人のリフレッシュのために、俺は世界の闇を用意した。もちろん周囲に人がおらず、監視カメラなどが仕掛けられていない事を確認済みの場所である。燈華ちゃんは世界の闇退治よりも自宅で写経する方が良いらしく、翔太くんだけの出動となる。

 取り壊しが決まりブルーシートがかけられた廃ビルのコンクリート打ちっぱなしの部屋で翔太くんは二体の世界の闇と対峙し、一番安定するという-200℃の氷のカタナ二刀流で華麗に立ち回り切り伏せる。戦闘が終わったら-200℃を0℃に冷やし直し(実質的な加温である)、床に捨てて砕いてバラバラにする。ひと汗かいて事後処理まで終えた翔太くんはスッキリした表情だった。うむ。二人が高校に入学するまでは、こうして程よい感じでストレス解消として世界の闇を小出しにしていきたい。


 そんなヌルい事を考えていたからだろうか。

 廃ビルの壊れた扉の向こうから幼女が目を丸くして翔太くんの戦闘を見ていた事に、俺は気付けなかった。 


 驚愕する。馬鹿な。廃ビルに誰もいない事は確認した。新しく人が入ってこないよう、窓と出入口の監視もしていた。人が隠れられるような場所も念入りにチェックした。

 なのに、なぜ幼女がここにいるんだ? どこかから瞬間移動でもしてきたのか? んな訳ない。では見逃していたのか?


 そんなまさか。

 見逃す訳がない。

 ないはず。

 ないよな?

 ないか?

 あったような。

 あったかも。


 ……自信なくなってきた。


 幼女は興奮した様子でよく分からない言葉を叫びながら翔太くんに駆け寄り、赤髪にシルバーアクセサリをじゃらじゃらさせた不良スタイルにも臆さず手をとってぶんぶん振った。

 彼女は白……というか、銀色の長い髪を、三つ編み? いや四つ編みにしている。見た目は9歳か10歳ほど。深緑色の綺麗な瞳で、飾り気のない白い服だ。ファンタジー映画にでも出てきそうな、神秘的に整った顔をしている。年齢にしては可愛らしさより気品や美しさが感じられるのは何故なのか……耳のせいか。

 そう、幼女は変わった耳をしていた。まるでエルフのように尖った長い耳だ。


「Rea yo au verbra? M'i te heequn f o Alvse,Lonalia Linalia Vava-Nyan!」

「は? なんて? あー、エクスキューズミー? じゃねえや、えーと、プリーズ、スピーク、ジャパニーズ?」


 まくしたてる言語は聞き覚えがない。とりあえず英語ではなさそうだ。翔太くんは突然外国人に話しかけられキョドった中学生のように、というかそのまんまな挙動不審さで押されている。


 しかしなぜここにこんな子がいるんだ? いや、エルフっぽい子がいるのは最近の東京じゃ珍しくない。一昨日も骸骨じみたガリガリの死神っぽい人(アメリカ合衆国ウィスコンシン州出身、チャールズ・スミスさん32歳)がボロボロの黒服に鎌持って路地裏をうろついて銃刀法及び麻薬取締法違反で警察に捕まってた。今、東京には世界の変人奇人が超常大事件に惹かれて集結している。死神っぽい人がいるのだから、エルフっぽい子だっているだろう。それはいい。

 問題は俺の監視をすり抜けてこの場に現れた事だ。


 しかし……うーむ。早くも記憶が怪しくなってきた。無人確認は最近おざなりになっていた気もするし、こんな小さい子なのだから、どこかの狭い隙間に潜り込んでいたのを見逃していたのかも知れない。まさか、と思って念力を幼女に伸ばしてみるが、超能力原基の感触はない。俺の知らない野良超能力者が超能力で忍び込んできた、という訳ではなさそうだ。そうなると、俺の監視を隠れるなりなんなりですり抜けた、という事か。

 いかんな、気が緩んでた。これが警察官だったら大騒ぎだ。よく分からん外国人っぽい幼女で良かった、と思っておこう。幼女が世界の闇と戦う氷使いが云々と主張したところで子供の妄想以外の何物でもない。


 俺が一人納得した間に、幼女にまとわりつかれ困り果てた翔太くんは、彼女を天岩戸に連れてくる事に決めていた。目撃された以上、幼女とはいえ警察に預けるのはまずいと判断したようだ。興奮した幼女に体中をべたべた触られ弱り切ってぶつぶつ言っていた独り言から察するに、翔太くんは、燈華ちゃんの現場を目撃した事で天岩戸に連れて来られ、天照に加入する事になった。幼女といえど現場を抑えられた以上、自分の経験に照らし合わせ、同じように対応すべきと考えたらしい。素晴らしい。経験から学ぶ事を知っている。だが翔太くんの時の燈華ちゃんは鏑木さんに事前連絡をしていた事は忘れているらしい。

