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世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)  作者: 黒留ハガネ
終章 世界の闇と戦った秘密結社
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エピローグ

 栞曰く、翔太くんの奥義は物理学的にあらゆる粒子やエネルギーを消滅させるらしい。


 そもそも翔太君の能力の本質は分子の運動を遅くする事にある。熱というのは分子運動の大きさだから、分子運動が小さくなれば冷える。だから凍結するわけだ。

 また、分子が運動しない、動きが遅いという事は外部からの衝撃圧力に対して変化しにくいという事でもあり、必然的に能力の効果範囲にあるモノは強度を増す。


 翔太くんは物体を絶対零度に近い温度まで冷やす事ができた。が、絶対零度は物理学的にあり得ない温度なのだそうだ。だから絶対零度に限りなく近い温度になりはしても、絶対零度に到達する事はない。そこに翔太くんの限界があった。

 しかし奥義はその限界を超える。


 翔太くんの奥義は粒子の運動を完璧に停止させる。

 ゼロ点震動すら止め、不確定性原理と熱力学第三法則に矛盾する現象を引き起こす。

 物理学的にあり得ない現象は存在し得ないため、存在しなくなる。つまり跡形もなく消滅する。

 らしい。


 栞は超弦理論とかいう物理学のややこしい理論を持ち出して一生懸命説明してくれようとしたが、残念ながら俺の頭で理解できるレベルを超えていた。

 念力は既存の物理学を超えた未知のパワーだし、今まで散々物理を無視してきておいて今更物理に縛られるのはおかしい気がする。しかし栞曰く念力に限らずどんな未知のエネルギーや物質であっても必ず粒子と震動で存在と挙動を説明でき、そして粒子であり震動しているならば翔太くんの奥義による消滅は回避できないのだとか。


 要するに「絶対零度はあり得ない」「でも絶対零度になる」「()りえないので消滅する」。

めちゃくちゃだが、そういう事なのだ。


 最後の最後で正面から念力を打ち破ってのけた翔太くんによって、世界の闇と戦う秘密結社の戦いは終わった。しかし戦いが終わっても当たり前に人生は続く。そもそも長い人生の青春時代を鮮やかに彩るのが秘密結社の真の目的なのだから。


 それぞれのその後を少しだけ語ろう。


 蓮見燈華は超能力を失った。

 炎を自在に操れなくなった代わりに、高校卒業時に翔太くんに贈られたライターを手にチベットへ飛んだ。今は留学先の大学でチベット仏教の研究をしている。将来出家して仏門に入るのか市井で信仰を持ちながら生きるのかが目下のところの悩みらしく、今日も迷いながらしっかりと生きている。


 同じく超能力を失った高橋翔太は高校卒業後に地元の火力発電所に就職した。

 面接時だけ黒髪にして、内定してから赤髪に染め直したため入社直後はめちゃくちゃにモメて危うくクビになりかけたそうだ。勤労意欲が高く仕事で求められる各種資格を持っているため、最初のインパクトを超えると批判も減り、少しずつ社内の理解者を増やしている。金が溜まったらチベットへ旅行に行くつもりだとか。


 イグバディ・ングナッ・ムグーは相変わらず猿だ。かわいい。


 ずっと地道に秘密結社天照の活動を支えてくれていた熊野左京、クマさんは正式に馴染みの武術道場の師範代になった。天井知らずに業績を伸ばし続けている押しも押されぬ大企業、鐘山テックの警備部にたびたび乞われ指南役として出向する事もある。元々顔が広い人だからどこでも引っ張りだこだ。


 ロナリア・リナリア・ババァニャンは旅に出た。次の魔王と勇者を探すそうだ。

 彼女は地球に来た途端に超能力を巡るファンタジーに巻き込まれたから、この世界にはそういう物語のような出来事がゴロゴロ転がっていると勘違いしているのではないかと心配になる。まあ流石に分かっているだろうし、五年前と比べて世界はずっと面白くなった。マッチポンプではない、本物の魔王と勇者が生まれていないとも限らない。

