02話 めでたしめでたし(素振り)
この八ヵ月ほどの期間を世界支部設立に充てた理由は主に二つある。
一つは移転工事があったから。
世界の闇と戦う秘密結社『天照』日本本部の構成員は東京地下Bar天岩戸を拠点にしている。それが東京オリンピックに伴う区画整理で立ち退きを余儀なくされ、店を一度閉めざるを得なくなった。
閉めた店は南極地下大空洞内魔法城1Fに移転し新装開店するので店じまいではないのだが、なにせ俺と栞は結婚したばかり。せっかくなので店舗移転の機会に乗じてバカンスとハネムーンを兼ねて休んだり世界を旅したりしつつ行く先々で支部を立てていったわけだ。
もう一つは最終決戦に備えた設定の補強。
世界の闇と戦う秘密結社が戦う敵である世界の闇は人々の暴力欲求が具現化した存在であり、世界中に存在し闇に紛れ人を襲っている。という事になっている。
日本に本部を置く超能力秘密結社天照は人知れず世界中で世界の闇と戦っている。のだが、世界中で戦っているはずなのに日本にしか構成員がいなかった。
これはおかしい! だから嘘を本当にするために世界に秘密結社の支部を立てる。極めて論理的かつ合理的だ。
そして、そう。
世界支部設立が一通り終わったからには次にやるのはいよいよ最終決戦。
秘密結社天照は不倶戴天の敵世界の闇と最終決戦をしなければならぬ。
そもそも秘密結社の存在意義は憧れの青春を無理やり現実にする事だ。学生時代に思い描いた、ある日怪物に襲われ可愛い女の子に助けられ非日常にいざなわれるとか、平凡な私が隠された力に目覚め人知れず世界を救う激闘を繰り広げるとか、そういう妄想を現実にする事だ。
漫画読んだりアニメ見たりしてこんな青春してみてぇー! と渇望し妄想を膨らませ、誰もが現実を知り打ちのめされ失望して妥協して大人になる。ああ、ファンタジーなんてないんだ、胸躍る不思議でスリリングな青春なんて無いんだ、と思い知らされる。
俺も栞もそうやって大人になった人間で、一度大人になってしまったらもう青春時代には戻れない。だから正に今青春を生きている少年少女にハラハラドキドキ涙あり笑いありの超常青春をプレゼントし、かつて自分達が果たせなかった夢を代わりに叶えてもらう。
俺達は古傷が癒えるし楽しい。本人たちもきっと楽しい。みんな幸せハッピーセットだ。
超能力者になり、イベント目白押しの青春を送るのは楽しい!
……だが問題は青春時代には必ず終わりが来るという事で。
しょせん全てはマッチポンプ。俺や栞やババァがお膳立てしたおままごとで籠の中。大人がやる全力の子供の遊びと言われてしまえばグウの音も出ない。
社会は大人が回しているものなのだから、保護され守られ育てられる子供はいずれ大人となり社会を回す側になる。籠から飛び立ち、輝かしい青春の思い出を胸に社会人として生きていく。
かつてこれといって特徴のない平凡な中学生だった高橋翔太は、高校を卒業したら火力発電所に就職する予定だ。そのために去年から関連した資格試験に挑戦しているし、夏には川崎火力発電所のインターンシップに参加していた。
中学生までは仲の悪い両親の板挟みになり縮こまっていた蓮見燈華は、高校卒業後はインドに留学し仏教について学ぶと決めていて、難色を示す両親が納得するだけの成績を取るために一生懸命勉強している。
イグは毎日元気に餌を食べている。
皆、真面目に生きているのだ。将来へのビジョンがある。これからの人生がある。
彼らには激動の青春にしっかりピリオドを打ち、世界の闇と戦いそして打ち破ってのけた超能力者としての自信と誇りを胸に人生の新しいステージに進んでいって欲しい。
どんな辛い目にあっても「でも俺世界救ったしな」「でも私超能力者だしな」と思えればきっと乗り越えられる。
……俺も高校時代に秘密結社で可愛い女の子と一緒に鍛え上げた超能力で世界を救った思い出があったらブラック企業でじわじわ腐って朽ちていく事もなかっただろうに……
……さて。秘密結社の一つの区切りとなる最終決戦だが、やはり世界の闇と戦う秘密結社なのだから世界の闇と戦って〆たい。最終決戦に相応しい特別性オーダーメイドつよつよ闇くんを用意してーの、ソイツを倒せば世界が平和になることにしてーの、倒してハッピーエンド。完璧な計画だ。そのための仕込みもけっこう前からしている。
無限湧きする世界の闇は最強の念力使い佐護杵光と繋がっていて、佐護が存在する限り世界の闇は消えず、世界の闇が消えない限り佐護もまた消えないという、ある種の絆で繋がった共生関係にある。という設定だ。
で、この世界には過去の超能力者が遺したアーティファクトがあり、理論上佐護と世界の闇の忌々しい絆をどーにかするアーティファクトもどこかにある。という設定でもある。だから折に触れてフラグ立てのためにアーティファクト争奪戦だのなんだのやっていたわけで。
今回、ババァが裏から操る月の智慧派残党を襲撃して奪ったアーティファクトこそがその「どーにかするアーティファクト」に当たる。
あとはそのアーティファクトを起動して、決戦に相応しい特設戦場に赴き、強敵と戦い、勝利するだけ。そこには天照だけでなく月夜見も関わってくる事になる。
舞台は整った。ある意味ではこの時のために全てがあったと言っても過言ではない。
俺は意気揚々とアーティファクトを回収して撤退を開始した三人を念力式千里眼で見守りながら気を引き締めた。
さあ、終幕を始めよう。