 連れてくるのはいいが、連絡寄越せよ。しっかりしてきたとはいえ翔太くんもまだまだだな。


 翔太くんが幼女の手を引いて天岩戸に向かう間に、お仕事中の鏑木さんに電話を入れる。事情を話すと、急な話だったが笑って天岩戸に様子を見に行くと言ってくれた。どんな手を使ったのか念力の監視をすり抜けてやってきた、興奮した様子からして超能力者ハンターと思われる、外国人のエルフコスプレ幼女。有能で、将来有望で、熱意もある。身辺調査をクリアすれば、天照に参加する資格は十分だ。

 しかしなんだな。この幼女を加入すると天照の平均年齢が下がり過ぎるのはちょっと心配だ。24(鏑木),25(佐護),15(燈華),15(翔太),10(イグ),9(幼女推定)で全員若い。天照が若者サークルっぽくなってしまうのはいただけない。気が早いが、幼女を加入させた後はいぶし銀のオッサン加入を推していこう。鏑木さんとまた最終候補決戦が始まりそうである。


 道すがら、翔太くんは言葉が分からないなりにお互いの名前を把握していた。言葉の壁があっても、自分の名前だけなら自分を指さし名前を繰り返すだけだから、楽なものだ。

 物覚えが良いのかすぐに幼女は「しょうた」と流暢に呼ぶようになり。

 翔太くんは自分を指さし「ババァ」を連呼する幼女にひたすら困惑した。


 ババァて。この子、日本語変な覚え方してないか? 大丈夫か? 誰だよ日本語で「女」は「ババァ」だってこの子に吹き込んだ奴。合ってるけどちげーよ。本名わかんねーよ。

 なぜかすれ違う女性を見るたびに顔を真っ赤にして街路樹の枝を欲しがる変なババァちゃん(仮)に一本折って与えてやった翔太くんは、鏑木さん到着後すぐに無事彼女を天岩戸までエスコートしてきた。

 アフタヌーンティーを楽しむ鏑木さんが何も知らない体ですっとぼけて聞く。イグは俺の頭の上からババァちゃんの様子を伺っている。


「あら、可愛い子ね。どうしたのかしら」

「すまん鏑木さん。戦闘の現場を見られた。俺じゃどうすればいいのか判断つかなくて連れてきた」

「ん、良い判断ね。でも事前に連絡してくれたらもっと良かったわ」

「ああそうか、そうすりゃ良かったか。で、この子なんだけどさ」

「Wos ih siht maown?」

「言葉全然わかんねぇんだ」


 翔太くんは自分の袖を引きながら興味深そうに鏑木さんを見て何事か言うババァちゃんの肩を叩いて弱った顔をした。

 鏑木さんは任せなさいな、と言い、ティーカップを置き、ババァちゃんの目の前でゆっくりしゃがみ、目線を合わせて微笑みゆっくりと何種類もの言語で声をかけはじめる。最初はきょとんとしていたババァちゃんだったが、すぐに耳をぴくぴくさせて熱心に聞き始める(耳を動かせる人らしい)。が、分かったぞ! 的な反応は全くない。


 しばらく話しかけまくっていた鏑木さんは、やがてお手上げといった風に万歳しながら立ち上がった。


「この子が話しているのは恐らくはピジン・クレオール諸語ね」

「は?」


 宇宙人語を聞いたように間抜け面をする翔太くんに、鏑木さんが人差し指を立て腰に手を当て、お姉さんぶるポーズで解説を始める。


「簡単に言えば辞書に載らないマイナー雑種言語よ。例えばアメリカと中国が貿易する時、貿易が盛んな港街では英語と中国語が入り混じった独特の方言じみた言語が生まれるの。この英語と中国語の子供言語がピジン言語。ピジン言語が定着して、母国語として使われるようになるとクレオール言語と名前が変わるわ。この二つを合わせてピジン・クレオール諸語と呼ぶのよ」

「はあ、そうなんすか……一生役に立たなさそうな知識だ」

「今役に立っているでしょう? この子が話しているのはマイナー言語とマイナー言語が混ざったピジン・クレオール諸語だと思うわ。私は話者人口が多い順に大体800の言語の挨拶を習得しているの。そのどれにも反応しないのだから、まず間違いないでしょうね」


 なるほど流石東大卒。博識だ。俺は納得して内心で深く頷く。つまりどっかの遠い小国から来た子なわけだ。言葉が分からないとなると天照に勧誘するのは面倒そうだな。まあ鏑木さんがなんとかしてくれると思うが(他力本願)。


 足元に寄ってきたイグを抱き上げ戯れているババァちゃんをなんとも言えない目で見ながら、翔太くんは恐る恐る言った。


「あー、あのさ……俺、その、この子エルフだと思うんだけど。耳、長いし」


 俺と鏑木さんは思わず顔を見合わせ、爆笑しかけた。

 エルフ。

 エルフ!

