第六話 シャハールの街
日が昇り、雲一つない朝が来た。六人は挨拶を交わすとササッと食事をして出掛ける準備をする。そんなに時間も掛からず、全員が支度を終わらせると宿を出た。これから神憑が居るという神殿へと向かうのだ。元々は街の中央にあったその建物は神殿ではなく、教会のようなものだった。シャハールの街の人々は毎朝そこで祈りを捧げ、雨乞いの儀式等に使っていたという。しかし、神憑きが現れてからそこは神殿として立て直され、彼等が住まうようになった。中には誰もが入れるわけではなく、穢れた者は決して入る事は出来ないのだ。
「さて、此処か。随分と大きな建物だな…。」
「周りに人が沢山居ますね…。」
「取り敢えず入り口の近くにいる人に話し掛けましょうか。あの、すみません。」
ヒリトは入り口で佇む門番の様な男に話し掛けた。男は近付いてくる六人を見ると怪訝な顔で見て、持っていた槍に力を込めた。明らかに怪しんでいる男に、ヒリトとカンナは話し始めた。
「失礼、この街に神が現れたと聞いて参りました。私、神使憑のヒリトと申します。こちら、火の神アピュールエン様にお仕えする神使、カンナです。」
「アタシが神使のカンナだ。是非神にお目通り願いたいのだが宜しいか?」
「…神使様ですか?少々お待ち下さい、只今確認してまいります。」
男はカンナが神使と名乗ると驚いた様な顔をしたが、直ぐに一礼をして中へと入っていった。暫くすると男は戻ってきて、中へどうぞと案内をする。しかし後ろに居たユウとセツキが中に入ろうとすると男は手に持っていた槍を差し向けた。
「申し訳ないが鬼憑をこの中に入れる事は出来ません。」
「えっ、えっ?」
「此処は神が住まう神聖な場所。鬼憑の様な穢れた者は入れません。」
「そ、そんな…!二人は穢れてなどいません!」
「いいえ、鬼憑は穢れた存在です。」
男の言葉にユウとセツキは悲しそうに俯いてしまった。センは必死に男へと話すが、頭を横に振るだけだった。ヒリトが何とか入れてもらえるよう言葉を考えていると、カンナは小さく溜息をこぼして言葉を放つ。
「…おいおい、アンタ。このアタシが連れてる人間を穢れているだなんどういう事だい?アタシは神使だよ、アンタみたいな人間よりもずっと穢れには詳しい。神使のアタシが言ってるのに、それでもそんな口をきくのかい?」
「し、しかし神使様…。鬼憑は皆穢れた存在なのは、当たり前の事で…。」
「アンタの言う当たり前って言うのは、アタシの言葉よりも優先される事かい?」
「い、いえ…。失礼致しました…。皆様、どうぞこちらへ…。」
カンナにキツく言われた男は怯えるように承諾した。案内された六人はそのまま中へと入って行った。奥に進むほど内装は豪奢になっていくその様に、ユウとセツキは周りをキョロキョロしながら歩く。大きな扉の前まで来ると、男はその場に跪いて声を掛けた。
「神様、神使様をお連れ致しました。」
声を掛けて少しすると、目の前の扉が勝手に開いた。扉の向こうはまるで楽園かと見間違える程の美しさで、神々しく飾り立てられた大きな部屋だった。砂漠の街だと言う事を忘れてしまいそうな沢山の水や植物。果実のような甘い香の匂い。部屋の隅に跪いたまま動かない人。そして中央にはカーテンのような物で遮られた祭壇があった。
「あそこにいるのが、神様…?」
ヒリトがカンナに小さく呟いたが、カンナからの返事は無かった。不思議に思ったセンはスイに目で尋ねるが、スイは首を横に振るだけだった。
「(この方は神様では無い…?と言う事は…。)」
センはカンナをチラリと見るが動かない。ユウもどうしたらいいか分からずセツキに声を掛けるが反応が無い。様子のおかしい二人を横目に、センはジッとカーテンの向こうを見る。カンナとセツキが少し震えている事に気付いたのはスイだけだったが、何故かそのまま黙っていた。暫くすると、カーテンの中から声が響いた。
