07話 ニャンダフルパワー
思うに、支部長候補が三人(一人と二匹)いるなら当事者に誰がリーダーに相応しいのか選んでもらうのがいいのではないだろうか。
浩然くん、黛訳、黄虎が集まって相談してボスを決めればいい。それが一番納得がいく。
猫好き浩然くんが猫の元締めをやってもいいし、カリスマ飼い猫黛訳が猫の首領をやってもいいし、仁義野良猫黄虎が猫を統率してもいい。
誰がトップに君臨していても方向性に多少の差はあれどそれなりに上手くこの何故かねこねこしくなった月夜見中国支部(予定)を運営していけると思う。
いや、いっそ運営に失敗してもいい。
当事者がどれだけ本気であっても所詮これは秘密結社ごっこだ。
失敗してもいくらでも挽回できる。取り返しがつく。
失敗できるところで失敗して、経験を積んで学んで、これからの人生(猫生)の中でたびたび訪れるであろう絶対に失敗できない正真正銘の山場を乗り越えるための糧にしてもらいたい。
もちろん成功し勝利するに越した事はないのだが。
さて。候補者三名が相談してボスを決めると言うのは簡単だが、現状浩然&黛訳(+ババァ)と黄虎(+猫に拾われたおじさん)は表向き面識がないという事になっている。特に黛訳は飼い猫勢力、黄虎は野良猫勢力に属し、勢力図としては敵対しているとすら言える。
これではボスを決める相談どころではない。
そこで俺は共闘して仲良くなってもらう作戦を考えた。
バラバラに戦っていては勝てない強大な悪役が現れ、仕方なく力を合わせる。共闘するうちに芽生える絆……友情……団結……そして勝利。
漫画でよくあるやつだ。仲を深めたらあとは相談してボスを決めて貰えばいい。
もっとも現実は漫画のようにすんなりいかない。むしろ共闘しようとするも足の引っ張り合いになり共倒れ、罵り合って喧嘩別れ、というのが現実でよくあるやつだ。ブラック企業勤め時代に腐るほど見てきたしなんなら体験してきた。
そこをカバーして無理やりうまく行かせるのが裏方、つまり俺とババァの仕事になる。腕が鳴るぜ。
何はともあれまずは能力の訓練、訓練、訓練だ。特に黄虎は浩然&黛訳組と比べて超能力的に出遅れているから、ささっと進めてしまいたい。
俺は浩然&黛訳をほぼババァに任せ、黄虎に付きっ切りになった。何しろ痩せこけて怪我だらけだ。超能力より先に健康をなんとかしないといけない。怪我は治癒PSIドライブで瞬間完治したものの痩身はよく食べよく寝てじっくりふっくらさせていくしかない。
俺は彼の安眠のために毎夜の寝ずの番を買って出て、彼の食事のために俺は栄養価も味も優れた上等で新鮮な魚を獲ってきた。キャットフードでもいいのだが、黄虎はどんな餌でも俺に分け与えてくれると分かったので最初の一回以外は魚固定にしている。
キャットフードの食レポはババァには大ウケだったが栞には健康面を心配されてしまった。まあ人間用の食べ物じゃないしな。薄味で繊維質が多くてそんなに美味しくなかったし。
「うにゃーお?」
ある日の夜。いつもの路地裏の室外機横で、とうとう黄虎は聞いてきた。
俺は日本海で念力一本釣りしたブリを黒く発色させた念力刃を纏わせた人差し指で三枚おろしに捌いている。ここ一週間ほどの間は黄虎に合わせて刺身(と海藻)しか食べていない。
「何者、というと」
「にー……にゃあ、んなぁ」
黄虎は肉がついてきた頬を前脚でくしくししながらにゃごにゃご言った。
はっきりと言葉にはできないが違和感は感じているようだ。
まあ人間は猫語を喋らないし、指一本で魚をスパスパ捌いたりもしないもんな。他にも猫視点だと色々不思議な事が多いのだろう。俺もわざと人外感を滲ませて行動してきたからその認識は正しい。
「俺は不思議な力が使える不思議なヤツなのさ。ほら」
「にゃーん」
黄虎は手の平に乗せたブリの切り身にむしゃぶりついた。ざらざらした舌の感触がくすぐったい。
ふむ。黄虎に移植した超能力原基は昨日の時点で変異定着している。どう切り出そうかと思っていたが、丁度いいか。伏線を張りつつ能力訓練の流れに持って行こう。
「俺も自分が何者なのか分からない。気が付いたら黄虎と会ったあの場所にいたんだ。それ以外何も覚えてない。ああいや、何かの光が眩しかったのはなんとなく覚えてる」
「ふにゃん」
「ああ、よくわからん。記憶喪失なんだろうな」
「にゃあ? くるる」
「……俺にも分からん。記憶喪失ってなんだ?」
やっべ伝わらなかった。猫は記憶喪失という概念を知らないのか。
お、俺も俺も~。俺も記憶喪失だから記憶喪失がどういう意味なのか分からないです。
「だが分かる事もある。黄虎にも俺と同じ不思議なチカラがある。本当だ」
「なー?」
「感じるんだ」
俺が断言すると黄虎は胡散臭そうにヒゲをぴくぴくさせた。
まあね。今までは自分に不思議な力があるなんて感じた事なかっただろうし、よしんばあったとしても単なる錯覚だったに違いない。
だが今は違う。不思議な力はあります。俺が能力移植したんだからあるに決まってるんだよ。
覚醒せよ黄虎、偉大なる野良猫よ!
孤独と苦難の時代は終わった! 今こそ飛躍の時だ!
「騙されたと思ってチカラを使ってみないか」
「にゃ!?」
「……騙さないから使ってみないか。使おうと思えば使えるはずだ」
「にゃー……」
黄虎は名残惜しげに俺の手のひらについた魚の汁を舐めとり、一拍おいて急に巨大化した。
「にゃーにゃ、なーお!?」
豆柴サイズから柴犬サイズになった黄虎は高さの変わった目線で俺を見上げ、室外機と自分を見比べ、前脚の肉球を見て驚いている。忙しない。
分かりやすッ! これは巨大化能力者だな間違いない。偉大な猫というよりはむしろ巨大な猫だ。
「に……んなぁ」
黄虎はすぐに元のサイズに戻ってしまったが、興奮冷めやらぬ様子で俺の足元を八の字にぐるぐる回ってにゃーにゃー鳴いた。
「にゃーにゃーにゃー! にゃーにゃー!」
めっちゃ興奮しておられる。可愛い。
俺は黄虎が落ち着くまで待ってから、この不思議なチカラは訓練して成長する事を説明し、共にチカラを使って猫社会を成り上がりふかふかの温かい寝床を手に入れ美味しいごはんを毎日お腹いっぱい食べる事を誓い合った。
うむ。後は各員の超能力訓練が一区切りつくのを見計らって次のイベントに進むだけだ。
そろそろ俺も内に秘めた邪悪な力を抑えきれなくなって浩然・黛訳・黄虎の前で暴走する準備をしないと。




