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バカラで会いましょう

作者: WAIai
掲載日:2026/10/18

夏のうだるような暑さの中、西山風は歩いていた。

時刻は夜だが、人通りが多かった。

集まる熱気に耐えられず、どこか静かに休みたいと、裏道に入る。

しかしアスファルトから出る熱気はおさまらず、風は追われるように早足になる。

すると一軒の店を発見した。

「ーバカラ? 何の意味だろう?」

不思議に思いつつも、暑さに飽きた風は店内に入る。

狭いスペースで、カウンターのみの店だった。

「ーいらっしゃませ」

髪の青い青年が迎え入れてくれる。

風は小さく頭を下げると、席へと座る。

「何にいたしますか?」

聞かれて、風はうーんと悩む。

酒のボトルが並ぶところから、バーのようだが、カクテルには詳しくなかった。

「バカラ…かな」

店名を言うと、青年がうなずき、作り始める。

まさか酒の名前とは思わず、風がじっと見つめている中、青年はちゃくちゃくと作っていく。

「何と何で作るんですか…?」

青年の手元を見ながら聞くと、青年は嫌がらずに答えてくれる。

「ウオッカとテキーラ、ホワイトキュラソーなどです」

そう言うと、シェイクを始める。

その姿は素敵で、男の風でも見惚れてしまうものだった。

ーそういえば、ここは涼しいな。

エアコンが効いていることもあるかもしれないが、いつの間にか、汗が引いていた。

しかも客と店員と1対1なので、社会から独立したような雰囲気を感じる。

まるで外の熱気が嘘のように感じられ、風はふうと息を吐き出す。

「ー完成です」

グラスに注ぐと、夏の青空を思い出すような、綺麗な青色だった。

差し出されたので、風はグラスを手にすると、口に含む。

「…ん? ん?」

ウオッカとテキーラを合わせてあるので、きついのかと思ったが、そうではなく、爽やかな喉ごしを感じる。

後からテキーラなのか、アルコールを感じるが、風はぐっと一気に飲んでしまう。

「美味しい!! さっぱりしている」

「ありがとうございます。レモンジュースが入っているので、そう感じるのかもしれせん」

青年は酒の瓶を片付けながら、優しく言ってくる。

風はどうしようか迷ったが、もう一杯、頼むことにする。

「カクテルをもう一杯。何でもいいので」

「畏まりました」

青年は透き通る声で言うと、作業を始める。

後ろの酒瓶の棚から躊躇なく選ぶと、風の前で混ぜていく。

「今度は何を使うんですか?」

「そうですね。ドライ・ジンとアプリコット・ブランデーなどでしょうか」

「へえ…。名前は何と言うの?」

「ーエンジェル・フェイス。天使の顔です」

「天使の顔…」

風はそう呟くと、青年を凝視する。

涼しい顔をして作っているが、女にもてそうなタイプだなと確信する。

動きにも無駄はなく、黙々とカクテルを作っていく。

「バーテンダーになって、何年になるのかな?」

「秘密です。毎回、開いているわけではないので」

「そうなのかい? それは残念だな。また来ようと思ったのに」

「それはありがとうございます。また開いた時にお会いしましょう」

「連絡先は? それくらい教えてくれてもいいだろう?」

「申し訳ありませんが、内緒です。隠れ家のようなものなので」

青年は口が硬いらしく、風は心の中で舌打ちする。

せっかく良い店だと思っていたので、友達を連れて来ようと思ったのだが、がっかりだった。

「…じゃあ、味わって飲まないと」

「そうですね。私の味を舌で覚えていってくださいませ」

青年は薄く微笑むと、シェイクしていく。

店内のBGMはジャズらしく、ほろ酔い加減になっている風には、心地よいように聞こえる。

「ーできました。どうぞ」

カクテルグラスに注がれたのは、黄金色の酒だった。

風はグラスを手に取ると、最初は一口ずつ飲んでいく。

「ん? 甘い…。さっきはテキーラのもつ強い味が際立っていたけれど、今度は何だろう? 甘いんだよ、とにかく」

「リンゴのブランデーを使っているからでしょうか。あと杏から造るブランデーを組み合わせてあるので、エンジェル・フェイスの名前の通り、香りと味とともに優しくなっております」