「よく来たな、神使カンナよ。ふふ、久しいな。」
「…あ、何故…。」
「どうした、私を忘れたのか?」
「…カンナ?」
まるで固まったかの様に動かないカンナをヒリトが心配する。センはボソボソと呟くカンナに声を掛けるが、やはり反応は無かった。しかし、呟いた内容にセンとヒリトは驚きの声を上げる。
「嘘だ…、嫌、でも…。」
「カンナ様?」
「主…様…。」
「えっ…?」
「カンナ、今何と…。」
「主様が、何故…。嫌、違う、主様では、でも…。」
「カンナ。」
「は、はい!」
カンナはブツブツと言葉を繰り返しているが、カーテンの中から声が掛かると直ぐに返事をする。その様子に、見えていないのにまるでニヤリと笑った様な感じがした。ゾワリとした感覚が背中を走ったが、センは続く言葉を静かに聞いていた。
「よく来たな、カンナ。此処までの旅路、ご苦労であった。」
「主様が何故こちらに…?いえ、本当に、主様…?」
「何、少し遊びに来ただけよ。気が済めば帰る。カンナ、お前は元の従事に戻れ。」
「しかし主様、私や他の神使に何も告げず、何故この様な事を…。」
「…只の気紛れよ。それとも、お前はこの私に何か不満があるのか?」
「いいえ、滅相も御座いません…。」
カンナは跪いたまま話を続けていたが、ヒリトが意を決したのか間に割って入った。
「すみません、お話中の所失礼致します。私、カンナの憑代でヒリトと申します。火の神・アピュールエン様で宜しいでしょうか?」
「ああ、そうだ。ヒリトとやら、一体何だ。」
「アピュールエン様、どうかお願いがあります。此処にある水や食料を、他の街へとお分け頂けないでしょうか?今、他の街は水不足による被害が大きく、普通の生活もままならない状態です。どうか、神様のお恵みを頂けませんか?」
「ヒリト!お前、主様に何を…!」
「だけど、カンナ…!…カンナ?」
「…あ…、うぅ…。」
ふわりと、甘い匂いが六人の周りに漂った。カンナは突然呻きだし、息が荒くなる。後ろに居たセツキも急に悶え始めて苦しそうにする。ユウは声を荒げて心配するが、セツキはぐらりと体が揺れて膝をついた。。
「うっ、何、これ…。」
「セツキ!ど、どうかしたの…!?」
「何か、頭フラフラする…ユウ…。」
「カンナ!大丈夫!?どうしたの?」
「主様、嫌、違う、コイツは…!主様じゃ…。」
苦しむセツキとカンナに、セン達は慌てる。幾ら声を掛けても苦しみは止まらず、二人は悶え続ける。すると祭壇からクスクスと笑いが聞こえた。
「どうした、カンナ。お前の憑代だろう、躾がなっていないのではないか?」
「あ、うぅ…、主様…。」
「それとも、穢れでもしてしまったのか?」
「うぐぅ…!主様…、主様…。」
「カンナ、しっかりして!どうしたの!」
笑い声が止まない、まるでこの状況を楽しんでいるかの様な声に、センは胸が苦しくなった。そして突然、センが二人の頬をパチンと叩いた。急な事でユウとヒリトは驚いていたが、センはそのまま言葉を放った。
「しっかりなさって下さい!あの方は、神様ではありません!お気を確かに!」
「お姉ちゃん…?」
「センさん?」
「直ぐに楽に致します。スイ様、どうかお力を…。」
「…仕方ない。」
センに頼まれたスイが尾を伸ばすと、周りにあった燭台を薙ぎ払った。火が消えた途端、甘い香りは薄れて苦しんでいた二人は息を整え始めた。その時、カーテンの中からチッと舌打ちが聞こえた。
「随分と無礼な真似をするじゃないか、娘。修道女の分際で神に楯突くのか?」
「いいえ、私は神に使える修道女です。そのような事は致しません。」
「では、これはどう言う事だ?」
