五、焼失、それから
何分初挑戦なでして…。
中身が薄い話になってしまったような気が…。
これから、たくさん本を読んで学ばなければ…っ!
と意気込みつつ、今回でカニバルは、これにて終幕です。
全て見てる方がいらっしゃりましたら、稚拙な文章ながら、最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。
そうでない方は、ぜひとも前の話も見ていただければと思います。
楽しんで読んでいただけたら幸いです!
「…行こう。まだ犯人がいるかもしれない。」
「…うん。」
僕の言葉に夏向が頷いた時だった。
パキッ…
上から何かが割る音がした。
「?な…っ!?」
何だ?
そう言おうとしていたのだ。
しかし、天井を見上げた僕は、驚きに言葉を続けられなかった。
「お兄さん!!」
夏向が僕を突き飛ばした。
「っ!夏向っ!!」
ガシャンッ!と音を立てて僕達の間に落ちてきたのは、火の着いた木材だった。
ー火事!?
まさか、犯人が放火したのか?
穴の開いた天井から、どんどん火が僕の周りを侵食していく。
火の粉が降り注ぐ。
「マズイ…っ!…夏向!夏向!!うっ、げほっ!」
大声を出したせいで、煙を吸ってしまう。
喉が痛む。
もう火の手が迫っていた。
ー夏向は何処だ!?夏向!!
僕は口元を抑えながら、部屋を見回した。
すると、
「お兄さん。こっち。」
グッと手を引かれた。
「夏向!」
無事だったのか。
ホッと胸をなで下ろした僕に、夏向は笑った。
「うん。…それより、早く出よう?お兄さん。」
少しだけ煤の付いた顔で、夏向はいつも通り笑っていた。
僕達は火がまだ届いていない窓から外へ出た。同時に背後でドンッ。と音がした。
振り返って見上げたハイツは既に、火の手に包まれていた。
僕達が居た部屋の窓は、落ちてきたのだろう天井に塞がれていた。
硝子が散る。
ーま、間に合った…っ。
ギュッと夏向の手を握って、そう思った時だった。
「あれ?生き残り?」
僕は、その声に振り返った。
聞き覚えがある声に、少しだけ引っ掛かりを感じつつ。
そして、その引っ掛かりはすぐに取れた。
「…え?紗加…さん?」
そこに立っていたのは、白いワンピースを着た紗加さんだったのだから。
「こんばんわ。理人君。」
紗加さんはいつも通りに笑った。
顔と服に、赤を散らして、笑った。
「…君が、犯人?」
「夏向っ!!」
夏向が僕の前へ一歩出て紗加さんにそう訊ねた。
僕はグッと夏向の手を引いた。
「馬鹿かお前はっ!どう見たってそうだろ!?迂闊に近づくなっ!!」
「そうだね。迂闊に近づいちゃうと、」
紗加さんは、手を持ち上げた。
その手には、
「殺しちゃうかもね?」
カッターが握られていた。
「っ!!」
柄の赤いカッターは、更に濃い赤に塗れ、火の光を照り返して輝いていた。
「そんなに驚かないでよ。別に、今は、殺す気は無いから。」
「今は?じゃあ、後で殺すの?」
僕は、紗加さんを睨んだ。
紗加さんは方を竦めて、
「さぁ。それは理人君達次第だよ。」
そう言って、僕達の後ろで燃えるハイツを見上げた。
「前に話したよね?私のお父さんね、殺されちゃったの。化物に。…貴方に。」
「……っ!」
紗加さんは燃えていくハイツを眺めながら言った。
僕は、その言葉に、息が詰まる感覚がした。
「確かに、貴方もお父さんに家族を殺された。家族を食べられた。分かってるわ。でも、私は許せない。…お父さんを食べた貴方が、貴方達が。」
紗加さんは僕を真正面から見た。
睨むわけではなく、微笑んで、優しい目で、見つめてきた。
ー…怖い…。
僕は素直にそう思った。
今の今まで、僕がお父さんを食べた本人だと知っていながら、僕を殺す素振りどころか、優しく接して。
僕は、そんなのにちっとも気が付かないで。
その両方が怖かった。
「…でもね、」
パチパチと焼けた木材が音を立てる中、紗加さんは目を伏せた。
「私は、二つの事を知ったの。」
僕は、紗加さんを見つめた。
紗加さんは僕を見てくれない。
「一つは、…私も、貴方達と同じ化物だって事。…それから、」
ようやく、僕を見た紗加は、
「私は、貴方が好きだって事。」
そう寂しそうに言いつつも、幸せそうに笑っていた。
「…ねぇ、理人君。私、堕ちちゃった。」
