第四話 砂漠地方
神使憑のヒリトとカンナの二人を案内する為、セン達は西の砂漠地方へとやって来ていた。教会の街を出てから数日が経ち、何度目かの野宿をしてやっとの事で砂漠へと辿り着いた。熱く焼ける様な暑さの中、六人は砂に足を取られながらも進んで行く。
「ふぅ、砂漠は暑いですね…。皆様、大丈夫ですか?」
「うー…あっつい…。」
「砂漠ってこんな暑いんだ…キツイ…。」
「ほらほら、ヒリトしっかりしなさいな。」
「カンナはいいですよね、暑いの平気で…。」
「そりゃあ、火の神の神使が暑いの駄目だなんておかしいでしょ。」
「セン、辛くはないか?」
「ありがとうございます、スイ様。大丈夫です。」
「ならば良い。」
暑さで項垂れるユウとセツキは少しフラつきながらも転ばない様に慎重に歩く。ヒリトはカンナに色々言われながらもしっかりと歩を進めている。スイは普段巻きついている首元から頭の上へと移動し、センに日が当たらない様に座った。
「後少しでオアシスのある小さな街に着くはずです。そこまで頑張って下さい。」
「それなら早く行こうよ、服の中まで砂だらけだ。お風呂入りたいね、セツキ…。」
「俺は風呂より水浴びしてーよ、ユウ。」
「ふふふ、さあ、二人共もう少し頑張りましょう。」
「「はーい!」」
センの言葉にユウとセツキは足を早めた。ヒリトも声を掛けて元気付け、背中を支える。二人は大きな声で返事をすると、ヒリトの手を握って三人で歩き始めた。そんな様子を見たカンナは、少し考え込んだ様な顔をする。
「(まるで兄弟の様だ。…ヒリトは生まれた時から普通の奴等とは違う人生を歩んでいる。あんな風に話してくれる奴なんて居なかったからな。)」
ヒリトは生まれた時から、神使憑として生きて来た。カンナが神の言葉を聞き、ヒリトが人々に伝える。当然カンナは神使として強い力を持っており、ヒリトが小さな頃からその力で彼を守ってきた。生を受けたその瞬間から神使憑と人から崇められ、特別な存在として人生を送ってきた。そんなヒリトへ、ユウとセツキの様に親しく話しかけてくる人は居なかったのだ。
「(…本来ならセンの態度が、ヒリトにとっては普通なんだ。まぁ、彼女はヒリトに限らずどんな相手にもあの様だが…。)」
「…カンナ様、どうかなさいましたか?」
「いや、何でも無い。サッサと街へと行こうか。」
「……?はい、そうですね。」
センは視線を感じて話しかけるが、カンナは何でも無いとはぐらかす。センは不思議に感じながらも追求しようとはせず、そのまま街に向かって歩き出す。
幾度かの休憩を挟みながら、六人はやっとオアシスのある小さな街に着いた。既に日は暮れ始め、砂漠の地平線へと夕日が沈みかけていた。街に着いた六人は、まず最初に宿を取る。何とかセン達の四人部屋とヒリト達の二人部屋の二つが取れた。各々が部屋に荷物を置いて宿屋の広間に集まると、風呂に入って砂を落とそうと話し始める。
「お姉ちゃん、僕達お風呂行きたい。」
「体がザラザラしてて気持ち悪い…。」
「そうですね…。まずは皆で体を流しましょうか。」
センと話す二人の言葉に全員が賛同する。六人は浴場の方へと向かい、入口の所で止まった。ヒリトはユウとセツキの二人の手を引いて、男湯の方へと入ろうとする。
「では、中へと行きましょう。ユウ君とセツキ君は僕と一緒に男湯の方へ。カンナはセンさんと女湯だね。スイさんはこちら、で良いのでしょうか?」
「…私はセンと共に居る。」
「おや、雄だろ、アンタ。入るならヒリトの方だろ。」
「ねぇねぇ、ヒリト兄ちゃん、僕達皆で入れないの?」
「俺達いつも四人で入ってたよ?」
彼等の言葉にヒリトは困ったような顔をした。ユウとセツキは不思議そうな顔をしてヒリトを見る。二人は育った村では迫害されていたし、セン達と旅を始めても基本一緒で離れる事はなく、それが普通だと思い込んでいた。そんな二人にヒリトは、えーと…と、考えながら話し始める。
「えっと、その、あの…。二人はもう十を過ぎた男の子ですから…別々に入った方が良いと思いますよ。」
「…そうなの?」
「俺達、姉ちゃん達以外の人間と関わった事あんま無いから、イマイチよく分かんないんだ。」
「そう、なのですか…。では、これからは僕とも一緒に色んな事を知っていきましょう。」