 夢があって大変よろしい!

 でもな、この世界にはエルフなんていないんだよ残念な事にな。


 このクソ現実は詐欺と嘘のファンタジーに満ち溢れている。超能力者のフリをした詐欺師、魔法を使えると主張するホラ吹き野郎、自分が悪魔だと信じ込んだすっとこどっこい。数え上げればキリがない。俺も鏑木さんも、そういった自称:ファンタジーの中から本物を探そうとした経験がある。今度こそ本物だろう、本物であってくれと何度も何度も何度も期待して、そのたびに期待を裏切られてきた。

 俺だってな、エルフが実在すればどんなに楽しいか、と思うさ。しかし軽率に信じてまた傷つきたくない。

 どんなにファンタジーっぽいものでも、決定的な証拠が出るまでは偽物と疑え。これがこのクソ現実を上手く生き抜くコツだ。


 ババァちゃんはエルフっぽいが、全て現実の理屈で説明がつく。

 言葉が変なのは超マイナー言語の話者だから。

 耳が長いのは福耳の亜種か、鏑木さんのような整形手術。

 耳が動くのはたまにいるそういう体質の人というだけ。

 緑の瞳は色素異常。

 銀髪は染めている。

 髪に枝を挿したがるのは何かの絵本かアニメの影響。

 廃ビルにいたのは迷子か保護者に秘密で冒険をしていた。


 ファンタジーでなければ説明がつかない部分など一切ない。つまり、ファンタジー存在ではない。エルフではないのだ。


「ふふっ、エルフだったら面白いわね」

「あ、鏑木さん真面目に考えてないだろ。超能力も世界の闇も秘密結社もあるんだ。エルフがいたっておかしくないだろ!」


 おかしいんだよなぁ。

 それでもまあ一縷の望みに賭けたくなるのが俺と鏑木さんのサガである。鏑木さんはジェスチャーで断りを入れてからババァちゃんの髪の毛を一本貰い、東大の後輩にDNA鑑定を依頼するため帰って行った。もし本当にババァちゃんがエルフ(笑)だというのなら、人間とは異なる結果が出るはずだ。今日解析を頼んで、結果が出るのは一週間後。その時を期待せず待っておこう。


 ババァちゃんは服と靴以外何も身に着けておらず、その服と靴もどこのメーカーのものなのか印や記号などが一切ない見慣れないデザインだった。そして本人の言葉が何語なのか分からない、とくれば、ババァちゃんの家がどこなのか、親御さんがどこにいるのか探してあげる事もできない。スマホの電話番号入力画面や地図画面を目の前に差し出してもきょとんとしていた。


 これでは今頃娘の姿を探しているであろう親御さんの下に送り届けられない。となるとちょっと困る。いずれ身元を特定し天照に勧誘するとしても、それまでババァちゃんをどうするのか。

 言葉が分からないのなら超能力についても言いふらせまい、という事でひとまずは警察に預けようとしたのだが、ババァちゃんは渾身の拒否。警官に向けて意味不明言語をまくしたてさっぱり内容の分からない熱弁を振るい、翔太くんの腕にしがみつきテコでも離れない。警官は苦笑し、翔太くんと翔太くんの親が良いのなら、という事で、高橋家に泊める事になった。警察署にババァちゃんのものと思しき捜索届が出されたらすぐに警察から高橋家に連絡を入れるという事で話がついたのだ。


 幼女とはいえ、人ひとりを預かるというのは大変な事だが、高橋家はそのへんユルッユルらしく、神秘的な銀髪四つ編みエルフ耳幼女のババァちゃんは大歓迎状態で高橋家に居候する事となった。

 特に不自然な流れではなかったのだが、ぬるっと幼女を拾って居候させるとかいうラノベ的流れになっていてちょっと面白い。翔太くんの主人公属性は健在らしい。やりますね君ィ! できればその主人公力をおじさんの青春時代にちょっとでもいいから分けて欲しかったなあ……


 それからDNA解析結果が出るまでの一週間の間、俺はババァちゃんの身元と経歴を調べるために念力で探りまくったのだが、意外にも全く手がかりが見つからなかった。鏑木さんも探偵を複数人雇って調査させたのだが、かなり目立つ姿をしているにも関わらず翔太くんに会う以前の目撃情報すらゼロ。

 謎である。謎の幼女だ。もしかして本当にエルフで、転移魔法か何かでやって来たのではないかという淡い期待を抱いてしまうほど謎だ。やめろやめろやめろ……! そうやってまた俺の心を弄ぶんだろ! ミセス・マリックみたいに。散々期待させた挙句嘘でしたーとか言われたらキレるぞ。念力で暴れるぞ。だからぬか喜びの前振りはやめてくれ!


