表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)  作者: 黒留ハガネ
七章 世界支部編 中華湾岸経済特区/にゃんにゃん三合会
114/133

06話 save the cat

 トラ猫兄貴に先導され、俺は港湾部にある今北(ヂィンペイ)産業の貸倉庫裏にやってきた。


 今北(ヂィンペイ)産業は七条河(シーチャオフー)市の貿易企業だ。

 貸倉庫や貸しコンテナ業を中心に儲けており事業規模は中堅程度。

 密貿易に利用する可能性がある企業リストに入っていたから覚えている。


(食え)


 トラ猫兄貴が立ち止まり、座り込んで顎で室外機の上を指した。熱を持った室外機の上には一本の安物ソーセージが転がっている。

 はあん? なるほどね?


 冷蔵が必要な物を保管している倉庫に備え付けられたエアコンの室外機は常に熱を持っている。何かを温めるにはもってこいだ。室外機の雨よけだろう屋根もついていて、コンクリートで固められた土台のおかげで地面より数センチ高くなっているので水たまりが侵食してくる事のない乾いた足元が確保できている。寝床だろう、猫の毛まみれの破れたボロ毛布まで敷いてある。

 野良猫が拠点にするにはもってこいと言えるだろう。


「いただきます」

に゛(喋った)!?」


 小腹が空いていたのでありがたくソーセージに手を伸ばすとトラ猫兄貴は驚いて飛び上がった。そうなんすよ、俺喋れるんすよ。黛訳(タイイー)の翻訳能力血清の力を借りてだけども。


「人間が喋ったらダメか」

にー(いや)……くるる(もしかしてお前)(本当は猫)(なんじゃ)(ないか)?」

「バレたか」

にゃーん(やはりな)


 なに見破ったりみたいな声出してんすか兄貴。自分で言っておいてなんだけど猫判定ガバすぎない?

 猫語喋ったらみんな猫かよ。そんなワケがない、猫語ぐらい誰でも……喋らないな。

 猫語喋れば基本猫だったわ。俺も自分の事を人間だと思っているだけで本当は猫だった可能性がある。無いか? 無いな。


 ほんのり人肌ぐらいに温かくなったソーセージを取って室外機の横に座り込む。倉庫の壁を背もたれにすれば、胡坐をかいた足の間にトラ猫兄貴がするりと入ってきた。は? なんだテメー撫でるぞ。


「これ賞味期限は?」

にゃ(なんだって)?」

「あー、分からないならいい」


 猫が賞味期限なんて概念を知るはずもなし。

 ビニール包装はされたままだけどバッチリ猫の歯形ついてるし衛生面が心配だ。

 しかしまあ食っても死にはしないだろう。


 ソーセージをもっちゃもっちゃしながら俺はトラ猫兄貴の身の上話を聞いた。

 トラ猫兄貴の名前は黄虎(ファンフー)というそうだ。誰かに名付けられた訳ではなく黄色いトラ猫だから黄虎(ファンフー)と呼ばれているだけなのだが、一応黄虎(ファンフー)で通じるようだ。


 まだ子猫の頃に捨てられた黄虎(ファンフー)は生き猫の目を抜く野良猫社会で必死に生き抜いてきた。

 魚市場の魚を盗み、水揚げ漁船からイカをくすね、子供に面白半分に追いかけ回され必死に逃げ、食べ歩きをしている人間を狙って媚びて僅かばかりの餌を恵んでもらい、雨の当たらない寝床を巡って年上の野良猫と喧嘩をして、悪臭のする下水に降りて鼠を狩り、食あたりを起こして一匹で震えて眠り……


 死ぬ事こそなく生き延びたが、友はなく傷だらけで、片目も失った。

 猫はやろうと思えば一匹でも生きていける。人間と違って。しかしふとした時に寂しさを覚えるのだという。記憶の彼方、朧げな親猫の温もりの記憶が恋しくなる。

 だから雨に打たれて一人寂し気に蹲っていた俺に自分を重ね、助けてくれたのだ。


(だから)(お前の)(気持ちは)(わかる)に゛(ずっと一匹だった)(んだろう)?」


 黄虎(ファンフー)は同情的に頭を俺の太ももにすり寄せた。


「あー……」


 い、言えねぇ。超絶美人で性格良くて地位も名誉も金も能力もある最高の嫁がいて仲間にも恵まれていて毎日楽しく過ごしてますなんて言えねぇ。孤独とほど遠いけどなんとなく楽しそうでついてきましたなんて言ったらぶっ殺される。


