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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恐怖のジジ抜き

作者: 元馳 安



 裸電球の明かりだけが部屋を照らしていた。



 小卓子(テーブル)の中央には電光掲示のスポーツカウンターのような小型の機械が置かれており、中年男性二人が机を挟んで向かい合って座っている。

 二人とも並々ならぬ緊張感を持ってカードを睨んでいた。


 頼りない明かりの下ではお互いの表情も正確に読み取ることも困難だった。



 部屋の中は蒸し暑かった。


 借金に(まみ)れ、ギリギリ人としての暮らしを維持しているカズオの生活はもはや耐えられないほどに精神を蝕まれていた。

 カズオには一生掛かっても返済できないほどの借金がある。正確には自分の力では返すことが困難であろうと思い込んでいる。三十二歳である。



 薄くなった頭に残る髪を(すだれ)に散らかす中肉中背のカズオは対峙するヤマガミと名乗る色白で痩せた男の手札を凝視している。


「おいっ! 震えんなっ! カード動かすんじゃねえ!」


「ひ、ひぃっ! す、すみません!」

 部屋中に響くカズオの怒声にヤマガミが身を震わせるとカードはその心情を表すように更に枚のカードが揺れた。


「おいっ! たくっ、おい、審判、なんとか言ってくれよ、これじゃあ、カードが選べねぇよ」


 不正がないかを判断する審判をしているのは黒服にサングラスの男だった。


 部屋の隅に設置されたスピーカーから時折聞こえる指示に従っており、それ以外は微動だにしない。


 部屋の様子はモニタリングされているようで、どこかの部屋のモニターで見ているであろう変声機によって機械的な音声に変えられた声の主に従っている。


 黒服の男は公正な立場からゲームを見ている。

 男が何も言わない以上、それは“不正”ではなかった。


「わ、分かりましたっ、じゃ、じゃあ、テーブルに置きますっ、この中から選んでくださいぃ!」

 ヤマガミはそう言うと、自分の胸前に手持ちのカードを裏返しに小卓子(テーブル)に並べた。

 自分がカードを持っていても、卓の上に置いても変わらない。結局どのカードを引くかは“運”だ、まるでヤマガミがそう言っているかのように周りからはそう見えた。


 カズオが納得したように頷く。


「たかがジジ抜きかもきれねぇけど、俺は、いっ、命が掛かってんだぞっ! 真面目にやれっ!」


「す、すみません!」

 自分が賭けているのも全財産であり、ヤマガミ自身、財産がなくなることは死を意味する。自分も命を賭けていると反論をしたいところではあるが思い止まった。


 しかも、ヤマガミは自分一人だけの命ではない。


 命を賭け合う。そんな危険なゲームを二人はしていた。



 二人がしているのはジジ抜きだ。



 日本に広く伝わる「ババ抜き」のルールを一部変更したものが「ジジ抜き」である。


 ババ抜きはジョーカーを含めた五十三枚のトランプカードを使って行われる。


 スペード、クローバー、ハート、ダイヤの四種類と、エースからキングまでの十三までの数を掛けた五十二枚とジョーカーカードである。


 五十三枚のカードを数人で分けて、順番に手札からカードを一枚ずつ引き、同じ数字を二枚一組と揃えて場に捨てる。


 最後の一枚まで残ったジョーカーカードを持つ者が負けという、単純明快なルールである。


 一方、「ジジ抜き」はその五十二枚から一枚をランダムに抜き取った五十一枚のカードで行う。本来のジョーカーカードは使わない。


 ゲームの進行はババ抜きと同様で、同じ数字二枚を一組として揃ったものを手札から外す。

 最後に残った揃わない数字を「ジョーカーカード」としてそのカードを持った者が敗者となる。


 「ババ抜き」はジョーカーカードが明らかであり、「ジジ抜き」はジョーカーカードが分からないというのがルールの違いである。



 ババ抜きもそうであるが、通常、三人以上で行うのがジジ抜きでは基本である。

 それはゲーム性を加味した上で、二人では単純にそのルールでは楽しめないからである。