神を名乗る男の声は、明らかに苛立ちを含んでいた。責め立てるような言い方にセンは引く事はなくハッキリと言い放った。
「貴方は神様ではありません。神の名を騙る不届き者です。どうかこの様な事はお止め下さい。」
「…言うではないか、小娘。やはり普通の女では無いようだな。」
「やはり…?それは一体…。」
センが言葉を続けようとしたら、いきなりカンナが立ち上がり、祭壇に向かって大きな火の塊を放った。しかしそれはカーテンを燃やしただけで直ぐに消え去ってしまう。
「くそ、よくもやってくれたな、貴様!主様を騙った罪は重いぞ!」
「…貴方は…!」
カーテンの奥から現れた二人に、センとスイは見覚えがあった。昨日、街で出会ったココルとリコと呼び合う二人だった。
「昨日の方ではありませんかっ。何故このような事を…。」
「ふふ、何の事かな?それよりも…。」
ココルはセンの言葉を流してカンナの方を見る。怒りで興奮していたカンナは、今にも斬りかかりそうな程に息を荒くしていた。そんな彼女に向かってクスリと笑い、こう言い放つ。
「…カンナ、一体どうしたと言うのだ。やはり穢れてしまっているのか。」
「気安く呼ぶな偽物め!」
「カンナ…直ぐに戻してやる。神の可愛い子等よ、そこの鬼憑を始末せよ!私の神使が穢れたのも、鬼憑が傍にいるせいぞ!修道女も穢れておる、助けてやるのだ。」
「おぉー!」
ココルが声を掛けると、部屋の隅で跪いていた人達が大声を上げてこちらへと向かって来た。急に話が向いたユウとセツキは、慌てふためく。
「えっ!ぼ、僕達何もしてないよ!」
「ユウに近付くな!」
六人の周りを囲んで信者達が敵意を向ける。標的にされたユウとセツキを守るように四人は前に出た。カンナは真っ直ぐココルへと火の玉を放った。
「カンナ、直ぐに元に戻してやる。お前の火なぞ、私には効かぬ。」
「ならば直接憑代を狙うだけです!」
カンナの火を簡単に消したココルだが、直ぐにヒリトが剣を抜きリコへと斬り掛かった。すんでのところで剣を躱したリコはそのままヒリトに殴りかかる。拳を避けて距離をとったヒリトだが、その間にリコは胸元から小さな短剣を取り出した。
「可愛い神使憑さん、貴方はアタシが相手してあげる。」
「必ず貴方達を反省させます。手加減出来ないかもしれないので、気を付けて下さいね、」
「うふふ、それはこっちのセリフよ。アタシに楯突いた事、後悔させてあげるわ!」
ヒリトとリコは互いに剣を構え、戦いを始めた。カンナは何度も火の玉を放つが、ココルはそれよりも大きな炎でかき消していく。
「くっそ、神の名を騙るだけはあるじゃないか。それなら、これはどうだ!」
「チッ…!」
カンナは幾つもの火の玉を円を描くように操り、そのままココルの周りを囲った。思わず舌打ちを漏らし火の玉を消していくココルだが、全てを消すのには間に合わず彼の体を火が包み込む。しかし数秒の内にそれはかき消され、焼け焦げた服と髪の匂いが辺りに広がった。
「神使の分際でよくもやってくれたじゃないか。」
「ハッ!そりゃアピュールエン様に仕える神使だからね、これくらいは当然さ。」
「いいだろう、我も少し本気を出して遊んでやる。覚悟しろ。」
ココルはカンナがやったよりも多くの炎を出して、それを操る。カンナは何とか避けようとするが躱しきれずに幾つもの炎を受けてしまう。
「うぐ、あっ…!」
「ほれ、その程度か?もっと抗ってみせよ、穢れた神使よ。」
ヒリトとカンナがそれぞれを相手している頃、信者の人間達はユウとセツキに襲い掛かっていた。完全に我をなくした信者達に、センは二人を助けようとするが前に出ると逆に邪魔になってしまい、上手く動けない。ユウとセツキの二人は一つに合体して応対するが、多勢に無勢でどんどん疲弊していく。相手は殺気を放ち殺す気で向かってくるのに対し、ユウ達は気絶で留めようと手加減して戦っている。分が悪いのは当然の事だった。
