たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<12>たっくん動物園へ行く
ジェイムスン中佐がケビンに声をかけてきました。
「明日は珍しく俺もお前もそろって非番だろ。ラプターを連れてどこかに遊びに行こう」
「いいですね。たっくんが喜びますよ。どこにします?」
「動物園なら1日楽しめるし遊園地ほどカネもかからないだろう」
「そうですね。僕,お弁当作りますよ」
「そりゃいい。そうだ,アマンダも都合が良ければ誘ってやれ」
「いいんですか?」
アマンダはケビンの年上のガールフレンドで,ケビンと同じレバノン系で,心療内科のお医者さんです。
ケビンがさっそくアマンダに連絡すると喜んで一緒に行くと返事がありました。
「ようし,気合入れてお弁当作るぞ」
ケビンも本当に嬉しそうです。
翌日朝早くからジェイムスン中佐の車に3人が乗り,後ろからたっくんがタキシングでついて動物園に向けて出発しました。
「私も招待してくれるなんてありがとう」
と後部座席からアマンダが言うとジェイムスン中佐は
「いや,どうせ行くんならあんたも一緒の方がケビンもラプターも喜ぶだろうと思ってな」
と笑いました。
入場ゲートで
ジェイムスン中佐が
「大人3枚ステルス戦闘機1枚」
と言うと窓口の人は別に驚くこともなく
「現役運用戦闘機は一般大人料金と同じです」
と言いました。
ここはそういう街なのです。
動物園には珍しい生き物がたくさん住んでいました。
ゾウやキリンやサイやカバ,人間より大きな動物もたくさんいます。
「こいつら,父ちゃんやケビンよりも大きいぞ。おーい」
たっくんは大型動物に興味しんしんで
その中でも陸上最大と呼ばれるアフリカゾウの檻の前でなんとかアフリカゾウの親子を振り向かせようと声をかけたりとび跳ねたり主翼をぶんぶん振ります。
「どう?お友達になってみたい?」
アマンダがきくとたっくんは,
「んーどうかな。ちょっとこいつら臭いし」
と意外な返事でした。
「はっはっは。動物はクソをしてもトイレットペーパーもウォシュレットも使ってないし毎日風呂に入ってるわけじゃねぇもんな。でも人間だって何日も風呂に入らず作戦行動してくるとみんな臭くなる」
とジェイムスン中佐が言いました。
「うぇっ。それこそバイオテロじゃん。みんなの鼻がもげちまう」
「それがそうでもないんだな。自分も臭いからお互い鼻が馬鹿になって気がつかなくなる」
「でも休みの朝の父ちゃんは風呂に入ってても酒臭いのはなんでだ?」
「お前なぁ」
中佐とたっくんのやりとりを見てケビンとアマンダはふふふと笑いました。
一通り回ったところでお昼になりました。
「そろそろお昼にしましょう。今日はお弁当を作ってきたんですよ」
とケビンが言いました。
「やったあ!楽しみ。俺今日ケビンがからあげ作ってるの見たんだ」
とたっくんが言いました。
ケビンのつくったお弁当をみんなで食べながらたっくんはおむすびをほおばりながら今日見た動物について話し始めました。
「象とかキリンって本当に大きいのな。キリンなんて俺の座高ほどあるぞ。虎はほんとにしましまなのな。マンドリルの顔とケツは絵の具で塗ったみたいだった!ヒクイドリと俺,どっちが蹴り強い?」
などなど。たっくんは夢中でしゃべっています。
「でも不思議だなぁ」
とケビンは呟きました。
「僕なんて毎日たっくんや他の戦闘機の胴体下に潜り込んで作業しているからかもしれないけど大型動物を見ても子供の頃のように大きいなぁとは感じなくなった気がするよ」
「大人になるってのはそういう意味でも感動が少なくなるのかねぇ」
と中佐は言いました。
ふれあいコーナーでは小動物にえさをあげたりさわったりができます。
小動物,と言っても人間の何倍も大きいたっくんはポニーのところへ近づきました。
「これをどうぞ」