 お互いがお互いのペアカードを持っているその状況ではどうしても“揃ってしまう”。



 命が掛かったそのジジ抜きに勝つのに頼るのは運ではない。




 カズオが小卓子(テーブル)に伏せた状態で並べられているヤマガミのカードからランダムに一枚を抜く。

 ヤマガミは固唾を飲んでその様子を凝視していた。


「よっし!」

 揃った一組、二枚のカードを叩きつけるように小卓子(テーブル)の中央に投げた。

 露骨に喜ぶカズオとは対照に落胆を露わにするヤマガミ。


 山と重なる捨てられた(カード)たちは序盤で捨てられたカードが分からないように黒服の男の前に積まれている。


 黒服が機械を操作すると『ブー』という(やかま)しいブザー音と共に電光掲示板の表示が「七」と「八」を表した。


 カズオの手札残り七枚、ヤマガミの手札残り八枚だった。


 カズオの手札が多い、それは“ジジ”を高確率で持っていることを十分に匂わせた。果たしてどのカードなのか、二人には予想もつかない。



 続いてヤマガミがカズオの手札からカードを一枚抜くと、残り枚数が六枚と九枚になった。


 瞬間、ヤマガミが落胆する。


「よしっ」

 思わずカズオがガッツポーズをして唸った。


 『ブー』というブザー音とともに表示も「六」と「九」に変わる。



 ジジ抜きは最後までカードを持っていた者が負けである。

 カズオはヤマガミのカードの残り枚数を見て勝ちを予感した。



 これで、俺の借金はなくなる。



 カズオは脂ぎった汗だくの顔を醜く歪め、その視線はゴミを見るように(さげす)んでいた。

 ヤマガミを(あざけ)るように笑っていたのである。



 三十二歳という、人生が破産するにはあまりにも早過ぎる年齢はその心労を表すような見た目だった。

 ギャンブル狂いで借金塗(しゃっきんまみ)れのカズオは生活環境が如実に伺えるほど身形(みなり)見窄(みすぼ)らしく、不潔だった。


 そんなカズオは生活保護を頼りにしていた。

 ボロアパートで日がな一日を寝て過ごすか、地元の図書館に赴く。金のある時は殆どない。給付金は貰ったその日にギャンブルでなくなる。

 あとは定期的に献血に行くだけで時間の過ごし方は決まっていた。


 カズオは決まって同じ場所に献血に行く。そこで度々、顔を合わせていたのが目の前に座るヤマガミという男だった。


「タナカさんの血は綺麗ですね、不摂生な生活と仰ってましたけど、そんなこと感じさせないくらいに血が綺麗です。きっと定期的な献血がデトックス効果を生んだのですね。

 既往歴もなく、不整脈もない、血圧の数値も理想的ですし、AB型の血液は少ないので大変重宝されます。私はA型で日本人で一番多い血液型です」


 目の前にいるヤマガミの言葉だった。


 医療機関で働くヤマガミは血液事業にはボランティアで参加していた。

 その時にたまたまヤマガミが出会ったのがタナカ カズオだった。


 カズオが生活保護受給者であることをヤマガミは知らない。時間が潰せて、無料で菓子を食べられるから来ているなどとは言えなかった。


 知ったら健康体そのものなのに働かないのは何故? と、思わず訊ねてしまうほどにカズオの身体は健康であった。



 命が掛かっていると口にするカズオが勝利を予感すると、報酬として与えられる金のことで頭が一杯になった。考えていることが顔に出ていた。


 そのカズオの不細工な笑みを恨むようにヤマガミが口を開いた。


「わ、私も……私たちも……命が掛かってます……」


「あ?」

 震える声でヤマガミが言葉を続ける。


「息子が……息子の命が掛かっています」


 ヤマガミの息子は特発性心筋症を患っており、対症療法では改善が見られず、様々な代替治療手段を尽くした息子の心臓は日に日に悪くなっていった。


 十五歳以上になり、移植手術に踏み切るが三年待ちという生きる希望が僅かである息子にとっては途方も無いほどに長い時間を待たされることになった。


「息子は心臓病を患っていて、余命一ヶ月と診断されています」


 他人の不幸は蜜の味と言うが、ここまで極端な不幸話にカズオは狼狽(うろた)えた。


