黒鷲と秘密基地
アランとクリスティーヌ嬢が少し親密になれるお話をやっと書けました。
アランはクリスティーヌ嬢を連れ立って湖の端まで歩いて来た。
「さあ、ここが私の領地の中でも一番の場所だ」
アランはそう言うとクリスティーヌ嬢の手を引きながら、領地がよく見える場所へ移動した。
領地の街並みと青い空と遠くに見える山脈がまるで一枚の絵画のようだった。
「素敵ですわ。こんな素敵な所へ連れてくださりありがとうございます。」
アランはとても嬉しそうに笑うクリスティーヌ嬢の顔を見て一瞬、ほおけてしまった。
とても綺麗な笑顔にアランは調子に乗って話す。
「いえ、私の屋敷に連れてきてあまり、外出もできずに申し訳なく思っていました。あなたが少しでも楽しめたらなら私も嬉しいです」
「そうですわね。でもそれはアラン殿のせいではございませんわ。だからそんなに気にしないでくださいまし」
「そう言って頂けると助かります。それにしても今日は凄く綺麗だ」
クリスティーヌ嬢は嬉しそうに顔を赤く染めた。
アランはテレを少し誤魔化そうと小さい時の思い出話をし出した。
「実はここは私の幼いころによく、両親に叱られたり、落ち込んだりしたときに来た場所なんです。湖の近くに大きな木があるの見えますか?」
「ええ、確かに大きな木がありますわね」
「その木には私の秘密基地があるのですよ」
「あら、アラン殿も小さい頃はやんちゃでしたのね」
「まあ、男の子ですからね。クリスティーヌ嬢はどうだったんです?」
「わたしは…………とても気が小さくすごく人見知りな子でしたわ。」
アランは彼女のとても意外な一面を見た気がした。
「そうなんですか?とてもそうは見えませんが」
「どういう意味ですの?私にだって可愛い子供の時はあったのですのよ」
クリスティーヌ嬢は少しふくれっ面をした。
「あはは、それは失礼した。そんな一面もあなたは持っているんですね」
「いやですわ。そんな事…………」
クリスティーヌ嬢は顔を少し赤らめ恥ずかしそうにしていた。
「実はここに来たのはあなたにこの景色を見せてあげたかったのと話があったから連れて来たんですよ」
「あら、そうなんですの?でお話って何なのかしら?」
「実はあなたに1つお願いがあるんです」
「お願いですか?なんなんです?」
「それは…………ある令嬢の身辺調査をしてほしい」
「ある令嬢?どういう意味ですの?」
「実はこの国の王太子殿下からの依頼なんだ。どうも近々、王宮で婚約発表があるらしい。そのお相手の令嬢の人となりを調べてほしいらしい」
「それは王宮の部下たちの仕事ではなくって?何故、私にその話をなさるの?」
「それが……君を自由にする条件だからだ。公にね」
「そうですの。やはり、婚約破棄にはならないのですわね。」
「いや、そうじゃない。既に君の婚約は破棄されてはいる。だが、元婚約者だったからな。あいつの罪の連座を免れるためには必要な便宜がいるというだけだ」
「なるほど。その便宜を王太子殿下がしてくれる代わりに今回の件を私に調べてほしいとの事なのですね。仕方ありませんわね。引き受けるしかなさそうですわ」
「ああ、申し訳ない。君にはその令嬢に近づいてもらい情報収集をしてもらい殿下に報告してもらえれば、無罪放免で済むように殿下が王にとりなしてくれる手はずになっている」
「わかりましたわ。そのお話をお受けしますと王太子殿下にお伝え下さいませ」
「ああ、わかった。すまない。こんな事になって」
「仕方ありませんわ。それに令嬢の人となりをお調べするだけでしょう?まさか命を狙われるわけでも無いので大した事ありませんわ」
「そうだな。そうだと良いのだが…………」
「そろそろ風が冷たくなってきましたわね」
「そうだな。そろそろ屋敷へ戻ろう」
アランとクリスティーヌ嬢はその場を後にし、馬車で屋敷まで戻った。
アランは屋敷に戻ると王太子宛に1通の手紙を出した。
依頼の了承の返答をするために。
その後、王太子殿下から返答で手紙が来た。
アランはその手紙の内容を読むと溜息を付いた。
王太子殿下の婚約者様は1週間後に王宮へ招かれてその場で婚約発表をするらしい。
だからそれまでに調査を終える様に記載してあった。
そして手紙とは別に婚約者の詳細な情報が記載してあった。
セリーヌ=フォン=アントワネット。
どうも隣国オースリアドの第十一皇女のようだ。
歳は王太子とそう変わらないらしいな。
たしか我が国と隣国は色々とあったのではなかったか?
