黒鷲と腹黒な友人
目の前に危険が迫ったクリスティーヌはどうなったのでしょうか。
「避けろって…………何を無茶な事を言っているんですの!こんなの避けられるわけないですわ!」
「口を動かす暇があるなら伏せろ!」
「なっ!もう知りませんわ!」
クリスティヌ嬢は無理やり地面に頭を伏せた。
その刹那、今までクリスティーヌ嬢の顔があった位置の壁に細い針が突き刺さった。
間一髪であった。
私はホッと息を吐き、急ぎ上に跳び、身なりの良い男の上を1回転して飛び越えてクリスティーヌ嬢の目の前に降り立った。
そして奴の視界からクリスティーヌ嬢が見えない場所に立ち位置をずらした。
「なるほど…………これがあなたの言う詰めが甘いというやつですか。だが考えが甘いのはあなたの方だと思いますよ」
「はは……何を言っているんだね。まあ、確かにクリスティーヌ嬢に毒針が当たらなかったのは残念だ。だがお前が今、お嬢様を庇った為に私の出口へ確保された。私はこれで失礼させて頂きますよ」
「あなたは私が一人でここへ来たとお思いなのですか。敵のアジトへ乗り込むのにノコノコと一人で来る馬鹿はおりませんよ。私の連れがもうそろそろこちらへ到着する頃ですよ。ほら、扉の外から複数の足音があなたにも聞こえるでしょう」
「な、何を馬鹿なことを……じゃ、外の連中はお前が倒したんじゃないのか!」
「私はそんな無駄な体力使いませんよ。そんなのは専門家にお任せします。なので逃げるなら早いほうが良いですよ」
「ふん!覚えていろ……必ずこのツケを払わせてやる」
身なりの良い男はそう言うと、踵を返し、部屋から走り去った。
そうすると扉の外から別な声が聞こえてきた。
「おい!見つけたぞ!奴だ。部屋から出てきたぞ!急いで後を追って、必ず捕まえろ。いいな、おまえら!」
「了解です!隊長!急ぎ追いかけて、必ず捕まえてみせますよ」
そういうと若い部下達は身なりの良い男の後を追って行った。
私はクリスティーヌ嬢の傍まで来て声を掛けた。
「もう、大丈夫ですよ。あなたに危険はありません。さあ、顔をお上げなさい」
「もう大丈夫なんですの?」
クリスティーヌ嬢は体を起こしながら言った。
「ええ、大丈夫ですよ。さあ、お屋敷に帰りましょう。外へ馬車を用意してあります」
「あなたはあの男達の仲間ではないの?」
「仲間なんてものでは全然ありません。どちらかというと敵ですね。さあ、行きますよ」
「…………」
「どうしたんです?まさか何処か怪我でも負いましたか!」
私はクリスティーヌ嬢の肩や腕や脚を見たがどこも怪我をしていなかった。
「違いますわ!脚に力が入らないだけですわ!」
「……それならそうと言って下さい。黙ったままでは分かりませんよ。仕方が無い……」
私はそう言うとクリスティーヌ嬢の膝の下に右手を入れ、左手は彼女の背を支え、体を持ち上げた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
クリスティーヌ嬢は何故か顔が一気に真っ赤になった。
「な、何をするんですの!離すのですわ!」
「ちょ……腕の中で暴れないで下さい。落ちてしまいますよ。それに立てないのでしょう。なら私があなたを運ぶしかないではありませんか」
「そ、そうだとしても、一言あっても良いのではなくって!いきなり、女性を抱き上げるなど紳士としてはどうかと思いますわ」
そんなやりとりをしながら、私とクリスティーヌ嬢は馬車へ向かうため、部屋を出て歩きながら話した。
「ところで私が攫われてから何日経ったんですの?私はずっと眠らされていたのでまったく日にちの感覚が無いんですわ」
「そうですね……。あなたが攫われたのは3日前の深夜だったのでおよそ3日とちょっとってところでしょうか」
「み、3日!私は3日も眠っていたんですの…………3日のうちに何が起こったんですの」
「そうですね……。クリスティーヌ嬢が攫われてからの事を少しお話しましょう」
3日前の朝。
リッチモンド家のメイドが女主人の寝室に入り声を掛けた。
「お嬢様、起きる時間にございます。朝食もできておりますので…………」
メイドがベットへ視線を向けると、居る筈のお嬢様がいないものだからとても慌てた。