「し、知るかぁっ! 俺の知ったこっちゃねぇ!……」




 何故、二人はこんなゲームをしているのか。



 この日の前日、ヤマガミのもとに届いたのは一通の手紙だった。


 宛先も差し出しも何も書かれていない封筒を開けると、印刷文字で簡単な文章が書かれた手紙が添えられていた。



『息子が助かる方法がある。助けたければ、指示する場所に来い』



 カズオのもとにも同じような手紙が届いていた。

 内容は『借金がなくなり、更に大金を得られる方法がある』というものだった。



 不審に思いながらも、二人は指示された場所に向かった。



 案内されたのは東京郊外にある寂れた倉庫だった。



 倉庫に着くと、まるで二人を案内するかのように不自然に扉が半開していた。


 恐る恐るカズオがそこへ入ると、薄暗い部屋で一人の男が椅子に座っていた。


 驚いたのはその周りの光景だった。


 男たちが数人無言で立っていたのだ。


 カズオはすぐにその場から立ち去ろうとしたが、カズオが入るとすぐに扉が閉められた。


 カズオが何かを言う前に室内にはスピーカーから声が流れた。


「タナカ カズオさん、席へお座りください」

 席とは男が座る椅子の向かいにある椅子のことだろうとすぐに分かった。

 その機械的に変声された声にカズオは恐怖を感じた。


 目の前に座るのは見たことのある、というよりも顔を知っている男だった。


 献血センターでよく見かける男、ヤマガミであった。


 小卓子の上には「ルール」と書かれた紙が置かれていた。


「お二人には「ジジ抜き」をしてもらいます」


「ジジ抜き?」

 間抜けな声を出すカズオが卓の上の紙に手を伸ばす。


『ルール1、五十二枚のトランプカードの中から無雑作に一枚を引いて伏せる。


 ルール2、残ったカードを双方に配り、同じ数字二枚一組をペアとし揃ったものを捨てる。


 ルール3、先攻と後攻を決めて相手の手札からカードを一枚引き、同じ数字が二枚揃った場合捨ててよい。


 ルール4、必ず交互に一枚ずつ引くこと。


 ルール5、最後の一枚になるまで繰り返し、最後の一枚を持っていた者を敗者とする』


 ルールと書かれた紙には単純なジジ抜きのルールが記されていた。

 さらに別の紙がもう一枚ずつ互いの目の前に置かれていた。


 カズオが内容を確認する。


『あなたはこのゲームに「命」を賭けてもらいます。

 あなたがこのゲームで勝てば、賞金三億五千万円を手にすることができます。


 同意しないのであれば、直ぐにご退出ください』


 「命」を賭けるという言葉にカズオは紙を破りそうになった。

 怪しい集団の中に誘い込まれて突きつけられた言葉が「命」を賭けろである。悪ふざけにもほどがあるその内容はある言葉で吹き飛んだ。


 金だった。


 それはカズオの借金を返しても十分に余るほどの金額である。

 そもそも、この場に来たのは他でもないカズオ自身の意思である。

 カズオが来たかったから来たのである。


 カズオは紙をじっと見つめて思案した。


 一方、対面に座るヤマガミも熟考する様子で固まっていた。


『あなたが勝利した場合の報酬は「命」です。ヤマガミ サトル、レシピエントに対して心臓提供するドナーを獲得できます。


 ドナーについては血液型AB型の一致と適合。

 ドナーとレシピエントの体重差±5%未満。


 生体ドナーを得られ、更にあなたが希望していたアメリカでの心臓移植手術を約束します。


 あなたが賭けるものは全財産の三億五千万円です。


 同意しないのであれば、直ぐにご退出ください』



「紙に書いてある通りです。お二人のうち勝った方の願いだけ叶えます」

 スピーカーから発せられる言葉にお互いを見遣る。



「……や……やります……」

 ヤマガミの言葉を聞いたカズオは、意を決した。

 二人の同意は得られた。


「目の前にいる黒服は審判です。しかし、捨てられたカードがペアとして揃っているかを確認するだけです。その他の不正にあってはお互いが監視し合い、指摘し、それを判断するのを黒服が担います。カードが揃っているかどうか以外の不正はご自身で見つけてください」