ヒリトは二人の頭を優しく撫でた。嬉しそうに笑うユウとセツキは、ギュッとヒリトの手を掴む。先に中へ入るね、と言葉を残して三人は男湯の方へと入っていった。
「アタシ等も行こうか。アンタもアイツ等と向こうに行ったら?センの事ならアタシが見といてやるからよ。」
「断る、私はセンから離れない。」
「……随分と過保護な事。」
「カンナ様が気になるようでしたら、私とスイ様は人が居なくなった時にでも入ります。どうぞお先に…。」
「いや、別にそんな気になる訳じゃないさ。そんな砂だらけで居られても困るし、サッサと入ってしまおう。」
カンナはチラリとスイの事を見た後、そのまま女湯の方に入っていく。センも後ろから続いて入っていく。脱衣所で着ていた服を脱ぎ、体にタオルを巻き付けてシャワーを浴びる。体中の砂や汚れを落とし、湯船に浸かる。ふぅ、と息を吐くカンナの横ではセンがスイをお湯が張った桶の中に入れている。
「気持ち良いですね、スイ様、カンナ様。」
「そうだな、セン。」
「あぁ、風呂は良い。オアシスがあるとはいえ、砂漠の街でも風呂に入れるとはな。」
ゆったりと話していると壁の向こうからユウ達三人の声が聞こえた。この一枚の壁の向こうは女湯と同じ構造の男湯がある。仲良く楽しそうな笑い声が聞こえ、ばしゃんと水飛沫の音もする。飛び込んでは駄目ですよ、というヒリトの声とはーいと揃った返事をするユウとセツキの声が響く。どうやら男湯の方は他に人が居ないのか、三人の話し声しか聞こえなかった。
「ふふふ、向こうは元気なようですね。」
「全く、こっちには他に人が居るってのに…。」
ニコニコと笑うセンと呆れた様に溜息を吐くカンナ。そんな二人の後ろに居たおばあさんが、猫の憑物と一緒にクスクスと笑っていた。
「随分と、元気な子達が居る様じゃのう。」
「申し訳ありません、おばあ様。騒がしくしてしまって…。」
「ほっほっほ。何、気にする事もなかろうて。若い子は元気なのが一番じゃ。」
「元気過ぎるのも困りものだけどね、悪いな、ばあさん。」
「それにしても、お主達もシャハールの街に向かっておるのかい?」
おばあさんがその街の名前を出すと、カンナがピクリと反応をする。その様子におばあさんは、ほっほっほと再び笑い、話を続けた。
「あの街に神様が降臨なさってのう。最近は少しでも拝見できないかと余所の者達がやって来るようになったのじゃ。」
「本当に神が参られたのか?一体何の神が?偽物の可能性は?」
「さぁ、わたしゃ行った事は無いからねぇ。聞いた話によれば、それはそれは神々しい御方であったとか。そう言えば、何の神様かは聞いた事が無いねぇ。」
「ふむ…。(やはり怪しいな…。これは早いとこ確かめに行かないと…。)」
「さてと、わたしゃそろそろ上がるかのう。お主等ものぼせん様に気を付けるんじゃよ。」
「はい、おばあ様。ありがとうございます。」
おばあさんは湯船から上がり、その後ろから猫憑がにゃーと鳴きながらトテトテとついていく。気が付けば男湯の方からの声も無くなり、残った三人もそろそろ浴場から出ようとしたところで、宿の方から叫び声が聞こえた。その声に慌ててセン達は外に出る。
「どうかなさいましたか!」
「どうした!」
「カンナ!センさん!おばあさんが…って!」
先に駆け付けていたヒリトは、現れたセンとカンナを見て顔を真っ赤にする。濡れたままのタオル姿で出て来た二人を前にして、直ぐに目を隠した。
「お、おばあさんが、転んで階段から落ちそうになっただけで、それを見た人が叫び声を上げただけなのです。だから、怪我とかはありませんから!その…、服を着て下さい!」
「…そういや、そうだった。」
「も、申し訳ありません!お見苦しい姿を…!す、直ぐに着替えてまいりますっ。」
ヒリトは目を隠したまま現状の説明をすると、落ち着いた声でカンナは自分の姿を確認した。逆に、センは顔を赤らめ、大慌てで脱衣所の方へと戻っていく。その後を追うようにカンナも戻る。二人が戻っていった浴場への入り口を見ると、先程の光景を思い出してしまう。ヒリトは邪念を祓う様に頭をフルフルと振って顔に手を当て溜息を零した。
「(な、何を考えているんだ、僕は…!さっき見た事は忘れなくちゃ…!)」
忘れようとすればする程、あの光景が浮かび上がる。どんどんと赤くなり顔に熱が集まる。水が滴る髪、湯上りで赤らんだ頬、普段は服で隠れている白い肌。その美しい姿に一瞬で目を奪われた。再びそんな彼女の姿を思い出すとヒリトはハッとして今度は思い切り頭を振り回す。そんなヒリトの後ろから、戻って来たカンナが声を掛ける。