「ユウ君、セツキ君!」
「あうぅ…キツイ…!」
「ああ、どうしましょう、このままでは…!スイ様、どうにか出来ないでしょうか…?」
「あの人間共を全て殺していいのならばやれるが。」
「それはなりません…!あの方々は騙され操られているだけで、罪はないのです!」
「しかし…。」
センの望む事はどうにかしてやりたいスイだが、この願いは中々に厳しいようだ。スイにとってセン以外はどうなろうと構いはしない。ユウとセツキの二人についてはそれなりに気に入ってはいるし、助けてやりたい気持ちもある。だけどその為には他の人間を倒さなくてはならない。ジレンマのようなものがスイの思考を占めるが、それを決して表に出すことは無かった。
「ふふ、随分と持ったがこれで終いだな。」
「くそ…。」
「カンナ!」
ココルの前に膝をつき、息を切らすカンナ。心配になり近付こうするヒリトだが、リコがそれを許さない。
「アタシとの戦いの途中で余所見なんていい度胸じゃない!」
「くっ……!」
「もう大人しくしたら?貴方、結構可愛い顔してるし…。そこまでタイプじゃないけど、遊んであげるわよ?…ほら、神憑のアタシに従いなさい。」
「…冗談ではありませんよ。私は神使憑です、決してそのような事は致しません。」
「ふーん…。つまんないの。ねぇ、もう此処に居る人みーんな全部片付けちゃおうよ。」
「ふふ、リコは本当に飽きっぽいな。まあ、それも一興か。消えた分、また集めればいいだけだからな。先ずは、そこの邪魔者から始末しようか。」
ココルは幾つもの炎の玉を出して、それをセン達の方へと向けた。それは信者共々焼き払える程の量で、ヒリトとカンナは大きな声を出して止めようとする。
「や、止めなさい!何をしようとしているか、分かっているんですか!」
「くっそ、自分の信者ごと焼こうってのか…!」
「代わりは幾らでも居る。あの女は少し惜しい気もするが…仕方あるまい。直ぐに貴様等も後を追わせてやる、神の元で再会できるといいな。」
「お姉ちゃん!僕だって…誰かを守るんだ!」
ココルは笑いながら炎の玉を放った。ユウとセツキは誰よりも前に出て、一人で何とか受け切ろうと炎の玉相手に拳を繰り出した。幾ら鬼憑でも彼等はまだ子供、戦い方も知らないのだ。直ぐに身体が炎に包まれるように消えていく。それを見たセンが叫び声を上げ、ヒリトとカンナも次いで声を上げるが体が動かず、思わず目を瞑った。沢山の悲鳴が聞こえてくると思っていたがそれは聞こえず、三人は恐る恐る目を開けた。ヒリトとカンナが最初に見えたのは驚いた顔をするココルとリコの姿だった。そのまま彼等の見ている方へと視線を向ければ、そこには青い髪をした青年が前に立ち、水の膜で周りを囲っていた。
「何だと…!我の炎が…。それにいつの間に現れた。」
「えっ、やだ、すっごいタイプ…!ココル!アタシ、彼が欲しいわ!」
戸惑うココルを余所に、リコは興奮したように話をし、ココルに青年が欲しいとねだった。
「…セン、大事ないか?」
「はい、スイ様。ありがとうございます。…すみません。」
「構わん、仕方の無い事だ。」
「…お兄ちゃん!ありがと、おかげで助かったよ。」
「水、水だ…!水があるぞ!」
操られていた信者達は水をかぶると、ハッとしたように元の人間に戻った。大きな炎に包まれた筈なのにユウ達には少しの火傷も無く、驚いた様な顔をしながらスイにお礼を言った。ココルは自分の炎が簡単に消されたのに戸惑い、大きな声で荒々しく話す。
「貴様、何者だ!我の炎が消せる程の力等、ただの蛇が出せる筈は…!」
「……まさか、そんな…!」
「カンナ…?」
