01話 こちら不穏地域と不穏キャラのサンドイッチでございます
ニューヨークに世界の闇と戦う秘密結社「天照」の支部を設立するために俺と栞は二ヵ月かけた。ババァに頼まれた月夜見海外支部設立期限は半年以内で、既に二ヵ月経過している。
残り四ヶ月。秘密結社天照秘密基地兼地下酒場天岩戸の東京オリンピック区画整理に伴う移転工事手続き連絡挨拶根回し各種も大体あと四ヶ月ぐらいで終わるから、四ヶ月で世界支部設立に一度キリをつけたいところだ。
ニューヨーク支部設立に二ヵ月かかったがこれは初の海外支部で手探りだったからだ。日本本部立ち上げにはもっとかかっている。次の支部設立は急げばもう少し短期間で可能だろう。
しかし次の支部設立からは俺と栞は別行動になる。二人で手分けして世界中に何カ所も支部を作っていくのだ。栞がいないマイナス補正と慣れのプラス補正を雑に差し引きゼロと見なせばやっぱり支部一つ設立につき二ヵ月ぐらいかかるのだろう。
一つ設立につき二ヵ月。残り期間は四ヶ月で、それを二人で手分けするからあと四つ支部を作る事になる。
俺はニューヨーク・ジョン・F・ケネディ国際空港で栞と別れ、空路で次の支部設立場所である中東の小国マールスタンに飛んだ。
マールスタン!
なにそれ国? カザフスタンとかの親戚? 地理うろ覚え勢が分かるのは精々それぐらいだろう。
マールスタンは「蛇が多い場所」という意味で、アフガニスタンとパキスタンの中間にある民主主義国家だ。熱く乾燥した気候で、険しい山岳の田舎と平地の都会に二極化されている。主言語はパシュトー語だがかつての占領統治下時代の影響で英語も通じる。
首都は15万人の人口を擁する古都アリナータヤ。しかし首都ですら15万というのはどうにも弱い。最寄りの大都市であるパキスタンの首都イスラマバードの衛星都市のような扱いを受けている。
マールスタンは日本人なら相当な地理マニアでもない限り知らないし。中東に住む人々でさえ名前は聞いた事があってもどの位置にあったか思い出せないぐらいパッとしない知名度が低い国だ。
ところが実は今マールスタンでは政変が起きていて、以前より注目度が高まっている。日本ではニュースになる事も少ないが政変は政変。非常事態である。
マールスタンでは長年かけて汚職と政治腐敗が進行していて、国民の不満が高まっていたところに選挙の不正が発覚。これを受けて軍部が離反・武装蜂起し臨時政府の設立を宣言。
一時は市民に熱烈な支持を受けるものの、臨時政府は選挙を省き圧政を始めすぐに形骸化。現在は軍部独裁自称臨時政府VS市民主導革命組織の無政府内乱状態――――紛争状態になっている。
そしてひとたびどこかで争いが起きれば周囲が寄ってたかってそこにつけ込むのがいつもの歴史パターン。
周辺国が武器を提供して見返りに国家制圧後の利権を要求していたり。食料・燃料・各種物資の値段高騰に合わせて高値の輸出で暴利を貪ったり。
紛争は泥沼化。汚職と政治腐敗で国の屋台骨が揺らいでいたところから流れるように紛争に移行したため、マールスタンはボロボロだ。
治安は文字通り死ぬほど悪化し、横行する犯罪を取り締まるどころか取り締まる側が犯罪を起こす始末。子供ですら銃を持ち、ちょっと近所に買い物に出かけるだけでも武装が必要なほどだ。国民はあらゆる種類の警報や発砲・爆破音に慣れ切って、銃声鳴り響く中で洗濯物を干す異様な光景が日常と化している。
軍部の武装蜂起から数えて既に五年。まだ終わりは見えない。
うむ。
悲劇的だが珍しい訳でもない、一般的紛争だ。いつもどこかで紛争は起きている。これまでも、今も、これからも、ずっと紛争は起きる。
日本も昔は戦国時代とかいう紛争状態を百年ぐらい続けていたし、五年は短いとすら言えるぐらいだ。紛争の真っただ中にある当事者達にとって五年は絶望的に長いのだが。
今回俺が秘密結社「天照」支部長として勧誘を試みるのは、そんな紛争地帯の中心地、群雄割拠のマールスタン首都アリナータヤで活動する武装グループの一つ「アリナータヤ解放戦線」のリーダー。
メドゥ・サグロゴちゃん(14歳)だ。
メドゥちゃんは小麦色の肌に栗色の髪の美少女で、九歳の時、つまり紛争が始まった時に軍閥臨時政府の広告塔として強制徴用された。それまで普通に学校に通って暮らしていたメドゥちゃんは一転して士官宿舎に押し込まれ軍部の厳しい体育会系の生活を強いられた。
広告塔として使われる関係上、顔に残るような暴力こそ振るわれなかったが、随分な理不尽を強いられていたようだ。
可愛らしく凛々しい美少女メドゥちゃんが軍服を着て武器を持つポスターや宣伝動画は一定の効果を上げた。子供を紛争に利用するなんて! という批判もあったが、国内でまあまあの知名度と人気を得た。
栞もこの頃の情報をキッカケにメドゥちゃんに目をつけたらしい。
転機は二年前、メドゥちゃん12歳の時の事。
自分に性的な意味で手を出そうとした上官の頭を便器にねじ込み、写真を上司のアカウントでインスタにアップしてそのままアグレッシブ脱走をキメたメドゥちゃんは市井に降り、独立して「アリナータヤ解放戦線」を結成した。
