09話 真夜中の公園の異世界感はすごいと思います
ババァは月夜見の御意見番や翻訳係を担当しているが、エンジニアとしての役割も大きい。そもそもPSIドライブを開発したのはババァだ。
最近は異世界由来の技術を地球技術に組み込む実験もしていて、PSIドライブをバイクに組み込むために毎日浩然くんの家の車庫でガチャガチャやっているらしい。
今回はそのババァを通して黛訳と浩然くんに招集をかけた。七条河市に超能力者は三人(三体)いる。全員最近活動が活発になっていて、敵対するにせよ協力するにせよいつまでも無関係ではいられない。
黛訳は対世界の闇を目的に七条河市の猫界を掌握する気満々で、浩然くんはそれに協力する姿勢。
そして黄虎は人間に飼われぬくぬく育ってきた飼い猫黛訳が幅を利かせているのを快く思っていない。
ざっくり人間に例えると、金持ちのお嬢様が大儀を掲げ取り巻きを引き連れてイケイケのノリノリで軍勢を創っていて、地元の叩き上げ任侠ヤクザがイラついている感じだ。
衝突は必至。
俺はババァと示し合わせ、全員の会合場所を七条河市郊外の公園に定めた。真夜中の公園に猫と異世界産ロリババァと怪しいおじさんと高校生が集まって、おじさんが突然闇の力に呑まれ暴走。猫を守るため、街を守るため、はたまた自分を守るため、協力しておじさんを撃退。そういうシナリオだ。
なお今の俺は佐護杵光とも夜久夜久とも全く関係ない一般的な闇の力に囚われたホームレスおじさんだから、ババァとはもちろん面識はない。遠慮なくボコって頂きたい。
俺は息の根を止めて塵も残さないつもりで攻撃しても無傷で生還するタイプのサンドバックだからやり過ぎて死者が出る事もない。安心!
俺が真夜中の人気のない公園で黄虎と一緒に回転ジャングルジムに乗ってぐるぐる回っていると、暗がりから足音もなく黛訳が歩いてきた。
そして、ガア、と一鳴き、どこからともなく声がする。
第一声を皮切りに明滅する街灯の上に鴉が舞い降る。
街路樹の枝にずらりと留まった鴉達が波打つように身じろぎする。
公園に繋がる路地の奥から、植え込みの陰から、違反ステッカーを張られた路上駐車された軽トラの下から、首輪つきの猫達が瞳を爛々と輝かせ現れる。
最後に黛訳の後ろから集まった猫達の尻尾を踏まないように神経質になっている浩然くんがやってきて、役者は揃った。
会合に大群を動員して威圧をかけてきた飼い猫勢力とは正反対に、野良猫勢力は俺と黄虎しかいない。
しかも片方は回転ジャングルジムでぐるぐる回り過ぎて三半規管をやられ顔色が露骨に悪い。
「にゃー」
「だ、大丈夫だ。ちゃんと酔ってる」
吐きそう……!
