第三話 教会の街
麓の村を出てから十日程が経った。四人は大きな協会のある街へとやって来た。街へと入った四人を周りの人間達がチラチラと見てくる。ユウとセツキの二人はどうも視線が気になるようだったが、センがにこりと笑って二人の手をぎゅっと握る。
「さあ、お二人共参りましょう。外の街は初めてですか?」
「あ、うん!俺達、あの村から出た事なかったから…。」
「凄い見られてるけど、やっぱり俺が鬼憑だからか…?」
「確かに鬼憑は余りよく思われてはいませんが、そんな事は関係ありません。それに、此処は教会の傘下の街です。あの村のようなことはありませんよ。」
「教会…?それって何?」
不安がる二人にセンは優しく話す。教会は神を崇め信仰する宗教組織の本部の事である。彼等は神の名の下に人々を助け、導く事を主として活動している。様々な人を救い、困っている人を助ける為の組織だ。センも教会に属し修道女として旅をしている。
「俺達のせいで、迷惑掛からない?」
「勿論ですよ。さて、街を見る前に教会に寄りますので、着いて来てくださいね。」
「あ、うん!」
センとスイは教会に赴く為に、ユウとセツキの手を引いて歩き始めた。数分も歩けば彼等は教会へと着き、大きな扉をくぐって入る。中には神父や修道女、そして神へと祈りを捧げる者達が多数いた。セン達に気が付いた牧師が近くへとやって来る。
「セン、お帰りなさい。そちらの少年達は?」
「只今戻りました、神父様。この子達は山の麓の村にいた子達なのですが、少々事情がありまして。共に行動する事となりました。」
「そうですか。お二方に神の御加護を。それよりセン、準備をしなさい。」
「準備ですか…?そう言えば、何だかいつもより人が多いようですが、何か?」
「…三日後、神の使いが来るそうです。我々はその準備をしてります。」
「神の使い、ですか。分かりました、直ぐに準備致します。」
センは二人を待機させて奥の部屋へと入る。数分待てば直ぐに部屋から出てきた、センは被っていた修道服を脱いで動きやすい服装へと着替えていた。
「ユウ君、セツキ君、申し訳ありません。どうやら街を案内する事が出来なくなってしまいました。」
「いいよ、お姉ちゃん。それより、僕達も手伝うよ!」
「俺も、小さいけど、力はあるから!だから何か手伝える事があったら、その…。」
自分が鬼憑であり、縁起が悪いと知りながらも何か力になれないかと二人はセンに言う。その二人の様子にセンはチラリと神父の方を見る。神父は少し考えた後にそれでは…と話し始める。
「セン、貴方は二人と外の手入れをして頂けますか。神の使いが通る道です、綺麗にしておいて下さい。」
「分かりました。お二人共、服を着替えてきましょう。そのままでは汚れてしまいます。こちらに幾つかありますので、どうぞ好きなように着て下さい。」
「…うん!僕達、一生懸命頑張るから!」
「任せてよ、神父さん!」
二人は張り切って服を着替え、教会の外へと出て行った。明るく元気な彼等を見た神父は、センへと話し掛ける。
「…セン、幾ら此処が教会の街だといっても、鬼憑をよく思わない人達は少なからず居ます。そんな時、貴方が彼等を守ってあげなさい。神はいつでも、我らの事を見守ってくれています。」
「はい、神父様。あの子達は、私が必ず。」
センは神父に会釈をし二人の後を追った。スイはセンの首に巻き付いたまま何か考えていた様だが、一言も言葉を発しなかった。
「スイ様。どうかなさいましたか?」
「…いや、何もない。気にするな。」
「そうですか…。神様の使いとは、どのような方なのでしょうね。」
「そうだな…。近付けば分かるとは思うが…。」
何かを考えてはいる様だが話そうとしないスイに、センは特に追及する事は無かった。外で待ってた二人に合流して三人は手入れを始める。センは入口への道を掃き、セツキは花の苗を運ぶ、ユウは運ばれた様々な花を周りに植える。また、神の通り道に決して穢れ等が無いようにスイが聖水を撒いて辺りを清める。
