08話 真・癒し系ヒロイン(9歳)
世界の闇と戦う秘密結社天照に待ち受ける更なる激闘に対応するために治癒能力者を探す事になったのだが、例によって鏑木さんと俺で候補を二つに絞った。
ネンリキンは移植変異後、全く訓練していなければ引きはがしても足の小指をタンスの角にぶつけたぐらいの瞬間的痛みしかない。天照構成員もそろそろワールドワイドに取り揃えたいという部分では合意していたため、俺は世界中で移植からの超能力素質触診を行い治癒能力者を探した。
結果、世界規模で唐突に足の小指をタンスの角にぶつけたぐらいの瞬間的痛みに襲われる怪事件が多発した。突発的激痛は身体的不調だと勘違いしやすいもので、発生地点がバラバラなのと数百件ぐらいしかやらなかった事もあり、SNSの噂にすらなっていないが、傍迷惑な事をした自覚はある。反省はしているが後悔はしていない。
治癒能力者というのは統計的に見て割と珍しい部類に入る。
一番覚醒しやすいのは炎、氷、雷、風などの自然現象系である。これは全体の実に九割に及び、燈華ちゃんと翔太くんもこれだ。
残りの一割が治癒や時間停止、霧化、身体強化、透視、瞬間移動、透明化などの「その他」。念力使いもたぶんその他なのだが、よほど珍しいのか、俺以外に見つかっていない。治癒能力者は限られた一割の中の更に一分野であり、猿実験を含めた約千五百件の中で治癒系統の超能力に目覚めたのはたった四例に過ぎない。
その四例の中から俺と鏑木さんが選んだ次の天照構成員候補は奇しくも両方九歳の女の子だった。鏑木さんの候補はイギリス在住、俺の候補はブラジル在住である。
鏑木公爵閣下は近頃電力会社の稼ぎと鐘山テックの稼ぎが入ってきてこれから増収・安定が見込まれるため、従来の株や電子マネー関係の仕事からの撤退を決めた。株はいくらか持っておくようだが、追加で買ったり売ったり、と言う事は辞めるそうだ。その関係で忙しくしているため、最終候補選定の決戦を行うため、ある初冬の日の昼に俺の方から鏑木さんの屋敷に出向いた。お手伝いさんに顔パスで通され、着ていたコートを預け、赤い絨毯が敷かれた廊下を渡り、鏑木さんの部屋をノックする。
「どうぞ」
相も変わらず麗しき作り声に許可を受けドアを開けると、中で鏑木さんが鏡に向かって可愛らしくピースを決めていた。
絶句した。
いや、鏡に向かってピースだけなら俺だって気にしない。ヤバいのは服装だ。
ピンクと白を基調としたぴったりしたドレスは胸元と背中が大きく開き、ミニスカートから惜し気もなく太ももが露出している。星型模様のハイソックスに、小さな羽がついた靴。手には大きな宝石が嵌った小さな杖。
紛れもなく魔法少女のコスプレである。二十三歳の成人女性が! 魔法少女コス! コスプレ会場でもなんでもない日常の一場面で! 日常どこ? ここ?
何やってんですか公爵! 「どうぞ」じゃないだろ! これ全然どうぞじゃないだろ! なんでこんな格好見られて平然としてるんだ! いやそういう人だったな!
流石に二十三になって魔法少女はキツ……
…………。
……あれ、キツくないな。
「いらっしゃい。最終候補を決めに来たのよね」
「あ、ああ……?」
鏑木さんは自分の魔法少女コスに全く言及せず、当然のように話を進めにかかる。
なんだろう、年齢的に十年は遅い服装のはずなのに、普通に似合って見える。なぜだ。コスプレっぽい異物感、無理してる感がまるでない。極めて自然体で着こなしていて、キラキラしたマジカルワールドが実在するならこれが普通なんだろうな、と思ってしまう。よく見れば顔立ちがいつもとちょっと違い、幼く見える。メイクを変えているようだ。部屋の内装もファンシーに変えられていて、服装とマッチしている。
考えてみれば二十三歳といえば中学生から見ればおばさんだが、三十代・四十代から見れば子供に毛が生えた小娘に過ぎない。魔法少女になるのは遅くない……のか?
