お嬢様と結婚式
さて結婚式をむかえるクリスティーヌ嬢と黒鷲はどのようにして月の雫を盗むのか。
結婚式当日。
天気は快晴、雲ひとつ無い青空の中、式が始まろうとしていた。
結婚式の会場はパリス市内でも有名な教会であるノートルダムス大聖堂だ。
ゴシック建築を代表する建物であり、バラの窓のステンドグラスが美しい教会だ。
ラフランス国の王族貴族関係者がこの日はこの教会に溢れかえっていた。
もちろん主役はリッチモンド公爵家のクリスティーヌ嬢とブルボン大公家の嫡男フィリップ様の二人だ。
この日は国王並びに王家の参列もあって警備も厳重なものになっている。
教会の周りを兵士や騎士が取り囲み、物々しい警備になっていた。
国王がいるため警備自体物々しくなるのは仕方の無いことだが、この日は普段の国王の警備とは少し違っていた。
発端はロナウ警部補宛に渡された資料と一緒についていた予告状にあった。
予告状にはリッチモンド家のお宝を今度こそ頂きに上がりますと記載されていたからだ。
そのため、国王の近衛騎士以外にも多くの騎士や警察関係者のものが配備されていた。
そんな中、新婦の控え室では部屋をウロウロと歩き回る女性がいた。
それはこれから結婚式を挙げるクリスティーヌ嬢だ。
(ちょっと……まだ黒鷲は盗みに来ないんですの!このままでは式が始まってしまいますわ。ああ……どうすればいいんですの!)
「お嬢様……あの……無言でお歩きになると怖いですよ」
クリスティーヌ嬢付のメイドがウロウロと部屋中を歩き回るクリスティーヌ嬢に控えめに声をかけた。
「わかっていますわ!」
クリスティーヌ嬢もはっとし、周りを見たが心配そうなメイド達の顔を見て少し落ち着こうと部屋に備え付けてあるソファーに腰を落ち着かせた。
「喉が渇いたわ。少し、紅茶がほしいわ」
「畏まりました。お嬢様、こちらのお茶をどうぞ。心を落ち着かせるラベンダーのお茶になります」
「あら、気が利きますわ。ありがとう」
クリスティーヌ嬢はお茶を一口、口に含むとホッと溜息をついた。
お茶を飲んでいると教会のスタッフが本日の結婚式の司会者である司祭様を連れてきた。
控え室に入ってきたのはかなりな歳のいったご老人だった。
「クリスティーヌ様、お初にお目にかかります。本日、進行をさせて頂きます司祭にございます。本日は恙無く式ができるように致しますので宜しくお願い致します。」
司祭様はクリスティーヌ嬢に近づき、お辞儀をした。
「いいえ。司祭様。こちらこそ本日、お越し頂けてありがとうございます。本日は宜しくお願い致しますわ」
「ええ、任せて下さいませ。ご希望通りの式に致しますので、少し打ち合わせをさせて頂いてもよろしいかな」
「ええ……構いませんわ。それでどのような内容を……」
司祭は一度、咳払いをした。
「では、私と二人で少しお話をさせて頂きたいので他の方はご遠慮願えますでしょうか」
「わかりましたわ。おまえ達、少し席を外すのですわ」
「畏まりました。お嬢様、では私たちはこれで……何かありましたら、鈴でお呼び下さいませ」
そう言うとメイド達は部屋から出ていった。
「さて、黒鷲様……打ち合わせのお話はちゃんとして頂かないと困りますわ」
老人だった司祭の背がぐっと伸びた。
「あはは…………どうして私だとお分かりに。結構上手く変装したと思ったのですが」
「そうですわね。それは秘密にしておきますわ。だってすぐにわかったら面白くありませんわ」
「意地の悪いお方だ。さて、あまり時間が無いので、今日の計画をお話しましょう」
「このまま何も説明がないまま式を始めるかと思いましたわ」
「式はこのまま続けて頂きますよ。まあ式の途中で事を起こしますのでご安心下さい。ただあなたの協力が必要なので少し、お耳を貸して頂けますか」
「なんなんですの。それは……早く教えてちょうだい」
クリスティーヌ嬢は黒鷲に耳を寄せた。
黒鷲がコソコソと小声で説明を始めた。
「…………本当にそんな計画で上手く行くか心配ですわ」
「大丈夫ですよ。自信がありますから」
「なら……いいですわ。私は式が中断されるのであれば…………」
