04話 人工強制ボーイミーツガール
東京都足立区に住む中学二年生、高橋翔太くん(14)は俺が燈華ちゃんの対抗として出した天照構成員候補である。一次募集では今後ますますの活躍をお祈りする事になったが、今回の二次募集で晴れて採用される事になった。俺と鏑木さんが秘密結社の運営に慣れるまでは一度の募集につき一人採用の予定だ。
例によって念力式調査で明らかになったプロフィールを並べてみよう。なお、翔太くんは男なので鏑木さんからの風呂着替えトイレ盗撮禁止令は無情にも出ていない。いや俺も好き好んで野郎のサービスシーンを拝もうなんざ思わないからどうせ覗かないんだが。
高橋翔太、十四歳。平均的な身長と体格に黒の短髪。東京都足立区の分譲マンションで生まれ育つ。両親の他に三つ離れた兄がいる四人家族。成績は下の上。やればできるのにテスト前になっても親に口を酸っぱくして言われないと勉強しない。運動神経は上の下。帰宅部にしてはまあまあ。
趣味はテレビ、スマホゲーム、カラオケ、漫画。最近はそわそわ周囲を気にしながらエロ画像を検索しているのをよく見かける。巨乳好きらしい。性癖丸裸ですまんな。
友達は普通にいる。放課後にハンバーガー屋に寄ったり、休日にゲームを持ち寄って通信対戦したり、カラオケに行ったり。テスト前に勉強会と称して集まりほとんどの時間をダラダラ雑談して終わったり。一緒に遊ぶような女友達はいないが、女子に壁を作っているわけでもなく、彼女いない歴は三か月。
ここまではスーパー普通の経歴だ。
特別充実はしていないが、不遇と呼べるほどの辛さもなく、生きててけっこう楽しそうで、生きてて楽しいか辛いか、という自問自答が発生しないレベルの健全な毎日。鏑木さんや燈華ちゃんの経歴を見てきた後だと普通過ぎてもやもやするぐらい普通だ。
だが、しかし!
翔太くんの経歴は本当にこれだけである。
変な性癖、なし! 強いて言うなら彼女と別れた理由が「雰囲気もなく胸を揉んだから」というあたりだが、男子中学生である事を考えれば特筆すべき事でもない。
暗い過去、なし! 虐められてもいないし虐めてもいない。家族は全員存命で、時折罵倒が飛ぶ事こそあれ常識の範囲内で、暴力が飛び交うほどには悪くない。
鏑木さんは理解はできてもいまいち共感できないようだが、この普通さが良いのだ。
俺には翔太くんが抱えている退屈と非日常への欲求がよ~く分かる。
漫画は面白い、スマホゲーだって面白い、こんなにたくさん娯楽がある。でも飽きる。漠然と物足りない。
ぶっ飛んだバトルシーンを読んでいて、俺もこういうのやりてぇなあ! と心を熱くする。が、無理。やれない。立ちはだかる現実の壁。
空想世界でイベント目白押し、美少女いっぱい、大活躍、冒険、ロマン、最強! そういったワクワクする刺激に慣れ過ぎて、充実しているはずの現実が物足りなくなる。
贅沢な願望だ。充分に満ち足りた生活をしているのに、まだ上を求めているのだから。
しかもより強い刺激を求めている割に、非日常を求めている割に、特に努力もしない! ただ「美少女が降ってこないかなー」とか「異世界に召喚されないかなー」とか100%受け身で待っているだけ。自分で作らないとイベントの一つも起きないこのクソ現実的な現実世界で、ただ待ってるだけ。
アーッ!
考えるだけで心が痛い!
