お嬢様とロナウ警部補
黒鷲に逃げられたお嬢様はどうするのでしょうか。
「私にあのような仕打ちをして…………許せないですわ」
クリスティーヌ嬢は顔を赤くしながらも、誰にも気づかれないように気丈さを振舞った。
(私の始めての口付けをあのような者に奪われるなんで…………公爵家の恥ですわ)
(いいえ、クリスティーヌ!あれは口付けではないわ!ちょっと唇があたっただけですわ)
(ノーカウントですわ!)
そこへハリソンがクリスティーヌ嬢に言った。
「お嬢様、黒鷲はどうやら逃げ去ってしまったようです。いかがいたしましょう」
「そう、逃げたのなら仕方がないのですわ。警察も待たせている事ですし、そちらに向かいますわ。あと黒鷲のことについては他言しないように。他の者にも緘口令を布くのですわ」
「はっ!……ですがお嬢様、せっかく警察が来ているのに何故お話されないのですか!」
「あなたにそれを言う必要があるのですか?仕方がありませんわね。先ほどの事は、公爵家の恥にしかならないからですわ」
クリスティーナ嬢はまたもハリソンに対して威圧的な態度をとった。
「出すぎた事を致しました。畏まりました。では警察には向かう旨をお伝えしてまいります」
「わかればいいんですわ」
ハリソンは一歩下がり、お嬢様に一礼して警察が待っている部屋へ向かった。
自分の女主人がこれから伺うことを伝えるために……。
同時刻、リッチモンド公爵家の客間ではロナウ警部補とその部下がいつまで経っても現れない女主人に業を煮やしていた。
「ロナウ警部補…………何やら屋敷の外が少し騒がしいですが。何か起きたのでは?」
若い部下が言った。
「フン、おそらく黒鷲だろう。あいつがこの屋敷に居るのは間違いないはずだ」
ロナウ警部補は確信を得ながら言った。
「なら何故、我々を呼ばないのでしょうか?」
「概ね自分のところの敷地を荒らされたくないんだろう。貴族という奴等は対面やら自己顕示欲の塊の者ばかりだからな。警察には頼りたくないのだろう。自分の家の恥を出すものだからな」
「へえ~。貴族ってそんな奴等ばかりだと今回はやりにくいですね」
「まあ、そこは話し方次第でどうとでもなる。」
「そうなんですか?!自分まだ移動して来たばかりなんで勉強になるっす」
(なんかロナウ警部補は貴族に対して偏見があるみたいっすけど……自分の気のせいかな?)
そこへリッチモンド家の執事のハリソンが扉をノックして、部屋へ入ってきた。
「長らくお待たせ致しました。もう少しで女主人がこちらの部屋へ参りますので宜しくお願い致します」
「いや、こちらこそ夜分にお屋敷へ伺って申し訳ない。だかこちらも緊急事態なので許して頂きたい」
ロナウ警部補がハリソンへ言葉を返した。
客間の扉が開き、この屋敷の女主人のクリスティーヌ嬢が入ってきた。
「本当に警察は人様の迷惑をあまり考えないみたいですわね。こんな夜分に急に公爵家へ訪れるなんて」
クリスティーヌ嬢は部屋の中央にある大きなアンティーク調のテーブルまで来て、自分たちの向かい側のフカフカな白いソファーへ優雅に座った。
ロナウ警部補は立ち上がりながら挨拶した。
「これは痛いところをおつきになる。申し遅れました。私、ラフランス国パリス市警のロナウと申すものです。以後、お見知りおきを。そしてもう一人は私の部下です」
「私はリッチモンド家の名代を務めさせて頂いておりますクリスティーヌ=リッチモンドですわ。現在、父は国外に出ております。それにしてもあなた本当に警部補ですの。やけに若い方ですこと。まだ10代の方に見えますわ。で何の御用でこんな夜分にたかが市警の警部補が我が屋敷にいらしゃったのかしら」
ロナウ警部補は一瞬、顔を凍りつかせたがすぐにニコリと笑って、ソファーに座りなおした。
「いえいえ……これでも20歳はとうに超えております。今年で30になります。皆には年齢より若く見られるのですよ。まあ、確かに警部補の役職から見ると若い部類には入るでしょう。まあ、それは置いといて……先ほど、この屋敷の近くにある美術館でひと騒動がありまして。わが国でも有名な絵画がこそ泥に盗まれたのですよ。そのこそ泥をもう少しのところまで追い詰めたのですが、途中でこの屋敷に入っていくのが見えたのでね。急ぎ、お伺いしたのですよ」
「まあ!そのようなこそ泥が我が屋敷にいるんですの!嫌ですわ~っ、怖いですわ~。ねえ、ハリソン?」
クリスティーヌ嬢はさも今、大変なことを聞いたように驚いた。
(フン、白々しい小娘だ。お前こそまだ10代の小娘でしかないだろうに……。ココに黒鷲が居るのは分かっているんだ。早く本題に入らせろ(怒)
「はい、お嬢様。近頃ではこの辺も物騒になったものですね。この国の警察は何をしていうのか疑わしいものです」
「我々も努力はしているのですが、市民の協力が得られないと我々でもどうにもできない事があるのですよ」
ロナウ警部補は皮肉に対して皮肉で返した。
クリスティーヌ嬢は顔を少し引きつらせていた。
ロナウ警部補はしめたと思い、畳み掛けるように言った。
「でやつはどこにいるんですか?」
「どこにいるって……そんなの知りませんわ」
「ほお…………この屋敷のことは知らないはずがないあなたなのに……。面白い。あくまでもシラを切るのですか。いいでしょう。あっ、!そういえば、先ほど何やら外の庭のほうが騒がしかったようですがどうしたのでしょうか?まさか黒鷲がまた騒動を起こしましたか?」
