11話 にゃんにゃん三合会
七条河市郊外の公園で真夜中に起きた騒動は翌朝ニュースで報道され、しばらく噂の種になった。
真夜中の人気のない公園とはいえ、遊具を破壊しまくりーのクレーター作りまくりーのでドッカンドッカン大騒ぎしていたらすぐに人が集まってくる……と俺は想定していたのだが、予想は外れ誰も集まらず、不思議な事に通報すらされなかった。
これはババァ曰く「落ち葉とキノコの原理」によるものらしい。栞に言わせれば「傍観者効果」だ。
これだけ大きな事件だから、誰かが通報するだろう。
誰も現場に行っていないし、危なそうだから自分も行かないでおこう。
自分が手を出したせいで状況が悪化したら嫌だから、関わらないでおこう。
そういう心理が働いて示し合わせたように一種の空白が生まれたのだ。
そんな馬鹿なと思ったが、ニューヨークや日本、中国で実例があるらしい。
俺も記憶を辿れば小学生の時に足をざっくり切って泣いている陽介くんをクラス全員で取り囲んで「大丈夫?」「痛い?」「大丈夫?」「平気?」「大丈夫?」とみんな揃っておろおろ心配するだけし続けて誰も先生を呼ばず保健室に連れて行かず無限に気まずく集団モジモジをしていた思い出がある。ロクな思い出じゃねぇな。
公園の周辺の監視カメラの類を予め故障させておいたせいもあり、事件の詳細を明らかにするための手がかりは不足し、想定の三倍は謎めいた事件になってしまった。
公園に向かって行進する猫の群れや公園方向に編隊を組んで飛んでいく鴉を見たという噂が謎に謎を掛け算し、一周回って嘘くさくなったようだ。
夜な夜な街中に現れる巨大生物の噂や海上を低空飛行するマグロの噂(これは俺が黄虎のために獲ったマグロを目撃されたようだ)もあり、事態を重く見たUMAハンターが七条河市に潜入したとかしないとか。
一方、茶番の甲斐あって二匹の猫と一人の少年は無事に仲を深めた。
黄虎は黛訳を取り巻きをつれてお高くとまった喧嘩のケの字も知らない猫だと思っていたが認識を改めた。爆音で鳴く生き物に乗って助けに来た浩然くんの事も人間にしてはやる奴だと一目置いた。
黛訳と浩然くんも巨大化して地響きを立て猛烈な格闘をしていた黄虎を間近で見て本能的な畏敬を刻み込まれたようだ。
黄虎は相棒の身に何が起きたのか知るためにババァの知識が欲しい。黛訳と浩然くんは黄虎の力が欲しい。ババァも交えた二匹と二人は世界の闇と超能力に纏わる問題に共同で立ち向かうためにグループを結成した。
ババァは自身の所属団体である月夜見に入るよう勧めたのだが、中国組がババァの事は知っているが月夜見はよく知らないから、と慎重な構えを見せたため、一行はとりあえず「喵喵三合会」という名前の下で協力していく事になった。
なお命名は浩然くんだ。日本語だと「にゃんにゃんヤクザ」ぐらいの意味だろうか。猫大好きだね君。
上手く話の流れをコントロールし、超能力者達を結託させたババァは早速黄虎から事情を聞き、おばあちゃんの知恵袋を披露した。
世界の闇は極稀に人間に寄生する事がある。通常は精神力で抵抗して打ち負かせる。抵抗に失敗しても数日で勝手に自壊する。しかし、話を聞けばホームレスおじさんは記憶喪失だったという。ゆえに自我が不安定で影響されやすく、世界の闇と適合してしまったのだろう。
世界の闇にとって超能力者は餌だ。黄虎に加え黛訳と浩然まで一同に会した状況は御馳走が並んでいるに等しい。興奮した世界の闇がホームレスおじさんの意識を乗っ取り、暴走状態に陥った……と推測できる。
世界の闇をホームレスおじさんの体から追い出し消滅させるには、ホームレスおじさんの自我を呼び覚ますのが良い。主人格が強い意思を取り戻せば、心の隙に付け込んで寄生しているだけの世界の闇は実体を保っていられなくなり、逃げ出すか消滅する。
自我を呼び覚ます方法は色々あるが、痛みや恐怖で生存本能を刺激するのが手っ取り早い。
浩然くんはなるほど~! と納得していたが、猫には難しい話だったようだ。まあね。記憶喪失も分からない猫に寄生だの暴走だの言っても分からないだろう。
ちんぷんかんぷんな様子の猫達にババァは分かりやすくまとめた。
つまりもう一度黒い巨大怪人をボッコボコにすれば世界の闇は消えておじさんも正気に戻って平和になります!