「スイ様、どうでしょうか。穢れは祓えましたか?」
「…うむ。取り敢えずは綺麗になっておる。」
「そう言えば兄ちゃんって神様なんだよね。ってことは、この教会で、えっと…あ、崇め?られてるの?」
「いえ、スイ様はただの蛇憑としています。」
「神が直ぐ近くに居ると分かれば、面倒臭い事にしかならん。私はセンが守れればそれで良い、その邪魔になる様な事はせぬ。」
「そっか、じゃあ、秘密なんだな。」
スイの話に二人は納得をしたようで、そのまま作業に戻る。日が暮れるまで作業すれば、教会の周りは色鮮やかな花に囲まれた清らかな場所へとなった。元々綺麗ではあったが、神の使いが来るということで更に綺麗にと清められた。
「はー、お風呂気持ちかった!」
「ふふふ、サッパリとしましたね。」
泥だらけで汚れた三人は教会が提供する宿屋でお風呂に入った。土埃をシッカリと洗い流して落とせば、三人は綺麗な服へと着替え、そのまま宿屋の食堂で夕飯を食べる。ユウはふと思いついたのか、食事の手を止めテーブルの上で食べているスイへ質問をする。
「ねえお兄ちゃん、神様の使いって神様とはどう違うの?お兄ちゃんは?」
「神とは様々なものを司るものだ。その中でも火・水・土・風の力を司るものは四神と呼ばれ、最も上位とされる神の一種だ。鬼憑にも種類がある様に他の憑物にも上位下位等分けられているものがある。神の使いと言うのは、その様々な神に仕える憑物、つまり神使の事だろう。神は滅多な事では動かない、その神の代わりに働くのが神使だ。」
「神使…様?えっと、神様のお手伝いさんみたいなの?」
「分かり易く言うならそんな感じだ。どちらかと言えば手下の方が近いがな。神は事前に選んだ人間に自分の神使を憑物として誕生させるのが普通だ。おそらく三日後に来ると言う神使もこの類であろう。」
「へー、神使様って大変そう。兄ちゃんにもいるの?」
「…大分昔になら居たが今はおらん。そもそも私は此処にいるしな。神使など必要ない。」
「そうなんだ、知らなかったなー。」
「お二人共村の近くから出た事が無い様ですからね。何か気になる事があれば、幾らでも聞いて下さいね。」
二人は元気に返事をすると、食事を再開した。スイも残りの食事を食べきり、センの膝の上へと移動する。センは特に気にする事もなくそのまま食事を続ける。全員が食べ終われば食器等を片付けて四人は部屋へと向かった。
部屋に戻ればユウとセツキはベッドへと倒れこむ。初めてのベッドに、最初は楽しそうにはしゃいでいたが直ぐに二人は眠りについた。センとスイは少しだけ話をしていたが、早めに寝ないと明日が辛いぞと、言うスイの言葉に頷いて素直に眠った。
スイは少しだけ人の姿に戻りセンの頭を撫でる。彼はセンと共にいる様になってから、一度たりともこの行為を欠かした事はない。まるで壊れ物を扱うかの様に優しくセンの頭を撫でれば、センは眠りについたまま微笑む。そして気持ち良さそうに深い眠りへと落ちるのだ。それを確認すればスイは蛇に姿に変わり、センの隣で横になり自分も就寝する。
朝が来れば四人は教会へと赴く為に準備をする。街中はお祭り騒ぎで、様々な飲食物や出し物の屋台が並んでいる。教会に向かう途中でユウとセツキの二人は、目をキラキラと輝かせながら歩く。
「二人共、余所見をしながらですと危険ですよ。」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。見た事の無いものばっかでつい…。」
「すっげー!よく分かんないけど沢山並んでる!」
「教会の仕事が片付けば案内出来ますから、もう少しだけ待ってて下さいね。」
「俺達、今日も手伝うよ!そしたら早く終わるよな!」
「僕も一生懸命頑張ります!」
「ふふふ、ありがとうございます。とても助かります。」