ロナウ警部補か微笑みながらクリスティーヌ嬢に問うた。
ただし、目は笑わずに鋭いままだ。獲物を射殺すように……。
「知らないものは知らないと言っているのですわ」
明らかにクリスティーヌ嬢は慌てたように視線を彷徨わせながら言った。
「お嬢様……もうこれ以上、隠し立ては無理ですよ……」
とクリスティーヌ嬢の傍に立っていたハリソンが言った。
「ハリソンは黙っているのですわ!」
「ですが……お嬢様……。これ以上は私黙っていられません。ご主人様にもご報告しなくては!」
「ハリソン!私を裏切ると言うの!」
「そうではありません。あくまでもお嬢様の身を心配してでございます。あのような者がお嬢様に近づいただけでも私は旦那様に何て言えばよいのか分かりません」
ハリソンは観念したように先ほどの騒動の事の顛末を話し出した。
但し、クリスティーヌ譲と黒鷲が二人で話をした事は伏せていた。共犯だと疑われるのを防ぐためだ。
クリスティーヌ嬢はまったく警察の方を見ていなかった。
ハリソンに気を立てていたのかずっと黙ったままだ。
「では、黒鷲が倒れていた所と部屋から逃げ出したという部屋を見せて頂けますか」
ロナウ警部補はクリスティーヌ嬢へ許可を求めた。
「分かりましたわ。自由にご覧になって構いませんわ。私は疲れたのでもう休みますわ。ハリソン、後は任せたのですわ」
クリスティーヌ嬢は席を立ち、部屋から出て行った。
「お嬢様、畏まりました。メイドに部屋の用意をさせます。では警察の方はこちらへどうそ……」
「お願い致します」
ロナウ警部補は話が思ったよりすんなり進み、少しご満悦だった。
(やはり、小娘だな。ちょっと脅しただけですぐに態度に表れるとは……分かりやすくて助かる)
その後、ロナウ警部補と部下は現場を見せてもらい検分した。
まずは黒鷲が倒れていたというベランダ。そこには出血した後が残っており、血だまりができていた。
「やはり、やつは怪我をしていたか…………。執事の話によると右肩に傷を負ったと言っていたな」
「はいっす、医師に見せたらしいのでその話は後ほど医師に確認するっす」
「なら少し、絞りやすくなったな。それにしても奴もやはりただのこそ泥だったな。これで追い詰めやすくなったぞ」
「そうっすね。今までやつの顔すら見た奴がいなかったっすからね。今回、奴はドジを踏んだってことですね」
「そうだな。もう少しで奴の尻尾を掴めそうだな。さあ、次の部屋へ行くぞ」
「はいっす」
次の部屋は黒鷲が最後に居た部屋だ。
執事の話だと奴はベランダに逃げ、柵を飛び越え下に降りたと言っていた。
下を見たが誰も居ず、若い衆の一人がいつの間にか屋根の上に居るのを見つけた。そのまま逃げられたと言っていた。
ロナウ警部補はベランダをよく調べた。
そうするとベランダの手すりのところに何か紐のような物で擦れた後が残っていた。
「これは……もしや……なるほどな」
「ロナウ警部補!何がなるほどななんすか」
「なんでもない。それで執事のハリソン殿。ここが奴を見た最後の場所と言う事で間違いありませんか」
「はい、左様でございます」
「わかりました。今日はこの辺で検分を終わりに致します。ご協力感謝致します。では我々はこれで失礼致します」
「畏まりました。玄関はこちらになります」
ハリソンはロナウ警部補達を玄関まで送った。
ロナウ警部補と部下は屋敷を出て、徒歩で馬車が置いてある場所まで向かった。
「それにしても公爵令嬢様はすごい方でしたね……」
「まあな……一時は首を絞めそうになったからな」
「警部補……それは駄目ですよ。警部補の場合、本気でやりそうな目をしてましたから」
「あんな小娘ごときに怒るようじゃ、俺もまだまだだな」
「あはは……ご謙遜を……」
「それにしてもあの令嬢と執事はまだ何かを隠しているな」
「え!そんな素振りなんてしてましたか?」
「いいや、ただの俺の勘だ。暫く、あの屋敷を見張れ。何か出てくるかも知れないぞ」
「はあ……勘ですか。わかりました。何人かで見張らせてみます」
「ああ……宜しくな。じゃ、帰るか」
「はい!あっ……そういえば……黒鷲はどうやって屋根の上に登ったんすかね。若い衆は皆同じように下に降りたのにって言ってたのに…………」
「ああ……そのことか。あんなのなんでもないさ」
「どういうことすっか!」
「あれはな、ロープと錘を使ったのさ。それを使い一旦、下に降りる振りをして振り子の遠心力を利用して上へ登ったにすぎない」
「えっ!そんなことできるんすか!」
「まあ、運動神経がいいあいつならそれくらいできるだろうさ」
「そうだったんすか。でもそれを見抜くロナウ警部補ってやっぱすごいんすね」
「そんなに褒めても何も出ないぞ。無駄口を叩く暇があるなら早く署に戻るぞ」
「はいっす!」
ロナウ警部補達は馬車に乗り、パリス警察署へ戻って行った。
クリスティーヌ嬢はその様子を自分の部屋の窓から見ていた。
「なんなんですの!あの陰険な警部補は!ハリソンも私を裏切ってペラペラと話をするし!」
イライラしながら部屋の中をウロウロとしていた。
(これも全てお父様のせいですわ。お父様があんな事を言い出さなければ、こんな事にはならなかったのに!ああ・・・今、思い出しても気が気じゃありませんわ)
私は事の発端が起こった事を思い出していた。
ロナウ警部補がイメージよりも毒舌になってしまいました。