お嬢様と変装
クリスティーヌお嬢様とアランの新たな生活模様を少し描きました。
アランと王太子のアンジューが客室で話している頃、クリスティーヌ嬢はローズの命令で自身の部屋に様々な洋服や化粧品、アクセサリーを運び込ませていた。
クリスティーヌは何故こんなにも自分の部屋に物が運び込まれているのかよく分からなかった。
不安になってアランの母のローズに声を掛けた。
「あ、あのローズ様。これはいったい何事なんですの?」
「うふふ。それはね。これからクリスティーヌ様に魔法を掛けようと思ってますのよ」
「魔法とはなんなんですの……?ど、どういう意味なんですの?」
「これからクリスティーヌ様には大変身をして頂くんですわ。さあ、侍女たち!やっておしまいなさい!」
「はい!奥様!ああ……久しぶりに色々と試せますわね」
「え?試すってどういうことなんですの?ちょっと、お待ちになって!」
クリスティーヌの部屋にはローズの他にお抱えの侍女たちの姿が何人かいた。
ローズが腕を見込んで雇った侍女たちだ。
てきぱきと侍女たちはクリスティーヌ嬢の服を剥ぎ取って行き、新しいドレスに袖を通させた。
その後、髪の色や形、顔に化粧といった事を次々とそつなくこなしていった。
そう、この侍女たちは美に関するあらゆるプロたちなのだ。
数時間後…………クリスティーヌ嬢の支度が完了した。
部屋にある大きな姿見の前にクリスティヌは立ち、自分の姿を食い入るように見ていた。
「嘘ですわ……。これが、私なんですの……?」
クリスティーヌの後ろからローズは姿を現し、返答した。
「ええ、そうですわ。クリスティーヌ様。見た目はガラりと変わりましたでしょう!」
「ええ……まったく私ではないですわね……。驚きましたわ。こうも人は変われるのですね」
「うふふ、喜んでもらえて嬉しいですわ。これなら外に出て、誰に会ったとしてもクリスティーヌ様だとは分かりませんわ」
「確かにこれは誰も分からないと思いますわ。多分、父でも私と分からないと思いますわ」
「さあ、アランへ見せに行きましょう。そろそろお客さまも帰られているでしょうし」
「え?!見せるって……まさか……」
「さあ、さあ。行きますわよ。クリスティーヌ様!」
クリスティーヌはローズに引っ張られながら、自分の部屋を後にし、アランの書斎へ連れて行かれた。
アランは王太子殿下が王宮に帰られてから自分の書斎にて先ほどの話について考えていた。
(さて、どうしようか。先ほどの王太子殿下との話は確かにこちらへ有利になるような話だった。だがその分、危険度も高い。特にクリスティーヌ嬢にとっては良い半面、負担が多い。)
本当に頭が痛くなるような話を持ってきた殿下にはどうしてくれようかと思った。
そんな考え事をしていると、書斎の扉の向こうからレオナルドの声が聞こえてきた。
「アラン様。奥様とクリスティーヌ様がいらしゃっています。どう致しますか?」
「ああ、殿下はもう帰ったから、書斎に通してもかまわない。お茶の用意も頼む」
「畏まりました。ではお通し致します。お茶もすぐにお持ちいたします」
そういうとレオナルドは書斎の扉を開き、母とクリスティーヌ嬢を部屋へと招き入れた。
「アラン!まあ、また難しい事でも考えていたの。眉間に皺が寄っていますよ」
「母さん。元からこんな顔ですよ。それよりもどうしたんです?クリスティーヌ嬢もご一緒とは」
「どうしたんですではないですよ。まったく。クリスティーヌ様をずっとほっとくとはどういうことなのですか!」
「どういうこととは言いたいことがよく分からないのですが……」
「まあ、そんなに気が利かないとは……我が息子ながらなんと朴念仁なのかしら……。先が思いやられるわ」
「酷い良いようですね。で、どのような用があるのですか?これでも忙しいのですが……」
「お黙りなさい!次期当主になる者が女性1人ももてなせないのですか。外に散歩にでも連れ出したりくらいは大丈夫でしょうに」
「それはまだ危険ですよ。あの腹黒王子がまだ見張ってますからね。」
「ならこの姿なら問題ないわね。」