怒りで顔を赤く染めたココルとは正反対に、カンナの顔はどんどん青ざめていく。ヒリトはカンナに声を掛けるが、その瞬間頭を掴まれて平伏すような体制になった。
「カンナ、急に何?もう、痛いよ。」
「…ヴィズフォンスイ様…。」
「えっ…?」
その名を聞いたヒリトは、先程のココル達の様に驚いた顔をした。ヴィズフォンスイ、水を司る神の名前。つまりスイの本当の名前である。
「ふん、神の名を騙っておきながらこの程度か。アイツの足元にも及ばんな。所詮狐か…。」
「貴様…!我の事を狐呼ばわりとはいい度胸ぞ…!」
スイの言葉が頭にきたのか、ココルは声を荒げると共に煙に巻かれた。少しして煙が消えて現れた彼の背中には、とても美しい見事な九本の尾があった。
「妖狐…それも九尾か…。」
カンナはぽつりと呟いた。妖狐の中でも上位に位置する九尾の妖狐、当然その力はとてつもなく高い。
「我を怒らせた事、後悔させてやるわ!」
「狐如きに出来るか。」
「やってやるわ!」
ココルは先程カンナと戦っていた時よりも多くの炎を操り、スイへと向かって放つ。しかしスイはそれらの炎全てを消し去ると、そのまま水の玉をココルに放った。
「うっ、ぐ…!」
「コ、ココル!?」
消す事も避ける事も出来ず、それは直撃した。呻き声を上げて膝をつくココルに駆け寄ったリコは、心配そうな声で呼び掛けた。
「大丈夫、ココル?」
「ふん、これしき…、蛇なんかにやられてなるものか!術が解けたのならもう一度掛け直してやる。」
「うぅぅ…!」
ココルが指を絡めて印を結ぶと、我に返った人達が再び呻き始めた。それを見たカンナも同じように印を結び、ココルの邪魔をする。町の人達はその場に倒れ、気絶していった。思わず舌打ちをして、ココルは更に苛立ちを見せた。
「…させるか!」
「…チッ!邪魔を…!」
「これくらいは、しないと…申し訳が立たんだろ…!」
息を切らしながら話すカンナを、ヒリトは傍で支えていた。苛立つココルの隣でリコは心配しながらもスイの事をチラチラと見ていた。瞳の中にハートマークでもありそうな位熱心に見つめているようだった。
「ココル、まだ行けそう?アタシ、あの彼すっごい欲しいの。お願い?」
「流石に少々分が悪いな…。それにあの男、この我を狐呼ばわりしおって…。綺麗なままリコに渡せるかは保証せんぞ。」
「別にいいわよ、後で綺麗に飾れば問題ないもの。」
「そうか…。ならば、下がっておれ。この街ごと全部消し去ってやる…。」
リコを後ろに下げると、ココルは大きな炎の塊を出した。それを頭上に掲げるとどんどん大きくなっていき、あっと言う間に街の半分くらいの大きさになっていった。
「…面倒な事を…。セン、ユウとセツキを連れて後ろに。」
「はい、スイ様。ユウ君、セツキ君、こちらへ。あの、ヒリト様とカンナ様は…。」
「知らぬ。アイツ等ならどうにかなるだろう。」
スイもセン達を後ろに下げると、大きな水の塊を出した。炎の玉と同じように大きくなっていく水の玉を見て、ココルは先に炎の玉を街目掛けて振り下ろした。スイはそれを消す為に直ぐに水の玉を当てる。じゅわじゅわと音を立てながらぶつかり合う二つの玉は蒸発していく。どんどん蒸発する二つの球は、次第に水が炎を包み込んで、その全てを消し去った。
「なっ…、我の炎が…!」
「…狐にしては良くやった方だ。だが、所詮此処までだ。さて、覚悟は出来ているだろうな。」
「はっ…はっ…、くぅ…!」
「…ココル…。」
力を使い果たしたのか、ココルは膝をつき息を切らしていた。後ろに居たリコが声を掛けるが返事をする事は無く、ただスイの事を睨んでいるだけだった。スイは二人にとどめを刺す為に水の玉を作り出すと、慌ててセンがそれを止めた。
「…スイ様!どうか、此処までに。彼等をお許し下さい。」