たっくんは飼育員のお姉さんから半分に切ったバナナを渡されました。
「これっぽっちか。しょうがない。よし,はんぶんこだ」
とたっくんはポニーの前でバナナをさらに半分にしようとしたらいきなりポニーがたっくんからバナナを口で取り上げてもぐもぐと食べてしまいました。
「あっ!こいつ独り占めしやがった!」
とたっくんは怒りだしました。
「ひとりじめもなにもそれはたっくんのおやつじゃないしさっきどれだけお弁当食べたんだよ」
とケビンはあきれました。
「まぁまぁ,俺達もたくさん歩いたしちょっとコーヒーでも飲んで休憩しようや」
と中佐は目の前の休憩コーナーを指差しました。
人間はホットコーヒーを飲んでたっくんはからあげ棒を買ってもらいました。
「ああ,待って,たっくん,動かないでちゃんと止まって食べて。串がとがってて怪我をするよ」
とケビンがたっくんに声をかけました。
「食べた後はきちんと串はゴミ箱に捨ててね」
とも言いました。
たっくんが串をゴミ箱に捨てているとなにやら遠くから大きな動物の鳴き声と人だかりができて騒がしそうです。
「なんだどうした」
中佐が不思議がっている間に先にたっくんが走り出してしまいました。
大きな声を出していたのは象の檻で,子供の象がとんでもない声をあげて鳴いて檻の中を暴れ回っていました。
とても興奮している様子で人間の飼育員が近付こうものなら蹴り飛ばしてしまいそうないきおいです。
「一体どうしたんだ」
中佐が言うとアマンダが,
「あれ,象の左側の後ろ足をよく見て」
と言いました。
よく見ると木の枝のようなものが刺さっていました。いいえ,違います。たっくんが食べていたからあげ棒の串と同じものです。
心ないお客さんが食べた後の串をポイ捨てして檻の中に入ったのを小象が踏んでしまったのです。
飼育員の人達も象の足に刺さった串には気付いているものの,象が暴れてしまってうかつに近づけません。
「ひどい」
ケビンは言いました。
「あんな大きな象が足を怪我すれば自分の体重を支えられなくなって内臓を圧迫して最悪死んでしまうわよ」
アマンダが言いました。
「麻酔銃でおとなしくさせるしかないんじゃないか」
ケビンがそう言っていると,母親象の方がゆっくりうごきはじめ,なぜかたっくんたちに近付いてきました。
そしてどういうことかたっくんの前で膝を折って何かを頼んでいるようなしぐさをはじめました。
飼育員達もお客さん達もびっくりしています。
たっくんは何が起こったのか分からずぽんかんとしていましたがアマンダは
「たっくんにあの子を助けてほしいんじゃないかしら」
と言いました。
いかに象が陸上最大の生き物とはいえ,18.92mのたっくんほど大きいわけではありませんし現役の国内戦闘機最重の19.7tで最大離陸重量が38tのたっくんならA10ちゃんほどの怪力ではなくても軽々と象を持ち上げることができるでしょう。
「いや,ちょっと待ってくれ。いくら俺でもあんなの無理だ。それにあいつは臭い」
たっくんは露骨にいやな態度をしました。
「においはともかく,そんな無茶なことたっくんにはさせられませんよ」
とケビンは中佐の方を見ました。
「よし,ラプター,俺も手伝うからお前が助けてやるんだ」
と中佐は言いました。
「自分の子供が大けがをしたままで親がほっとけるわけがないんだ。おまけに子供が麻酔銃なんて撃たれてるのを見たらきっと親だってパニックになる」
と中佐は自分で確かめるように言いました。
「りょーかい…」
鳴いている小象を見てこのまま後味が悪い気持ちになるのも嫌だったのかたっくんも従いました。
「ケビン,お前も来るんだ。普段ラプターの腹の下に潜り込むのは得意だろう」
と中佐が言うとケビンは
「僕もですか?分かりました」
と中佐とケビンとたっくんは象の檻の入口に行き,飼育員達に説明しました。
「そんな無茶な」
