02話 厄介ファンの夢女子煮込み
とりあえず今後のためにババァに連絡して日本産テロリスト部隊を手配してもらった後、俺は早速メドゥちゃんとの接触に動いた。
超能力者や世界の闇との邂逅を劇的に演出するいつものやつだ。
今回はせっかくなので一度は体験してみたかったものの結局叶わなかった夢を叶える事にする。
その日、マールスタン首都アリナータヤは晴天に恵まれ、乾燥した熱い風と照り付ける太陽がアスファルトを熱したフライパンのようにしていた。日干し煉瓦で建てられた黄土色の古式ゆかしい民家と鉄筋コンクリートのホテルやアパートが混ざり合って街並みを作り、発展途上にある混沌とした時代の波を感じさせる。同時に壁に穿たれた弾痕や焼け焦げた戦時徴兵ポスターが生々しく暗い影を落としていた。
そんな街並みの中。
果物籠を頭の上に乗せて売り歩く女性や肩から銃を吊り下げた白髭の男性が行きかう雑踏を縫うようにして走る一人の子供がいた。
覆面で頭をすっぽり包んでいるため性別は分からない……と言いたいところだが、既に一時間半も念力式千里眼でタイミングを見計らっているため正体は割れている。
彼女こそがアリナータヤ解放戦線リーダー、美少女脱走兵メドゥ・サグロゴちゃん(14さい、女の子)だ。
『待てクソガキィー! 泥棒! 泥棒ーッ! 誰かその子供を捕まえてくれ!』
逃げるメドゥちゃんを肉切り包丁を持った肉屋のおじさんが顔を真っ赤にして追う。メドゥちゃんは走りながら数珠繋ぎのウィンナーソーセージを懐に押し込んでいる。
窃盗だ。いーけないんだ、いけないんだー! せーんせーにいってやろー! というフレーズが頭をよぎったけど教育体制とっくに崩壊してた。確かここ三年間は非常事態のため自宅学習という事になっているはずだ。
学園生活を三年も奪うなんて許されざるよ。
だから強制学園イベントだ。
念力式千里眼で遠隔尾行しながら一時間半場所を変えつつ街角で出待ちしていた俺は、機を見計らい食パンを咥えて走り出した。
いっけなーい! 遅刻遅刻! 俺の名前は佐護杵光! どこにでもいるごく普通の全宇宙最強念力使い! 今日は中東のレジスタンス美少女に超能力青春を配達するために疾走中! でも曲がり角で衝突する前にメドゥちゃんが普通に取り押さえられそうでもうたいへーん! 一体これからどうなっちゃうの~!?
……よし。すまんが窃盗犯を捕まえようとしている善良な市民の方には謎の力で転倒してもらおう。アスファルトのひび割れか何かに躓いたんだと思います。紛争、武力衝突、市街地戦の連続で道路整備できてないからね。こわいなあ。
そして、
ドン☆
俺は曲がり角でメドゥちゃんと丁寧に衝突し、メドゥちゃんだけが転んだ。一拍遅れて俺も急いでわざと尻もちをつく。子供と大人の体重差を考慮してなかった。そりゃぶつかればこうなるか。
『いったーい! なにすん』
『チッ! おっさん邪魔! どけカス死ね!』
露骨に舌打ちしたメドゥちゃんは流れるように吐き捨て、転んだ俺を躊躇なく踏み台にして塀の上にジャンプ。そこから民家の裏庭に降りて走って逃げていった。
肉屋のおじさんが遅れて走ってきて、覆面の子供を見なかったか!? と聞いてくる。俺がメドゥちゃんと反対方向を指さすとそっちに走っていった。
俺はおじさんを見送り、食パンをもそもそ食べながら立ち上がる。
…………。
いやこれキッッッッツ!
俺がやるには十五年遅かった。これじゃただの厄介おじさんとの接触事故だ。
照れ隠しとかじゃなくて素で罵られた。トキメキ要素マイナス振り切ってるだろ。
かっこいい王子様じゃなくてごめんな。
邪魔なおっさんでごめんな。
カスでごめんな……
子供を突き飛ばしてしまった罪悪感しか無い。転校生シチュエーションは年頃の少年少女がやるものであっていい歳したおっさんがやるものではなかった。栞ならセーフだった。俺は完全にアウトだ。
どうして「いけるかな」なんて思ってしまったんだ。いけるわけねーだろ。三分前の俺を殴ってやりたい。
もう既に栞の助けを呼びたい。でも栞は栞で支部長勧誘してるしなあ。ちょっと心折れかけただけで危険な状況になっているわけでもない。
まあ、うん。
マッチポンプ続行で……
俺は念力補助で高速ダッシュしてアリナータヤ解放戦線アジトに先回りした。アジトは郊外の元武器製造工場で、子供ながらに銃を構えた見張りも立っている。
飴ちゃんで懐柔を試みたが、見張りのキッズは現地語しか話せないらしく英語が通じない。困っていると普通に発砲してきた。
弾丸は体表に常時展開しているバリアに当たり、硬質な音を立てて跳ね返される。
なんか海外出張始めてからやたら撃たれるな。
効かないとはいえ撃たれるのは気持ちいいものではない。念力で見張りキッズの銃を浮かせて取り上げすり潰して塵に変えると、口をぱっくり開けたキッズの股間が静かに濡れて足元に水たまりができた。
ええ? そんなに怖がるような事か? ……そんなに怖がるような事だな。完全に人外の所業だった。
『安心しろ、俺は味方だ。あー、飴ちゃん食べるか?』
『!!??』