よ、よく分からなくなってきた。
困惑する俺に鏑木さんはパチンとウインクしてマジカル☆投げキッスを飛ばしてくる。俺は常時展開している念力防御貫通の直撃をもらい心臓麻痺を起こしそうになった。
あざとーい! あざといぞ、鏑木さん! 二十三だろ? なんでこんなに可愛いんだおかしいだろ!
すげぇよ鏑木さんは。何が凄いってここまで恥じらいゼロなのが凄い。自分を可愛いと信じ切っている。そして本当に可愛い。魔法少女が似合う二十三歳可愛い。こんなの惚れ直すだろうが。
俺は自分のネンリキンをつねって辛うじて正気を取り戻し、深呼吸して話の流れを元に戻す。今日は魔法少女鏑木公爵の御姿を拝みに来たのではないのだ。
「俺の候補はこの子だ」
「私はこの子にしたわ」
俺が念力でポケットから鳥型に折った紙を羽ばたかせテーブルに着地させ、展開して一枚の紙に戻すと、鏑木さんは指を鳴らし虚空から紙を取り出した。
ううむ、シンプルで良い演出だ。やりおる。やっぱこういう小技は時間停止の方が様になるな。
「決め方は?」
「ダーツはどうかしら」
「OK、受けて立つ。今度は、そうだな、二回勝負だ」
俺達は鏑木さんが部屋の壁にかけていたダーツボードから一定の距離をとって横に並んだ。用意されたダーツの矢は四本。羽に赤印の鏑木さんの矢二本と、羽に青印の俺の矢二本だ。
ルールは簡単。二人合わせて四投が終了した後の判定で、的の最も中央に近い位置に自分の矢を突き立てている者が勝利だ。
レディーファーストで先手を譲ると、鏑木さんはダーツの矢を手で弄びながら、思い出したように白々しく言った。
「今回は超能力禁止にしましょう」
「構わん」
「ただし超能力を使ったとしか思えない事が起こるかも知れないわね。でも使っていなければ、セーフよ」
「……了解」
つまりバレなければイカサマではない、という事か。異論はない。両者合意の上のイカサマなら叔父さんも怒らないだろう。
堂に入った動作で狙いをつけ投げようとしている鏑木さんに、俺は声をかける。
「鏑木さん」
「何かしら」
「鏑木さんは世界一可愛いな」
「うふふ、そうでしょう?」
ダメだ効かねぇ。心理戦、失敗。ちょっとぐらい照れて手元が狂うかと思ったんだが。
鏑木さんは嬉しそうに笑うも動揺せず、流麗な動作で第一投を投じた……と思ったら、矢はド真ん中に突き立っていた。
おいこら矢が飛ぶ軌跡が見えなかったぞ。いきなりか。
「おい、今絶対時間止めて手で直接刺しに行っただろ。反則だ反則!」
「そんな事はしてないわ。証拠はあるのかしら?」
問い詰めると、魔法少女公爵はすっとぼけた。
ほー? そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。
いいだろう。そっちがそのつもりなら俺にも考えがある。
「次からは動画撮るからな。いいか、動画が不自然に途切れたり消えたりしたらイカサマとみなす」
「いいわよ」
撮影モードにしたスマホをテーブルの花瓶に立てかけダーツボードを映しながら、俺の第一投に入る。
ダーツの投げ方なんぞ知らん。こんなオシャレ遊戯、今まで一度もやった事はない。
だがそれはハンデにならない。
念力で矢からダーツボードへ円筒形の通り道を作る。ダーツボードを中心の一点を除き念力で保護。もちろん、鏑木さんの矢は保護から除外する。
そしてッ! 俺の矢も念力で保護し、マッハ12で射出投擲! 矢は一瞬でド真ん中に着弾! 円筒形の通り道を衝撃波が荒れ狂う!
