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ネコと和解せよ

 何年もの間誰にも顧みられなかったロシアの廃村で起きた真夜中の事件は中露両国を震撼させた。


 国境に近かった事から、中国はロシアの新兵器による示威行為だと捉えた。核実験並の衝撃が観測されたのだから当然だ。情報規制が敷かれ、諜報部と軍部はしばらくの間てんやわんやの大騒ぎになった。

 一方ロシアも最初は中国の新兵器による示威行為だと捉えた。震源地が特定されてからは地震だと考えられたが、地質学的に地震が起こりえない地域だったため、地質学者と調査隊が緊急招集された。


 明朝に派遣された調査隊がほとんど更地になった廃村で発見したのは、最大直径200mに及ぶ巨大なクレーター群と猫の足跡だった。


 クレーターから安直に考えるならば、隕石が落下したという説が濃厚だ。が、天文学者達は口を揃えて隕石説を否定した。

 クレーター径は隕石の直径の十倍とされている。従って直径200mのクレーターの中心には20mの隕石がある。しかしそれらしい構造体は発見できなかった。

 隕石が地中深くに埋没している、空中で爆散して散り散りになった、などの説も否定された。2013年にロシア領に落下した有名なチェリャビンスク隕石は直径数m~15mと推定されているが、落下中空気摩擦による発火で火球になり昼間でも光り輝いて見え、発生した衝撃波は地球を二周し各地の観測器にも捉えられた。翻って今回は隕石の目撃が無かったし、地震は観測できても衝撃波は観測できなかった。隕石ではあり得ない。


 隕石でないにしろ、核爆発級の威力の何かが炸裂したのは確定であり、クレーターと地震の規模から付近の市町村の住民を全員叩き起こしガラスを全て割り砕く大規模な衝撃波の発生が導き出される。

 しかし現実に衝撃波は観測されていない。

 遅れて到着した専門家が追加の調査を行ったところ、廃村を中心に放射状に衝撃波の痕跡が見られ、ある距離から突然それが遮断されている事が明らかになった。

 専門家は不可解な事実に頭を悩ませたが、最終的にはドーム状のバリアのようなものが廃村を中心に展開され被害を抑え込んだとしか考えられない、という非科学的な見解が提示された。


 一方、動物学者は猫のもののように見える巨大な足跡を大きさを除けばイエネコのものだと推定した。足跡と歩幅から、体高650m前後の巨大猫が音速以上で走った跡だと算出される。更にドローンの上空撮影により、クレーターの中心にある地形変化が猫の前脚の形に陥没したものだと判明。廃村には真新しい猫の足跡が大量に残っており、個々の特徴と採取された抜け毛から通常サイズの猫が5~10匹やってきて、去っていったと考えられた。

 巨大猫に関しては空から降ってきたか、瞬間移動してきたか、自在に縮小巨大化できる猫がいたか、の三案が大真面目に出された。


 ほんの四年前であったならあまりに非現実的な発表をした研究者は学会から締め出されただろう。だが今は違う。学会の主流派にはなれずとも、一定の勢力を築いている。そしてこの巨大猫事件の調査を通し発言力を増す事になった。


 巨大な超能力猫が暴れたとして、問題はその猫がどこからやってきてどこへ消えたか、だ。

 ロシア当局としては是が非でも確保したい。

 中国との国境が近いため、件の猫は中国から来た可能性もある。

 情報局は中国経済特区七条河(シーチャオフー)市で近頃噂になっている猫型UMAの情報を入手。関連付けられるのは当然の成り行きだった。


 中国側も、偶然天体望遠鏡で地平線を見ていたアマチュア天文家からロシアとの国境付近で山から突き出した巨大な猫のようなものを見た、という情報を入手。

 ロシアと中国は互いに牽制しつつ、慎重に探り合いをしていく事になる……


 一方、渦中の喵喵三合会ミャオミャオサムハプウイは戦いの三日後、自分探しの旅に出るホームレスおじさんを見送った。唯一持っている記憶に残る謎の光がオーロラだと分かり、自分の正体を探るためオーロラがよく見られる極地域へ向かう事にしたのだ。

 個人主義の気質が強い猫にとって別れは辛いものではない。ふらりと旅に出てひょっこり戻ってくる、というのは猫にはよくある事だ。わざわざ旅に出ると宣言して別れるのは猫の感覚では非常に義理堅い。

 黄虎(ファンフー)はいくらか名残惜しそうにしたが、黄虎(ファンフー)の友は以前よりずっと増えた。お互いに腹いっぱいで満ち足りているならば何よりだ。


 黄虎(ファンフー)と名無しの男は再会を誓い別れ、それをもって中国での超能力者を巡る事件にピリオドが打たれた。










 (リー)春燕チュンイェン(26歳)は七条河(シーチャオフー)市に住む廃業した女性占い師である。かつては船乗りや外国人観光客に易占いをしていた。


 約三年前までは未来が見えると吹聴し街角で小銭を稼いでいたのだが、超水球事件を切っ掛けに超能力者の捜索が行われたのが運の尽き。政府機関に捕捉・連行・検証され、無能力者の太鼓判を頂いてしまった。

 燦然と輝く本物が現れたせいでグレーゾーンにいた能力者の無能が浮き彫りになったのだ。いい迷惑である。同じような災難に見舞われた同業者は多い。


 別段専業占い師というわけではなく、貿易が本業だったため職を失いはしなかった。が、副業で政府の手入れを受け貶められたという噂は査定に大きく響いた。春燕(チュンイェン)は出世ルートを外れ、近頃は貯めた金で起業を考えている。


