三、人を食べる人を喰らう誰か
夏休みに入っても、学校ばかりです。
正直、学生にとってのホラーって、夏休みでも学校があるってことだと思う今日此頃。
楽しんで読んでいただけたら幸いです!
「え…っ!一〇三号室のご家族が!?」
公園での夏向との会話に、また眠れない夜を明かした僕は、朝から、酷い話を聞く事になっていた。
「えぇ…。子供に至っては服しか残ってなかったって…。」
二〇一号室のお婆さんに告げられた言葉に、僕は呆然とした。
ここへと引っ越して以来。
心優しく、下手をすれば僕が今まで会ってきた人達の中でも、優しい人ナンバーワンに全員ランクインしそうな程なのだ。
それなのに、
「こ、…殺されたって…。」
受け入れられる訳がなかった。
ー一体、なんで…。
僕の真下の部屋、一〇三号室の一家の死体が見つかったのは、今日の早朝だったそうだ。
今日のハイツの周りの掃除当番であるはずの彼等がなかなか来ないことに気が付いた一〇一号室の住人が家を尋ねると、誰も出ない。
一〇二号室の人のように引きこもりがちの人達ではない。
むしろ、こういう事は子供にいいと、率先して参加する人達だ。どうしても出来ない理由があれば事前に知らせてくれる。
そんなことは分かりきっていた。
だから鍵が空いていた玄関に、不用心。そう思いながらも、心の中に巣食う、何かあったのかもしれない。という気持ちで一〇一号室の住人が家に入ると。
「綺麗だった?」
「えぇ。何事も無かったように、綺麗だったそうよ。揉めた跡なんて、これっぽっちも無かったって。」
そう、綺麗だったのだ。
が、何事も無かった事は無かったのだ。
大川が二〇三号室の夫婦の寝室を開けると、
「ちゃんと寝かされていたそうよ。頭と、喰い散らかされたような跡の残った身体がちゃんと。布団の中に、二人ちゃんと並んで。」
子供は寝巻きだけ、布団に寝かされた状態で、残っていたそうよ。
僕は、黙ってしまった。
酷すぎる。だが、
ー…それは、…
「…それは、人しか食べられないから、…ですか?」
「…え?」
人しか食べられないから、どこかで恨みでも買ったのか。
同じように、喰われたのか。
僕は、そう思って俯きながらお婆さんに訊ねた。
しかし、
「………」
返事が無い。
「……?」
どうしたのかと思い、顔を上げると、お婆さんは青ざめた顔をしていた。
「ま、まさか…そんな…。」
声が震えている。
心無しか、身体も震えているように見えた。
「…あの…?」
「ま、また後で来るわ。ちょっと待っててっ!」
僕が大丈夫か訪ねようとすると、お婆さんさんはそう言って足早に去っていった。
自分の部屋の方にではなく、そのままどこかへと行ってしまった。
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「また酷い顔してるね?理人君。今日も寝不足?」
お昼休み。
今日はなんとなく学食で昼食を取っていると、後ろから声を掛けられた。
「えぇ、まぁ。…今朝からも、ちょっとありまして…。」
僕はまた誤魔化しつつ、ここどうぞ。と少し席を横へとずれた。
「ありがとう。」
そう言って声の主、紗加さんは僕の隣へと腰を下ろした。
「そう言えば、昨日の呼び出し、弟さんが来ていたらしいですね。」
僕は、飲みかけていた味噌汁を喉へつまらせてしまった。
「あら、大丈夫?」
紗加さんは、僕に何枚かティッシュを取ってくれた。
「…ッゲホッ…ッ、あ、ありがどうございまず…。ゲホッ…ッ。」
ティッシュで口元を拭い、息を整えて落ち着く。
「…ふぅ…。…えぇっと…、その話、誰から聞いたんですか?」
「事務の方からよ。昨日のたまたま用事があって行ったら、話してくれたのよ。」
大体、その事務の人が誰かは分かった。
なるほど、そこからか。
