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世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)  作者: 黒留ハガネ
終章 世界の闇と戦った秘密結社
129/133

08話 条件を満たすまでは無敵系のボス

 目が。

 耳が。

 本能が、魂が。

 それの脅威を訴えていた。

 あれは敵だと、倒すべき邪悪だと叫んでいた。


 現れた佐護杵光(ボス)に酷似した闇がゆっくりと腕を上げ、手の平を血を吐き倒れ伏した佐護に翳す。

 右手に見るからに危険な漆黒のエネルギーが収束していくのを見て、翔太は全身から血の気が引く音を聞いた。

 考える前に全力で駆け出す。だが距離がある、庇うにせよ拾って逃げるにせよ間に合わない。


「止めてくれ!」


 以心伝心。氷山を疾走しながら翔太が叫ぶと、世界から音が消え全てが静止した。

 間に合わないなら間に合わせればいい。シンプルだ。


 翔太が闇と佐護の間に滑り込み絶対凍壁エターナルガードブリザードを三重展開するのと時間停止が解けるのは同時だった。

 恐るべきエネルギー波のようなものが叩きつけられ、今まで一度として破られた事のない『絶対』と名付けた防壁が三枚ともガラスのように砕け散る。それはかつて戦った超水球の攻撃を遥かに凌駕する、人智を超えた暴威だった。


 だが一瞬は稼いだ。その一瞬のおかげで佐護を抱きかかえて転がり、闇の攻撃の射線上から外れる事に成功する。

 衝撃波と共に爆音が轟き、氷山の一角が消し飛んで雲に届くのではというほどの巨大な水柱が吹きあがる。

 なんとか佐護を担ぎ上げ離脱しようとする翔太に闇はもう一度手を向けた。さきほどよりも大きな漆黒の球体がチャージされていく。


(連発だと? あんなバカげた攻撃を!?)


 驚愕する。超能力は無尽蔵の力ではない。鏑木栞のようにインターバルが必要であったり、最大威力の行使回数に制限があったりする。

 にも関わらずこの闇はまるでちょっとした小技であるかのように無造作に攻撃してくるではないか?

能力の格が違うのだ。翔太は圧倒的にして絶対的な隔絶を思い知らされ固まった。


 決して逃れられない、不可避の死。

 翔太がそれを突きつけられたのは久々の事だった。

 初めて世界の闇と戦った時のトラウマがフラッシュバックし凍り付く。

 魂を引き裂かれる痛み。暴れてもがいて叫んで、しかし全てを意にも介さない非情な闇に喰われていく絶望。増長はへし折られ、無力に涙し狂乱した。


 思い出す。

 そうだ。

 体から力が抜け、絶望が諦観に変わろうとしたあの時、自分を救ったのは力強く燃え盛る――――


 蛇に睨まれたカエルになった翔太の目の前で文字通りの横槍が入った。飛来する紅蓮の槍が闇に次々と突き刺さり炎を吹きあげる。闇は煩わし気に身をよじり、暗黒のエネルギー波は明後日の方向に放たれ曇り空に風穴を開けた。


「――――ははっ、やっぱ火なんだよなァ!」

「ばかっ! 笑ってる場合じゃないでしょ! 早くこっちに!」


 必死にあらん限りの炎槍を放っている燈華に怒鳴りつけられ、インターバルを終え再び停止した世界の中で翔太は佐護を担ぎ氷山の陰に飛び込んだ。

 氷山に大きな影を作っていた巨大猫がするすると成猫サイズになり、気絶したボスの匂いを嗅いで困惑したように尻尾を揺らす。

 引っ掻きでもしたら蹴っ飛ばしてやろうと思ったが、あの(、、)月夜見の飼い猫の割に行儀は良いらしい。巨大化して襲い掛かってきた時点で行儀もクソも無いのだが。


 翔太が氷山の陰からこっそり闇の様子を伺うと、どうやら自分達を見失ったようだった。炎と炎が残した水蒸気が上手く煙幕になったらしく、煙幕を風を起こして吹き散らしながらきょろきょろしている。