「何してんの、ヒリト。頭ぶん回して。」
「か、カンナ!それに、センさん達も…。」
「申し訳ありません、ヒリト様。大変失礼致しました。」
「い、いえ!その、おばあさんは特に怪我も無く、猫憑がクッションになったおかげで大事には至りませんでした。叫び声を出した方も、急な事だったので驚いて声を上げてしまったようで。今ユウ君とセツキ君がおばあさんについていますから。」
「それなら良かったです。」
ヒリトから事情を聴いたセンは、ほっと息を吐いた。彼等はそのままおばあさんの元へと行き、ユウとセツキの二人に合流する。ノックしてから扉を開ければ、おばあさんと話していた二人がセンへと抱き着いてきた。
「お姉ちゃん!」
「ユウ君、セツキ君、遅くなって申し訳ありません。おばあ様、ご気分は如何でしょうか?」
「ああ、先程のお嬢さん達かい。迷惑を掛けたようで、すまんのう。ウチのミケが助けてくれたから平気だよ。」
「ばあちゃん気を付けないと駄目だぜ!」
「ほっほっほ、そうだねぇ。ありがとう鬼憑の坊や達。」
「あのね、お姉ちゃん!おばあちゃんね、僕達にも、凄い優しくしてくれるんだよ!」
普通に接してもらえたのが嬉しいのか、ユウとセツキは興奮気味にセンへと話し始める。抱き着いたままの二人をセンは優しく頭を撫でる。そのまま中に全員入って、おばあさんの周りへと座り込む。
「ふふふ、坊や達が悪い子には見えないからねぇ。伊達に長生きはしとらんよ。」
「なあ、ばあさん。さっきの話なんだが、もう少し詳しく聞きたいんだ。」
「どうか僕にもお話頂けませんか?」
「おや、大した事は知らないんだけどねぇ。確か一月程前にシャハールの街の広場で、一人の女性と憑物が現れたそうじゃ。その二人は透き通る様な大きな声で叫び自分は神憑だと話したそうじゃ。最初は誰も信じようとはせんかったらしいが、その力を目の前にして神憑だと思われるようになったそうじゃ。」
おばあさんの話に耳を傾ける六人。ユウとセツキはイマイチよく分かっていない様で、ウトウトとし始める。その様子を見たセンは二人を自分の膝へと横にさせた。ヒリトとカンナは深く考え込んだ後、おばあさんに自分達は神使憑だと話し始める。
「ばあさん、アタシは火の神アピュールエン様にお仕えする神使だ。どんな事でも良い、もう少し詳しくは知らないか?」
「こ、これは神使様憑とは知らず、ご無礼を…。」
「おばあさん、気にしないで下さい。僕達はその神様が本物かどうかを確かめに来たのです。」
「そうですね…。後は…今シャハールの街は、その神様憑が治めていると言うくらいでしょうか…。」
「治めている、ですか…?」
「あぁ、そうじゃ。元々は他の街に比べて水不足が深刻な街でして。それでもそこに居る者達は、皆一生懸命生きていました。しかし神様が現れたとして街は大きく変わりました。彼等は既に神様として崇められており、あの街は神様の居る街として変化しまったのじゃ。」
センの言葉に、おばあさんが話を続けた。それを聞いたカンナとヒリトは口を開いて、明日にでも直ぐに出発しようと言い始めた。
「やはり何だか怪しいね…、確認しないと。」
「そうだね、カンナ…。おばあさん、どうもありがとうございました。僕達は明日にでも出発して確認を取ります。」
「神使様方のお役に立てたのなら光栄でございますじゃ。どうか、お気を付けて下さい。」
「ありがとうございます。貴方に神の御加護を。」
セン達はおばあさんにお礼をすると、そのまま部屋を出る。明日からの予定について少し話してから各々の部屋に戻る。ヒリトとカンナは部屋でシャハールの街の神憑について話していた。
「神憑を名乗って好き放題してるんじゃないだろうな…。もしそんな不届き者なら、アタシが成敗してくれるわ。」
「そうだね。神様の名を騙るなんて、許されない事だ。偽物だとしたらしっかりと反省させないと。」
「(…それだけじゃ、すまないだろうけどね…。)」
「さて、明日の為にも早く寝ましょうか。」
「そうだね、今日はさっさと寝ようか。」
二人は明日の準備をしてベッドに入る。そのまま暫くすれば二人はグッスリと夢の世界へと入っていっく。同じ頃、セン達の部屋では既にユウとセツキは眠っていた。スイは人の姿に戻り、ベッドへと腰掛ける。横になっているセンの頭を撫でながら、二人は小さな声で話している。