ゲーム風に例えるなら、あとはボス戦クリアすればハッピーエンド。
今度こそ猫も人も方針を理解し、一丸となって進み始めた。
まず手をつけたのはホームレスおじさんの追跡だ。ボコるためにはまず居場所を見つけないといけない。黛訳は鴉と猫を動員して空と地上から探し回り、浩然くんも捜索願を出して人を使った。
どっこい、俺は見つからない。
七条河市街を遥か離れ、北東の国境を越えロシア領土に踏み込んだカミショヴィ山系の廃村で野人の如きワイルド生活をしているから。
流石の猫情報網も山奥から50kmも離れた街中に情報を届けるにはかなりの時間がかかる。猫の一日のお散歩距離は直線にして最大300mと言われている。単純計算で最大効率情報リレーをしたとしても50000÷300≒166で情報が届くまで半年近くかかる。
国境をまたいでいるから、ただの少年が出した捜索願ではロシア警察は動かない。
何日経っても手がかりすら全然見つからないホームレスおじさん捜索のため、ババァは月夜見の力を借りる事を提案した。
月夜見は一本注射するだけで物の記憶を二ヵ月遡って読み取れるヤバいクスリを製造している。取り寄せて一発キメればおじさんの行方は簡単に追跡できる。
他にも音響兵器や身体能力が超ブーストされる未認可の劇薬も扱っている魅力のラインナップだ。
ババァは言った。
「儂はただのお節介好きおばあちゃんではない」
「ガソリンスタンドで黛訳と浩然を助けた」
「世界の闇について教え、超能力の訓練指導をした」
「改造バイクを作成し、窮地を助けた」
「莫大な『貸し』をそろそろ取り立てなければいけない」
「月夜見は『貸し』を取り立てるためなら地の果てまで追いかける」
「だが月夜見は仲間なら無償で助ける」
「喵喵三合会が月夜見の仲間になるなら、今までの貸しはチャラにする。クスリや道具も無償で提供する」
「その代わりに君達も月夜見を無償で助けて欲しい。仲間になるというのはそういう事だ」
「さあ、どうする?」
事実上の脅迫&吸収合併を呑み、喵喵三合会は結成早々に形式だけ残して月夜見にあっさり取り込まれた。
やり口が完全にマフィアなんだよなぁ。でも悪いようにはしないから……
密貿易に纏わるアレコレについて釈然としない様子で学び始めた浩然くんだったが、最初の貿易での見込み利益額を聞くと俄然やる気を出していた。
あれこれと教え込んでいるババァ曰く、浩然くんは予防線や退路確保に関して抜群に頭が回るらしい。密貿易で利益を大きくするより、失敗しても損益が出ないよう、万が一にも密貿易が露見してパクられないよう腐心する傾向にあるようだ。
基本逃げ腰なんだよな、浩然くんは。いざという時に戦える奴である事は体を張って証明してるけど。
親父さんからバイクを無断借用していた時も完璧に隠し通していたし、逃げ隠れが上手いのは間違いない。ダーティーな秘密結社である月夜見向きの人材といえる。
そうしてあれこれ準備をしている内に月夜見から発送されたクスリが到着。
東京の金髪忍者娘の能力を借り受け、いざ決戦の舞台へ!




