第五話 オアシス
シャハールの街まで後少しの所まで来たセン達六人は、途中にあるオアシスの街へと寄っていた。しかしそこのオアシスは既に涸れかけており、余り水が無い街だった。
「酷い有様だな…。」
「人が全然居ないですね。」
ヒリトとカンナが呟いた通り、この街は酷く寂れている様だ。街の人間は家に閉じこもっているのか、外には誰も居なかった。六人はまず宿を探すが、この街にあったのは小さなボロボロの家だけだった。壊したりしなければ好きに使っていいみたいで、セン達は家の主に幾らかの水とお金を渡した。
「随分とボロっちいな。大丈夫なのか?」
「仕方ないよ、カンナ。街自体が凄く大変みたいだから。」
「砂漠に住むのって大変なんだね…。」
「何だか俺達の家を思い出すな。」
「泊まれる場所があってよかったですね、スイ様。」
「そうだな。」
六人は話しながら家の中へと入る。多少の隙間風はあるがそれ以外はしっかりとしていて、見た目程ボロボロでは無かった。此処で眠るだけなら問題はないくらいには、雨風は凌げそうだ。
「セン、疲れてはないか?具合が悪くなりそうなら直ぐに言うのだぞ。」
「大丈夫です、スイ様。ありがとうございます。私よりもユウ君とセツキ君は大丈夫ですか?」
「んー、大丈夫…ちょっと疲れちゃったけど…。」
「姉ちゃん、俺お腹減ったし、もう眠い…。」
セツキは目を擦りながらお腹を触ると小さく音を鳴らし、つられてユウのお腹も鳴った。二人は顔を少し赤らめると、センとヒリトは二人揃ってクスリと笑った。
「一息つけましたからね、食事にしましょうか。」
「そうですね、ヒリト様。後少しでシャハールの街です。今日はしっかりと食べて休みましょう。」
二人が食事の支度をすると、ユウとセツキは直ぐに食べ始めた。あらあらとセンが苦笑いをすると、ヒリトとカンナもクスクスと笑った。えへへ、と恥ずかしがってはいるが二人はそのまま食べ続ける。六人の食事が終わると、お腹が満たされた事で満足したのか、ユウとセツキはスヤスヤと眠りに就いた。
「ふふ、やっとゆっくり眠れますからね。二人共、お休みなさい。」
小さく呟いて、センは二人に布団を掛けた。ヒリトとカンナは身支度を整えると、少し話しを聞きに行ってくると言って、家を出た。センとスイも街の様子を見ようと思い、家を後にする。
「後少しでシャハールの街ですね、スイ様。」
「うむ、センは辛くないか?」
「大丈夫です、スイ様のおかげで私は辛くありませんから…。ですが…。」
「気にする事は無い、私の力はセンの為にある。」
センの体は砂漠に居るというのにヒンヤリとしていた。スイの力で服の中は薄い霧のようなものが纏っていて、この砂漠でも暑さ等で辛くなる事は無かった。しかし、自分だけが楽だという事に申し訳なさそうなセンに、スイは気にするなと言葉を掛けた。
「せめてユウ君とセツキ君にも出来たら良かったのですが…。」
「アイツ等は態度に出るから無理だろう。あの神使憑共に直ぐバレる。」
センはですよね、と小さく言葉を漏らした。もしもあの二人にも同じ事をしたならば、きっと表に出てしまう。そうすれば何故だろうかと、ヒリトとカンナに怪しまれるに違いない。スイが水神である事を隠しているのなら、それを知らせるような事はしたくない。ユウとセツキの時は例外だったが、極力スイの事は隠しておきたいのだ。ならば迂闊に力を使わない方が、とセンは考えたが、それはスイによって却下されてしまった。
「センの体に何かあったら大変だからな。」
まるで過保護すぎるようなその言葉に、センは笑ってありがとうございます、という事しか出来なかった。家を出た二人は、そのまま家主の元へと訪れる。何度か扉にノックをすれば、先程見た老人が出てきて中へと入るように促した。
「如何なさいましたか、修道女様。」
「いえ、少しお話を聞きたいと思いまして。」