貴方達と同じ所に。
ハイツが焼けていく。
大切にしていたモノも、思い出も、何もかも。全部。
「ねぇ、理人君。」
紗加さんは僕に向かって手を広げた。
その手から、カッターが落ちる。
「私を、食べて?」
カサッと小さく音を立ててカッターが地面に転がった。
僕と目を合わせた彼女は泣いていた。
「…紗加さん…。」
僕は、顔を顰めた。
過去を全て思い出したとはいえ、あの忘れていた、あの味を思い出したとはいえ、それでも、
「…ごめん…。…出来ない…っ!」
今までは、なんとなく、気が付かないふりをしていた。
でも、今の彼女の言葉ではっきりした。
彼女を食べるなんて、僕には出来ない。
だって、好きな人だから。
「理人君…。」
「お兄さん…。」
紗加さんと夏向が僕を見る。
その目線から逃げるように、目を強く瞑る。
強く手を握りしめる。
爪が皮膚に食い込んで、生暖かいモノが手を伝っていくのが分かった。
「お兄さん。」
夏向が、僕の手を、両手で握ってきた。
僕は、夏向を見た。
ジッと目を合わせて。
「お兄さん。貴方が、殺るべきだ。」
夏向は、歳に似合わない、真面目な、大人の顔をして僕に言った。
「あの人は、お兄さんに食べられる事を望んでる。その時点で、あの人を僕が食べる事は出来ない。だって、僕の食人の時の決まりは、」
ー『食べていいよ。』って言われた人だけだからね。
あぁ、これじゃあ僕の方が子供じゃないか。
目の前に依然として突き出された夏向の出刃包丁の柄を僕はノロノロと掴んだ。
しっかりと、掴んだのを確認してから、夏向は包丁から手を離した。
初めて持つ、人に使う為に作られた包丁。
よく僕が使う既製品と、きっと重さなんて違わないはずなのに、凄く、僕にはそれが、凄く、重く感じた。
「………」
僕は何も言わずに、紗加に近寄った。
そして、包丁の切っ先を心臓に宛がった。
「…ありがとう。」
包丁を、心臓に突き刺す寸前。
紗加さんは僕の唇に、キスをした。
「…ねぇ、名前、読んで…?」
紗加さんは、僕を見上げた。
「…紗加…。」
僕はそれだけ言って、
・━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━・
ハイツは完全に焼失した。
生き残った僕と夏向は、そのまま大家の所へ転がり込み、今は大家が即席で用意した家に、次の新居が決まるまで住んでいる。
紗加の死体は、全て食べた。
最初から僕に食われる気だったのだろう。
彼女の胃には何も入っていなかった。
夏向に内臓の洗い方、肉の捌き方、骨の活用法を教わった僕は、泣きながら紗加だった肉を全て食べた。
夏向はその間、大家の家へと行っていてくれた。
ハイツの大家は、僕達に新しい住まいと、焼けて無くなった荷物を新しく買ってくれた。
しばらく生活に困らないようにと、それなりの金額の金も渡された。
相変わらず、大家が一体何者なのかは分からない。
が、感謝している。心の底から。
荷物と言えば、
「あげるよ。」
そう言って、夏向があの出刃包丁をくれた。
夏向にとって家族の形見であり、相棒であり、僕にとっては好きな人を殺した出刃包丁。
それを、僕にたった一言だけ添えて、あっさりと譲ってくれた。
夏向は、今は新しい物を使っている。
「新しいとこ。そこも変わった人が多いってね。」
人を食う以外に人を使う人も居るって。
そう言って楽しそうに笑った夏向に、そうか。とだけ僕は返した。
「…なぁ夏向。」
「?なぁに、お兄さん。」
夏向を呼びながらこっち来いと手招きすると、夏向は僕に抱き着きながら、僕を見上げて首を傾げた。
「お前は、僕に、着いて来てくれるか?」
僕は、前に夏向にされた問いを夏向にする。
そう言えば、僕はまだ答えていないな。と思い出す。
それでも、夏向は笑って、
「何処へでも、僕はお兄さんに着いて行くよ?」
そう言って、僕を更に強くて抱き締めた。
「だって、お兄さんはもう僕の家族だもん。」
前ならば、僕を見上げるその笑顔に恐怖しただろうが、事情を知り、同族となった今の僕には、その笑顔は年相応の、可愛らしい笑顔にしか見えなかった。
「…分かった。。これからは二人限りだ。…何処までも、着いて来てくれ。」
そう。地獄の底の、更に底まで、
ー取り憑いて、一緒に何処までも。