冒険前夜
翌日、俺は勇者としての雇われ先である会社へと赴いた。
「ここが、その会社か・・」
勇者とか大層な仕事内容の割に、ずいぶん小さな会社だな・・。大丈夫か?今話題のブラック企業とかじゃないだろうか・・。俺みたいなゆとり世代に勤まるのかなぁ・・・。
だが、ここですぐ離職するわけにもいかない。何を隠そう、俺は両親に勘当された身。おまけに頼るべき兄弟や友人もいない。この身一つで自らを養っていかなければならないのだ。ここでたじろいでどうする!
そう、自分に言い聞かせ、俺は会社の門を叩いた。
「こんちゃーっす!」
中は意外なほどひっそりとしている。
しばらく玄関に立っていると、中から人がやってきた。
「あれ、どちら様?」
「こ、こんちゃーっす!はじめまして、俺勇者として雇われることになった安藤っていいます!よろしくお願いします!」
「あぁ、安藤くんね。話は聞いていますよ。さぁ、上がった上がった」
「はい、お邪魔します」
おっさんはそれだけ言うと、俺を中へと案内した。
「じゃあ、そこに座ってくれる」
「あ、はい」
「私は、この会社の支部長の田富って言います。まぁ、以後よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
「うん。で早速なんだけど、この書類にサインしてくれる?契約書になるから、必要なんだよね、これ」
「あぁ、はい」
俺は内容もよく読まないまま、サインした。
「うん、これでOKと。じゃあ、早速明日から勇者として勤務してもらうから、よろしく」
「よろしくって、何をすればいいんですか?」
「うーん、まぁ魔物の退治。最近出だしたんだよねー彼ら。うちもさぁ、事業の多角化ってことで、この仕事を新しく始めたわけ。本当は他の業種がメインなんだけどねーうちの会社。まぁ、うちはここの支部だから、ここいら周辺を受け持つってわけ」
「は、はぁ」
「まぁ、まずは研修だから安心してよ。研修については、この地図に書いてある場所に行けばいいからさ。明日から早速よろしく。あぁ、今日はもう帰っていいよ。ご苦労さま」
「あ、はい。えーっと給料とかそういう取り決めってどうなるんですか?」
「あーそうだったそうだった。えーっと、この書類に書いてあるから、目通しといて。それあげるからさ」
「はぁ・・わかりました」
「うん、じゃあよろしく。私、これから用事あるからさ」
「あ・・はい、ありがとうございました」
そんなこんなで会社とのファーストコンタクトは終了した。晴れて明日から俺は勇者になるのだ。わっはっは。あーあ、まさか自分が勇者になるとはなぁ。思いもしなかったぜ、ワハハ。
そうして帰宅。あぁ、疲れた。慣れない環境に行くと、短時間でこうも疲れるものか・・。
俺は何となしに先ほどもらった書類に目を通す。あぁ、結構分厚い資料だな、これ。だが、肝心なところだけ黄色の蛍光ペンでチェックを入れてくれてあるみたいだ。面倒だからとりあえずそこだけ読めばいいか・・。
えぇっと、何なに、「今アパートなどを借りている方はすぐさま退出手続きを取ってください。研修期間は寮での生活となります。その後は各地を転々と「冒険」してもらいます。なのでもうそこに帰ってくることはないと思われます。」あぁ、そうですか。どうせ来月の家賃払わってないし、こちらとしては好都合だな。よし、さっそく不動産会社と大家に伝えなくては。
そうして俺は不動産会社と大家に電話して、明日で退出する旨を伝えた。敷金は払ってあるから、後は物を片づけて出ていくだけだな。早速家具とか捨てるなりリサイクルショップに売るなりして片づけるか・・。
結局その日は部屋の片づけに1日費やした。ゲーム機とかゲームソフトとか楽器、パソコンなんかも売ってしまった。まぁ仕方がない。多少は金になったからいいや・・。
「何せ俺様は勇者だ。ある意味、俺の人生が壮大なゲームと化したんだ。もう俺にゲーム機など必要ないぜ!」
・・とでも思ってなきゃやってらんないよなぁ、まったく。
その後、不動産会社に赴き、アパート退出の手続きを取った。大家にも後で挨拶しておこう。物はほとんど無くなったから、後は大家に鍵を返して出ていくだけだ。
・・よし、挨拶も終えた。鍵も返した、と。いよいよ俺の冒険が始まるのだ。ワクワクせずにはいられない。明日に備えて、今日はもう寝るとしよう。
その日はなかなか寝付けなかった。
翌日。
俺は地図に書いてあった研修場所へとたどり着いた。
「ここ・・だよな?」
地図で確認する限り、ここなのだが、いかんせん疑ってしまう・・・。何せ、俺が見たその建物の看板には「(某有名大学の)野球部寮」と書いてあったのだから・・。