ユウとセツキは教会に着くまでの間、ずっと周りをキョロキョロと見回していた。セン達は神父に挨拶をすると今日の仕事を頼まれた。それは明日の為の買い出しで、街の市場からメモに書いてある物を買って来ると言う内容だった。夕方までに戻ればいいと言う神父の言葉にセンは直ぐに気付く。それは買い出しという名目で、ユウとセツキの二人に街を案内してあげなさいと言う意味だった。センはニコリと笑ってお礼をし、二人を連れて街の中心へと向かった。
「ユウ!色んな物が沢山ある!」
「凄いね、セツキ!こんなの見た事無いよ!」
二人は声を上げて大はしゃぎで、走り回っている。はぐれてはいけないとセンは二人を追いかけて手を握る。
「ユウ君、セツキ君、走り回っては駄目ですよ。転んだりはぐれたりしたら大変ですから。時間はあります、ゆっくりと見ながら買い物をしましょう。」
「えへへ、ごめんなさい。」
「姉ちゃんも兄ちゃんも、一緒に見て回ろう!」
「センの手間は掛けるで無いぞ。」
「「はーい!」」
スイの言葉に二人は元気良く返事をした。手を繋いで並ぶ様はまるで家族みたいで、ユウとセツキの二人は幸せそうな笑顔だった。
「お姉ちゃん、アレって何?沢山の色がある!」
「何か良い匂いする!食べ物?」
「アレはわたあめって言うんです。砂糖で作れるんですよ。甘くてふわふわなお菓子です。食べてみますか?」
「うん!」
センは赤と青のわたあめを二つ買って彼等に渡す。
「ベトつきますから、くっつかない様に気を付けて下さいね。」
「何だこれ、凄い甘い!美味い!」
「ふわふわで可愛い!食べるの勿体無いくらい。」
「ふふふ、食べないとしぼんでいきますよ。」
「えっ!?じゃ、じゃあ食べる!」
そう言われて急いで食べ始めるユウに、センはくっついてしまいますよと笑って言う。セツキはあっという間に食べ終わった様で、何か他にないかと周りを見ていた。
「兄ちゃん、アレは何だ?さっきから皆で石みたいなの持ち上げてるよ。」
「アレは力自慢みたいなものだろう。一番多く持ちあげた者が優勝し、賞品を得る。」
「へー!…それって、俺はやっちゃ駄目なのかな?」
「誰でも参加できるお遊びの様なものだ。貴様でも出れるのではないか?」
「ホント!姉ちゃん、俺、アレやりたい!」
「えっと、どれですか?」
「あそこだ、セン。」
セツキが頼むとセンはどれの事かと探し見る。スイが尾で指して教えてやれば、笑って良いですよと答える。満面の笑顔で嬉しそうに走れば、ユウも急いで追いかける。そんな二人を見て、センはとても温かな気持ちになった。
「ねえ、おじさん!俺にもやらせて!」
「おっと、まだまだ小さい坊やじゃないか。坊主に持ち上げれるのかい?」
「当たり前だろ!あんなの楽勝だぜ!」
「おじ様、どうか彼も参加させてはもらえませんか!」
「おや、修道女様ではありませんか。そこまで言われては断れません、どうぞご参加下さい。坊主、キツかったら直ぐにリタイア出来るからな。」
「へへん!大丈夫だもんね!」
「セツキ、頑張ってね!」
応援されながらセツキは小さな舞台へと上がる。両端に桶の付いた棒を肩に掛け、次々と重りが入っていく。それはどんどん重くなっていくが、セツキは平気そうな顔で立っている。最後の一個の重りが入ったところで笛の音が鳴る、十秒程時計を眺めた司会者はそのまま声を上げた。
「飛び入り参加のセツキ、最高重量クリアです!暫定一位となりました!小さな身体に似合わず物凄い力持ちです!」
「へっへーん!どんなもんだ!」
「セツキ凄い!一番!」
「凄いです、セツキ君!力持ちさんですね。」
ワァッと歓声が上がる。センとユウがセツキを褒める中、スイは周りの声に耳を傾けていた。鬼憑の癖に、穢らわしい、なんて罵声はスイの耳にしか入ってこなかった。