「話ですか?」
椅子に座るよう促されたセンはそこに座り、スイは首元からその膝に降りた。
「はい、シャハールの街についてと、この街の事も少しお話を聞きたいのです。」
「そうですか、シャハールの街の事とは神様憑の方の事ですか?この街の事なら話せますが、シャハールの街については余り詳しい事は分からないのですが…。」
「それでも構いません。どうか少しでも良いのでお聞かせ下さい。」
センの言葉に老人はぽつりと話し始めた。
「では、まずはこの街の事からお話させて頂きます。見ての通り、現在この街のオアシスは枯れかけています。元々此処はシャハールの街程ではありませんが、水不足が酷く生活も決して良いものではありません。ですが、それでも皆で協力して一生懸命生きてまいりました。」
老人はしみじみと、まるで遠い昔を思い出しているかのように話しだす。
「しかし一月程前に、シャハールの街で神憑の女性が現れたと噂話が流れました。当然最初は誰も信じていませんでしたがある時、あの街の水不足が解消したと言うのです。それを聞いた私達はどうにかこの街の水不足も何とかして頂けないかと、何人かで頼みにあの街に行ったのですが…、誰も帰っては来ませんでした。何があったのかは分かりませんが、このまま向こうで暮らすという手紙が届きました。それから、何度人を送っても皆が向こうに留まると、その度に手紙が届くのです。」
「ふむ…。」
スイが少し考え事をするように、集中し始めた。老人はそれに気付く事もなく、話を続ける。
「この街の為に出たのに誰も帰ってこないなんて、おかしいとは思うのですが…既に若い者達は皆シャハールの街に行ってしまった。この街にはもう、私の様に年老いた者くらいしか残っておりませぬ。この街の長である夫婦が置いて行った子供も、父と母を連れ戻しに行くと言って出て行ったままです、あの子に何かなければいいのですが…。」
「それは、とても心配ですね…。」
「今の私達は、あなた方の様にあの街へ行く旅人から幾らかの水や食料を分けて頂く事で何とか生活をしております。…思えばあの時からですかね、この街や他の街のオアシスが枯れ始め、今よりも水不足が酷くなったのは…。」
考え込んでいたスイが、少しだけピクリと反応した。センはその事に気付き視線を向けるが、スイは黙ったままだった。集中しているのなら邪魔する訳にもいかず、老人から話を更に聞く事にした。
「この街の現状は、そういう事があったからなのですね…。」
「お恥ずかしい限りです、自分達の街なのに自分達で駄目にしていくなど…。シャハールの街は今、水も豊富にあり皆が豊かに暮らせていると聞きます。神様憑の方のお力で、治安も良いと聞きます。若い子達には、きっとそっちの方が良いと思いますし、仕方のない事だとは思いますが…少し寂しいですね。…さて、私がお話出来るのはこれくらいですが、お力になれたでしょうか?」
「うむ、良い話が聞けた、感謝する。」
「ありがとうございます、とても助かりました。」
老人は寂しそうに微笑むと、話を終えた。センとスイはお礼を言うと、カバンから水と食料を取り出した。目の前に差し出されたそれを見て、老人はビックリしていた。
「こちらは、多少ではありますが、お礼にどうぞ。」
「…!?いいえ、頂けません、こんなにも…!」
「受け取っては頂けませんか?少しでもお力になりたいのです。」
「ですが…。」
「私は神に仕える身です。困っている方が居れば、手を差し伸べるのは当然の事です。大した量ではありませんが、これで少しでも皆様のお力になるのであれば嬉しいのです。どうか貰っては頂けませんか?」
センは少しと言うが、向こうからしたら十分な量なのである。それを話をしただけで貰っていいものかと大分悩んでいたが、センの思いに老人はニコリと笑ってお礼を言った。
「…ありがとうございます、修道女様。これで私達は大分楽になります。」