もちろん鏑木さんの矢は粉々に砕け散った。
ははははは馬鹿め! 鏑木さんの反射神経の限界を超える、時間停止が間に合わない速度で粉砕してやったわ! みろよこの粉末になったダーツをよぉ! 時間停止で直せるなら直してみろ!
粉と化した矢の残骸を見た鏑木さんは流石に動揺を見せた。
「ちょちょちょちょっとちょっと、私の矢粉々よ!? 絶対念力使ったわよね、失格よ失格!」
「念力なんて使ってないぞ。俺、もの凄い強肩だから」
「ええ……」
雑な言い訳に鏑木さんは頭を抱えた。頭が良い人に変に理屈を捏ねると論破されるから、こういう小学生並の言い訳の方が有効なのだ。
「まあ、いいわ。次その強肩を発揮したら筋力測定するから」
「よかろう!」
鏑木さんは諦めたようにため息をつき、第二投に入った。
無造作に投げられた二投目はダーツボードの端ギリギリに突き立つ。諦めたか。
「俺の勝ちだな」
「何言ってるの? 私の矢が中心に刺さっているのが見えないかしら?」
「は?」
言われてダーツボードに刺さった矢を確認すると、中心に深々と突き刺さっているのは俺の青印の矢ではなく、鏑木さんの赤印の矢だった。
なんだすり替えか。時間を止めてすり替えたところで動画で撮ってるから無意味。イカサマが発覚して終わり……と思ったのだが、動画を見ると、マッハ投擲で粉砕された矢も、粉砕した矢も、最初から赤印の矢だった。
「あ゛!?」
クソッ、やられた。
俺がマッハ投擲する前に既にすり替えてやがったんだ! 俺は自分の矢だと信じ、鏑木さんの矢で鏑木さんの矢を粉砕してしまったのだ。
粉々の矢を見たあの動揺は演技か。スマホはダーツボードしか撮っていない。投擲態勢を取っている時にすり替えられても証明できない。迂闊だった。
ルール上は「的の最も中央に近い位置に自分の矢を突き立てている者が勝利」である。誰の矢かが重要であり、誰が投擲したかは関係ない。
最後の一投。これで勝負が決まる。
どうするか。念力で中央の矢を抜き取って……いやいやそんなあからさまな。風も無いのにポロっと矢が落ちるなんてありえない。すり替えは動画撮影で封じてしまっている。
どうする?
どうすればいい?
…………。
もういいか。
力技でいこう。
俺は矢を投擲する前に、念力で地震を起こした。震度3程度の微震だったが、その揺れのせいで中央に刺さっていた鏑木さんの矢だけがポロッと落ちる。鏑木さんは揺れ始めた瞬間に素早くテーブルの下に隠れたため反応が遅れた。地震は数秒でぴたりと止まり、鏑木さんが何かする前にすかさず矢を投げる。適当に投げた矢は外れたが、ダーツボードに刺さっているのは俺の青印の矢だけだ。
紛れもなく、完全に、俺の勝利である。いやあ、偶然にも自然災害が味方してくれたみたいだな!
テーブルの下から這いだした鏑木さんはダーツボードの結果を見て察したらしい。魔法のステッキを振り回し、猛烈に抗議してくる。
「こんなイカサマある? ニュース見ましょうか? どうせ地震速報なんて流れてないわ!」
「鏑木邸直下型地震なんだろ。震源の深さは約1メートル。この地震による津波の心配はありません」
俺の言い訳に思わずといった風に鏑木さんは笑った。一度笑いだすと止まらず、手で口を抑えようとするも笑い声が漏れる。ツボに入ったらしい。
しばらくして笑いが収まった鏑木さんは涙目をこすりながら言った。
「仕方ないわね。笑わせてもらったし、もう佐護さんの勝ちでいいわ」
よっしゃ、決まりだ。
翔太くんに次ぐ天照構成員は、ブラジル在住の九歳の女の子、イグバディ・ングナッ・ムグーちゃんに決定!