ローズの後ろにいたクリスティーヌ嬢が少し前に進み出た。
アランは目を見張った。
「ほう、確かに見違える程、綺麗に変身しましたね。とても綺麗だ。これなら外を出歩いても大丈夫でしょう」
クリスティーヌ嬢はアランの言葉に頬をほんのり赤く染めた。
まさかその様に言われると思わなかった。
まず、ブロンドの髪は黒に染められ、何処にでもある色に変えた。
これだけでもクリスティーヌ嬢だと思うものは少ないが、化粧で吊り目なのを垂れ目にしたりして優しい印象を与える。服装は普段、着そうにない薄いピンクで年齢通りの若さを取り戻し、綺麗な青色の瞳は黒のコンタクトが入れられている。
ここまでくるともう、別人だ。
我が母は腕によりをかけてクリスティーヌ嬢を別人に磨き上げたようだ。
「さあ、クリスティーヌ様。気がきかない息子ですが、外へ散歩に行かれてはどうですか?」
「そうですわね。アラン様がよろしければ…………」
クリスティーヌ嬢は少し頬を染めながら、俯いた。
母は目線で鈍い息子へ視線の合図を送った。
アランはサッサっとお誘いしろと眼で訴えていた母を見た。
そんな母の恐ろしい目線、いや……熱意に負け、私はクリスティーヌ嬢を散歩に誘った。
「では姫君、私が領地をご紹介致しましょう。どうぞ、こちらへ」
アランはクリスティーナ嬢に向かって、手を差し出した。
クリスティーヌ嬢は恐る恐る自身の右手をアランの左手に添えた。
アランは連れ立って、屋敷から出て馬車でクリスティーナ嬢を連れ出した。
屋敷を出る際に誰もクリスティーヌ嬢がアラン坊ちゃんと一緒にいるとは思われなかった。
他のご令嬢をアランが屋敷に連れて来たと思っていた。
馬車に揺られること30分。
馬車は屋敷からかなり離れ、段々と領地の畑風景から森の中へ、そして山道を登り出した。
「アラン様、これからどちらへ行かれるんですの?」
「それはまだ秘密です。着いてからのお楽しみです。きっとよいものをお見せできるかと思います」
「まあ、意地悪なのですね。少しくらい教えて頂いてもバチは当たりませんわ」
「そうですね。では少しだけ。今から行くところは私が小さい頃から行っている秘密基地みたいなところです」
「まあ、素敵!でも私に教えてもよろしいんですの?」
「ええ、あなたには特別です。だから他のものには教えないで下さいね。多分、両親も詳しい場所までは知らないと思いますのでw」
「そうなんですの!それは楽しみに致しますわ」
クリスティーヌ嬢は内心の嬉しさが隠せず、輝くような笑顔をアランへ向けた。
そんなクリスティーヌ嬢を見たアランは自然と微笑んだ。
「さあ、もうそろそろ着きますよ」
アランはクリスティーヌ嬢にそう言うと窓へ視線を向けた。
クリスティーヌ嬢も窓へ視線を向けた。
「わあ…………綺麗。あれは湖ですの?」
「ええ、そうですよ。我が領地には大きな湖があるのです」
「さあ、着きました。外へ出ましょう」
「ええ!」
クリスティーヌ嬢はアランの腕に手をかけて、馬車の外へ出た。
目の前の湖に視線が釘付けになった。
晴天の青空が広がる下にはキラキラと光り輝く、エメラルドグリーンの湖。
これでテーションが上がらない人はいない。
クリスティーヌ嬢は初めて見た。青い湖ではなくエメラルドグリーンの湖。
「す、素晴らしいわ…………。私、初めて見ましたわ。エメラルドみたいな湖を……」
アランはクリスティーヌ嬢を連れ立って、湖に近づき、その周囲をゆっくりと歩いた。
「喜んでもらえたみたいですね。良かった」
アランは笑顔をクリスティーヌ嬢へ向けた。
「ええ、私も気に入りました。ここの空気はとても気持ちがいいわ!」
「それは良かった。では私の秘密基地の中でもとっておきの場所へご案内致します」
「ええ!まだ、あるんですの!アラン様は私をこれ以上驚かしてどうするつもりなんですの?」
クリスティーヌ嬢はちょっと困った顔をアランへ向けた。
アランは悪戯っ子のような顔で、にんまりと笑った。
暑い残暑の中、少しでも涼しくなるように書きました。
次回の更新もおそらく遅れますが、気長に読んで頂けると嬉しいです。