この時点で既にすごい。メドゥちゃんさん凄いです。紛争地帯で美少女兵士から脱走兵になって12歳にして独自勢力を立ち上げるってもうどういう事? 偉人伝の序章みたいだ。
まあ栞が星の数ほどいる候補の中から自分好みの頑張っている女の子を選んだのだからぶっ飛んでるのは必然なのだがそれにしても限度がある。
そして限度があるからカラクリもあるワケで。
このメドゥちゃんがリーダーを張るアリナータヤ解放戦線という組織は「解放戦線」という名前と裏腹に解放活動をしていないし戦線を築いてもいない。
実態は孤児による窃盗団だ。
紛争が起きれば人が死ぬ。一番最初に死ぬのは成人男性で、一家の稼ぎ手が死ねば残された妻子が暮らしていけなくなる。普通はそこで国が暮らしていけるだけの補償するのだが、事実上の無政府状態にあるマールスタンではそれがない。
すると妻子が路頭に迷う。未亡人や孤児が溢れるわけだ。
突然紛争状態の国でたった一人生きていく事を強いられワケも分からず困り果てた孤児をメドゥちゃんは呼び集め拾い集めて集団を作った。その数は実に50人にのぼる。
子供でも数が揃えば力が生まれる。規律をもって分業すれば力が強まる。
大人は誰も助けてくれない。助ける余裕がない。むしろ子供を戦場に駆り立てようとする。だから自分の身は自分で守るしかなかった。
子供が大人から自衛しないといけない厳しい時代なのだ。
砲撃で半壊し放棄されたアリナータヤ郊外の武器製造工場を不法占拠したメドゥちゃん率いる一団はアリナータヤ解放戦線を名乗り、主に窃盗で生計を立てた。
覆面で顔を隠し(幸いアリナータヤでは直射日光と熱砂から顔を守るため覆面は珍しくなかった)雑踏に紛れ、財布をスリ取ったり。警備の甘い店に忍び込んで食料や服を盗んだり。
ささやかな家庭菜園、くず鉄集め、外国の取材班の現地ガイドなどの副収入も欠かせない。
窃盗は犯罪だ。犯罪だが、人を殺して生計を立てるよりずっといい。
多感な時期に三年も過激な軍にいた事を考慮すれば驚くほど穏当だ。軍で窃盗を教えていたとは思えない。教え込まれた銃の撃ち方やナイフの使い方を活かして生きる方がずっと楽だったろうに、メドゥちゃんはそれを選ばなかった。自分と同じ孤児にも選ばせなかった。選ばずに済むようにした。
畑を耕すとか店で働くとか、もっと生産的で平和な仕事は治安が悪すぎて現実的でない。子供の畑なんて実ったそばから荒らされ奪われる。子供店員の店なんてすぐに強盗が押し入る。実際そうなった前例がある。
本来大人に保護され守られるべき子供が自活しているだけで善悪問わず偉い。誰がなんと言おうと俺はアリナータヤ解放戦線を褒めてやりたい。本当によく生きた。例え子供窃盗団として地元民に嫌われていても、生き延びているだけで勲章ものだ。
ちょっとハード過ぎる経歴のメドゥちゃんとその仲間達にはこれからもっと夢と希望溢れる楽しい青春を過ごしてもらいたい。
超能力を手に入れてから私は変わりました! 窃盗をやめて紛争終わって学校に行くようになって彼氏ができて放課後は友達の家でゲームして休日はみんなで遊園地に行って夜は街の平和を守るため世界の闇と戦ってます! 入って良かった秘密結社! みたいなね。
美少女兵士が映えるのはフィクションの中だけ。現実にあるのは悲し過ぎる。
許せねぇ。軍服着るのはコスプレだけにしろ。俺がコスプレにしてやるから見とけよ!
という訳で偽善なのか義憤なのか自分でもよくわからない感情に支配され俺はやる気を滾らせ燃えていたのだが、そこに投入される冷水が一つ。
メドゥ・サグロゴはインビジブル・タイタンの熱烈な厄介ファンなのだ。
超水球事件を臨時ニュースで知ってから厳しい情報規制の中で手を尽くしてIT情報を集め続け、新聞の切り抜きを大切にスクラップブックに収め宝箱にしまい込み、毎日三回はネットでITの活動動画を見てニコニコしている。
それだけではない。アリナータヤ解放戦線の仲間にしつこくITの良さを布教し、気が進まない子にも無理やり動画を見せ、ITの事を怖いとか嫌いとか言った子を冷遇する始末。
同好の士の扱いにも問題がある。布教を成功させITファンになった仲間にもやたらと古参面してマウントを取りたがる。私が一番ITの事良く知ってるんだよ! ITのこんな事知ってる? 知らないの? それはファン失格! などとイキってはせっかく増やしたファンに引かれている。
やめてくれよ……
普通のファンならちょっと恥ずかしいけど嬉しいねこれからもよろしくで済むのに。
なんでこんな厄介な感じなんだよ。
超能力者箱推し人類ディスをしていた三景ちゃんの三倍は厄介だぞ。
栞はドイツでパントマイム過激派の大学生を支部長に勧誘するため活動中なのだが、そちらは別に栞のファンでもなんでもない。
なんで俺の方はこんなんなの? いやクジ引きで担当決めたし単純にランダムなんだろうけど時間停止による不正を疑ってしまう。俺がドイツで栞がマールスタンなら平和だったのにどうしてこうなってしまったのか……
いや、でも、うん……
まあ……ね?
しっかり認知して対応しなければならない問題ではあるし……
これを良い機会と考えて……
そのへんも……上手く、こう、何とかしながら……うん。
……秘密結社中東支部編、頑張るぞい!