そのまま力自慢大会は進み、最終的には三人の人間と憑物が最高重量クリアで優勝した。優勝賞品は街の特産品である果実と教会から寄付された聖水で、穢れを祓うだけではなく、身体の不調も良くしてくれる不思議な力を持つ水の事だった。聖水は中に神の力が込められていると言われており、大変貴重なものである。…ただし、スイがいれば聖水等はどうとでもなるのだが。
「おめでとうございます、セツキ君。後でその果実を使ってお菓子を作りましょうか。」
「ありがとう、姉ちゃん!俺達が食べた事ないのが良いな!」
「セツキは凄いなー!僕の自慢だね!」
「へへ、えへへへ…!」
照れ臭そうに笑うセツキは、凄く嬉しそうだった。ゴクゴクと買ってもらったジュースを飲んでいると、ユウの手を掴んで彼等は二人で走り出す。
「姉ちゃん、兄ちゃん。俺達ちょっとトイレ行ってくるね!」
「あ、危ないですから走っては駄目ですよ!」
「直ぐ戻るからお姉ちゃん達は待っててね!」
センの注意も聞かずに二人はそのまま走って行った。待っててと言われたからには此処で待つしかないと思っていたが、スイの言葉にセンは走り出した。
「先程の大会でアイツ等を蔑む言葉が聞こえた。何かある前に追い掛けた方が良いぞ。」
「本当ですか、スイ様?大変です、急いで追い掛けないと!」
追い掛ける為に慌てて走り出したセン。きっと此処から一番近い場所だと思い向かったが、姿は見当たらない。もしかしてトイレの中かと思い少し待ってもみたが出てこない。センは今日行った他の場所を探し始めた。
「お、お前等、何すんだよ!」
「セツキ…!」
自体はスイの言葉通りの事になっていた。二人は数人の大人達に囲まれて、暴行を受けていた。狭い路地へと連れて来られて逃げる事も出来ず、ユウを人質に取られている為反撃も出来ない。彼等は口々に鬼憑の癖に、鬼憑の分際で、と罵声を浴びせる。大人達がセツキへと蹴りを入れる寸前、呼び止める声が聞こえた。
「お、お止めなさい!」
「何だ!?」
「小さな子供を大の大人が何人も囲んで暴行を加えるなど、許しがたい事です!例え神様が許しても私が許しません!」
「まあ、神様だって許しゃしないけどな。」
声を掛けたのは、紺と白の和服を身に纏った人間と犬の耳や尻尾が付いた人型の憑物だった。反論しようとした大人達は何かに気付いたのか直ぐに二人を解放して地に伏した。
「も、申し訳ありません、神使様。この街に鬼憑が入り込んだので穢れを退治をしようかと…。」
「…愚かな事を。彼等は全く穢れてはいません。貴方達の方がその行動によって穢れています。教会の街だというのになんと嘆かわしい事…。これは後で報告致します。」
「お、お待ち下さい、神使様!我々はこの街の為にと…!」
「言い訳は聞きません。悔いているならばきちんと罰を受け入れるのです。」
「……はい、申し訳ありませんでした…。」
大人達はそのまま何処かへと消え去り、その場にはユウ達だけとなった。二人は助けてくれた彼等に礼を言う。
「あ、あの、どうもありがとうございました。」
「いてて…、兄ちゃん達ありがとう…助かった。」
「いえ、酷い事にならなくて良かったです。それにしても…緊張しました。」
「お前にしてはよく頑張った方だな、ヒリト。」
「もう、手伝ってよね、カンナ…。」
ヒリト、カンナと呼びあった二人の後ろから、叫び声が聞こえた。
「ユウ君!セツキ君!大丈夫ですか!?」
「お姉ちゃん!」
「セツキ君、怪我を…!直ぐに手当てを!」
ヒリトとカンナの横をすり抜け、センは二人に元に走る。擦り傷やアザになっている怪我を見て、急いでカバンから救急道具を出して治療する。
「あいてっ!姉ちゃん、染みるよ…!」
「ごめんなさい、少しだけ我慢して下さい。」
傷薬を染み込ませたハンカチを傷口に当て、消毒をする。染みるのかセツキは顔を歪ませるが、言われた通りに我慢をする。その横でユウが心配そうな顔で覗き込むが、セツキはへーきへーきと強がりを言ってユウを安心させようとした。
「これで取り敢えずは大丈夫です。直ぐに見付けられずごめんなさい…。」