「いいえ、こちらこそ。どうもありがとうございました。それでは失礼致します、皆様に神の御加護を。」
「道中、どうかお気を付け下さい。あの家は、好きにして下さって構いませんので。」
「ありがとうございます、おじい様。」
お互いに礼を言い合い、セン達は家を出る。スイは膝の上から再びセンの首元へと巻き付いた。渡した分の水と食料は、勿論セン個人のモノだった。皆それぞれが自分の分を持っている。故にセンが渡した量だけ、センは我慢をしなければいけないのだ。
「セン、私の分をやる、きちんと水も食料も食べなさい。」
「ですがそれでは、スイ様が…。」
「私は平気だ、それよりもセンの方が大事であろう。良いな?」
「…はい、スイ様。いつもありがとうございます。」
しかし、スイはセンが辛いのを望まないため、自分の分を分け与える。スイにとってセンが一番であり、自分でさえも二の次なのだ。センが申し訳なさそうにお礼を言えば、当然の事だと返事が返ってくる。自分の身勝手で渡したのにスイを巻き込んでしまった事に落ち込むも、それを気にするなと言うかのように頬へと顔を擦り付ける。くすぐったそうにセンがふふ、と笑えば、スイは満足したのかそのまま家に戻ろうと言う。センもはい、と返事をしてユウとセツキの二人が眠る家へと帰った。
その頃ヒリトとカンナは、センとは別に聞き込みをしていた。先に家を出ていた二人は、あちこちの家を訪ね、色々と聞きまわっている。寂れているせいか街の人間に聞きまわるのは、そこまで時間が掛かるものではなかった。最後に借りている家の主に話を聞きに行こうとして、先客がいるのに気が付く。そのまま二人は聞き耳を立てて気配を消す。
「あれは…センさんとスイさんですね。」
「アイツ等も聞き込みに来ていたのか…、しかし何話しているんだ?」
コソコソと小さな声で話す二人は、家の中で話す彼等に視線を移す。会話の内容は余りよく聞こえず、途切れ途切れにしか聞こえない。彼等が得られた情報は、誰もシャハールの街から帰って来ないというのと、街長の子供が街に向かった事、そしてあの街の様子についてだった。大した内容も聞けず、二人はお互い見合って話し始める。
「ふむ…、アタシ達が聞いたのとそこまで変わらないね。」
「そうだね。僕達も家に戻って休む?」
「明日も朝早いしね、そうしようか。」
二人がその場を離れようとした時、ふと視線を家の中へ戻すと、センが家主に水と食料を渡しているところだった。
「センさん、結構な量渡してない?明日から大丈夫かな…。」
「…ほんと修道女として優秀過ぎる信者だな。あれじゃ自分が辛いだろうに。」
驚きつつも心配をするヒリトに、カンナは小さく溜息を漏らした。
「自業自得と言っていいような気もするが…まぁ、キツそうならお前が分けてやればいいさ。好感度も上がるし丁度いいだろう。」
「こ、好感度ってなんだよ!僕は別にそんなの気にしてる訳じゃないし…、困っている人に手を差し伸べるのは当然の事だろ、もう!」
「はいはい、そんじゃ戻ろうか。」
二人はセンとスイが家を出て行ったのを確認してから、自分達も戻った。別に一緒に戻っても良かったのだが、何となくそうはしなかった。家に戻れば、先に居たセンがお帰りなさいと声を掛けてきた。既に寝る準備に入っていたのか、横になっていた。
「只今戻りました。すみません、邪魔してしまいましたか?」
「いえ、丁度寝ようとしていた所なので。」
「アタシ等も寝ようか、隣の部屋を使わせてもらうよ。」
「はい、お休みなさいませ、カンナ様、ヒリト様。」
「お休みなさい。」
「お休みー。」