イグバディ・ングナッ・ムグーちゃん、九歳。通称イグ。彼女はブラジルの片田舎の孤児院に住んでいる小柄な女の子だ。二歳の頃村はずれの森の端の木の下で衰弱し寒さに震えていたところを前院長が拾ってきて、孤児院の家族に迎え入れられた。名づけ親でもある前院長がどこぞの少数民族の出だったらしく、こんな名前になっている。
衰弱死目前で拾われ命を繋いだところまでは良かったのだが、人格者と評判の前院長は持病が元で死に、腹黒い現院長に孤児院経営が引き継がれる。以降七年間、イグちゃんは孤児院で虐めの標的となって暮らしてきた。狭い部屋に閉じ込められ、ろくに食べ物も与えられず、情操教育だ、などと嘯く院長に無理やり他の子供たちの遊び相手にされる。否、おもちゃにされる。元々小柄で同年代の子より力が弱く、怯え切ったイグちゃんに院長から大義名分を得た子供達の暴力に逆らう気力も術も無かった。
そんなイグちゃんを世界中に念力を飛ばして適当なネンリキン移植先を見繕っていた俺が見つけ、治癒能力に目覚めたのは、きっと仏か火の真理の導きだろう。ガイアがイグちゃんを救えと俺に囁いている。
しかしいくら虐待されているとはいえ、イグちゃんは仮にも孤児院に帰属しているのだ。無理やり誘拐するわけにもいかない。念力で誘拐すれば追跡は不可能とはいえ、正攻法で救うに越した事はない。悪事を不正で叩きのめすのは良い事ではない。俺はイグちゃんを救いだすため、飛行機でブラジルに飛んだ。
電車とタクシーを乗り継ぎ、人の目の無い時は念力を駆使した高速移動をして、日本から一日でイグちゃんがいる孤児院へ到着。
突然の日本人の訪問も、表向きは優しいおばさんで通している現院長は歓迎した。ブラジルの田舎が好きで今度このあたりに引っ越す予定だ、というアンダーカバーで、挨拶として現金と食べ物と新しい服を渡したのが利いたのだろう。なお、ブラジルの公用語はポルトガル語で俺は喋れないが、現院長は学があって英語が通じるので意思疎通に問題はない。
孤児院経営の支援として現金をチラつかせ、窓から恐る恐る顔を覗かせているイグちゃんを一目見て気に入ったので是非引き取りたいと言うと、院長はあっさりと承諾した。良い金蔓だ、と思われたのだろう。せいぜい今のうちに喜んでろ。
俺は浮かれた院長の案内でイグちゃんが監禁されている部屋へ向かい、中に入り、部屋の隅で怯えて震える小さなやせ細った体を精一杯の優しさで抱き上げた。イグちゃんには毛布の一枚も与えられておらず、体は冷え切っていた。だが腕に抱えれば確かに命の鼓動が伝わってくる。
俺はイグちゃんの経歴を念力による一週間程度の情報収集を通してしか知らなかった。
しかしこうして実際に自分の腕にかき抱くと、無性に愛おしさがこみ上げる。こんな小さな体で、誰も味方がいない中で、狭い部屋に閉じ込められ。イグちゃんはよく頑張ってきた。
これからは俺が味方だ。新しい家族だ。
治癒能力目当ての勧誘だったが、これから治癒能力が全然成長しなくてもいい。
「もう大丈夫だ」
俺が言った日本語の意味は分からなかったはずだ。しかし、意思は通じた。
イグちゃんは光の消えた目からポロリと一粒の涙を流し、俺の腕に弱弱しく、精一杯、しがみついた。
俺は院長の頬を一秒おきに念力で殴りながら、孤児院を後にする。
そうして悲劇のヒロイン、誇り高き霊長目キヌザル科コモンマーモセット――――手のひらサイズの猿、イグバディ・ングナッ・ムグーちゃん(♀、9歳)は無事天照の構成員となった。
感想で「テンプレ的に、そろそろボスの事を盲目的に信仰している美少女が必要だと思うんですけど」って言ってる人がいたので希望通りのキャラを出しました。読者の意見に忠実に応える作者の鑑。褒めてもいいぞ!