「大丈夫だって、姉ちゃん!それに後ろの人達が助けてくれたから。」
セツキの言葉にハッとして、センは後ろを向き、深く頭を下げた。
「彼等を助けて下さり、本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったら良いか…。」
治療する事で頭が一杯だったのか、センは二人の存在を忘れていた。綺麗にお辞儀をして、涙を目に溢れさせながら直ぐに感謝の言葉を述べた。スイがその涙を優しく拭き取る様子を見て、ヒリトは少し頬を赤くして気にしないで下さいと言う。
「い、いえ!当然の事をしただけですから…。このような行為、神様が許す筈無いですから。」
「ですが…。」
「ほ、本当に気にしないで下さい。」
「そんな訳には…!」
「アンタさ、そこまで気にしなくていいんじゃない?大きい怪我もないんでしょ?」
カンナはいつまでも話が進まない二人の間に入る。ですが…と、それでも下がらないセンに、ヒリトはニコリと笑って言った。
「僕が見過ごせなかっただけですから、大丈夫ですよ。お二人も、大した怪我ではなくて良かったです。」
「お兄ちゃん、セツキを助けてくれて、本当にありがとう!」
「ありがとうな、兄ちゃん達!」
「気にするでない。しかしお前等、鬼憑の癖に全然穢れておらんな…。(そっちの娘に至っては清らかな何かを感じる…。何故だ…?)」
「きっと、とても良い子なんですね。これからも神の名の下に、清く正しく生きるのですよ。」
ニコニコと笑うヒリトとは反対に、カンナはセン達を観察する様に見てはシワを寄せて考え込んでいた。少しの間が経ち、ずっと黙っていたスイがセンに話し掛ける。
「セン、コイツ等が神使憑だろう。あの神父の元に連れていかなくて良いのか?」
「えっ、神使様方ですか?」
「あ、はい、そうです。予定より早く付いてしまって…。申し遅れました、僕はヒリト。彼女は僕の憑物で神使のカンナです。」
「(教会の人間が神使に気付かない何てあるのか…?)アタシはカンナ。火を司る神、アピュールエン様に仕える神使だ。」
「神使様方とは知らず、失礼致しました。私はセンと申します。こちらはスイ様です。あちらの二人がユウ君とセツキ君です。」
「えっと、ユウです。宜しくお願いします。」
「俺セツキ!宜しく!」
深々とお辞儀するセンに対し、元気良く挨拶をする二人。センが教会まで案内すると言えば、ヒリト達はその申し出を受けて共に教会へと歩き出す。向かう途中で擦れ違う人々が深くお辞儀をしていたのがユウとセツキには不思議に見えたのか、頭にはてなマークでも浮かんでそうな顔をしていた。幾らか歩けば直ぐに教会へと辿り着き、センは神父を呼びに行った。
「これは神使様、ご到着は明日と伺っていましたので、迎えも出せず申し訳ありません。」
「あ、その、気にしないで下さい。こちらが早く来ただけですから。」
「いいえ、そう言う訳にもいきません。直ぐに準備致します。セン、神使様方を中へご案内して。」
「はい、神父様。ヒリト様、カンナ様、どうぞこちらに。」
センが笑って教会の中へと促すと、ヒリトが再び頬を赤く染めて返事をする。その様子を見たカンナはふーん、と口を歪めて笑っていた。教会の中のとある部屋に案内された二人は椅子に腰掛けた。直ぐに神父がやって来て話を始める。
「長い距離をお疲れ様でございます。私共のこの街に寄って頂き、光栄です。この度は一体どの様な目的の旅路なのでしょうか?」
「…実は、神の名を騙る不届きものがいると言う噂を耳にしまして。確かに神様達はたまにお忍びでやって来る事もありますし、本当に神様の可能性もありますが…。もしも偽物がいるならばその行為を止めねばなりませぬ。」
「だからアタシ達がわざわざ見て回ってるのさ。」
「なんと罰当たりな…。しかし確かに、その様な噂を耳にした事があります。」
「本当ですか、神父殿!それは一体?」
