第一話「はじまり」
それは幼い頃。
まだ、誰もが魔法を使えるわけではなく、それがまだ夢の力だと言われていた頃の話。
街の北側にある洞窟の中、私と"友達"は話していた。
伝説に出てくる魔法使いの話。
夢物語、妄想は広がり、豊かな想像の世界が膨らむ。
そんな希望に溢れた話をしている時、私の"友達"は、ふと問うてきた。
『クロエ、お主はもし魔法を使えるになったら、何がしたい?』
急な問い、"友達"はいつにもない真面目な顔で問うものだから、私も思わずキャラにもなくしっかりと考え込んだ覚えがある。
「魔法が使えるようになったら…」
『うむ。お主のことだ、ケーキが沢山食べたいとか、ずっと遊んでいたいとかそういうと思うが』
クスクスと笑う"友達"。
少し拗ねた表情を浮かべながら、私は言い放った。
「私はね、魔法が使えるようになったら!いろんな人に夢を与えたいんだよ!」
『ほう、夢とな?』
「うん、それで、みんなが幸せになるような世界を作りたいんだよ!」
"友達"は小さく笑い、一言、「叶うと良いな」そう言った。
あれから数年経った今、この世界は魔法で満ち溢れている。
あれほどまでに、夢物語だと言われてきた魔法は、今ではとあるツールを手に入れれば、誰もが使えるようになり、そう珍しいものではなくなった。
それは勿論、15歳になった私も例外ではない。
フリフリのブラウスに、キュロットパンツを身にまとい、小さなシルクハットを被り、片手に杖を持つと、私は1つ、深呼吸を行う。
「さあ、次はこの披露小屋のメインヒロイン!クロエ・サンドリーヌ・ブランジェの登場だ!」
その声と共に起こる拍手歓声。
私は腰のベルトに付いているケースから2つ、ペラリとカードを取り出すと、息を吹きかけ、そのまま舞台に向かってそれを落とした。高さはそこそこ、落ちたら怪我では済まないだろう。
だが、私は落ちるように足場を蹴る。
そのカードの上に降り立つと、風がビュンと、吹き上がり、私の両の足を小さな竜巻が支える。
ゆっくりと、地上のステージに降り立つと、たくさんのお客さんが目に入り、私は興奮を抑えきれなくなった。
シルクハットを取り、一礼すると、私は息を吸い込む。
「皆さん、よくぞいらっしゃいました!本日お見せいたしますのは、パフォーマークロエ、渾身のパフォーマンスにございます!どうぞ楽しいひとときを」
お過ごし下さい!そう言うや否や、今度はケースから3枚カードを取り出し、息を吹きかけ、空中に投げる。
すると、たくさんのシャボン玉がふわふわと舞い上がり、会場を包み込んだ。
子どもたちが目を輝かせている。
大人が「おお…」と、感嘆の声を上げる。
私は昔願った、夢を与える魔法の使い方を見出していたのだ。
パフォーマンスが終わり、楽屋に戻ると、父さんがそこに立っていた。
父さんは、私を見るなり頭を撫で、褒めてくれる。
「クロエ、今日のパフォーマンスも見事だった。どんどん使い方が上手くなるな」
「ありがとうだよ、父さん!最高の褒め言葉だよー」
照れながら笑い、そう言うと、父さんは目を細め、真面目な声で「やっぱり継がないか?」と問う。
その問に、私は思わず黙ってしまった。
父さんはこのパフォーマーの披露小屋の小屋長をやっている。
私が出させてもらっているのも、それが理由で、本来ならば15歳の段階でこんなにカードを持っているのはありえない。
そもそも、カードというものがなければ、魔法は使えないし、今日みたいなパフォーマンスはできない。
カードは誰でも扱える、魔法を封じているツールで、誰でも使える故、そこそこ高価なものなのだ。
私が父さんの跡を継いで、披露小屋の団長になれば、勿論ずっとパフォーマーでいられるのだが…。
「でも、私には、やりたいことがあるんだよ…」
小さくため息をこぼす。
私は小さい頃に願った夢を未だに叶えたいと考えていた。
「いろんな人に夢を与えたい」。
今考えても素敵な夢だと思っている。
今日のお客さんの中には、どのくらいの夢を持った子どもがいただろう。
魔法に興味を持った大人がいただろう。
そんな人たちを増やしたい。
でも、私が住む、希望の街「イリス」は、西方の国の、それも端にある小さな街だ。
夢を与えるにも、限られた人たちということになる。
「だから、私は旅をしながら、いろんな人に出会って、夢を与えられるようなパフォーマーになりたいんだよ…」
父が困った顔をする。
継ぎたくない訳ではない。
パフォーマーの仕事は好きだし、自分に合っていると思う。
でも、それでも、私は夢を叶えたい。
諦めきれないんだ。
「わかった…もう少し考えるといい。また話を聞こう」
「ごめんだよ…父さん」
「なに、気にするな。とにかく、今日もよくやってくれたな。ありがとう」
それだけ言うと、父さんは楽屋から出ていった。
このやりとりも何度目だろう。
いつも父さんには申し訳なくなってしまう。
この披露小屋は、母さんが遺した形見のような存在だ。
父さんは私が小さい頃からこの披露小屋を守ってきたのだから、私がこの小屋を継ぐのは、親孝行なのだとわかっている。
それでも諦めきれないのは、何故なのか。
私はとにかく、旅に出たい。
放浪して、夢を与えるパフォーマーになりたい。
ーコンコンコン。
将来について思考を巡らせていると、楽屋の扉が軽快な音を鳴らす。
誰か来たようだ。
返事をして、扉を開ける。
すると、そこに立っていたのは、見たことのないフードを被った白銀の青年で、私はびっくりする。
「君がクロエ・サンドリーヌ・ブランジェか?」
「そうだよー、私がクロエだよ。貴方は誰なんだよー?」
ふと彼はフードを脱ぐ。
ハッキリと姿を見せた彼の顔を見て、私は再び驚くことになる。
「(わ、左右の目の色が違うんだよー…)」
「俺は、ヨハン。放浪の魔法使いだ」
「え、魔法、使い?」
私が首を傾げる。
魔法使いなんて、いないと思っていた。
伝説やおとぎ話だけの存在だと。
でも、目の前の彼は、自称魔法使いだと言った。
私は考え込む。
本当に魔法使いなんだろうか。
「クロエ・サンドリーヌ・ブランジェ」
「あ、クロエでいいよー」
「…では、クロエ。率直に言おう」
俺と旅に出ないか。
「…え?」