数年前、隣国と我が国は緊張状態にあったはずだ。
だからこその婚約か…………。これはいよいよきな臭くなってきたぞ。
だかこの事をクリスティーヌ嬢に伝えて良いものか迷うところだな。
いや、彼女は敏い。自分で気づいてしまいそうだ。
仕方が無い。私が後ろから手を貸すしかなさそうだな。
アランはクリスティーヌ嬢の部屋の前まで来ていた。
調査する令嬢の情報を渡すためだ。
「クリスティーヌ嬢、すまない。今、時間を少し頂けないだろうか?」
そういうとクリスティーヌ嬢が部屋から出て来た。
「あら、アラン様。どうぞお入りになって」
「失礼する。例の令嬢の情報を持ってきた」
「そうですの。そちらへお掛けになって」
部屋の中央にあるソファーへアランは腰掛ける。
クリスティーヌ嬢が正面に腰掛けるとアランは話始めた。
「例のご令嬢ですが、隣国の第十一皇女殿下のようですよ。何か噂とか聞いたことはありますか?」
「まあ、そうなんですのね。もちろん、お名前は聞いたことございますわ。大変美しい方だとか。でもそれ以外はわかりませんわ。さすがに隣国へ行ったこともございませんし。夜会でもお会いした事もありませんわ」
「1週間後にこちらへ来て、婚約発表をするらしい。それまでに調査を終了するようにと皇太子から言われた」
「そうすると隣国まで行くしかなくなるわ。どうしましょう。ここから2・3日かかって調べて帰ってきてもギリギリってところかしら」
「ええ、そんなところでしょう。どうします?止めますか?」
「いいえ、行きますわ。隣国に一度は行ってみたかったですもの」
クリスティーヌ嬢は微笑んだ。
「そうですか。分かりました。では手配はしておきましょう。メイドにも準備させましょう」
「ありがとうございます。そうして頂けるなら助かりますわ」
「では私はこれで失礼いたします」
アランはそう言うとクリスティーヌ嬢の部屋から出た。
クリスティーヌ嬢は会釈すると扉を閉めた。
アランは今の事を両親にも伝えるため執務室へ向かった。
両親にも同じ話をしたら、母に怒られた。
令嬢一人で隣国に行かすなど言語道断だと言われた。
そして母も付いていくと言い出した。
父も、私も頭を抱えた。
今回は遊びではない。
王家の依頼だ。
ほぼ密命と言っていい。
だが母は強情だ。
行くといったら行く。
もはや父にも止める手立ては無かった。
こうして隣国へはクリスティーヌ嬢と母が付き添う事になった。
父が目配せをしてくる。
どうするんだと。
仕方が無い。
私自身も後ろから付いていくほかあるまい。
王太子殿下のお願いごとが少し大きくなった。
このまま順調に調査が終わることを願うしか無い。
何故、自分がここまで不安に思うのかはよく分からない。
たぶん虫の知らせみたいなものだろう。
これから厄介ごとが降りかかると。
そう最初は単純な身元調査だった。
それが何故また隣国で追われる羽目になるのかは次の話だ。
なんやかんだで、母とクリスティーヌ嬢は翌日には準備を終え、出発した。
父と私は無事を祈るように馬車の後姿を見送る。
「では父上、私も出発いたします。後のことは頼みます」
「ああ、気を付けて行ってこい」
父がそう言うと屋敷へ引き返した。
私はそのまま母たちの後を付けた。
前回からかなり年月が経ってしまいました。仕事とプライベートが忙しくなかなか手が出せずにいましたが、やっと書き始めることができました。ちゃんと終わらせられるといいなw