 それはバレない不正は認められる。


「認められた場合、不正を犯した方は即負けとなります」


 カズオとヤマガミ、二人が同時に固唾を飲み込んだ。


 黒服の男が電光掲示板の機械をセットし、カードをシャッフルして二人に配ると、二人のゲームは静かに始まった。





 

 ヤマガミが小卓子(テーブル)の上に並べられた八枚のカードと今引いたカードを合わせる。


 今にも泣き出しそうなヤマガミがカードを手に震えていた。



「俺の番だろっ! 早く震えを止めろ! できねぇなら、テーブルに置け!」

 震えを止めることができないヤマガミは素直にカズオの言うことに従い小卓子(テーブル)に九枚のカードを並べた。


 一枚引くカズオ、そのカードを見るとカズオはまたも叫んだ。


「しゃあ!」


 『ブー』というブザー音とともに表示が「五」と「八」に変わる。



 一枚、また一枚と少なくなる手札に歓喜するカズオ。

 一方、差を付けられることに焦燥感に押し潰されそうになり苦悶の表情を露わにするヤマガミ。


 しかし、そんなヤマガミがカズオの手札からカードを引くと、表情が一変した。


「やったぁ!」

 ヤマガミの声が上がる。


 ブザー音とともに電光掲示板の表示が「四」と「七」に変わった。


 三枚差である。



 カズオはヤマガミの癖とも言える仕草を見抜いていた。


 卓の上に並べたカードを回収する際、何も考えずに乱雑に回収する様子が、ヤマガミは一見無雑作に混ぜたように見える回収の仕方をするがカードの順番に変動はなかった。


 引いたカードで揃わないことを確認すると、決まってそのまま混ぜる。つまり、右手で引いたカードは常に右側には位置されるのだ。

 自分の手札から引いたカードは一番下へ、卓に並べられる際には右側へ。

 ハズレを引かせるという配慮がないように思われる。

 周りが見えずに気付かないのだ。



 こいつは馬鹿だとカズオは内心ほくそ笑んだ。



 迷っている。


 迷いは不安を生み、不安は焦りを生み、焦りは恐怖を生む。恐怖から冷静さを欠くと、勝利がどんどん遠退(とおの)く。

 ヤマガミに勝ち目が逃げていることをカズオは感じていた。




「わ、私には……十六歳になる息子がいます。私の財産がなくなれば手術は受けられません。私も生活できない。私たち親子は死んでしまいます!」

 ヤマガミの死はどうあれ、財産がなくなれば、息子の命は確実に助からない

 ゲームに参加するか否かは聞くまでもなかった。息子が助かる可能性があるならばと、ヤマガミに参加する以外に選択肢はなかった。


「ドナーが見つかりました。この勝負に勝てたら、そのドナーの心臓の移植手術を優先的に受けられるそうです。掛けるものは私の財産でした」


 命を賭けて富を獲るカズオ、富を賭けて命を獲るヤマガミ。


 掛け合い競い合う二人は互いに賭けるものは違えど、勝利して得るものは自身の未来だった。


 負ければお互いには死が待っていた。


 「命」を賭けるカズオは現実(リアル)に死が近付いているので、死に物狂いである。

 ヤマガミの一挙手一投足、表情の変化、視線、所作を見逃すまいと注視していた。


 止めどなく流れる汗は極度の緊張を表している。それは抑えられない手の震えからも分かる。ヤマガミは極度に緊張している。


 それだけではない。視線である。

 (せわ)しなく泳ぐ視線は様々な心理状態を表す。

 手札を何度も見るヤマガミの心理をカズオは迷いがあると読んだ。


 重圧(プレッシャー)に圧し潰されそうになっているのだ。



 ヤマガミは小心者だ。


 小心者に流れは掴めない。それは勝つために自分を犠牲にすることができないからである。

 カズオが勝ちを確信した。一度出来た“流れ”は変えられない。それこそ劇的な“キッカケ”が必要である。