「…ならぬ。アイツ等はセンを傷付けた、ユウ達を殺そうとした。…アイツの名を騙った。その罪は重い、酌量の余地など無い。」
「それでもどうか、お願い致します。お許し下さい。スイ様に、その様な事はしてほしくないのです…。」
「セン…。仕方あるまい、ただし今回だけだぞ。」
「スイ様…!ありがとうございます!」
センの必死の願いに、スイは今回だけだと許しをくれた。センはホッと一息つくが、直ぐにリコが大きな声を上げて睨んできた。
「何よ、いい気にならないでよね!今日はココルの調子が悪かっただけなんだから!ココルが本気出したら、負けたりしないのよ!」
「…リコ…。」
「アタシは今まで欲しい物は全部手に入れてきた。これからだってそうよ、絶対に手に入れてみせる!」
「…ああ言ってるが、それでも許せというのか?」
「はい、お願い致します。」
「……そうか。貴様等、今回だけは見逃してやる、この街から早く出て行け。」
叫び続けるリコを無視して、スイはココルを見て話し掛けた。無視されたのが気に入らないのか更に騒ぎ立てようとするリコの口を塞ぐと、ココルはリコを抱えて立ち、後ろに下がった。
「…今回は我の負けだ、大人しく引き下がってやる。だが、次に会った時はこうはいかぬぞ。蛇に負けたままなど、我は許さぬ。必ず、貴様を倒してリコにやるからな。」
「…ココル!」
「ふん、狐如きに出来るものか。」
「やってやるわ、蛇めが。…セン、リコに蛇をやった後は、お前を我の物にしてやる。それまで、楽しみにしているがいい。」
「えっ、あの…。」
「やはり此処で消してやろうか。」
センに向かってニヤリと笑い言葉を放つと、苛立ったようにスイが再び水の玉を出す。その様子を見てセンは止めようとするが、その間にココルとリコは煙を出して姿を消した。これで終わったと思ったスイはセンの頭を撫でると蛇の姿に変り、その首元へと巻き付く。
「街の人達を外へと運びましょう。此処に倒れたままだと、危険です。」
「…そうですね。取り敢えずまずは皆様を安全な場所へ。その後他の街の方々に話をしましょう。…カンナ大丈夫?」
「大丈夫だ、もう動ける。…その、ヴィズフォンスイ様…。」
「その名で呼ぶな。それと、私の事は決して他言するなよ。」
「も、申し訳ありません…!かしこまりました…。」
センの言葉にヒリトは賛同し、カンナへ心配そうに声を掛けた。先程まで息も絶え絶えだったカンナも、大分休めたのか動けるようになっていた。気になってしょうがないカンナは、思わずスイの名を呼ぶが、直ぐにそれを止めるように言葉を放った。セン達はボロボロになった建物の中に居た人達を全員外に出すと、何事かと集まっていた街の人間に怪我人を渡し、カンナが前に出て話し始めた。
「今回の事は、神の名を騙った者による行いだった。しかし、彼等は自らの行いを悔い改め、この街を出て行ったのだ。お前達は、騙されていただけである。この事は直ぐに忘れ、今まで通りに生活せよ。それが、真の神の言葉である!」
「は、ははぁー!!」
カンナの言葉に戸惑いながらも、街の人達は声を上げて頭を下げた。六人はそのまま泊まっていた宿に戻ると、はぁ、と息を吐いて椅子に腰掛けた。
「今回の事は、大変でしたね。皆様、お怪我は大丈夫でしょうか?」
「センの方こそ怪我はないか?どこか汚れたりなどは…。」
「私は、ただ後ろに居ただけですから…。何もしておりません。」
「そうか、それならいい。ユウ達は大丈夫か?」
「うん、ちょっと疲れたけど怪我はそこまで酷くないし…。それに、僕達結局何の役にも立ってないから…。」
「むしろ、俺達のせいで姉ちゃん達に迷惑掛けちゃったし…。」
申し訳なさそうに項垂れるユウとセツキに、センは優しく抱きしめて頭を撫でた。ユウとセツキは驚きはするものの、そのままセンの体を抱き着き返す。少しすれば二人はグスグスと泣き出していた。
