黒鷲と家族
第二部の始まりです。
「ねえ、おじいさま。話の続きを聞かせて、その後クリスティーヌ嬢とはどうなったの?」
幼い女の子の声が自分の祖父に向けられた。
「おまえ……この話を何度も聞いて楽しいか……」
祖父が何度も幼女にこの話をねだられ、何度も話をしたのに飽きるどころか自分の顔を見ればすぐに寄ってきてこの話をしろと迫ってくる。孫娘は確かに目に入れても痛くない程、可愛いがさすがにちょっと引いてきた。
「もちろんよ。おじいさま。だっておじいさまのお話って毎回少しずつ新しいできごとが起きて楽しんだもの。ね、クリス?」
幼女の隣に幼女よりも少し幼い男の子のクリスが隣で自分の親指を加えながら自分の姉と祖父を見上げてふわっと微笑んだ。
「うん!」
(いやクリスよ。おまえはまだそんな話がわかるような年ではないだろう。姉のアリスに流されるまま、頷いたにちがいない。どうもウチの家系は女性が強いようだ…………)
そんな孫たちの笑顔を向けられて、無視できるほど祖父は強い人間では無かった。
「はあ…………仕方がないな。では続きを話すとしよう。だが話を聞き終わったら、ちゃんとベットに入って寝るんだぞ。」
「は~い。おじいさま。まかせて。これでも寝るときはすぐに寝るんだからw」
「ぼくも…………」
(仕方がないな…………。孫娘にねだられるとどうしてもダメだと言えない)
「そうだな。前の話の続きだから……クリスティーヌ嬢がアランの屋敷に来た時の話だったな……」
アランは50年も前の出来事を話だした。
50年前、アランがクリスティーヌ嬢を結婚式から強奪し、自分の屋敷に彼女を連れ帰るところから始まる。
「アラン=マンチェスター……。どのようにお呼びすればいいんですの?」
クリスティーヌ嬢は顔を少し赤らめながら言った。
「お好きなようにお呼び下さい。アランでもマンチェスターでも大丈夫ですよ。あなたの方か階級的には高いのですから」
「まあ、そうね。ではアランとお呼びさせて頂きますわ」
「畏まりました。ああ……そろそろ我が屋敷に到着しそうですね」
「あら、良かったですわ。それにしてもアランの屋敷は都からかなり距離がありますわ」
「まあ、あなたの家と違い、私の家は伯爵家なので都会の中心部に家があるわけでもないですからね。普段は自分の領地にいますよ」
「なるほどですわ。だから周りに森や山が多いんだわ」
「まあ、都会とは違い片田舎ですが、あなたが身を隠せるくらいはできますよ」
そのような話をしているうちに、馬車はアランの屋敷の玄関の前へ止まった。
アランは馬車を先に降り、その後にクリスティーヌ嬢へ手を貸し、馬車から下ろした。
先文を自分の家に送ったので屋敷の玄関の前には執事やメイドがずらりと両脇に並んでいた。
「ただいま。みんな」
アランが使用人たちに向かい声を掛けた。
「アラン坊ちゃま。お帰りなさいませ」
使用人たちは笑顔で主と主の客人を迎えた。
執事のレイモンドがアランに近づき、無事な姿を見てほっとしていた。
「ご無事にお戻りになられてなによりです。そちらのご婦人はお客様ですか」
後ろにいるクリスティーヌ嬢へ視線を向けながらレイモンドはアランに訪ねた。
「ああ、そうだ。しばらくの間、屋敷で預かる事になるクリスティーヌ嬢だ。皆もよろしく頼む」
アランはそう言うとレイモンドと使用人達に顔を向けた。
後ろに控えていたクリスティーヌ嬢は前に進み出て、レイモンドや使用人達に挨拶した。
「クリスティーヌ=リッチモンドですわ。宜しくお願い致します。」
クリスティーヌは口元にセンスをあてながら、優雅に微笑んだ。
「この屋敷の執事をしております。レイモンドと申します。屋敷の者一同、誠心誠意おもてなしをさせて頂きます。至らない点があるかもしれませんが、宜しくお願い致します」
レイモンドは令嬢に失礼が無い程度に腰を折りながら言った。
「レイモンド、父さんたちは書斎にいるのか?」
「いえ、旦那様と奥様は庭の方で坊ちゃま達をお待ちしております」
「そうか、じゃ、先に挨拶をしてくる。その後、彼女を部屋へ案内してくれ」
