06話 次から太平洋の水を全部抜く時は上司に相談しなさい
浩然くんが太平洋の水を全部ぶっこ抜いたため、俺は秘密結社の戦いへの介入と干渉を中断し、全てのリソースを費やし水抜きによる二次災害への対処に全身全霊を尽くさなければならなくなった。
呑気に超能力バトル眺めてキャッキャしている場合ではない。放っておいたら人類滅亡級の大災害に発展してしまう。
俺は決して環境学者ではないし天才でもないが、それでも一瞬にして脳裏を洒落にならない被害想定リストが高速で流れる。あまりの惨事に酷い吐き気と眩暈に襲われた。
深海生物の大量死!
数百メートル級の大津波!
海洋プレート断裂崩壊!
世界的大地震!
スーパープルーム!
メタンハイドレートの爆発的気化!
人類どころか地球がズタボロになるぞ!
千里眼で地球を俯瞰したところ、水が抜かれたのは大体半径3000kmほどのようだ。浩然くんを中心に太平洋の水が浮き上がり海底が剥き出しになって、浮かんだ海水は小惑星かと見紛う規模の水球となっている。辛うじて重力反転効果範囲を逃れた場所は海水がそそり立つ青い絶壁となり、その壁は崩れて雪崩落ち絶望的超巨大規模の津波になろうとしていた。
まずは津波が起きないように海水を固定して――――同時に岩盤崩壊を防ぐために海底も抑えつけて――――どれぐらいの強さで押さえればいい? 水圧を再現して、水圧ってどれぐらいだ? 海流が、巻き込まれた漁船観光船の救出と、渡り鳥や飛行機が巻き添えに? 急いで海底生物もなんとかしないと生態系が無茶苦茶に。
うおおおおおおああああああ……ッ……! 脳みそぶっ壊れそう……! 理論上はいけるんだ! 俺にはこの状況をなんとかするパワーとスキルがあるんだ! でも頭が追い付かない! 何をどうすれば? 何から手をつければ!?
「落ち着いて。私を信じて、言う通りにしてくれる?」
「――――ああ、指示を頼む」
背後に忽然と現れた気配と、聞き慣れた麗しい声音。
混乱していた頭が静まり全能感が体を満たす。
そうだ。一人では力が足りない、頭脳が足りない。
だから俺達は今、二人でここにいる!
時間停止を駆使しながら栞に俺が知り得る限りの情報を早口に話し、それを受けた栞が自分の知識と併せ迅速に判断を下していく。俺は言われるがまま念力で太平洋を襲った環境激変に対処していく。
予備のPSIドライブをフル稼働させ、万が一に備え魔法城から持ち出していた骨に念力を込め同時並行処理をサポートし。
そうして目の回る忙しさで精一杯の俺の目の前で、苦労してコツコツ創りあげたアトランティス遺跡が隕石のように降ってきた一人の巨漢によって爆散した。
爆音! 衝撃波! 飛び散る土砂と瓦礫の破片!
「……ぁえ? ちょ、待っ」
「棒立ちとは余裕だなぁ、夜久!」
唖然とする俺の懐かしい偽名を呼びながら、その男はクレーターの中から土煙を切り裂いて突っ込んできた。
お、おやぶぅうううううううううううん!!!
違うんスよ! 余裕ぶっこいて先手譲ってるとかそういうやつじゃないんスよ!
今必死こいて地球崩壊人類滅亡を阻止しようと足掻いてんの!
パッと見ボーッと突っ立ってるように見えるだろうけどさあ!
固く堅く硬く握りしめた拳が振り抜かれ、俺のバリアに衝突する。その一撃は音速を余裕で越え、空気摩擦で自然発火し紅蓮の炎を巻き上げるどころか紫電まで走っていた。
温度が高過ぎてプラズマ化した!? なんつーパンチだ! 脳筋どころじゃねぇ、魂まで筋肉になってるんじゃないか?
こんなモン喰らったのが俺じゃなかったら即死どころか塵も残らんぞ。俺だったからこゆるぎもしないが。
「続けましょう。次は抜き取られた海水をゆっくり降下させて元に戻すのだけど、気を付けるべき点は――――」
背後に庇った栞が目の前の怪物などいないかのように落ち着き払って言う。
全幅の信頼がアツいぜ。任せろよ、例え世界全てが敵に回っても栞には傷一つつけさせない。俺のバリアを突破できる奴なんていない。
たぶん、親分は親分で親分なりに俺の茶番に全力で乗っかってくれているのだろう。そういう人だ。
せっかく頑張って設計建設したアトランティス遺跡をお披露目直後に吹っ飛ばされた恨みはあるし、以前の戦いの後遺症でまともに強化能力を発動できないはずなのにどういうカラクリなのか不可思議なレベルの超強化ラッシュを仕掛けてきているが、まあ、まあ、まあ。
もうちょっとお待ち頂きたい。最早どうあがいても埋められない実力差がついてしまったが、それでも親分との男と男の、そして秘密結社のボス同士の戦いは胸が躍る。
後ろから栞が手を伸ばし、ハンカチでいつの間にか垂れていた鼻血を拭ってくれる。
気付かなかった。脳みそか精神か肉体か超能力か知らないが、とにかく負担をかけすぎたらしい。まずい。ぶっ倒れる前に全部済ませなければ。
超重力によって浮かび上がっていた莫大な海水の巨塊を念力で無理やり引きずり下ろし、太平洋にぽっかり空いた大穴に海水を均して戻す。これでひとまずは安心だ。
もちろん完璧に元通りとはいかない。海水は攪拌され、生物相はしっちゃかめっちゃか、海流も寸断されている。後で時間をかけて事後処理をしてケアしなければならない。だが被害は最低限に抑えられた。
これは誇っていい、というか誇るな反省しろと言われても誇る。
なぜなら! なんと! これだけの事が起きて! 国が一つも滅びていないッ!
しかも俺が観測した範囲では、水を飲んで吐いている人や突然高水圧に晒され失神している人こそいるが、死者は奇跡的にいないようだ。万が一への備えと迅速な対応が功を奏した。
……しかし危なかった。かつてないレベルで色々ギリギリだった。次同じ規模の事故が起きたら対処できるか怪しいものだ。
秘密結社結成以来、年々超能力者は増え強くなりスケールも上がってきた。これ以上は手に負えない。燈華ちゃんと翔太くんの大学進学に合わせて区切りをつけようと考えていたが、俺の限界という面でも潮時なのかも知れない。
太平洋は戻った。俺と栞と親分もちょっと目を離した隙にできていた大氷山に立つ。氷山のそこかしこで超能力者達が戦っている。何人かは倒れ、何人かは能力を打ち合っている。
とんだ大事故だったがなんとかなった。さあ、続きをしよう――――