ヒリトとカンナが隣の部屋に行き、センとスイはユウとセツキの傍へと横になった。疲れていたのかセンは直ぐにスヤスヤと寝息を立て始める。隣の様子を伺えば向こうの二人も寝ているようで、スイは元の人の姿に戻してセンの頭を撫でる。日課のようなものであるこの行為は、センが起きていようが寝ていようが関係はなく、必ず毎日している。ふわりと柔らかい髪を梳けば、センはふにゃりと微笑んだ表情に変わる。スイは口元を緩ませ、声を出さずに微笑む。幾らかの時が経てば、蛇の姿に戻ってスイも休む。
誰よりも早く目を覚ましたスイは、センの頬へと頭を擦り付けて起こす。暫くすればうっすらと目を開けたセンが、にこりと笑ってスイに挨拶をした。
「おはようございます、スイ様。」
「うむ、よく眠れたか?」
「勿論です、ありがとうございます。」
軽く目を擦りながら起き上がると、センは朝食の準備を始める。少し経てば隣の部屋からヒリトとカンナが現れた。お互いに朝の挨拶を交わすと、ヒリトはセンの横に行き手伝いを始めた。
「すみません、ありがとうございます、ヒリト様。」
「いえ、気にしないで下さい。自分達が食べるものですから。」
ニコリと微笑むセンに少し照れながらも、ヒリトは手を動かして準備をした。朝食が出来上がる頃には匂いに釣られたのかユウとセツキも起き上がってきた。六人は朝食をしっかりと食べてから準備をして、街を出る。直前に家主の元へお礼を言いに行けば、逆にお礼を言われてしまって、ユウとセツキは頭の上にはてなマークでも出ている様な顔をしていた。
街を出て数時間が経った、シャハールの街まで後少しという所で大きな岩を発見した。六人はそこで一旦一休みをしようと近くによると、誰かが倒れているのに気が付いた。慌てて近付くとユウよりも少し年上くらいの少女が倒れていた。
「あぅ…。み、水…を。」
「お水ですね、これをどうぞ…。」
迷わず自分の水を彼女に飲ませたセンに、ヒリトとカンナは心の中で驚いた。
「(昨日家主に大分渡していたし、今日だって殆ど水を飲んでいない…。大丈夫か…、コイツ…。)」
「セ、センさん、僕の分の水を渡して下さい!センさんも、もう少し水分を取らないと…。」
「いえ、私は、その…。よ、夜に飲んでしまいましたので、大丈夫なんです。それに、ヒリト様の分を頂く訳には…。」
「いいえ!それは駄目です、センさんもこの子も、しっかりと飲んで下さい!」
普段大声を出さないヒリトが、声を荒げて真剣な目でセンを見つめる。驚いたセンは思わずはい、と返事をしてしまい、その言葉を聞いたヒリトはニコリと笑ってセンと少女へ水を差し出した。返事をした手前、拒む事も出来ずにセンは受け取った水を飲む。ヒリトは少女へと水を差しだし、ゆっくりと飲ませた。その様子を見たユウとセツキも、自分達の水を彼等に差し出した。
「お、俺達のもあげるから!」
「お姉ちゃん、その子、良くなる?」
思わぬヒリトの行動に内心ドキドキしていたセンだが、二人の言葉を受けてハッとした。
「(わ、私とした事が…!いけません、しっかりしないと。)…勿論大丈夫ですよ、二人共ありがとうございます。」
「えへへ、それなら良かった!」
「姉ちゃんも、無理しちゃ駄目だぞ!」
「はい、ありがとうございます。」
顔に出ない様にとセンは一生懸命平静を装う。カンナやスイから見たらバレバレでも、他の三人は気が付いていないようで、センはバレてないのだとホッと息を漏らした。
「うぅ…、あれ…?」
「大丈夫ですか?」
少女の意識がハッキリとしだしたのか慌てて起き上がると、彼女は名乗り出してお礼を言った。
「あ、ありがとうございます!私はミナトって言います。途中で水が尽きてしまって、このまま行き倒れになる所でした。本当にありがとうございます!」
「良かった、間に合ったようで。他に苦しいところはありませんか?」
「身体はちょっと怠いけど、もう大丈夫です。」
「もしかして、あの街の長の娘さんですか?」
「えっ、あ、はい。そうです。でも、何でそれを?」
センは昨日聞いた事を掻かいつまんで話した。すると少女は、自分の話を始める。
