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「川音村のくらさん」  小夜物語  such a short tales of long nights   第34話

作者: 舜風人

川音村の「くらさん」のことなら

その当時(昭和30年)の村童なら誰だって知っていましたよ。


村では有名人でしたからね。


川音村?


そうですよ、とある田舎の県の、、そのまた田舎の山村の


あの川音村ですよ。山深い山村でまわり中がうっそうとした山林で、


村の中心地だけは、、ほぼ2キロ四方がひらけていて、、


そこに村の機能のほとんどが集約してありましたね。

唯一、一本だけの外部の街へと通じる街道もそこを縦貫していて


その街道沿いには


村役場、簡易郵便局、そして村でたった一軒の雑貨屋。


全児童数30人の小学校川音分教所などなどが散在していましたね。


ああ思い出せば懐かしい。


年取ったせいかこの頃むしょうに生まれたふるさとが恋しくなるのですよ。


ふるさとのあの山


あの川


そしてあの頃、


ああ、、あの日に帰りたい。


かなかな蝉は今もあの山道で鳴いているのだろうか。


あの秘密の泉は今もひっそりと湧き出しているのだろうか。



ところで   こうして書いてる私は誰かって?


わたしですか?


私は昭和30年には11歳だった少年でしたよ。


ところで、、


くらさんのことはどうしたい?


ああそうでした。




「くらさん」当時30歳くらいのオジサンで、いつも古い自転車に乗り


背中にバイオリンを背負って日がな一日中、、村々を乗り歩いては


子供や大人や

人がいるとそこで止まってはニコニコしながら


バイオリンを取り出していきなり弾きだすんですよ。


バイオリン?


昭和30年のこんな僻村でバイオリン?って?


一体?どういうことですか?


まあこれから説明しますから


そうあわてないでくださいよ。


どういうことですか?


くらさんは


身なりは、古びた作業服?みたいなのをいつも着ていましたね。


バイオリンで


みずから調子をつけて、、、、メロディをつけて、、、




♪ 川音のくらやん、バイオリン弾き、、、、


    今日もいい音ひびきまあす。


      それがいいおとならああば


        どうかみなさんきいとくれ  


          どうぞみなさん、ご達者ああでえ。♪




そんな名調子でバイオリンで弾き語り?


まさに今風に言うなら、シンガーーソングライターですよ。


でも、もうお分かりかと思いますが


この人はちょっと変わった人だったのです。


でもなぜこんな昔にしかもこんな田舎で


バイオリンを弾ける?


私は母に聞いてみました。


なんでも母の語るところによると、、


くらさんは村のさる旧家の一人息子で

地主の息子だそうですが

幼い時から、ちょっと足りない子で全く会話というものが成立せず、

そのため学校もほとんど行ってないそうです。

当時ですからいわゆる就学猶予?だったのでしょうか?

私にはそれ以上わかりませんが。


ある日旅回りの角付芸人がこの旧家に泊まったそうです。

その時その芸人の一人が持っていたバイオリンがいたく気に入って

15歳のくらさんはどうしても弾かせてくれろ

といって泣いてせがんだそうです。

それまで会話が成立しなかったのにこの時ばかりは

そうはっきりといったそうです。


親父様も、困り果てて

そのバイオリンゆずってくれないか?とその旅芸人に

頼んだのだそうです。


そうしてくらさんはバイオリンを手に入れて

見よう見まねで弾き始めたのだそうです。

それまでぼーっとしてるだけで

勉強にもなんの興味もしめさなかったこの少年はそれからバイオリンだけは

熱心に毎日弾いていてその音色を楽しんでいたそうです。


それから時がたちやがて青年になったくらさんは

家の畑仕事もあまりせずに

暇さえあればそのバイオリンを弾いていたそうです。

そしてある日からふと自転車であちこちの村々を乗り歩いて

バイオリンを村の人々に弾き語りし始めたのです。



母はそんなくらさんの話をしてくれたのでした。


昭和30年ですよ。しかも僻地の山村ですよ。

村人で

バイオリンなんて実際に見たこともなければ

実演を聞いたこともないような、、トンデモない僻村ですよ。


最初村人たちは、これはいったい何事だろうと

いぶかったのですが次第に

くらさんのバイオリンの音色に魅されていったのでした。

ああまたくらさんが来てバイオリンひいてるぞ、

村人はそれを、、

くらさんが来るのを心待ちにして楽しみにしていたのです。


そんなはなしを聞いた私は


くらさんってそういう人だったのかあ。


じゃあもう


私は


「くらさん、、くらさん、、川音のバイオリン弾き」


と、村の子たちと一緒になってはやし立てるのはやめようと心に誓ったのでした。


くらさんが来るとそしてバイオリンを弾くと


村人の中には


くらさんに芋や饅頭やをあげる人もいました。


くらさんはそれをもらうと

嬉しそうに


「饅頭が喰える。饅頭が喰える」と


独り言のように言うのでした。


会話は成立しないのです。


なんか話かけても応答はありません。


ニコニコしながら


自転車で


来てそこに人がいれば


バイオリンで


自作の?歌詞?のようなものをつけて


バイオリンの弾き語りをする。


こんな人って、、


当時の村にほかにいたでしょうか?


そんなひときわ際立った「くらさん」の思い出です。



その後私はこの村を16歳で離れて遠くの町の全寮制の高校に進学して

それ以来この村には2度と戻ることはなかったので


くらさんがその後どうなったのか


わたしには定かではありません。


その後、今から19年くらい前に


実家にかえったとき

ふと老いた母に


「くらさんってバイオリンがうまい人が昔この村にいたよね?」


と、聞いてみました。


すると


母は


「ああ、くらさんね、なつかしいねえ。くらさんは、その後遠いどこかの

施設に収容されたって話だよ、親がもう年寄って面倒みられなくって

施設に入れたって話だよ」


そうは母は答えました。


あれから50年、


もうとっくに「くらさん」は亡くなっているでしょう。


でもあのバイオリンの響きと


くらさんの歌声は今もこの耳のはっきりと残っているのです。





終り




















㊟この物語は完全なフィクションであり、現実に存在する一切とはなんの関係もありません。

地名・人名などはすべて仮名・仮称です。



お知らせ


私の作品で、、続き物、連作、シリーズものを、すべてお読みになりたい場合には、「小説家になろう」サイトのトップページにある「小説検索」の欄に、読みたい連作シリーズ作品群の「共通タイトル名」を入力して検索すれば、全作品が表示されますので、たやすくお読みになれます。













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