神父へと詰め寄るヒリトだが、直ぐに己の行動を恥じてすみませんと、椅子に座る。少し驚いた神父はコホンと咳払いを一つして話し始める。
「数週間前の事です、ここからずっと西の方に砂漠地帯があるのですが、そこの大きな街で神様が現れたという噂を聞きました。」
「西の砂漠の街、ですか。」
「確か、シャハールの街…だったかな。」
この街のずっと西に向かって数十日歩けば砂漠地帯へと出る。そこは雨が少なく水がとても貴重な場所ではあるが、オアシス等の限りある資源で暮らす人々が居る。シャハールの街はその砂漠地方で一番大きな街の事だった。
「流石は神使様、よくご存知で。たかが噂だと思い気にはしていませんでしたが、もしや何か関係があるのかもしれませぬ。」
「ふむ…、一度そこへ向かった方がいいかもな、ヒリト。」
「そうだね、カンナ…。神父殿、僕達はその街へと行ってみます。貴重な情報、どうもありがとうございました。」
神父から話を聞いたヒリトとカンナは席を立ち、直ぐに出発しようとする。慌てて神父はそれを止めた。
「お待ち下さい。日も暮れ始め、もう遅い時間です。せめて明日にご出発下さい。セン、神使様方を客室へと案内なさい。食事等のご用意も直ぐに。」
「はい、神父様。どうぞこちらへ、案内させて頂きます。」
「あ、いえ!その、平気です…から。僕達は直ぐにでも…。」
「いや、ヒリト、言葉に甘えよう。出発は明日にする。」
「えっ、カンナ、でも…。」
神父はセンに部屋の案内や食事の用意を命じて、センはそれを了承する。彼等へと笑顔を向け案内しようとするセンにヒリトは慌てふためいて断るが、カンナはその申し出を受けた。ヒリトはだけど…と反対するがカンナはそれを許さず、そのまま強引にヒリトを黙らせた。センは二人を一番大きな部屋へと案内し、直ぐに食事を用意すると言って部屋を後にした。残されたヒリトとカンナは二人で話し始める。
「カンナ、急にどうしたの?神の名を騙る者が居るならそれを止めさせて罰するのが僕らの仕事じゃないの?」
「それもそうだが、確かに日が暮れてから出るよりは朝に出発した方がいいと思ってね。それに…、あの女達の事が気になってね。教会に属する者が神使の存在に気付かない筈がない。何かありそうと思って、ちょっと観察をしてくるよ。」
「か、カンナ…!余り失礼な事は…。」
「大丈夫、見てるだけさ。バレない様にはするし、お前のお気に入りだ、何もしないよ。」
「お、お気に入りってなんだよ!僕は、その、別に…。」
もごもごとハッキリしない口調でヒリトは言うが、カンナはニヤニヤと笑ったままだった。そんな話をしていると部屋がコンコンとノックされる。入る許可を出せばそこに居たのはセン達の四人だった。食事を運んで来たらしい彼等は、次々と運んでいきテーブルの上には豪華な食卓が用意された。スイは変わらずセンの首に巻き付いたまま、ヒリトとカンナの二人を見ているだけだったが、三人は食事を運び終えるとお辞儀をして部屋を後にした。
「凄く美味しそうな料理だったね、セツキ。見た事ないの一杯だった!」
「ホントだな!俺達も、お腹空いちゃった。姉ちゃん、兄ちゃん、俺達もご飯食べたい!」
「ふふ、それでは私達も夕食にしましょうか。デザートに先程約束したお菓子をご用意しますね。」
「やった、楽しみ!」
センの言葉に大喜びの二人は、そのまま宿へと戻り食事をする。センがお菓子を作っている間、ユウとセツキの二人は食べ終わった食器を片付ける。その様子を陰からこっそりと眺めている者が一人、神使のカンナだった。カンナはヒッソリと息を潜め、お菓子を作っているセンとスイの様子をジッと見ている。
「(特に変なところは無いけど…、やはり変だ。余りにも清らか過ぎる…。)」