「その、お父さんとお母さんが、シャハールの街から帰って来ないから、迎えに行こうと思って…。きっと、あの街で何かあったに違いないもの。じゃないと、あのお父さんとお母さんが戻って来ないなんて…絶対に有り得ない!」
ミナトは大きな声で話した。シャハールの街に何か秘密がある筈だ、何て話しているその姿に、スイとカンナは静かに考え事をし始めた。
「(確かに、皆が皆戻らなくなるというのは、おかしな話だ…。何かあるのは間違いなさそうだな…。)」
「(…センに被害が及ばなければいいが…。)」
力説するミナトと話すユウとセツキは、年が近い子と話すのは初めてなようで楽しそうに話していた。ミナトも二人が鬼憑だと分かっても恩人には変わらないので、特に気にするような事はなかった。ワイワイと三人が仲良く話している所にセンが話を始める。
「三人共、そろそろ出発いたしましょう。ミナトさん、動けそうですか?」
「あ、はい!大丈夫です。」
「ならばさっさとシャハールの街に行ってしまおう。いつまでも此処に居るより、街に着いてからの方が休めるだろ。」
「そうだね、カンナ。さぁ、行きましょうか。」
休憩も早々と終えた七人は、再びシャハールの街に向かって歩き始める。数時間も歩き続ければ、やっとの事で街へと着いた。
「日が明るい内に着いて良かったですね。先に宿を取っておきましょうか。」
「私、お父さんとお母さんを探してくる!お姉ちゃん達、ありがとう!」
「ミナトの両親、直ぐ見付かるといいね!」
「うん!ありがとう、ユウ。じゃあまたね!」
ミナトはセン達の元を離れ、両親を探すために街の奥へと入っていった。六人はまず宿を取ろうと、街の中を観察しながら歩く。そこに居る者は皆笑顔で、活気も治安も良さそうだった。宿に行けば六人は二部屋に別れ、それぞれの事をしだした。砂漠越えで疲れ果てたユウとセツキはベッドに横になって直ぐに眠りに就いた。別部屋のヒリトとカンナは荷物を置いて直ぐに街へと出て聞き込み等の情報収集に向かう。センとスイも部屋に置手紙を残し、戸締りをして街へと出た。
「随分と賑やかですね、スイ様。」
「そうだな…。」
二人は宿から余り離れていない場所で街を見回した。このシャハールの街は今まで通って来た他の砂漠の街とは違い、皆が幸せそうに笑っていた。勿論幸せでいるのなら良い事なのだが、セン達にはそれが少し気味の悪いように感じた。キョロキョロと見回しながら歩いていたからだろう、センは横の路地から出てくる人間に気が付かずにぶつかってしまった。
「セン、大丈夫か?」
「私は大丈夫です、スイ様。申し訳ありません、お怪我はありませんか?」
「ちょっとアンタ、どこ見て歩いてんのよ!ココル、平気?」
「これくらい何ともない、いちいち騒ぐな。」
スイは直ぐにセンが無事か確認するが、何もないのが分かると安心したように息を吐く。声を荒げて怒鳴る相手に、センはぶつかったすみませんと深々と謝罪する。
「アンタ、旅人?アタシ達が誰だか分ってんの?ココルはねぇ…!」
「リコ、いい加減黙りなさい。人目に晒されるのは勘弁だ。」
「むぅー、でもさー…。」
「本当に申し訳ありません、先程この街に着いたばかりでして…。余所見をしてしまい、失礼致しました。」
センがぶつかった相手はココルと呼ばれ、背が高く頭から耳が生えていて、鋭い切れ長の目をしていた。それはまるで睨まれているかのような、少し怖い印象だった。声を荒げているのはリコと呼ばれた少女で、直接ぶつかった訳でもないのに何故か捲し立てるように怒っていた。
「謝れば済むってもんじゃないでしょう!ねぇ、どうする、ココル?」
「お前がぶつかった訳でもないのに気が収まらないのか。ならば、そうだな、お前、名は何と言う。」
まるで品定めをするかの様に見られた後、青年はセンに名前を訪ねた。驚きはしたものの、直ぐに名前を告げれば、少し考え事をしてから薄く口元に笑みを浮かべた。