「今回は、私達の旅路に巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした。」
「ヴィズ…いえ、スイ様に気付きも出来ずに、大変失礼を致しました。今までの無礼、全て私の責任です。どうか、ヒリトだけはお許し頂けないでしょうか。」
「カンナ…!スイ様、私も神使憑として責任がございます。どうか、私にも罰を…!」
「…別に気にしてはいない。今の私はただのセンの憑物だ。バレない様に力を隠しているのだから、気付かなくて当然であろう。」
「しかし…!」
「うるさい、これ以上言う事は何もない。これでこの話は終いぞ。」
スイにそう言われてしまえば、ヒリトとカンナの二人は何も言う事が出来なかった。それを見たスイは、納得してなさそうな二人をチラリと見た後に泣いているユウとセツキに近づいた。
「ユウ、セツキ。」
「ん…、なぁに、お兄ちゃん?」
「うぐ…、どうかしたの?」
スイに声を掛けられると二人は泣いていた目を擦り、顔をスイに向けた。
「貴様等は十分役に立った。センや街の者が危なくなった時、守ろうとして二人で前に出ただろう。良くやったな。」
「でも、あれは結局お兄ちゃんが…。」
「私はお前達の事を買っている。…二人が望むなら、お前達を私の神使にしてもいい。そうすれば、鬼憑だからと迫害される事もないだろう。」
「僕達が、お兄ちゃんの神使…?」
「でも、それって偉い人達なんじゃないの?」
「…別に、神使など神が気に入った者を傍に居させている様なものだ。誰でもなれる。…お前達にその気があるならだがな。」
「な、なるよ!そしたら、僕達お兄ちゃん達に迷惑掛けないんだよね?」
「俺達、もっともっと強くなる!兄ちゃんが出なくても、姉ちゃんを守れるくらいに!だから、俺達を兄ちゃんの神使?にさせて下さい!」
「…そうか。」
スイは二人の言葉にふっと笑うと、人の姿に戻り、ユウとセツキの頭を撫でた。そのまま二人の手を握ると、ブツブツと小さく何かを唱える。言葉が終わると辺りは青く光り、ユウとセツキの手の甲には不思議な紋様が浮かび上がっていた。
「それが、私の神使としての証だ。それがあれば、お前達を迫害する者は居なくなるだろう。」
「神使…、何かあんまりピンとこないな。」
「うん…。でも、何だか凄く心がポカポカする。ありがとう、お兄ちゃん。僕達、頑張るからね!」
「そうか。まぁ、気にせず励めばいい。」
ニコニコと笑う二人に、スイは優しげな笑みを溢すと蛇の姿になった。その様子を見ていたセンもうふふと笑って、微笑ましそうにしていた。大人しく四人の様子を見ていたヒリトとカンナだが、どうしても気になるらしく、カンナはスイに話し掛けた。
「スイ様、どうか質問させて頂けませんでしょうか?」
「…構わぬ。何だ?」
「何故、スイ様は此方に居るのでしょうか?今回の騒動、主様にも耳に入ってはいますが、決して此方に参ろうとはしませんでした。ただ私に確認を命じ、主様は此方まで参られません。それ程、神様は滅多に下に降りてくることは無いものだと思っていました。しかし、スイ様はセン様の憑物として、長く共に居るのは何故なのですか?」
「……。」
「…スイ様?」
カンナの質問に、スイは暫く沈黙していた。チラチラとスイの顔を伺うセンだったが、決して自ら口を開こうとはしなかった。やっとの事で出てきたスイの返答は、カンナには理解出来ないものだった。
「センは、私の下に来る為に生まれたのだ。ならば、私が傍に居るのは当然。ただ、それだけだ。」
「えっと、それは…?」
「それだけだと、言っただろう。これ以上何も話す事は無い。」
「ハッ…!失礼致しました。」