念力で三半規管の脆弱性はカバーできない。地元では撤去されてしまった遊具が懐かしくて久しぶりに童心に帰っていたらこのザマだ。遊具の隣で四つん這いになって吐き気を堪える俺の頬を心配そうに黄虎がペロペロ舐めてくれる。
おっかしいな。予定ではボロボロのコートを謎の風にはためかせ、ハンチング帽を目深にかぶって顔を隠し不気味に佇んで飼い猫勢力を歓迎するはずだったんだが。
ハンチング帽は黄虎が気に入って噛みまくって引き裂いてしまって使えないし、謎の風は微妙に胃液の臭いがする。
ああ。
思い通りにならないこの世の中。
俺はいつもこうだ。
この茶番は俺の人生そのものだ。俺はいつも失敗ばかりだ。
俺はいろんなことに手を付けるが、ひとつだってやり遂げられない。
誰も俺を愛さない。
この底なしの悲哀が闇を呼び寄せ、暗黒に呑まれるのだ……
「お、俺は大丈夫だ。本当に。あいつと。あの雌猫と、話すべき事を話してこい」
「にゃん……?」
喉元まで来ているものを押さえながら黄虎のおしりをポンポンして促すと、気づかわしげに何度も振り返りながら黛訳の元に歩いていった。
どうするかな。元々悪堕ち風味に目の下に黒くクマのメイクを入れたり、腕に油性マジックで邪悪な模様を入れたりと仕込みをしてきているが、図らずも乗り物酔いで凄みが増してしまった。このまま続行するか。
黛訳の翻訳血清による翻訳能力は射程距離が3mしかないので、少し離れ砂場でにゃーにゃー鳴き交わしている二匹が何を言っているのかは聞き取れない。
だがなんとなく険悪な様子だという事は分かった。鳴き声に棘があり、黛訳の横で睨みを利かせている浩然くんも困り顔だ。
黄虎が一際大きく鳴き、それに反応して黛訳が尻尾をピンと立てバックジャンプし、公園の獣たちの戦意が高まった瞬間、俺は浩然くんにも状況が分かりやすいように頑張って勉強してきた中国語で悲鳴を上げた。
「う、うわああああああーっ。俺の中の闇が……抑えきれないーっ」
「にゃ!?」
突然の悲痛な絶叫に黄虎はびっくりして飛び上がった。一触即発の黛訳など知った事ではないとばかりに背を向け一目散に俺の元に駆けてくる。
俺は蹲ったまま念力で黒い不気味なモヤっぽいものを纏い、黄虎を手で制した。
「近づくなっ。逃げてくれ黄虎。このままではお前を……いや……だ……たすけ……っ…………………………うおぉーっ!」
連日の偏った食生活と路上暮らし、乗り物酔いによって辛うじて保たれていた均衡を崩し、ついに邪悪な力に呑み込まれたホームレスおじさんが暴走状態に陥る。
俺は体長10mの黒いのっぺりした人型の怪物に変身した。黒い念力膜で人形を作ってその中に潜り込み操作しているだけなのだが、カラクリを知らなければ自身の内側から湧き出した黒い軟泥に呑み込まれ巨大化したように見えるだろう。
「がおー」
俺は月夜に咆哮し、巨腕を振り上げ、振り下ろした。
着弾地点にいた猫達が泡を喰って一斉に散り、一拍置いて砂場が爆散してクレーターを作る。
それだけでは収まらない。顕現した邪悪な怪物は、およそヒトのそれとは思えないめちゃくちゃな暴れ方をした。
公園の老朽化して取り壊しが決定し解体業者入札を間近に控えた遊具が景気よく次々と破壊されていく。鉄は飴細工のように曲がり、土管は粉砕され、土山は更地になる。
「……にゃおーんッ!!!」
怪物の足元で懸命ににゃあにゃあ鳴いていた黄虎が意を決して巨大化し、怪物を前脚で抑え込みにかかった。その巨体は怪物と化した俺に勝るとも劣らない。
が。組み合ってすぐ分かったが、黄虎には遠慮と気遣いがあった。明らかに怪物を俺と認識していて、傷つけまいと力をセーブしている。その証拠に必殺の猫パンチを打たず、なんとかして組み伏せようとしていた。
援護のためだろう、黛訳の鳴き声に呼応し鴉の群れが人型の怪物の頭部に殺到する。視界を塞ぎ攪乱するつもりだろうか? 猫にも目を潰すという概念があるという事に感心する。賢いじゃないか。良いサポートだ。
黄虎の巨大化は20秒しかもたない。拮抗のフリをしたプロレスは長続きしないし、真夜中の人気のない公園とはいえこれだけドッカンドッカン大騒ぎしていたらすぐに人が集まってくる。ささっと協力してぶっ倒して頂きたい。
今の俺は愛とか友情とか種族や勢力の垣根を超えた協力とかそういうキラキラした属性に弱いから、三人が力を合わせると雰囲気だけでやられるぞ。
黄虎と黛訳は協力中だ。あとは浩然くんが……浩然くん? 浩然くんはどこだ?
黄虎と相撲レスリングをしつつ念力式千里眼をズームアウトし、公園を俯瞰する。一瞬どこにいるか分からなかったが、すぐに見つかった。
浩然くんは顔を恐怖に引き攣らせ、もつれる足を懸命に動かし公園から一人で逃げ出していた。
あああああああああああ!
浩然くーん!