 日々の仕事と人付き合いで疲れた春燕(チュンイェン)の趣味は猫集会の観察だ。春燕(チュンイェン)のアパートの駐車場は猫集会の会場になっていて、夕方になるとたびたび猫が集まりにゃあにゃあと鳴き交わしている。春燕(チュンイェン)の仕事のシフトは早朝~夕方であったから、ちょうど仕事帰りに出くわす事が多かった。

 猫達の鳴き声はまるで赤ん坊の癇癪のようで、耳障りだと苦情を申し立てる近隣住人も少なくない。一方子供には人気で、猫側もそれを心得ているのか、猫集会の前後に子供に多少じゃれつかれるぐらいは愛想よくしていた。単に子供が冷蔵庫から持ち出してもってくるちょっとした餌が目当てだったのかも知れないが。


 春燕(チュンイェン)は専らアパートのベランダから猫集会を眺め、時々子供達にまじって猫を撫でに行った。

 猫集会の参加猫は流動的だが、概ね面子が決まっている。白猫から三毛猫、ぶち猫、黒猫に虎猫まで種々様々で、春燕(チュンイェン)は何匹かに勝手に名前をつけていた。春燕(チュンイェン)が名前をつければ子供達も真似してそう呼ぶ。


 集会の猫の中でも一番痩せこけみすぼらしいのが黄虎(ファンフー)だった。

「黄」色い「虎」猫だから黄虎(ファンフー)。単純だ。集会に参加している虎猫は彼だけだったため、名前被りはしない。

 黄虎(ファンフー)はいつでも傷つき警戒心剥き出しで、子供と猫の輪からいつでも数メートル外にいた。他の猫から甚振られている風でもあり、猫のカーストの最下層にいる事は想像に難くない。


 春燕(チュンイェン)は可愛そうとは思ったが、一度ソーセージをやろうとしたら警戒して牙を剥きだしにした挙句飛びつくようにかっさらって逃げていき感謝の様子の一つも見せなかったため、親切にしてやる気も失せた。可愛そうでも可愛げはない。


 いつ頃からか、七条河(シーチャオフー)市に巨大猛獣の噂が流れはじめた。

 最初は熊だの人喰い虎だのチュパカブラだの情報が錯綜していたが、二ヵ月も経つとどうやら異常に巨大な神出鬼没の虎猫らしいという事で話は固まった。


 目撃情報にはバラつきがあり、数メートルの体躯だという証言もあれば数十メートルはあったという者もいる。

 ネット上では化学物質の汚染によって異常成長した虎猫なのだという説が有力だった。いわゆるKAIJUだ。

 自称有識者達は口を揃えてありえない、自重で潰れる、巨体を維持するだけの食料の確保ができない、隠れ住む場所がない、などと夢の無いコメントをしていたが、面白くないので春燕(チュンイェン)は信じていない。


 B級特撮映画から抜け出してきたかのような巨大虎猫――――KAIJUの人気は高く、七条河(シーチャオフー)市を中心にたちまち虎猫ブームが巻き起こった。

 ペットショップ店に勤める友人曰く、虎猫は通常の五倍の価格で取引されるようになっただけでなく、一年先まで予約されるほどの盛況ぶり。余波で他の毛並みの猫も売れ行きがいい。


 中国経済特区にして有数の大都市、七条河(シーチャオフー)市に住む猫は90万といわれる。虎猫も相応にいる。飼い猫(虎猫)を盗んで売りさばく違法業者が現れたという話を小耳に挟んだ春燕(チュンイェン)は、近所の猫集会の黄虎(ファンフー)を思い出した。

 流石に人の猫を盗んで売るつもりはなかったが、野良猫を捕まえるぐらいなら構うまい。


 猫缶と網を持って猫集会を見に行った春燕(チュンイェン)黄虎(ファンフー)を見つけたが、二ヵ月前とはまるで様子が違っていた。

 ふくふくと太り肉付きがよく、滑らかな毛並をしている。猫の輪から離れ尻尾を逆立て気を張っていた彼はどこへやら、猫達の中心で威風堂々と前脚を舐めている。隻眼でなければ黄虎(ファンフー)だと分からなかっただろう。


 あわよくば小銭稼ぎをしてやろうと下心満載で近づいた春燕(チュンイェン)は、猫達に一斉にじっと見つめられたじろいだ。


 最近の猫はどうにも様子がおかしい。春燕(チュンイェン)が担当する貿易船にも猫が集団で乗り込んできたという話が上がっている。

 爛々と光る何対もの猫の目に見つめられ、言い知れない恐怖を感じた春燕(チュンイェン)はそっと後ずさってその場を離れた。まあ、虎猫とはいえ隻眼の傷物猫は大した売値にならないだろうと自分に言い聞かせて。


 去っていく春燕(チュンイェン)を集会所から離れた植え込みの陰にいた猫がひっそりと見つめる。

その黒猫は春燕(チュンイェン)がアパートに入るのを見届けると、ふいと視線を外し、ビニール包装されたどすけべえっちな表紙の薄い本を咥え直しとことこ歩き去った。


次が最終章です。夏頃に開始します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「秘密結社も随分増えた。鐘山テックとか月守組とかシーランド公国とか系列の人員も含めるとなかなかの規模よな(´・ω・)」 シーランド公国って現実の方の国じゃないですかー、マリンランド公国…
[一言] すげえ、猫と和解した!圧倒的な面白さでぶん殴ってくる黒留先生の小説好きです! 最終章…終わってしまうのは寂しいですが、全力で楽しんで読ませて頂きます!それとTwitter見ました!完結後も更…
[一言] 次が最終章か 寂しくなるな〜 最終章(終わるとは言ってない) を期待してる自分がいるww 応援してます 頑張ってください!
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