「スイ様…、もしも偽物でしたらどうなさいますか?」
「…特に何もしない。お前に害が無ければ放っておくだけだ。」
「ですが、神の名を騙る等、罪深き行為です。どうにか止めさせないと…。どうか、お手伝い頂けませんか?」
「…スイが望むのならば、そうしよう。ただし、少しだけだぞ。」
「はい、ありがとうございます、スイ様。」
「さぁ、明日も早いのだろう。お前も休みなさい。」
「そうですね…。お休みなさいませ、スイ様…。」
「あぁ、お休み、セン。」
センはそのまま深い眠りへと就いた。スイは暫くの間センの頭を撫で続けるが、幾らかの時が過ぎれば蛇の姿へと戻る。スイはセンの隣に横になり、目を瞑った。
「(神憑…か、センが傷付かなければいいが…。)」
頭の中で小さく考えるが、それが言葉に出る事は無かった。六人は静かに冷える夜の中、各々の考え事をしながら就寝した。
鳥の鳴き声が街に響き、砂漠の街に朝日が昇る。ユウとセツキはまだ夢の中にいるが、他の四人は起床していた。ヒリトとカンナは既に準備を終わらせ、直ぐにでも出発が出来る様に宿の前で待っていた。センとスイもササッと準備を終わらせると未だ寝ている二人を起こす。
「ユウ君、セツキ君。おはようございます、起きて下さい。」
「んんー…後少しだけ…。」
「今起きないのなら置いていくぞ。」
「……えっ!や、ヤダ、待って、お兄ちゃん!直ぐ起きる!ほら、セツキ!」
「むぅー…。」
スイの言葉に寝惚けていたユウは直ぐに覚醒する。慌ててセツキを起こし、準備を始めた。十分も経たずに支度を終えた二人にセンはクスクスと笑いながら、置いてなんかいきませんよ、と声を掛けた。四人は宿を出て、先に待っていた二人に合流する。
「申し訳ございません、お待たせ致しました。」
「い、いえ、大丈夫です。あ、あの、その…。」
「…どうかしたしましたか、ヒリト様?」
「な、何でもないです!あ、あはは…。それじゃあ、行きましょうか。」
「(おやおや、ヒリトってば、まだ昨日の事引きずっちゃって…。神に仕える者が情けない。)」
ぎこちなく笑うヒリトにセンは不思議そうに首を傾げた。そんな様子をスイとカンナは黙って見ていたが、ふとスイが急にセンへと頬擦りをする。その姿を見たヒリトはハッとしたかの様に神妙な顔付きになった。
「(おっと、ヒリトに牽制でもしてるのか。流石、蛇は嫉妬深いねぇ。)」
「お兄ちゃんズルい!俺もお姉ちゃんにギューする!」
「ぼ、僕も!」
「ふふふ、甘えん坊さん達ですね。どうぞ、こちらへ。」
「えへへー!」
スイの仕草に触発されたのか、ユウとセツキはセンへと抱き着いた。ニッコリと笑ったまましゃがみこんで二人の目線に合わせると、首に巻き付いていたスイは頭の上へと移動する。空いた頬に向かって二人は楽しそうに頬擦りをする。楽しそうにする四人を見てヒリトは顔には出していないが羨ましそうな目で見ていた。
「お前も混ざってきたらどうだ、ヒリト。」
「な、何言ってるんだよ、カンナ!そんな事出来る訳ないだろ、もう。」
「そんな羨ましそうに眺めちゃってる癖にさ。」
「うっ…!べ、別に眺めてなんかいませんよ!」
「ふーん…。ま、精々頑張るんだね。」
ニヤニヤとからかうカンナにヒリトは溜息を吐く。何かある毎にカンナはいつもヒリトをからかって遊んでいた。それは決して馬鹿にしてる訳ではなく、ヒリトが本気にならない様にしているのである。神使憑としてヒリトは生きていかなくてはならない。一般的な普通の人生は歩めない、一生を神の為に生きていく事が生まれた時から決まっているのだ。勿論ヒリトもそれを承知の上である。今はセンが気になっていたとしても、その思いは終わらせなければいけないのである。暫くすれば気の迷いだと思い込んで、自分の気持ちを終わらせるだけだった。
「ほらほら、仲良しも良いけど、そろそろ出発するよ。」
「あ!ごめんなさい、カンナ姉ちゃん!」
「申し訳ありません、直ぐに参ります。」
カンナの言葉でセンは立ち上がり、ユウとセツキの手を引いた。六人は街を後にして、果てしない砂漠へと足を踏み出す。目指すは神が居るというシャハールの街。此処からはまだまだ西の方にずっと進まなければならない。しっかりと準備をして彼等は進んで行くのだった。