 それでも百パーセントはない。

 有利な立場であれ、必ず勝つという保証はどこにもない。


「俺が引く番だ!」

 カズオの言葉に震えが止まらないヤマガミは卓に七枚のカードを並べた。


 七枚の中から左側のカードを選択するカズオ。


「ちっ!」

 カズオの舌打ちに安堵するヤマガミ。


 カズオが外したのだ。


「おらっ! お前の番だよ!」


 凄まじい緊張感に(さいな)まれているのはヤマガミだけではない。


 カードを手札から引かれる度、カズオは心臓に死神の指が食い込むのを感じる。


 手札のカードと見比べて落胆する目の前のヤマガミを見て初めて死神の指が心臓から離れる。


「っはぁー」

 圧迫感に解放されると肺一杯に吸い込んだ空気をカズオが吐き出す。


 手札は変わらず「四」と「七」だった。


 しかし、弛緩しかけた空気が一変した。


「ひゃあっ!」

 あまりの震えにヤマガミが自分の手札からカードを一枚見せてしまったのだ。

 それは「ハートの六」だった。


 手札にスペードの六を持つカズオが密かに笑う。


「おい! カードを乱暴に扱うな!」

 黒服がヤマガミを注意する。

 焦るあまり震える手で回収しようとするが、その必死さからカードに折り目がつきそうになった。


 カズオは見逃さなかった。


「おい、俺が引く番だぞ」


「……はい」

 力無く答えるヤマガミが並べたカードの中には若干の折り目がついたカードがあった。


「なぁ、あんたが貰えるものが俺には分からないが……あんたが賭けてるものが何かは分かった。

 俺が貰えるのはあんたの財産なんだよ。三億五千万円。あんたの金だろ?」

 カズオの言葉にヤマガミが喉仏を上下させた。


「あんた、やっぱり金持ちなんだな」


 カズオが手に取ったのは折り目のついたカードだった。


「ご苦労さん」


 『ブー』というブザー音がなると、電光掲示板の表示が「三」と「六」になった。


 六枚も揃えられるか? 俺に追いつけるか?




 突然、ヤマガミの震えが止まった。



 カズオの持つ三枚のカードのうち一枚を抜き取る。


「あなたの視線には気付いていました」


「はっ?」


「カードを見せたのもわざとです。じっくり見てもらうためにテーブルの上にカードを置きました。

 私が引いたカード……つまり、右側に偏らせたカード、あなたから見て左側のカードは、私の揃ったカードは狙われない。

 “ジジ”を私が持っていても良かったのですが、あなたのカードを揃えることにもなりかねないので、あなたに“ジジ”を持ってもらうことにしました。それで上がりはない」


「はぁ?」


「タナカさんもお気付きのように私は、どうしようもないほど小心者なんだです。だから、策を講じないと勝負に挑めない」


 男が捨てたのは一枚を残した六枚のカードだった。


 捨てられたカードを黒服が確認する。

 確認しているのは揃っているか否かだ。


「元々、二組は揃っていた。四枚は揃っていたんです。

 あなたは自分のペアを揃えるために六枚の中から二枚を引かなければならない。三分の二の確率を引く私の方に()がある。

 私は勝って当たり前の勝負しかできなかった。すまない、私は小心者なんだ」


 引いたカードを手札に入れる際に偏りをわざと作ることで、カードを引き合う応酬からジョーカーカードが何かはヤマガミには分かっていた。

 四枚が揃っているヤマガミにとって、残りは三種類のカードしかない。

 早い段階で読んでいた。


 ヤマガミは知っていた。相手に優位であると思わせることが必勝に繋がると。


 不利であると思わせる状況から一転、勝負を制したのはヤマガミだった。


「ズルだ! そんな汚い手、認められるわけないだろう!」

 

