望月くんと食い違い
いったい今はなにが起きているのか。
つくづくライトノベル作家である、自分が嫌になるな。
「あの!望月くん!いえ、神嶋先生!こっち向いて〜」
「神嶋先生!俺も読みましたよ!」
「いやー!神嶋先生の作品のヒロインが最高すぎ!」
「神嶋先生!神嶋先生の作品が面白すぎて俺昨日ほとんど寝れませんでした」
やばい……。
とうとう幻聴まで聞こえてきてしまう始末。
つーか、俺は神嶋じゃなくて、神崎だ!
頭の中にひっきりなしに聞こえてくる、神嶋コールに嫌気がさして、幻聴を祓うために思いっきり目を開けた。
そこに広がっていた光景は俺の時を数秒間止めた。
俺が眉間にぐー持って行って、必死に試行錯誤をしている間に、俺の席周辺にクラスメートが集まって来ていた。
「ちょっ、な!」
訳がわからず一方的にあたふたする俺を差し置いて、彼ら彼女らの奇行は続く。
「神嶋先生ー、私サイン欲しいでえーす!」
「神嶋先生ー!私にもサインくださいー!」
「いいなー!じゃあ、神嶋先生ー。私にもください!」
そう言いながらサインペンとノートを差し出してきているのは女子だった。
待て!何で女子が俺の作品を読んで、さらにサインまでせがんでいるんだ?
お前らは、は?キモ。とか無残に俺を言葉で殺すような奴らじゃなかったのか?
いい加減俺もこの異常な光景に、何かがおかしい!そう思うようになった。
俺は行動力があるとよく言われる。
数少ない俺の長所なのだが、こういう時にそれがすごい役に立つ。
「うあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
さすがに一気にいろんなことが起きすぎて、俺の脳では判断しきれなくなった。
もう無理だ!!!
現実逃避をするために、俺はひたすらトイレに向かって走った!
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ………」
トイレの大便器の上で俺は一人静かに座っていた。
思いっきり走ってきたことに加えて、わざわざ3年生の別の会のトイレまで逃げ込んだおかげでさすがに追っては来なくなった。
取り敢えず一安心。
それよりも、いったい何でこんな事になったんだ。
何であいつらはあんな俺を尊重してくるんだ?
サインまで求めてきたぞ。
さすがにあんな盛大にやられては、一概に俺を嘲笑するための行動とは捉えづらくなる。
それに、全員が全員俺のことを神嶋先生と呼ぶ。ここの間違いにもなぜか引っかかる。
わざとなのか?素なのか?どっちなんだいったい。
さては、俺からサインを貰い後でそれをみんなでゴミ箱に捨てて……。みたいな感じで俺をバカにしたいのだろうか。
あまりの出来事に軽いパニックになった俺はネガティブ且つ、被害妄想な想像が止まらない。
様々な最悪のケースが浮かんできて、中には命を絶つものまである。
もう嫌だ……。
そんな事を思いながら、一人でうずくまっていると、トイレの外あたりから数人の生徒の足音と笑い声が聞こえてくる。
おそらく声からして男子生徒だ。それにここは三年生の階だから三年生の男子だ。
「んでさー、今ツイッターでも盛り上がってる神嶋先生について何だけど」
一人の生徒がそう切り出す。
「 ブフッ」
思わずむせてしまった。
三年生にまで出回ってしまったのか……。
現代の通信機器の拡散力の凄さを改めて実感させられる。
「ああー、それ知ってるよ。昨日とかまじ話題になってたよな?2年の奴だろ?」
学年まで割れているのか……。
「そうそう。でさー、俺もちょっと気になってな、その神嶋……菜月?とかいうやつの作品を見てみたんだけどよー」
神嶋なつき?だから違う!俺のペンネームは神崎なつきだ。
にしても、俺の作品を読んでくれたのか……。いい読者だ。毎度あり。
「おおー、どうだった面白かった?」
「まじで最高!!!!俺、何回も泣いちった」
「へぇー。感動できるやつなの?」
「もう、本当に最後のオチが最高に泣ける」
お前、そんなに妹のお風呂シーンが好きなのか。それに感動に涙って……。
マジでやばいやつ来ちゃったぞこれ。
「いいなー。今度俺にも貸してくれよ」
「おう。マジで感動できるぜ」
「すげえな。そんな感動するんだ。題名はなんていうの?」
「[明日の君]っていうやつなんだけどなー」
は?明日の君?なんだそれ。誰の作品だ?
「へぇー、どんな話なの?」
「根暗な主人公と、作家である美人女の恋愛の話なんだけどー」
「うわー、なにそれ。面白そー」
ちょっと待てよ!それ本当に神崎なつきの作品か?
妹は?妹はどうした?
「んじゃあ、早く教室行こうぜー」
「おうよー」
そんなやり取りを終えると、彼らはトイレから出て行った。
同時に俺もトイレから引きこもりはやめた。
「まて!神嶋って誰だ⁉︎明日の君ってなんだ⁉︎どっちも俺じゃねえぞ!!」
俺はようやく何かをつかみ始めてきた気がした。
あんなやばい作品を書いていると知られたのに、感動しただのサインが欲しいだの、俺を尊重してくる彼ら彼女らの言動。
俺の作品に感動要素はないのに、ひたすら感動したと連呼する読者たち。
なぜか違う俺のペンネーム。
俺の代表作が全く違うこの現状。
という、現時点で発覚している俺の中での違和感。
なにやら俺と彼らの間におかしな食い違いが生まれていることにようやく気がつき始めた。
もし、もしこの食い違いがいい方向に利用できたとすれば。
俺にもまだ未来はある!