俺も昔は翔太くんだった。翔太くんは念力に目覚めていない俺だ。この現代日本で、充実した退屈な日常を持て余している若者はきっと翔太くんに限らず山ほどいる。
そんな翔太くんにこそ、念力おじさんと時間停止おねえさんが非日常(養殖品)をプレゼントだ。
翔太くんが最近ファンタジー系のラノベにドハマりして友達と貸し借りしてるの、おじさん知ってるぞ。机の一番下の引き出しに隠した妄想ノートの存在もバッチリさ。
翔太くんの非日常への導入準備は慎重に行った。
まず、燈華ちゃんの転校先を翔太くんと同じ私立中学の同じクラスに誘導。ここでも鏑木さんの金の力が火を噴いた。卒業生でもなく子供を入学させる訳でもないのに大金を出資し、見返りにクラス分けに口を出させろ、そしてそれを秘密にしろ、というのだからアホみたいに怪しまれたが、札束ぶん殴り攻撃は時に念力より威力が高い。鏑木さんの巧みな言い繕いとゴリ押しで押し切った。最悪念力で職員室に保管されているクラス分け書類を書き換えるかすり替えるかする不自然な手段に訴える予定だったので、正攻法(金)でなんとかなったのは良かった。
次に燈華ちゃんの引っ越し先の誘導。翔太くんの分譲マンションに一番近い社宅に引っ越してもらった。家が反対方向だったりすると「偶然転校生美少女の衝撃的事実を見てしまった展開」を演出しにくくなる。
同じクラスで、家の方向が同じ。大切な事だ。
こうでもしないと、美少女が転校してきました、クラスが違います、家の方向も違います、休日も会いません。中学を卒業しても最後まで美少女の正体に気付かず何も起きませんでした。こんな事が普通に起きそうだから困る。
さて。事前準備が終わったらミッション「ボーイミーツガール」の開始だ。
「
夏休み明けに転校してきた美少女に、翔太くんのクラスは沸いた。
燈華ちゃんは元がいい。そして鏑木さんのアドバイスを受け美少女ぶりに磨きがかかり、夏休み前とは別人のようになっている。化粧を教わり、身だしなみに一層気を遣うようになり、家庭の改善と頼れる大人を得た事から雰囲気が柔らかくなり、超能力を身に着け自信も持った。
普通とは何かが違う、余裕、自信。中学生なりにその雰囲気を感じ取ったのだろう、燈華ちゃんはたちまちクラスで大人気になった。休み時間のたびに女子に包囲され質問責め。手伝いや学校案内にかこつけて近づこうとする男子。何の使命感に駆られてか、男子を攻撃して燈華ちゃんから遠ざける女子。引っ張りだこである。大人しい性格の燈華ちゃんはやや引き気味になりながらも物静かに対応している。
前の学校と同じように男子人気に嫉妬した女子に迫害されないか心配していたが、杞憂だった。
優しいクラスで良かった、とほのぼのしていた俺だが、「あれは燈華ちゃんが自分達と違う世界に生きていてライバルにならないから、蹴落とす必要が無い事を嗅ぎ取ってちやほやしてるだけよ。可愛い子と仲良くなって自分の価値を上げているの」と鏑木さんに解説されて絶望した。世界の闇はもう女子社会でいいんじゃないですかね。こえーよ。
どことなくミステリアスで、高嶺の花の、美少女。勉強はできるけど運動がちょっと苦手なのが可愛い。それが転校後数日のクラスの見解だった。
なお、燈華ちゃんは仏教趣味を隠している。質問大好き女子に「ねぇねぇ、好きな歌は?」と聞かれて般若心経と答えられるほど図太くはなかった。「は」までは口から出てしまっていたが。
翔太くんはというと、その他大勢の男子に混ざって燈華ちゃんの係活動の手伝いをしようとして警備女子に追い散らされていたり、水泳の授業中にスクール水着燈華ちゃんに鼻の下を伸ばしていたり、と実に普通だった。家に帰る方向は同じだが、慣れない登下校の道案内も女子が買って出たため翔太くんはがっかりである。
燈華ちゃんは転校生という事で出席番号と席を一番後ろに割り振られ、「た」かはしで真ん中あたりの出席番号かつ前の席の翔太くんとは物理的に教室内の距離も遠い。
まあね。ここで女子の壁を突破して燈華ちゃんを口説きにかかったり、燈華ちゃんをストーキングして家を突き止めたりするようなアグレッシブな奴だったら俺も翔太くんを秘密結社構成員に選んでいない。こんなもんだろう。