 言い淀んでいると、黄虎(ファンフー)は室外機の下から萎びた柿を前脚で出してきた。


にゃ(それも食え)

黄虎(ファンフー)が食えよ」

くるるる(腹がいっぱいだ)


 言った直後に黄虎(ファンフー)の腹が鳴ったが、黄虎(ファンフー)は断固として俺に食わせようとしてきた。

 黄虎(ファンフー)、そんなにやせ細ってボロボロなのに俺のために。砂がついてるとかちょっとカビてるとかそんなの問題じゃない。ここで食べなきゃ超能力者が廃るってもんだ。


 若干調子が悪くなってきた気がする胃を気にしながら、室外機に寄り添い黄虎(ファンフー)を抱いて横になり目を閉じる。

 会話が成立したお陰なのか性格が為すものなのか、このたった数時間で黄虎(ファンフー)は種族の垣根を超え数年来の友人のように俺に気を許してくれている。腕の中からトコトコと心臓の鼓動と温もりが伝わってきた。


 あったけぇ。あったけぇよ……

 優しい。黄虎(ファンフー)優しい……

 こんなの泣くじゃん……


 次の日の早朝、俺は黄虎(ファンフー)と一緒に起きた。雨は上がっていた。

 翻訳が切れたのでもう一本お注射して(黄虎(ファンフー)は自分の腕に針をぶっ刺す俺に恐れおののいていた)、黄虎(ファンフー)に今日の予定を聞く。

 心優しいトラ猫の兄貴は他の野良猫と活動時間帯を被らせず、衝突を避けるために夜の限られた時間だけ活動しているという。食べ物が手に入りやすいタイミングを外してしまうため食い扶持を稼ぐだけでもギリギリなのだが、無理して他の猫と競争すると喧嘩になり怪我をして結果的にマイナスなのだとか。黄虎(ファンフー)は決して喧嘩が強い猫でもない。栄養状態が悪く痩せているのも不利だ。


黄虎(ファンフー)は水たまりの水を舐めながら悔しそうに鳴いた。


に゛ゃーご(俺に力がもっとあれば)……」

「……もし力が手に入ったらどうする?」

なぁーお(腹いっぱい食う)んなぁー(お前にも食わせてやる)にゃん(友達だからな)


 即答だった。

 その言葉には説得力があった。

 自分が苦しいだろう、痛いだろう、ひもじいだろう時に種族も違う俺を身を削って助け親切にしてくれた猫だ。

 こんないい奴なかなかいねぇよ。


 俺は念力という規格外の力を持つ。人を助ける時だって自分に余裕があるからやっている。力があるから助けられる。

 彼のように自分が力を持たず、追い詰められ、孤独な時でも人助けができるかと問われれば全く自信がない。

黄虎(ファンフー)はすげぇよ。本当に。


 俺は心を決め、目頭を押さえ立ち上がった。


「少し、出かける」

「……にゃー(戻ってくるか)?」

「必ず」


 俺は一夜ぶりに浩然(ハオラン)くんの家の近くのビジネスホテルに泊まっているババァを訪ねた。

 部屋のドアを開けたババァは服の前面を猫の毛だらけにした俺を見て顔をしかめたが、中に入れてくれた。

 キャリーバッグを漁り粘着テープをコロコロしてゴミを取るやつを俺に投げ渡しながら聞いてくる。


「昨日はどうした? 心配はしておらんが連絡はせよ」

「それは悪かった。なあババァ」

「なんじゃ」

黛訳(タイイー)より黄虎(ファンフー)の方がボスに相応しいと思う」

「…………?」

「でも黛訳(タイイー)を推すババァの意見も一理あるし、浩然(ハオラン)くんも途中で放り出す訳にはいかない」

「待て、最初から順番に話せ」

「ああ、つまりな、」


 俺に良い考えがあるって事だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] お も し ろ く な っ て き た !
[良い点] ファンフーかっこいいじゃねえか・・・ [一言] 今北産業は草
[一言] 猫って、可愛いよな なぁそこのお前(作者)もそう思うよなだってこんなに可愛いんだし可愛いからおい逃げるな囲め囲め捕まえろ猫沼に沈めろ毎日猫の画像見るようしてやる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