「は、はい。私はセンと申します。」
「センか…。よし、お前、我々の付き人になるがよい。」
「…えっ。」
突然の言葉に、センは戸惑いの声を上げた。そんな様子を気にも留めず、青年はそのまま話し続ける。
「何、いつまでもと言う訳ではない。リコの気が済むまでだ。何故だか、お前からは不思議な力を感じる、暇つぶしには丁度良いだろう。」
「うーん、まぁ、それならいいかな。精々こき使ってあげるわよ、そこの蛇共々ね!」
「あ、あの、私は…。」
「見目も悪くない、修道女ならば仕えるのは得意であろう。こちらへ来い。」
青年の言葉に少女はニヤニヤと笑いながらそれなら…、と承諾した。取り敢えずセンは断りを入れようとするが、話を聞いてもらえない。手を掴まれ、何処かに無理やり連れて行かれそうになったセンは、足を縺れさせて転びそうになる。それに気付いた青年はそのまま抱きとめようとするが、その前に掴んでいた手を何かがパシンと当たり思わず引っ込めた。
「…っ…!」
「センに気安く触れるな。」
スイが尾を伸ばして、勢いよく青年の手を叩いたのだ。転ばずに済んだものの、余りの突然の出来事にセンは慌てて謝罪をしようとするが、今度はスイが捲し立てるように彼等に言葉を放つ。
「大体、貴様等も細い路地から確認もせず急に出て来たのだろう。センだけに非がある訳ではない。勝手にあれこれと話を進めるな。そもそも、その汚らわしい手でセンに触れるな、愚か者が。」
「す、スイ様…!」
「ハッ、言うてくれるのう、たかが蛇憑の分際で。それだけ言うのならば覚悟は出来ているだろう。格の違いを教えてやるわ。」
スイと青年が睨み合いピリピリとした空気に、センはどうしていいか分からずオロオロとする。今にも何かが起きそうな瞬間、黙っていた少女が口を開いた。
「ココル、アタシもう飽きたー。こんな女どうでもいいから、さっさと帰ろう。お腹空いちゃった。」
「…お前が先にイチャモンを付けていたのだぞ。」
「だって暇だったしー、でもなんか面倒臭そうだからやっぱいいの。反抗的な奴は大っ嫌いだしね。」
「貴様も十分面倒臭いがな。…まぁ、よい。命拾いしたな、蛇。」
「ふん、随分と躾のなってない主だな。貴様の言う格が知れるわ。」
「吠えておれ、蛇が。行くぞ、リコ。」
「はーい。」
「あぁ、だが、最後に一つ。」
青年はにやりと笑った後、素早くセンを抱き寄せると頬に軽く口づけをした。その動作に、スイが直ぐに尾を使って払おうとするが、その前に離れてそれを避ける。
「お前は悪くない、その蛇が改心したのなら、我の付き人にしてやってもよいぞ。」
「…!…あっ…!」
「あぁ、最高の嫌がらせが出来た…いい面ぞ。我は満足だ、行くぞ。」
「貴様…!」
ココルとリコと呼び合った二人は、そのまま路地の方へと戻り姿を消した。スイは先程の出来事で冷静さを欠くが、直ぐに自分を落ち着かせて元に戻る。尾を使って口づけされた頬をふき取るかのような動きでさする。
「セン、すまない、私が居ながら…。大丈夫か?」
「あ、その、驚きで少し腰が抜けてしまいました…。申し訳ありません、スイ様、お手間を…。」
「気にするな、動けるようになったら宿に戻ろう。綺麗に洗い流さねばいかん、汚らわしい。」
「スイ様、本当に申し訳ありません…。」
「構うな。私の方こそセンを守れずに、すまない…。」
シュンと項垂れるようなスイの様子に、センはニコリと笑って大丈夫ですよ、と言葉を繰り返す。少し経てばセンが歩けるようになり、二人は宿へと戻った。スイは戻って直ぐに浴槽へと向かわせ、綺麗に頬を洗い流す。二人の様子に戻って来たヒリトとカンナは不思議がっていたが、そこまで気には留めず、今日はそのまま就寝する事になった。明日の朝、神憑の元へと向かおうという話になり、四人は眠りに就いたのだった。