ポケットからニューヨーク土産の飴を出して渡そうとすると、キッズは悲鳴を上げてアジトの奥に逃げていった。
めっちゃ怖がるじゃん。これ仲良くなれるかな。
アジトの中にお邪魔させてもらって小さな椅子に腰かけてメドゥちゃんを待つ間、解放戦線の子供達はソファや工作機械の影に隠れ遠巻きに俺の様子を窺っていた。全員10~16歳ぐらいの子供達で、擦り切れた軍服や縫い跡の目立つシャツを来ている。皆痩せ気味ではあったが血色は良く、汚れてもいなかった。
メドゥちゃんが音頭を取って最低限食うに困らず体を洗い洗濯もできるぐらいの文化的生活をしているおかげだ。えらい。
手招きをして飴ちゃんをあげようとすると逃げていってしまうので手持無沙汰に待つ事数分、覆面を外したメドゥちゃんが帰ってきた。途端に俺を遠巻きにしていた子供達がパッと顔を輝かせ、わらわらメドゥちゃんを取り囲み俺を指さして口々に訴える。
メドゥちゃんは眉間に皺を寄せ鋭い視線を俺に寄越した。アジトに居座る招かれざる客を見ても一切動揺していない。堂々としたものだ。十四歳でこの貫禄、将来が楽しみだな。
目撃者達から話を聞いたメドゥちゃんが俺の方にやってきた。仲間からごっつい銃を受け取り、手慣れた動作で安全装置を外しいつでも撃てる状態にする。
『お前はさっきの……? 名乗れ。所属は?』
年齢差にも体格差にも怯まない威圧的な誰何は明らかな慣れを感じさせた。
メドゥちゃんは別に声を張り上げたわけではなかったが、凛としていてよく響き耳に残る良い声だった。いい意味で一度聞けば忘れない。そりゃ軍部の広告塔に使われるわけだ。
『俺はインビジブル・タイタンと呼ばれている者だ。世界の闇と戦う秘密結社に所属している。君が無意識に放つチカラの波動を感じて訪ねさせてもらった』
『あ゛? ふざけた嘘つくんじゃ――――』
瞬時に激昂して銃口を俺に向けたメドゥちゃんは、銃身が飴細工のようにひとりでに曲がって「TRUE」の文字を作るのを見て言葉を失った。
『単刀直入に言う。メドゥ・サグロゴ、君には超能力の素質がある。望むなら力を引き出し訓練しよう。世界の平和を守る戦いに力を貸して欲しい』
メドゥちゃんは固まって動かない。
『ある意味では今まで以上に危険な相手と戦う事になるが、今まで以上に生きやすくなると保証しよう。どうだろうか』
言葉を重ねるが沈黙しか返ってこない。
ふむ。もうちょっと説明した方がいいか?
『どのような超能力に目覚めるかは不明だ。君は俺や俺の仲間についてなかなか詳しいようだな? それならば分かるはずだ。超能力は多岐に渡り、種類も強さも千差万別。想像した事はないか? 自分に超能力が目覚めたらどうするか。自分ならあの能力はこう使う。この能力があればこんな事ができる。約束しよう、その空想は現実になる。
当然リスクもある。世界の闇、と呼ばれる怪物に狙われるようになる事だ。奴らは人間の暴力的欲求が具現化した存在で、一般人も襲うが特に超能力者やその素質を持つ者を喰らって力を増す。放置すれば強大化し多様な能力を身に着け超水球事件で現れたような巨体になり得る。だから我々はそうなる前に……おい、聞いているのか?』
相槌すら無いので水を向けるが、やはり反応が返ってこない。
目の前で手を振っても反応が無い。
よく見るとメドゥちゃんは立ったまま白目を剥いて気絶していた。口元はだらしなく緩んでいる。
こわっ!
え、じゃあ何? 俺、ずっと失神したメドゥちゃんに話しかけてたのか?
君なんで『立ったまま気絶する』とかいう勇敢と根性の象徴みたいな事をこんなしょーもない場面でやっちゃうの? 俺もここ数年で相当特殊なシチュエーションを見てきたが立ったまま気絶する人を生で見たのは初めてだ。
何か納得いかないモヤモヤを抱えつつも、このままでは文字通り話にならないのでメドゥちゃんの頬を叩いて覚醒を促す。
『おい起きろ。おい』
『!? あ、ありがとうございます! あっ、あっあっ、あの、好きです! ずっと前から!!!!』
我に返ったメドゥちゃんは頬を抑えて感謝したかと思ったら突然告白してきた。
告白……告白!?
いや違うか。そんな訳がない。インビジブルタイタンの大ファンだもんな。そっちの意味だ。何歳離れてると思ってんだ。
『ああ、ありがとう』
『ありがとう!? OKって意味ですか!? 本当に結婚してくれるんですか!?』
『んん!?』
メドゥちゃんが頬を染め興奮して俺の腕をとり身体をすり寄せてくる。息が荒い。
待て待てやっぱりそっちの意味か? いやどっちの意味だよ!
『ごほん。勘違いをさせたようだな、今の言葉は結婚するという意味では』
『あああ、私すごく嬉しっ、んにゅうううう夢みたい! 夢みたい……夢!? 夢……夢じゃない! すーはー、ああっ、こんな匂いだったんですね! 覚えました一生忘れません!!!』
砂埃がついた俺の服に顔をうずめて深呼吸するメドゥちゃんにドン引きする。
助けを求めて回りを見ると、遠巻きに様子を窺っていた子供達も全員ドン引きしていた。
どうするんだよこれ。
この子、資料で読んだ三倍ヤベーぞ!