 翔太は顔を引っ込め、佐護の頭を膝に乗せ心配そうに治癒用PSIドライブを当てている栞に詰め寄った。


「鏑木さん説明! ありゃなんだ!?」

「事前に説明したでしょう? 杵光さんから分離した世界の闇よ。理論上アレを倒せば世界の闇は全て消滅するか、カブトムシにも勝てないほどに弱体化するわ」


 温かな治癒の光に包まれる佐護に血色が戻るが、目を覚まさない。栞は脈を取ったり呼吸を確かめたりしながら上の空で答える。


「なぁにがカブトムシだよ。あんなクソつえーなんて聞いてない!」

「分離する時に杵光さんから超能力を奪ったか、複製したのでしょうね。誤算だったわ」

「誤算んんんん!? 誤算で済んだら火刑はいらねーよ! ざけんな死ぬわあんなん!」

「ちょっと! 噛みつかないでよ。かぶ、栞さんが計算ミスするなら誰にも予想できなかったでしょ」

「そっ……! んな、わけ……」


 そんなわけありそうだったので翔太は黙り込んだ。


「やる事は変わらないわ。あの最後にして最大の、世界の闇を倒す。それで長かった私達の戦いは終わる」

「大丈夫。落ち着いて、翔太。私達には御仏の御加護がある」

「……そーだな。ブッダは知らんけど燈華はいる。これが最後なんだ、やったろうじゃねぇか」


 怯んだ心を励まされ、決意を新たにする。

 今までどんな強敵も打ち倒し、難題を解き、全ての困難を乗り越えてきた。燈華と一緒に。

 ここで投げ出しては中学時代からずっと戦い続けてきた意味がない。


 佐護の護りと看病に栞を残し(まさか一人にはしておけないし佐護が目を覚まして戦線復帰すれば大きく勝勢に傾く)、翔太は燈華と共に戦線に戻る。

 また例のエネルギー波が来るかと身構えると、闇は左手をかざしてきた。掴み上げるような手の動作に合わせ、翔太と燈華の体が見えない力に捕まれ宙吊りにされる。


「これ、ボスの……!」

「念力だ! ふりほどけ燈華!」

「やってる! けどっ!」


 燈華は全身から炎を噴射し念力拘束から逃れようとしているが、炎能力は元々移動や飛行向きではない。強力な縛めから逃れるほどの馬力は出ない。

 敵に回って改めて分かる念力の恐ろしさ。闇は左手に続き右手もかざし、エネルギー波の漆黒球をチャージし始める。闇と相対してから血の気が引きっぱなしでミイラになってしまいそうだ。


 翔太はどうにか念力そのものを凍らせられはしないかと周囲に冷気を放つがまるで手応えがない。冷凍ビームを撃ち込んでも目の前に展開した不可視の壁に衝突し立ち消える。

 歯噛みする。

 正面から挑んだのは馬鹿だった? いや、ボスの力を持っているのなら千里眼も使える。奇襲も不意打ちも効かない、どこからどう挑んでも同じだった。隠れ続け様子を伺えば索敵発見され逆に襲われたろう。エネルギー波を撃つ瞬間なら拘束が緩むか? その隙に離脱、いや壁を出し続ければ凌げるか? 能力のスタミナがもつかどうか、しかし例えここを切り抜けても決定打は――――


 暴れもがく間にあらゆる可能性を考えるが光明は見えない。

 結局己ではどうにもならず、いくつかの不確かな希望に縋るしかなく、果たして宙に囚われ塵と化すのを待つのみだった二人を救ったのはそんな希望の一つだった。


 漆黒球が灰色に染まり、力を失い地面に転がる。

 それだけではない。圧倒的威圧感を放っていた闇が動きを止め、みるみる灰色に……石像になった。二人を捕えていた力場が消え落下する。


「これは……」

「メドゥちゃん!」


 着地した翔太は一連の成り行きを全て見ていたが、それでも目を疑いたくなった。瞬殺だ。

 一陣の風が吹き、ダイヤモンドダストが石像を叩く。しかし石像は動かない。

 あれほど強大な、かつてないほど強力な世界の闇がいともたやすく無力化されてしまった。恐ろしい。流石は海外支部を任されている幹部だ。


 いつの間にか二人の隣にいた軍服少女、メドゥ・サグロゴはゴーグルを額の上に押し上げ、爛々と輝く金色の魔眼をさらけ出し鋭く闇を睨みつけていた。


「助かった。やったのか?」

「ヤッタ、ナイ。×××××××××世界の闇××××。×××!」


 肩を強張らせるメドゥの警戒の理由はすぐに明らかになった。石像が割れ、サナギが羽化し蝶になるように中から新しい闇が這い出してきたのだ。その這いだした闇も魔眼に睨まれ石にされるが、石になった途端にまた中身が這い出る。

 無限に脱皮し、醜悪な再生と再誕を繰り返すそのおぞましさに吐き気がする。そもそも一挙手一投足がわざとらしいまでに神経を逆撫でする気色悪さに満ち満ちていた。


 翔太はかつて古代遺跡で戦った闇も同じような機能を持っていた事を思いだす。そいつは氷漬けにしても凍っていない中身が飛び出してきた。一切合切をまとめて吹き飛ばす、あるいは芯まで届く攻撃が必要だ。