 おばあちゃんの旅の成果に期待したい。


 月守剛も超能力を失った。

 だが車椅子生活から一転して五体満足健康体になり、失ったものよりむしろ得たものが大きい。

 傘下のスジ者はぐれ者の面倒をよく見て厚い支持を受け、末端構成員まで含めれば日本史上最大級と目されるヤクザ組織月守組を分裂もさせずまとめてのけている。

 最近は海外貿易事業が伸びはじめ、中国当局に目をつけられつつあるらしい。近々ひと悶着ありそうだ。

 月夜見はいつも騒がしい。


 クリスティーナ・ナジーンは高校卒業後、甲賀市「甲賀の里 忍術村」に引っ越した。卓越した身体能力と深い知識と容姿を買われ、新人にして忍者ショーのお姉さん役に大抜擢された。

 風の噂によると昼間は観光業務に従事し、夜は里に隠された秘伝の巻物を探す二面生活を送っているそうだが、秘伝の巻物なんて怪しげなシロモノが実在するのかは怪しいところだ。自分で書き記した方が早いのではなかろうか。クリスは自分自身が伝説の忍者だという事をもっと自覚した方がいい。


 見山響介は二度目になるオリジナルCDを自費で出して爆死した。

 奴はかつてシンガーソングライターを夢見て上京、借金をしてCDを出すもまるで売れずに落ちぶれ、食い詰めてギター泥棒をして捕まり、出所して途方に暮れているところを親分に拾われた男だ。日本一のヤクザ組の幹部に上り詰め少しは変わったかと思えばまるで成長していない。

 見山は一生こういう感じで生きていく気がする。


 アーマントゥルード・ベーツ殿下はあっさり政略結婚した。

 ヨーロッパの聞いた事があるようなないような国の尊い血筋の方とお見合いして、すぐに結婚が決まった。結婚式には秘密結社の面々も集まり同窓会のようになった。

 見た印象では優しそうな旦那さんは殿下を妻というより可愛い妹として扱っているようで、殿下も殿下で夫を兄か年上の友達かのように慕っているようだ。それでいいのか。らしいといえばらしいが。

 まあ何にせよ夫婦仲が良いのは良い事だ。殿下にDVでもしようものなら超能力者が大挙して押し寄せるぞ。


 狭間空重は最終決戦の後に自伝を出版した。かなりのページを割いて秘密結社天照についても書かれていたのだが、自画自賛と誇張がひど過ぎて実状とはかけ離れた内容になっていた。

 ノンフィクションと銘打ちながら内容が内容だったためSNSで軽く炎上したのだが、元々ほら吹きジジイとして認知されていたため「いつものやつだ」と分かってからは相手にされなくなりひっそり埋もれていった。

 もっともシゲじいは嘘がバレそうになると無理やり後付けで嘘を真実にしようとする習性があるため、見栄と虚飾だらけの自伝もあながち全てが嘘ではない。今は嘘でも、これから真実にすり替わるモノもあるだろう。

 なお、彼の自伝の中で一番馬鹿にされたのは「世界を救った事がある」という一節だった。


 日之影三景は中学三年生になった。

 最終決戦が終わってしばらくは燃え尽き症候群なのかポケーッとしていたのだが、うっかり影能力で手遊びしているところをクラスメイトの男子に見つかりゴタゴタし始めてからは調子を取り戻した。栞曰く「ラブコメの香りがする」との事で、介入するべきか、介入するとしたらどうするべきか、秘密結社シーズン2の是非は? などなど有識者会議を賑わせている。

 人の人生にちょっかいかけて喜ぶ悪い大人達でスマン! 悪いようにはしないから許してくれ。


 ポーラ・ポートは仮釈放されたジョン・サンジェルマンと再びバチバチやり始めた。またサンジェルマンが怪しげな策謀を巡らせ、ポーラがそれに勘付いて相棒のハッカーと共に立ち向かっているらしい。

二人の因縁は本物だ。アメコミのヒーローとヴィランめいた宿命を感じる。

 サンジェルマンはシャレにならないスペックの持ち主だが、ポーラも大概だ。二人の対立は必然的にドラマチックになりやすい。

 もしかしたらこの世界で一番ファンタジーしてるのは彼らなのかも知れない。


 にゃんにゃん三合会に所属する(ワン)浩然(ハオラン)黛訳(タイイー)黄虎(ファンフー)の三名は中華湾岸経済特区七条河(シーチャオフー)市で急速に勢力を拡大しつつある。