 状況証拠以外にもババァちゃんの異端性は嫌が応にも期待感を煽ってくれた。

 高橋家で出された食事の内、野菜と果物しか食べないのはベジタリアンだからだろうし、テレビやラジオに興味深々なのは電化製品が浸透していない発展途上国の出身だからだろうが、ババァちゃんの高度にして合理的過ぎる怒涛の学習は説明がつかない。


 なんとババァちゃんは、高橋家の押し入れの奥に突っ込まれていた子供向け絵本と、可愛い女の子にメロメロの燈華ちゃんが通い詰めて教えてくれる日本民謡やJ-POP、般若心経などをガンガン吸収し、急速に日本語を覚えていっていた。それだけならまだ天才児で片付くのだが、ババァちゃんは、右目と左目を別々にぎょろぎょろ動かし二冊の本を同時読みしつつ、右耳と左耳を不規則に動かしラジオとテレビの音を同時に聞くという離れ業をやってのけているのである。控え目に言って気持ち悪いし、人間業ではない。エルフではなく聖徳太子の生まれ変わりかも知れない。燈華ちゃんは日本への仏教導入に熱心だった偉大な皇族の生まれ変わり説に興奮していた。


 さて、そんなこんなでDNA解析結果が出る日になった。

 全員で天岩戸に集まり、それぞれがコーヒーや紅茶、果物ジュースを手にテーブルを囲み雑談して結果を待っている。

 翔太くんのそういや魔法使えるの? という唐突な質問に、床に届かない足をぷらぷらさせ両手でグラスを持ちながらババァちゃんはたどたどしく言った。


「まほうの、力のための……あぶら、この世かい、に、持ってない。まほう、だめ」

「んー、この、世界には、魔力、が、無い、から、魔法は、使えない、って事かしら」

「はい、そうです」


 鏑木さんが雑誌の裏の白紙面にボールペンでデフォルメした可愛らしい絵を描いて見せながら尋ねると、ババァちゃんは満足気に頷いた。

 馬鹿このババァ、笑わせようとするんじゃねーよ。もの凄い魔法を覚えてるけど、魔力が無いから使えないってのは5000兆回は聞いたフレーズだ。誤魔化し方下手クソか。

 そうだよなあ! 魔力がないんだもんな! 本当はスゲー魔法使えるんだけどなー! かーっ! 仕方ねぇな! 魔力無いもんな、魔力さえあればなー!

 ……この件に関しては深くは突っ込まないでおいてあげよう。誰にでもそういう時期はあるのだから。こんなに小さなうちから厨二病に罹るとは可哀そうに。


 現役罹患者の翔太くんはなるほどと頷いていたが、それ以外はもにょもにょしている。その微妙な空気を破るように、鏑木さんのスマホが鳴る。いよいよ結果発表の時間だ。大丈夫。残念パーティ用のケーキは用意してるぞ。

 鏑木さんはスマホに表示された文章を軽く五、六回は見直し、震える声で言った。


「DNA解析結果が出たわ。ババァちゃんと人間のDNA一致率は0%よ」


 その場の人間は全員言葉を失った。

 ゼ、ゼロ? 100%とか10%とかじゃなくて、ゼロ? チンパンジーすら90%以上一致しているのに、ゼロ? じゃあ何か? ババァちゃんはナマコか何かだとでも言うのか?


 まさか、という思いで、せめてババァちゃんの身元がはっきりするまでやめておこうと思っていたネンリキン移植を試してみる。

 結果は、スカ。石ころに移植しようとした方がまだ手ごたえがある、というスカりっぷりだった。

 ありえない。人間でこの感触はありえない。

 ならば、ならば。信じがたいが、全ての手がかりは一つの明白な事実を示している。


 ババァちゃん、いや、このババァ。人間じゃないぞ!?

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[一言] 貴方が勇者か? 私はアルヴの女王、ロナリア・リナリア・ババァニャン! ですかね
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