 石化は足止めにしかならない。凍結は芯まで届かない。炎は防がれる。有効なのは……


「殿下の雷ならどうだ?」

「聞いてみる……………………………殿下はドイツ支部の人を護衛につけて帰ったって」


 燈華は耳に手を当てインカム越しに何事かやり取りをし、首を横に振った。

 翔太はブチ切れて吠えた。


「おい!!! なんでだよ!」

「王族だからでしょ? そもそも戦場で命を賭ける身分の人じゃないもの」

「今更だろ! だったら最初から来んなや!」

「世界規模の異変が起きたから貴族院の緊急集会が招集されたみたい」

「…………」


 思い当たる節があり過ぎて、またもや翔太は黙り込んだ。


 一言で国家の命運を左右するやんごとなきお方となれば、本人たっての希望があろうと戦場に留まらせるわけにはいかない。全くもって正論だ。

 そんな窮屈なしがらみを超え、女王ではなくただの一個人として世界のために戦えるのを不謹慎ながら楽しみにしていたようだが……太平洋の水を丸ごとぶっこ抜く世界的大事件が起きたとなれば国の歯車としての役割に戻らざるを得ない。

 しがらみ、醜聞、因縁、義務。これだから世の中ってヤツは。


 舌打ちしていると、月夜見のボス格、親分と呼ばれる巨漢が動物の首筋を摘まんでぶら下げのこのこやってきた。右手にぶら下がった黒猫はイグを、左手にぶら下がったイグは黒猫をそれぞれ引っ掻き噛みついてやろうと暴れているが、親分の手からは逃げられない。

 イグはギター男や忍者との激戦で回復役として大活躍し、能力のスタミナが切れてしまっている。今はただの見た目通りのサル目キヌザル科コモンマーモセットに過ぎない。


「お前達のペットだろう。躾けておけ」

「わっ」


 親分が放り投げて寄越したイグを燈華がキャッチする。燈華の手の中で目を回しているイグを黒猫が見下ろし、勝ち誇ったようににゃあと鳴いた。

 翔太は警戒して身を固めたが、親分はどこ吹く風。忽然と現れ華奢な体格に見合わない腰の入ったパンチを闇に叩き込みはじめたピンク髪の魔法少女を興味深げに眺めている。


 月夜見とは因縁がある。何度か対立し、邪魔されてきた。ふざけた奴らだ。邪悪ではないようだが悪質には違いない。そして当然、裏を返せば悪質だが邪悪ではない。

 今も自分達に攻撃する素振りはなく、握りつぶすだけで簡単に殺してしまえるイグをわざわざ運んできて引き渡してくれた。


 躊躇する。

 月夜見のボスはかつて天照のボスと引き分けたという。

 この場限りでいい、味方にできれば頼もしい。そうして月夜見と一時休戦して協力した結果美味しいとこ取りされた古代遺跡での一幕は決して忘れないが、しかし。石化では決め手に欠け、メドゥの能力のスタミナが尽きれば一気に瓦解しかねない。

 ……いいや、ここはリスクを呑んででも。


「なあおい、アンタも戦ってくれないか?」

「断る。まず弁償しろ」


 翔太が頼むと、親分はにべもなく断った。


「は? 弁償? 何が?」

「ウチのアーティファクトを盗んだのはお前達だろう。炎使いに氷使い。お前達以外にあり得ん。まず頭下げて誠意見せろ。話はそれからだ」

「……? ……あっ!? あいつら月夜見系列だったのか! いやだってアレは、俺達も拷問されて……ああああああややこしい! この話は後にしてくれ。とにかく協力してくれ頼む!」

「そういう訳にもいかん。不法行為による損害を受けた場合は三年経過すると時効が成立し賠償請求権を失う。のらくら逃げ切られてはたまったもんじゃない、だから可能な限り早期に、」

「くそッ! 分かったよ天照を代表して謝罪する。申し訳ありませんでした!!! 弁償もする。これでいいか」


 もどかしさのあまりブチ切れて手が出そうだったが、ぐっと堪えて提示された条件を呑んだ。迷い交渉する時間も惜しい。海外支部の幹部格二人がいつまで抑えていられるか分からない以上、迅速に味方につけなければならない。戦場のド真ん中で悠長にぺちゃくちゃ話しているのがそもそも間違いなのだとすら言える。

 もう子供ではない。気に入らなくても目的のために耐えられる。仮にも頼んでいる側なのだからと、自分に言い聞かせて。


 親分は満足気に頷いた。


「いいだろう、助太刀してやる。だが俺はもう能力を使えん」

「お゛い! ふっざけんなよこの不燃物!」

「まあ待て。俺は戦えんが、秘策がある」


 親分は掴みかかってきた翔太を片手で押さえ、肩に乗った黒猫に尻尾で口元を叩かれながら不敵に笑った。


「お前に超能力者の奥義を教えてやろう」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ブッダは知らんけど燈華はいる。 このセリフ最高、爆発しろ
[一言] パントマイムガチ勢さん...。
[良い点] 一話で三回も言いくるめられる・・・そういうところやぞ翔太君!!?
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