「畏まりました。年が近いメイドをご令嬢に附けさせて頂きます。後ほどそのメイドに部屋へ案内させましょう」
「ああ、頼む。ではクリスティーヌ嬢はこちらへどうぞ」
アランが後ろを振り返りながら、クリスティーヌ嬢を自分の屋敷の中へ招いた。
クリスティーヌ嬢はアランの後ろへそのまま付いて行った。
アランの屋敷はロの字型の屋敷で真ん中に大きい庭がある。
庭には季節の花がいくつも咲いている。
今の時期だと色とりどりのシャクヤクやバラが咲き誇っている。
この家の女主人の手入れによる成果だ。
まあ、直に庭を世話するのは庭師だが、女主人は庭を設計するのが趣味なのだ。
アランはクリスティーヌ嬢を連れて、屋敷の庭に着いた。
そうすると庭からこの家の主と女主人の声が聞こえてきた。
「ねえ、あなた」
「なんだ」
「アランはうまくやっているのかしら。心配だわ」
「ふん。心配せんでも大丈夫だろう。もう子供ではないのだから。それよりも少し口が寂しいぞ」
「まあ、あなたったらw」
両親がお互いに顔を近づけようとして、アランは咳払いを立てた。
「父さん。只今、戻りました。お客人がいらしゃるので、そのイチャイチャするのを止めて頂けませんか」
両親はお互いにぎくりとして声がした方に顔を向けた。
そうすると自分の息子の後ろに令嬢が一人、ぼぜんとして立っているのが見えた。
その令嬢の顔が少し赤みがかって見えるのはきっと気のせいではないだろう。
両親はにんまりとして顔を合わせ、息子の方へ素早く近づいていった。
「なんだ。アラン。帰っているなら早く声をかけろ。お客様に失礼だろう」
「そうよ。アラン。早く後ろにいるご婦人を紹介して下さいな。もしかしてアランの特別な方なのかしら」
アランは途端に顔が真っ赤になって慌てて答えた。
「父さん!母さん!な、何を言ってるんですか!突然にそんな事を!そんなんじゃありませんよ。お客様の前で失礼ではないですか!」
「まあ、アラン、そんなに怒るな。早くご婦人を紹介しろ」
「うふふ。可愛いわね。アランったら、お顔がりんごのようよ」
アランの後ろに控えていたクリスティーヌ嬢は茫然として、そのやり取りを見ていた。
「はあ、わかりましたよ。父さんはせっかちですね。では紹介いたします。こちらのご婦人はリッチモンド公爵のご令嬢のクリスティーヌ嬢です。暫くの間、この家で預かる事になりました」
「おお!噂のリッチモンド公爵のご令嬢か。私はこの家の当主のアランドロ=マンチェスターと申します。以後、お見知りおき下さい」
クリスティーヌ嬢は一歩前に進み出て、右手を差し出し挨拶した。
「私はクリスティーヌ=リッチモンドと申しますわ。暫くお世話になりますわ」
「ええ、私は暫くとは言わず、ずっと居ていただいても構いません。精一杯、おもてなしさせて頂きますよ」
アランドロはクリスティーヌ嬢の手の甲に軽くキスを落とし、微笑みながら歓迎の意を示した。
その横からアランの母がクリステーヌ嬢に近づき、自分のスカートの裾を少し広げ、腰を低くし挨拶した。
「私は妻のローズと申します。お見知りおき下さいませ。滞在中はメイドを一人、附けさせて頂きます。その者に何か足りないものがありましたら、お言いつけ下さい」
「ありがとうございます。感謝いたしますわ。突然な事なのにこのように歓迎して頂いて嬉しいですわ」
アランはクリスティーヌ嬢の横顔を見ながら、少し驚いていた。
実はもう少し、横柄な態度を取るかと思っていたが、さすが公爵家の人間だ。
自分の前では結構な態度だったが伯爵の爵位とはいえ、当主自らが挨拶している。
クリスティーヌ嬢は結婚をして夫の爵位を貰っているわけでもなく、公爵の当主の座を貰っているわけでもない。いくら公爵家の娘だとはいえ、伯爵家の当主に無礼な口はきけない。
そこらへんの教育はしっかりしているんだとクリスティーヌ嬢の父親の顔を思い出しながら少し口角が上がった。
やっと第2部を書き始められました。更新は遅くなると思いますが、頑張りたいと思います。