と驚いたものの,他に方法がありません。
中佐の出した案はまずたっくんが小象をつかまえて持ち上げて動かないようにして,ケビンが近づいて刺さっている串を抜くのですが,そのときに後ろ右足でケビンが蹴り飛ばされないように中佐がその足を支えます。
たっくんと中佐がしっかりしないとケビンは蹴られるかぺちゃんこになってしまいます。
「これを使って下さい」
飼育員がケビンにグリセリンを渡しました。
中佐は母親象に向かって,大丈夫だ,俺達を信用してくれと目配せしましたらそれが通じたのか静かになりました。
問題はたっくんです。
「あんな臭いヤツにさわりたくねーよ」
とぶつぶつ怒っています。
そうこうしている間に暴れ回っている小象がたっくんに軽くタックルしてきたので
「おおっと。いてーじゃねーかこのアホガキ」
とたっくんは思わず象を捕まえ逃げないように象の牙と前足2本をハードポイントに引っ掛けてしまいました。
たっくんに体を掴まれた象は暴れましたが普段演習で中距離ミサイルを6本とサイドワインダー2本を抱えて超機動をしているたっくんには思ったより負担はかかりませんでした。
「よし,いいぞ。そのまま離すな」
中佐は小象の右後ろ脚をつかまえました。
「本当にやるんですかね」
ケビンはそーっと象の足に近付いてグリセリンを塗ってからそーっと串に手を歩伸ばしました。
しばしの沈黙の後,無事串が象の足から離れました。
「やった…」
ケビンはへなへなでまずは串を飼育員に渡して捨てたのを確認すると中佐は
「よし,いいぞ」
と象の右足を下しました。
ケビンと中佐が安全な場所まで戻ったのを確認してたっくんも象を離しました。
母親の象はあわてて小象に近付いて親子の象は鼻を取り合って喜び,また,たっくんにお礼をするようにたっくんに何度も鼻をこすりつけてきました。
「ああー分かったって。もう。礼にはおよばねぇから。どうせお前ら金なんて持ってねぇだろうし」
とたっくんは言いました。
「よかったね,たっくん,象と友達になれたわね」
とアマンダが言うとたっくんは親子の象に振り返って,
「お前ら毎日風呂に入ったら友達になってやらなくもないしまた遊んでやるよ」
と言いました。
「そろそろ夕方だし寒くなってくるから帰りましょう」
とケビンが言うとアマンダが
「ディナーは私にごちそうさせてくれない?」
と言いました。
「ええっ」
ケビンは驚きましたが
「だって折角招待してくれて何かお礼したかったし,たっくんにごほうびが必要だわ。どこで何が食べたい?」
と言ったのでたっくんは
「やったね!俺ステーキね!」
と喜びました。
「おいおい」
と中佐が言い掛けましたがアマンダは,
「いいのよ,気を使わないで」
と言いました。
「あーあでも腹減ったし疲れちゃったな。もう歩けなーい」
たっくんはだだをこねました。
「しょうがねぇなこいつは」
と中佐はどうにかたっくんを促して駐車場まで移動させると車からフックを取り出してたっくんの機首に引っ掛けました。
「こいつに無理にタキシングさせるのは危ない。牽引していこう。お前が運転しろ」
と中佐は車のカギをケビンに放りました。
「えっ」
「俺はラプターに乗る。俺も眠いしな。しっかり牽引しろよ」
と中佐は言いました。
「そんな勝手な…」
結局ケビンは中佐の乗ったたっくんごと牽引して運転する羽目になりました。
夕日の沈む道路を運転しながらケビンは
「全くいい加減な中佐だよ」
とぶつぶつ言っているとアマンダが
「ねぇ,本気で自分が運転したくないからあなたに車を任せたと思う?」
と聞いてきました。
「きっと中佐は私達を2人きりにしようと思ってくれてわざとあんなことを言ったのよ」
「えっ」
ケビンは何となくルームミラーで中佐の乗ったたっくんのキャノピーを見て,はぁー,とためいきをつきながらファミリーステーキレストランに向かって車を走らせました。
<おわり>