「ルールは覚えていますか?」


「は?」


「『二枚揃った場合、捨ててよい』。二枚揃い次第じゃないんです。即時を表す言葉は書かれていない」


 「ババ抜き」もそうであるが、二人で互いの手札を取り合う「ジジ抜き」はジョーカーカードを引く以外は、互いにペアを持った状態であるために揃わないことはない。


 揃わないとすれば、「ジョーカーカード」を引いた時だ。捨てない時はジョーカーを引いた時である。


 ヤマガミはカードを溜めつつカズオが「ジョーカーカード」を引く瞬間、つまり、「捨てない」時を見計らった。

 自身の揃っているカードのナンバーを覚えるだけでその手は有効に働く。

 何度目かの「捨てない」瞬間で気付いていた。


 ゲーム性を考慮すると“ジジ抜き”は三人以上で行うのが好ましいゲームである。

 揃ってしまうこのゲームは単純に楽しくないのだ。


 ヤマガミはこのゲームの盲点を突いた。


 ゲーム終盤でカズオとヤマガミの手札を比べると不自然な状態があった。

 ペアが揃った時点で捨てていれば、六枚と九枚という手札には決してならないのだ。


 「ジジ抜き」はゲーム参加者で五十一枚のカードを分ける。

 そして、手持ちのカードを消すために自分以外の誰かが持っているペアカードを探して捨てる。


 全員のカードを合わせれば当然、一枚を残してその他の全部のペアが揃う。


 そのため、二人で五十一枚のカードを分け合うということは、相手のカードを引けば「ジョーカーカード」以外は必ずペアになるということだ。


 つまり二人で行う場合、手札の差は「ジョーカーカード」だけの一枚差の手札にならなければ不自然なのである。


 先にカラクリに気付いたヤマガミは、どれを選んでもほぼペアになるカードにも関わらず、引いた瞬間に何度も歓喜するカズオを哀れにさえ思っていた。


 ヤマガミは作戦を考えた。


 しかし、本当に成功するのか不安だった。先に指摘されれば、不正と言われても仕方がなく、更にルールが明確になれば、作戦が不意になる。視線が泳いでいたのは迷いではなく、隠し事を悟られないかという不安だった。


 カラクリに気付かないカズオが足りなかった。そして、ゲームが終わった今となっては気付かずに指摘しなかったカズオのミスであった。


「屁理屈言ってんじゃねぇっ!」


「審判が駄目だと言いましたか?」

 ヤマガミの言葉に視線を黒服に移すカズオ。

 黒服が動く。


 『ブー』というブザー音とともに電光掲示板の表示が「二」と「一」になった。


 “不正はない”ということだ。


「さぁ、最後の一枚を引いてください」


「ズルだっ! ふざけんなっ!」

 悪足掻きに無様に叫ぶカズオ。


「『ルールその4、必ず交互に一枚ずつ引くこと。』パスは認められない。引かなくても……ルール上、負けです」

 黒服が合図すると周りで静観していた男たちがカズオに近付いた。


「勝者、ヤマガミ タダシ」

 スピーカーから声が発せられると男たちが有無を言わさずにカズオを乱暴に引っ張り出した。


「この場で決められたルールで私は勝ちました……やった……息子は手術を受けることができる……「あなた」の心臓が息子を救います。

 私もあなたが賭けているものが分かりました。「命」を賭けていたんですね。そして、勝った時の報酬の意味も分かりました。「命」は心臓だけを指していない。あなたの身体を……各部位を頂きます」

 血液型の一致だけでなく、適合も確認されている。健康そのものの心臓は息子に提供する。

 しかし、「心臓」とは明記していなかった。


「あなたは本当に健康な身体をしている。骨髄は骨髄バンクよりも闇市場で売った方がいい。

 角膜は私の知り合いに売れます。あなたの腎臓も無駄にはしません」


 黒い頭巾を頭から被せられると目の前が真っ暗になった。

 カズオが最後に見たのは狂気を宿したヤマガミの目だった。






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