「…にしても、いいわねぇ。兄弟。私も欲しかったなぁ…。」
「……はは…。」
ー実は、兄弟じゃないんだよなぁ…。
いいなぁ。と本気で羨ましそうな声を出す紗加さんに、曖昧な返事をする。
「紗加さんは、一人っ子なんですか?」
取り敢えず、ボロが出てしまう前に、話題を変えようとするも、やはり兄弟の話になってしまった。
僕には、話題転換能力が無いのだろうか。
内心、まずった…っ!と思いつつ紗加さんを見ると、紗加は少し、寂しそうな表情をしていた。
「?…どうか、しましたか?」
「…え?あ、ううん。なんでもないよ?…ただ、」
顔を覗き込んだ僕から、紗加さんは目を逸らした。
「ただね?私、兄弟も親も今は居ないから、本当に、いいなぁって思ってたの。」
そう言って、紗加さんはどこを見る訳でもなく、どこかを見つめる。
「親、居ないんですか?」
なんとなく、僕はそう訊いていた。
そして、
「うん。元々父子家庭だったんだけど…、父さん、殺されちゃったんだ。」
訊いて、後悔した。
ーあぁ。訊かなきゃよかった。
「ごめん。」
僕は、紗加さんから目を逸らした。
食べかけの昼食が視界に入った。
「ううん。…さ、食べちゃおうよ。私の話なんて忘れて?早くご飯食べましょう。次の授業遅れてしまいますよ?」
「…うん。」
そうは言われても、僕の中には、何かモヤッとしたものが残った。
ツキン…ッ…。
頭に一瞬だけ、何かが過ぎった。
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「ただいま。」
「お帰り、お兄さん。」
「…居たんだ。夏向。」
僕が学校から帰ってくると、鍵をしっかりと掛けたはずの僕の部屋に、夏向が夕飯を作って待っていた。
メニューは、ハンバーグなのだが、
「これ、まさか人の肉…?」
僕は、恐る恐ると言った体で訊ねる。
「うん。そうだけど?」
また、夏向は当たり前だという顔をした。
僕は、顔を顰めた。
「僕に、人の肉を、同じ人の肉を食べろって言うのか?」
冗談じゃない。
僕は、自分で『マトモな』何かを作ろうと、キッチンへと向かうと、後ろからギュッと抱き着かれた。
「美味しいよ?折角作ったんだし、食べてよ。…第一、ここに居る時点で、もう人を食べた事があるって事なんだから。」
そう言って夏向は、抱き着いたまま僕を後ろへと引っ張った。
僕はその姿に、思い切って訊ねてみた。
「なぁ、本当なのか?それ。」
「何が?」
それに夏向は不思議そうな顔をした。
「何が?じゃねぇよ。ここに住んでる人達が、みんな人を喰う人だって事の話だよ。」
僕は夏向を睨みながら言った。
しかし、夏向は首を傾げるだけで、怖がる素振り一つしなかい。
むしろ、しばらくすると、合点がいったような表情をして、
「もしかして、覚えてないとかなの?」
「覚えてないじゃない。身に覚えも無いし、一切、そんな事をした事は無い。」
即座に否定する。
ー断じて無い。僕は、人なんて、食べたことは無い。
そう言い放つと、夏向は、こう言った。
「…本当に、覚えてないんだ。」
僕は、その言葉にムッとして、言い返そうとした時だった。
ピーンポーンピーンポーン。
家のチャイムが鳴った。
「「………」」
僕と夏向は互いの顔を見合わせた。
正確には、僕は夏向を睨んだのだが。
僕は、ともかく、玄関へと向かった。
来訪者を確認する為の穴から覗くと、来訪者は、一〇一号室の住人である初老の男性だった。
『夜分遅くにすみません!誰かいらっしゃいませんか!?』
扉越しに、大声で呼び掛けられる。
僕は、すぐに扉を開けた。
「どうかしましたか?」
その言葉を添えて。
玄関先に立っていた一〇一号室の住人は、息を切らせていた。
まるで、走ってきたかのように。
そして、こう告げた。
「に、二〇一号室の婆さんと、二〇二号室の男が喰われました。」