「なるほど…。リンゴと杏か。これ、美味しいな」

「あ、でもお客様、アルコール度数が高いので、お気をつけて。今は良くても、後からきくパターンもありますから」

「そうなのかい? …度数が強いのか。子どもでも飲めそうな感じがするけれどな」

風は一口飲むと、ぷはっと息を吐く。

酔いが回ったらしく、身体がかあと熱くなっていく。

ー良い店を見つけたな。

そう思いつつ、少しずつ味わっていく。

青年は何も聞かず、ゆったりとした時が流れていく。

「…ご馳走様。美味しかったよ」

「はい。ありがとうございます」

「最後に、もう一杯、もらおうかな」

「大丈夫ですか? 水を飲みましょうか」

静かに動いてくれ、グラスに水が注がれる。

風は一気にそれを煽ると、少しだけ心を開く。

「人生って上手くいかないものだよな。毎日、毎日、同じ時間に出勤して、退社して、自分なりに一生懸命、やっているつもりなんだけど…。怒られたり、馬鹿にされたりする。人間の集団は怖いし、恐ろしい。一度、標的になると、ずっと標的になってしまう。何でだろうな?」

「1人のほうが強いですよ」

青年はグラスを用意しつつ、答えてくれる。

「集団に無理に入ろうとするから、おかしくなるんですよ。1人なら1人でいい。ただし責任は全て自分にあります。見れば分かると思いますが、私も1人でしょう? お客様に何のカクテルを出そうか、気に入ってもらえるか、気になるものです」

「へえ…。動きがスムーズだから、何か言われるようには見えないんだけれどな」

「そんなことはないですよ。慣れです、慣れ。かっこよく動いているように見えるだけです」

「慣れかい。…電話対応も、来客との会話も、全て慣れというのか。社内の悪口も…?」

「それは聞き流しましょう。妬みや嫉妬の場合もありますし。私もこう見えて、色々と言われているものです」

「そうなんだ…。その容姿で、何か言われているんだ?」

「当たり前です。神が口を与えた時点で、もう自分の声や言いたいこと、色んなことが決まっているのです」

「神が口を与えたからか…。あー何か、もう全部発散したくなってきた。強い酒をくれ!!」

「畏まりました。お作りいたしますね」

青年は軽やかなリズムで動いており、見ていて飽きなかった。

ーこの青年が何か言われているのなら、俺だって頑張らないと。

悪口を言われそうな顔と、言われにくい顔があるのだが、学校と違って社会はそういったものは、関係ないらしい。

「何を作ってくれているんだい?」

「ウオッカ・アイスバーグ。全く甘味のない度数が高めのカクテルです。駄目でしょうか?」

「いや、それでいい。俺にください」

「畏まりました。ちなみにアイスバーグは氷山のことです」

「氷山? タイタニックか?」

風はははと笑ったが、青年は真面目に答える。

「氷を氷山に見立てるために、大きめな氷を使うんです。ウオッカをストレートで飲むようなものなので、お気をつけを」

「ウオッカをストレート…。…よし、飲んでやる!!」

青年はグラスに大きめの氷を入れ、酒を注いでいく。

風はごくりと喉を鳴らすと、じっと青年の手元を見つめる。

青年は嫌な感じはなく、話しやすい友達のような感じだった。

ー歳も離れているように見えないし。

風は20代だが、青年も同じくらいのように感じる。

若い者同士、同じ時間を共有できて、心地よく思う。

「ーできました。辛口なので、お気をつけを」

「はい。どうも」

風はグラスを持つと、恐る恐る口にする。

するとピリっとしたものを感じ、グラスから口を放す。

「う。さすがに度数が高いだけあるな。もう舌がしびれている」

「だからお気をつけをと言ったでしょう? 飲めなければ、残していいですよ」

「いや、飲む。負けてたまるか!!」

負けず嫌いの性格を思い出し、そうかと風は気づく。

社会人となり、余裕がなくなった自分、どんどんと無表情になっていく自分を、今になって哀れに思うのだった。

ー学校と社会は違う。

賃金を貰う側になると、責任が覆いかぶさってくる。

風は学生時代の自由な楽しい時を思い出し、涙をにじませる。

ー俺は俺だ!! 変わってたまるか!!

上司にも同僚にも、負けてたまるかと、酒を一気に煽る。

火が吹きそうなくらい熱さと苦味と、色んなものを感じたが、グラスを空にすると、音を立ててカウンターに置く。

「ご馳走様。最後は強烈だったよ」

「そうですか。水を飲まれますか?」

「いや、いい。何かを思い出したから、外へ出ようと思って。走って帰ろうかな、久しぶりに」

「走るのですか? それもまたいいかもしれませんね」

2人は微笑み合うと、風は青年に身を乗り出して聞く。

「あの、名前は? 何ていうの?」

「ーコルリ。人はそう言います」

「コルリ…。君にぴったりな名前だ」

風はひっくと、口からもらすと、大きく息を吸い込み、青年ーコルリに言う。

「また来るから。その時はよろしく」

「はい。お待ちしております」

コルリが頭を下げると、風は会計を済まし、暑い戦場へと飛び出していくのだった。


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