 表向きは若き貿易起業家という扱いになっている浩然(ハオラン)くんは一般ウケする高学歴の男を社長に据え、裏方で実権を握り狡猾に立ち回っている。誤魔化しや安全策に長ける浩然(ハオラン)くんの事だ。危機に陥っても自覚なき客寄せパンダ兼スケープゴート役の社長を盾に難を逃れる事だろう。

 もっとも、勢力拡大の理由は貿易業ではなく猫だ。猫のしつけ、猫集会の開催・解散、猫のお見合い、猫とお話できる猫喫茶、猫目線に寄り添った猫グッズの販売など、貿易業の片手間に手を出したはずの猫関連事業がバズりにバズってものすごい事になっている。

 構成員の99.9%が猫であるにゃんにゃん三合会なのだから、今思えばこの展開は必定だったのかも知れない。三合会と提携している月夜見も猫事業に乗り気だから、これからにゃんにゃん三合会はますますねこねこしくなっていくに違いない。


 メドゥ・サグロゴは祖国マールスタンの学校で勉強しつつ、将来的に国の内閣入りを目指している。地頭は良いし、新政府政権との強力なツテも武勇もある。大目標だが現実的だ。

 彼女が送ってきた極秘メールによれば、いざという時に国を挙げ佐護様を支援できる体制を作るため、だそうだ。忠義が重い。重すぎる。こわいよぉ……

 よく言えば親日。悪く言えば売国奴。相変わらずの厄介ファンぶりだ。未来人が評したボス一番の忠臣という評に偽りなし。放っておくと行き過ぎた忠誠心でひどい事になりそうだから、ほどほどに手綱をとっていく必要がありそうだ。









 そして。

 俺は南極地下大空洞の魔法城酒場・天岩戸で人のいないフロアにモップがけをしていた。

 世界の闇が消え、翔太くんと燈華ちゃんが海外へ行き、ここはめっきり静かになった。誰も来ないわけではないのだが、来店頻度は多くない。

 掃除の手を止め、モップの柄頭に両手を重ねて乗せ、そこに顎を預けて壁のコルクボードに飾った写真を眺める。

 まだ中学二年生だった頃の燈華ちゃんの少し陰が差すワンショット。勉強中の差し入れに喜ぶ燈華ちゃんと翔太くんのツーショット。新しい写真ほど人は増え、雰囲気は明るくなっていく。世界の闇を滅ぼした後、メンバー全員で撮った記念写真を最後にもう写真は増えていない。


 達成感と物悲しさに包まれぼんやりしていると、ゆったりした桃色ドレス姿の栞がひょっこり現れた。

 出会った時と変わらない、いや、ますます輝いて見える美貌で微笑み、俺の肩に頭を預け視線を追う。


「写真を見ていたの?」

「ああ。なんというか……こういうのを後方父親面っていうのかね。みんな立派になった。楽しかった。やり遂げたさ。でもやっぱり寂しさはある」

「そうかしら」

「栞はそうでもないか? 少し前まで今ぐらいの時間帯なら四人か五人は集まっただろ。今は俺と栞の二人だけだ」

「いいえ、三人よ。寂しくないわ?」


 栞は悪戯っぽく笑ってお腹にそっと手を当てた。

 一瞬頭が真っ白になる。

 そして俺はたまらなくなって、栞を優しく抱きしめた。


 ああ、そうだ。

 俺は未来が賑やかで、楽しいと知っている。

 俺が、俺達がそんな仲間を、世界を、未来を創り上げた。


「杵光さん、娘の名前を考えてくれるかしら」

「そうだな。そうだ。そう、娘が生まれたら、名前は――――」


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― 新着の感想 ―
くぅ~疲れましたw これにて読了です! 実は、昔途中まで読んで力尽きたことがあって、いっそ完結までいこうと思い直したことが始まりでした 最初はそこまで期待していたわけではなかったのですが← 一期…
前に書籍版で読んで3巻出ないな…と思っていたらなろうで完結してるのを見つけたので読ませていただきました。本当に面白かったです。燈華ちゃんと翔太くんのその後や大人になった後の話や、ババァの旅の記録、そし…
[良い点] おもろい
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