カンナは頭を下げ、スイに向かって謝罪をした。六人はその後シャハールの街を出ようと荷物をまとめ、街の入口へと向かった。度々街の人達に声を掛けられ足を止められたが、急いでいる事が分かると彼等は直ぐに去ってくれた。街の入口に近付き、いざ出ようとしたその時。後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「ユウ、セツキ!それに、皆さん。もうこの街を出て行っちゃうの?」
「ミナト!」
声を掛けたのは、途中で倒れているところを助けた少女だった。後ろの方には両親らしき二人が立っており、此方に頭を下げて微笑んでいた。
「あのね、お父さんとお母さん見付かったよ!何だか、頭がぼーっとしてるから、私達は少し休んでから帰るんだって。」
「そっか!見付かって良かったね!」
「うん!これもユウやセツキ達のおかげだよ!本当にありがとう!」
「えへへ、照れちゃうな…!」
「元気でな、ミナト。今度は倒れないように気を付けろよ!」
「ユウとセツキこそ!また会おうね!」
「うん!バイバイ、ミナト!」
「じゃあな!」
三人は握手をすると、大きく手を振って別れた。微笑ましいその光景に、四人は自然と柔らかい空気になる。そのまま街を出た六人は、再び砂漠を越えて、元の街に帰ろうとしていた。
「あの狐がいじった水脈も戻した、これで他の街にも水が湧くようにはなるだろう。」
「ありがとうございます、スイ様。」
「構わぬ。センが望むなら叶えるのが当然だ。」
「兄ちゃん、あの狐の人みたいだね。憑代の願いを叶えるために動くのって。」
「…あんな狐と一緒にするでない、セツキ。」
「あ、ごめんなさい!」
ココルと一緒にされたのが不服だったのか、スイはセツキの言葉に直ぐに反論した。セツキが素直に謝ると、ヒリトとカンナは四人に話し掛けた。
「私達は、このまま自分達の街に戻ろうと思います。アピュールエン様にもご報告をしなければならないので。」
「この辺りで別れる事になります。道中、どうかお気を付け下さい。」
「そうですか…。ヒリト様もカンナ様も、お気を付け下さい。」
「セン様も、余り無理はなさらないで下さいね。」
「はい、ありがとうございます。それでは、またお会い致しましょう。」
「ええ。お元気で。」
二人はセン達に深くお辞儀をすると、そのまま別れて歩き出した。二人になったヒリトとカンナは、歩きながら話し続ける。
「まさか、神様憑だったとはな…。セン様を落とすのは大変そうだな。」
「お、落とすってなんだよ、カンナ!セン様に失礼な事、出来る訳ないだろう!」
「けど、気があるんだろう?大分難しいと思うが、私は応援してやるぞ。」
「だから、そんなんじゃないってば!もう、カンナったら!」
顔を赤くして話すヒリトに、カンナはニヤニヤと笑いながら話す。たとえ相手が神憑だろうと、自分の憑代が願う事は叶えてやりたいものだ。きっとこれは、全部の憑物に言える事なんだろうな、とカンナは心の中でひっそりと思うのであった。
「私達も、街に帰りましょうか。」
「うむ、そうだな。」
「お姉ちゃん、街に着いたらまたあのお菓子食べたい!」
「俺も!」
「ふふ、そうですね。また皆で作りましょうか?」
「うん!」
別れた四人は協会の街を目指して歩き続ける。今回の旅は色々あったけど、終わってしまえば皆がニコニコとしていた。その事にセンは嬉しくなり、終始笑顔だった。街に着いた頃にはアレから大分日が経っていたが、それでも彼等は四人でお菓子を作り、美味しそうに食べるのだった。
これにて、第一章は完結です。大分時間が掛かってしまいましたが、何とか書けて良かったです。
色々とおかしな点もあるかと思いますが、読んで頂きありがとうございました!
少しでも皆様に楽しんでもらえたなら嬉しいです。