転校後一週間もすると浮ついた空気は徐々に鎮静化し始める。翔太くんは未練がましく、いや大多数の男子はそうなのだが、燈華ちゃんと仲良くなるチャンスを受け身で狙いつつ、中々そんな都合よく行かない事を理解しはじめ、学校一の美少女と同じクラスになれた幸運でひとまず満足していた。
その満足。
ダメですね。よくない。実によくない。話が終わってしまう。
という訳でイベント入ります。
ある日の放課後。いつものように女子に一緒にかえろーよと誘われる燈華ちゃんだが、これもいつものように断る。世界の闇との戦いに巻き込まないためだ。
燈華ちゃんは燈華ちゃんでイベントを進行させていて、転校初日から都合三回、既に世界の闇との実戦を経験している。初戦闘ではガチガチに緊張して触手パンチを喰らい半泣きになっていたが、距離をとって火炎放射で怯ませ弱らせ、キックで核を蹴り飛ばすスタイルを確立してからは堅実に倒せている。そろそろ一点集中した火炎放射でカッコよく核を焼ききれそうな気配もある。
世界の闇は力に飢えた人々の欲望の具現、という設定であり、超能力者を狙うのだが、基本的に夕方から夜間にかけて現れ、人が多い場所には現れない。
なぜか。
メタな話をするなら、真昼間からポンポン現れて出動する事になると燈華ちゃんの出席率が下がって留年が見えてしまうからで、人が多い場所に現れると大騒ぎになって秘密結社が秘密ではなくなってしまうからだ。
そして表向きには、「力に飢えた人々の欲望」であるがゆえに、昼間から人が多い場所で暴力を振るうのはヤバいという深層意識も反映されている、という事になっている。不良が昼間のオフィス街では大人しく、夕暮れの校舎裏ではイキるようなものである。
そんな訳で一人帰路につく燈華ちゃん。
それを見送り、友達と荷物を家に置いてから再集合する約束をして自分も帰ろうとする翔太くんだが、下駄箱へ向かう途中、廊下に一枚の紙が落ちている事に気付く。拾ってみれば、それは燈華ちゃん宛ての授業参観案内ではないか! なんという偶然! きっとどこかの念力使いが念力で燈華ちゃんのカバンからこっそり抜き取って翔太くんが通りかかるタイミングで設置したに違いない!
燈華ちゃんが下校してからまだそれほど時間は経っていない。翔太くんは少しだけ迷ったが、燈華ちゃんの机に入れておくという無難な道は選ばず、期待通り走って燈華ちゃんを追った。そう。美少女とお近づきになれるチャンスだ。逃す理由はない。
翔太くんが学校を出たところで、燈華ちゃんに電話をかけ長話で足を止めていた鏑木さんが話を切り上げ、真面目な声音でボスが世界の闇の出現を感知した事を告げる。詳細な場所を知らせ、燈華ちゃんは少し硬い声音で現場に急行する事を了承した。
そうして電話を切り、ショートカットの髪をなびかせ小走りに走り去る燈華ちゃんの後ろ姿をタイミングよく遠目に翔太くんが捉える。突然走り出した燈華ちゃんに翔太くんは驚いたが、すぐに追いかけた。時刻は夕方。空が茜色に染まりはじめている。
いい感じだ。マッチポンプで一番難しいのはこういった時間調整かも知れない。
燈華ちゃんは徐々に人通りの少ない道に入り込んでいき、翔太くんはそれを追いかける。翔太くんの方が足が速いので、少しずつ差は縮まっていく。
そして、そろそろ声が届く距離だ、というところで、燈華ちゃんは細い路地裏に入っていった。
当然、翔太くんもそれを追って駆け込む。
手に持ったままの授業参観案内を握りしめ、息を弾ませ声をかけようとした翔太くんが見たものは、手から紅蓮の炎を噴き出し、それを一閃して奇怪な黒スライムじみた怪物を焼き払うセーラー服の美少女の姿だった。
「蓮見、さん……?」
「っ!」
呆然として呟く普通の少年、高橋翔太。
目を見開き、しまった、という顔を隠せない麗しき転校生、蓮見燈華。
――――その日、少年の日常は燃え上がった」
「そのナレーションは何かしら」
「うひっ! か、鏑木さん、来たなら言ってくれ」
天岩戸で油断してスルメを齧りながらナレーションを入れていた俺は、わざわざ時間を止めて気配もなく入店してきた鏑木さんに飛び上がった。恥ずかしい。
この後めちゃくちゃニヤニヤされた。