「ど、どうしましょう。お嬢様が居ないわ。ベットが乱れたとこがないから……まさか昨日から!いえ……きっと屋敷の何処かに居るはずだわ。ハリソンさんに知らせないと!」
メイドは急ぎ、リッチモンド家の筆頭執事のハリソンへ報告した。
「な、何をしているのだ。早く皆で手分けして屋敷中を探させるのです。ああ……お嬢様何処に行かれたのですか。もし……見つからなかったら旦那様がお怒りになるぞ」
「はい、皆に知らせて屋敷中を探させます」
そういってメイドは走って、屋敷の使用人たちへ知らせに行った。
だが使用人があっちこっち屋敷の中を探したが結局お嬢様が見つからず、執事のハリソンが朝食中のご主人様にご報告した。
「なに――――っ!どういうことだ!クリスティーヌが居ないというのは!」
「それが屋敷中を探してもクリスティーヌお嬢様は見つからないのです。確かに昨日はお嬢様が寝室に入られるのは確認したのですがそれ以降誰も見ていないと……」
「はあ!昨日の夜から誰も見ていないのか!ま、まさか黒鷲の仕業か!」
「ハリソン!すぐに警察を呼べ!必ず、クリスティーヌを探させろ!黒鷲め目に物見せてくれるわ」
その後、警察が来るまでリッチモンド公爵は怒り狂っていた。
「あなたのお父上は相当、お怒りの様だということですぐに警察に通報されました。そこへたまたまパトロール中のロナウ警部補が通りかかったそうで、そのクリスティーヌ嬢誘拐事件の担当になりました」
「あなた…………まるで全て見てきたようにおしゃるのね……」
「まさか…………そんな内部事情まで私は知りませんよ。これも全て友人の情報ですよ」
「その友人は何者なんですの…………。うちの家の情報が筒抜けなのですわ。これは帰ったらなんとかしないといけないのですわ」
「それよりも…………話はここからですよ。ロナウ警部補が事件の担当になった翌日には何故か新聞にあなたの誘拐された記事が載ったんですよ。それも犯人は黒鷲ではないかと。私はその新聞記事を見て飛び上がりましたよ。まだ何もしていないのに濡れ衣を着せられたとね」
「濡れ衣って……普通はそう思いますわ。だってあなた……私が誘拐される直前に予告状を出したじゃありませんか。あれはどういうことですの?一度、あなたは私の依頼をお断りになったのをお忘れではないの」
「まあ……それについては一度、あなたと話しをするつもりでいました。こんなことになったので仕方なく私はあなたの痕跡を辿りました。途中で足取りが全く途切れてしまいお手上げでしたよ。警察も似たような情報しかなくあまり進展が無かったようですし」
「それで先ほど言っていた腹黒なご友人とどう関係してくるんですの」
「ああ……それはあなたを捜索するのがお手上げの状態のときに私の腹黒な友人がひょっこり私の屋敷に遊びへ来た際に置いていった情報の中にあなたの居場所が記載されていたんですよ。まったくどこでこんな情報を掴んでくるのか私にも謎ですね。それでいろいろと準備に1日掛かって今に到るというわけです」
「あなた…………そんな方をご友人にお持ちなんですの」
「私も彼の身元以外はほぼ謎に包まれた友人なのでよくは知りませんよ」
「それって友人といえるんですの。それよりもまわりを見るとここは何かしらの工場だったんですの?」
「そのようですね。資料にはパリス市内の北の外れにある工場跡地と記載がありましたが詳しくは聞かないで下さい。そんなもの知りませんので」
「…………」
「さあ、馬車に着きましたよ。今後の話については一度、私のアジトにて詳しくお話しましょう」
「そうね……何故、急に盗む気になったかを聞かせてもらいますわ」
「いいでしょう。そのかわり、クリスティーヌ嬢がなぜ月の雫を盗んでほしいか理由を話しても貰いましょう」
「・・・いいですわ。今回、助けてくれたお礼とあの宝石を盗んでくれるなら話をしてさしあげますわ」
私はクリスティーヌ嬢を馬車へ運び込んで、自らも乗り込み、アジトへ馬車を走らせた。
なんとか更新できました。前回と今回はもともと無かった話なのですがこの方が面白いかと思いとっさに作りました。まあ後々の複線をいくつか入れてますがそこは小出しにしようかと。