人間誰しも欲というモノは持っている。それはお金持ちになりたいとか大きなモノから美味しい物が食べたいなんて小さなモノまで様々な欲がある筈だ。その欲が溢れ出て他人を貶める様になればそれは穢れとなる。穢れは人や憑物だけではなく、世界そのものに悪影響を与える。例えば、以前の村は水脈が穢れてしまい水不足になっていた。
「(あの鬼憑達も穢れは無かったけど、彼女はそれ以上におかしい。まさか欲が無いのか…何者だ…?)」
気になるあまり、カンナはセンに向けて小さな石を投げ付けた。…いや、投げようとした。カンナの方をジッと見るスイの視線が気になって出来なかったのだ。カンナは完璧に隠れている、見付けられる筈がない。なのにスイは、確かにこっちを見ている。有り得ないのに見付けられた様な気になり、行動を起こす事が出来ない。センのお菓子作りが終わりユウとセツキを呼びに行った事で、カンナは大人しく部屋へと引き下がった。
「美味しい!姉ちゃんこれ何て言うの!」
「これはタルトと言って、パイ生地等の上にフルーツを飾るんですよ。」
「パイ生地…?ってこれの事?」
「ええ、そうですよ。美味しいなら良かったです。」
四人はフルーツタルトを食べ終わると片付けをして、部屋に戻る。残ったタルトは宿の冷蔵庫に保存をしていた。部屋でゆっくりと過ごしていた彼等はそのまま就寝する。四人が寝た後にカンナは部屋へと侵入するが、彼等を少し見てから直ぐにヒリトの元へと戻った。
朝が来てセン達四人は教会へと向かう。ヒリトとカンナの二人を見送りする為である。教会に着いて神父に挨拶をすれば彼等の部屋を訪れた。
「おはようございます、ヒリト様、カンナ様。昨晩は如何でしたか?」
「お、おはようございます、皆さん!昨日はとてもよく眠れました。出発を朝にして良かったです。」
「ふふ、ヒリトったらまーた顔を赤くして。」
「だから、そんな顔してませんってば!」
ニヤニヤとヒリトをからかうカンナは、チラリとセン達を見る。特に変わった様子もなく、敢えて言うならやはり清らか過ぎるだけだった。
「神使様方の出発の朝、大変晴れやかな天気で絶好の日和ですね。こちら、ささやかながらの寄付をご用意致しまし、どうぞお使い下さい。」
「わざわざすみません、ありがとうございます。」
神父が用意した食料やお金等をヒリトは受け取る。二人はそのまま街を出る為に入口の方へ向かうが、カンナは何か考え込んでそれを言葉にした。
「神父、アタシ達は西の方には余り詳しくはない。誰か…、例えばそこの修道女を共に旅路には連れて行く事は出来ないか?」
「えっ…?」
「……センを、ですか?」
カンナの言葉を受けてセンと神父は驚いた。ヒリトも何か言おうとしていたがカンナに止められる。神父はどうしようかと悩んでいる様だったが、先にセンが口を開いた。
「神父様、私、お手伝いをさせて頂きます。神使様方、ユウ君とセツキ君もご一緒ですが、それでも宜しければどうかお手伝いさせて頂けませんか?」
「ああ、勿論構いやしないよ。こんな献身的な信者が居て、この教会も鼻が高いね。」
「…セン、良いのですか?」
「勿論です、神父様。神に仕えるのが私の役目ですから、そのお手伝いともなれば喜んでお引き受け致します。」
「そうか…、お前がそう言うのなら止めはしない。ありがとう。」
「スイ様。ユウ君とセツキ君も、ご迷惑をお掛けしますが、どうかお願い致します。」
「センが望むのなら好きにすればいい。私はずっと共に居る。」
「僕達も、お姉ちゃんと一緒に行くよ!」
「神使様方、どうか宜しくお願い致します。」
「い、いえ!こちらこそ、あの、宜しくお願い致します!」
センの笑顔にヒリトはしどろもどろになる。どうすればいいのか分からないのか、カンナへと助け船を求めるが、彼女は何もしない。ただニヤニヤと笑っているだけだった。突如決まったセン達四人は宿に戻って準備をした。昨日作ったタルトもしっかりと持っていく。支度を終えた彼等六人は神父に挨拶をして街を出る。これから西の砂漠地方にあるシャハールの街へと向かうのだった。