01話 匂い立つ肉球の気配
秘密結社月夜見とその母体である月守組は法的に黒に近いグレーの団体だ。
結成の契機は三年と半年前に起こした超水球事件にまで遡る。
世界で初めて超能力の存在が世に知れ渡った超水球事件によって、日本には大量の外国人観光客がやってきた。大多数は行儀の良い観光客だったが、数が多ければどうしても変なやつが混ざる。家も金も仕事もない外国人が相当数日本に流入し、結果治安が悪化した。
法整備の杜撰さ、人員不足などによって日本の対応力は飽和。そこにつけ込んだヤクザが幅を利かせるようになる。
そこに歯止めをかけたのが月守組だ。
東京の篤志家・月守剛を中心に不法滞在外国人達が団結し月守組を結成。自分達を食い物にしようとするヤクザに抵抗。抵抗虚しく押し潰されようとしていたところでふらっと記憶喪失の超能力者が現れ、なんやかんやあって東京の裏社会を仕切る事になった。
要するに月守組は東京を牛耳る任侠ヤクザ。月夜見は月守組の中でも超能力を使って敵対組織を始末したり暗躍したりする武闘派秘密部隊というわけだ。
うむ。なんかすごそう。
まあ実際凄いのだが、月守組トップは車椅子に乗ってゴミ袋を頭に被って墓石をぶん回して暴れる筋肉モリモリマッチョマンだし、参謀はカラーコーン被って後ろの方でギターかき鳴らしてるなんかよくわからんデブだし、弾丸避ける忍者もいるし、異世界から来たエンジニアロリババァエルフも混ざってるし、もうめちゃくちゃだ。
全員単なるコスプレではなくちゃんとした理由があってそうなっているのが手に負えない。色物集団も大概にしろと言いたい。
月夜見はもう一つの正統派? 秘密結社天照と対立していて、何度かすれ違ったり衝突したりしている。
元月夜見兼現天照首領としてはこれからもバチバチ超能力バトル展開になるよう脚本を書いていきたいところだ。
そこで話は秘密結社海外展開に移る。
絶賛海外支部設立中の天照だが、月夜見も海外に支部を作る必要があるのだ。
まず単純に勢力均衡のため。
天照は十人以上の超能力者を抱える。対して月夜見は三人。その差、三倍以上! 劣勢不可避! 劣勢からの逆転はアツい展開ではあるが、現実的に考えてちょっと厳しい。数の利というのはちょっとやそっとの小細工ではどうにもならないぐらい大きい。月夜見側をせめて2~3人は増やして戦いになった時にまともに戦えるようにしたい。
もう一つは金策。
大金持ちや大企業、小国の女王様がバックについている天照と違い、月夜見は常に資金不足に喘いでいる。
東京の裏社会を取り仕切っているのだからやろうとすればいくらでも利益を吸い上げられるのだが、トップの月守親分が善人過ぎて上がった利益は全て構成員の福利厚生に当てられている。
住居の手配、怪我の治療費、育児手当、節目の祝い金などなど出費は多い。
構成員の大半が不法就労者である月守組は皆がんばって稼いではいるが儲けが少ない。稼ぎ口がいくらあっても足りない状態だ。
だからざっくり言って海外に月夜見の支部を作ってそこを基点に密貿易なんかができちゃうとお財布が膨らんでとっても助かる、というのが月夜見の御意見番であるロナリア・リナリア・ババァニャン氏の言い分だ。
そういう訳で今回俺は中国の湾岸経済特区七条河市の波止場に来ている。旅客船のタラップから降り、ババァを肩車して海産物だらけの土産屋を冷かしているところだ。
今日からここでババァと一緒に月夜見の支部設立作戦を始める。栞は別働だ。本来は俺と栞が1:1で別れて動くはずだったのだが、中東での俺のガバさ加減に心配した栞がババァを俺につけてくれた。たすかる。要介護世界最強超能力者ですまんな。
七条河市は人口900万の大都市。ロシア南端の都市ウラジオストクと北朝鮮に挟まれ、日本海に面するこの都市は貿易で知られる。主に対露・対朝鮮・対日貿易を目的とした経済特区として様々な特例が設けられ任せられた裁量も大きく、中国に属するものの行政的には事実上独立国に近い。
近年経済成長著しく、聳え立つ摩天楼に犇めく多国籍企業、列をなし行き来する運送トラックと笑顔と大声に溢れた繁華街が活気を示している。
土産物屋をうろついていても聞いた事のない多言語が耳に入ってごちゃついた熱気を感じた。日本語どこ……?
「そう不安そうにするでない。七条河市で使われる言語は一通り覚えた」
ババァは顔のサイズに合っていないデカいサングラスを押し上げ、俺の頭を撫でて事もなげに言った。
今日のババァのコーディネイトはダメージ加工のデニムショートパンツに豹柄シャツ。四つ編みの銀髪にはこれでもかとコスモスの花が挿されコスモスに寄生されたようになっている。腰につけた銀のチェーンがぶらぶら揺れて俺の耳に当たるのが鬱陶しい。
年甲斐も無く生意気幼女ファッション楽しみやがって……俺も黒スーツに黒サングラスかけて髪を整髪料ガンガンに使って後ろに撫でつけるヤクザ若頭ファッションだからあんまり人の事言えんが。
「本当頼むからな。ババァの翻訳が頼りだ」
「ワシがいなかったらどうするつもりだったのじゃ」
「グーグル翻訳」
「グーグル翻訳片手に勧誘するつもりだったのか……?」
まあね。困惑するのも分かる。
カタコト以下の中国語でめちゃくちゃ翻訳と読み上げ機能を駆使しながらたどたどしく秘密結社に勧誘されてもホイホイついてくる奴はいないだろう。
それでも熱意と超能力の実演があればいけると思っていたんだが、やっぱダメでしたかね。栞にも同じ事言ったが半笑いだったし。
ひとしきり店を冷かし、ババァにオヤツの海藻を買ってやったら早速支部長候補を勧誘するため地図を片手に雑踏の隙間を縫って住宅街へ向かう。
今回勧誘するのは、洪水を起こした川に飛び込みダンボールに乗って流されていく子猫を救出したコッテコテの心優しい武勇伝を持つ少年――――王 浩然くんだ。