「さあ、ではショータイムの始まりです」
どこからともなく教会に賛美歌が聞こえてきた。
すでに国王、並びに王族、貴族はすでに教会の両側へある席に着いていた。
そして先ほどの司祭様も教壇のところに立っている。
教壇の前には今日の主役である新郎新婦もすでに立っていた。
司祭様の結婚式開始の言葉が発せられた。
「では、これからブルボン家とリッチモンド家の結婚式を始めます。皆様、静粛に願います」
周りが私語でガヤガヤと煩かったのが司祭様の言葉、1つでシーンと静まりかえった。
「それでは、汝、フィリップ=フォン=ブルボンは、この女、クリスティーヌ=リッチモンドを妻とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、
死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、
誓いますか?」
司祭は長い台詞を噛まずにスラスラと話した。
「誓います」
フィリップは教会中に響き渡るように大きな声で答えた。
「汝、クリスティーヌ=リッチモンドは、この男、フィリップ=フォン=ブルボンを夫とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、
死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、
誓いますか?」
「ち、誓い……」
クリスティーヌ嬢が返事をしようとしたとき、教会の入り口の扉をバンと開ける音が響いた。
「その結婚!ちょっと待て!」
大きく開いた扉から一人の男が息を切らしながら大声で叫んだ。
教会にいた全員が後ろを振り返った。
振り返った先のへいる男に皆、目が釘付けになった。
何故か?
それは男の顔が今、教壇の前いる男とそっくり同じだったから他ならない。
教会中がパニックになった。
「な!これはどういうことだ!フィリップ様が二人いるぞ!」
「なんなのこれ……どういうことなの!」
ガヤガヤと会場が一気に煩くなった。
扉の前にいた男は教壇に向かって歩を進めた。
その後ろから執事のハリスに私兵と思われる兵士が後ろからゾロゾロと付いてきた。
「おい!お前は何者だ!この俺様を殴り倒してタダで済むと思うなよ!それにその女はお前の者ではないぞ!覚悟しろ!」
フィリップはかなりお怒りの様子で言葉を荒げた。
教壇の前にいたフィリップは後ろを振り向き、もう一人のフィリップと対峙した。
「ふふふ、何を可笑しな事を言っているんだ。フィリップ=フォン=ブルボンは私だぞ!貴様こそ誰だ!私を語る不届きな奴め。そこにいる周りの衛兵達!何をしている!ぼけっとせずに、乱入したもの共を捕らえよ!」
「な!貴様!国王の前でよもやそのような世迷言を!」
「ふん。世迷言を言っているのは貴様だろう!」
二人のフィリップの間で火花が散った。
会場にいた招待客たちは混乱を極めた。
どちらが本当のフィリップ=フォン=ブルボンなのかと。
それはそうだ……同じ顔が2つあり、声や服装まで同じ。
これでどちらが本物か見極めろと言う方が酷だ。
そんな中一人だけ、冷静な男がいた。
それはこのラフランス国、国王のルイス14世だ。
この国王は賢王として、国中から慕われていた。
その国王が自分の席から立ち上がり、教壇の前へと進み出た。
「そこの二人のフィリップよ。気を落ち着けたまえ。皆のものも落ち着け!フィリップはこの世に一人だけだ!どちらか分からなければ、調べればよいだけだ!そうだろう?アンジュー」
国王は後ろに控えている王太子アンジュー=フォン=ブルボンに声をかけた。
「はい。陛下。私もそのように思います。ここは私にお任せ頂けませんでしょうか?」
「そうだな・・・・。任せたぞ。アンジュー」
「はっ!陛下の御心のままに・・・ではさっそく。衛兵ども二人のフィリップのどちらかが本物か分かるまでは一人たりともこの教会から出すな。これは命令である!」
衛兵たちはいっせいに返事をした。
「では調査を始めさせて頂きます・・・」
結婚式のお話は次も続きます。