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卒業パーティーと婚約破棄③

 何度目かわからないため息を漏らして、アリーナは王太子へ視線を向けた。

 すると、王太子は右手の手刀を自らの首に当てて、一度大きく頷いた。


 ーー見るに耐えられない茶番だ。

 これ以上長引くようであれば、強制的に事態を収めろという合図であった。


「お兄様ったら、野蛮だわ…」

 アリーナと王太子のやり取りを見ていたリオネッタは、アリーナとは違うため息をこぼした。

「まあ、この場は第四王子殿下のための場ではありませんからね。しかも内容がくっだらな…いえ、エレオノーラ様に対して、失礼すぎます」

 すっと背筋を伸ばし、深呼吸をして、アリーナはエレオノーラの元へ歩み出た。


 エレオノーラはマルセルの主張にひとつずつ正論と事実を返しているが、彼の怒りは収まるどころかどんどんヒートアップしていた。

「フローラが嘘をついているというのか!」

「エレオノーラ様、ひどいです…」

 という、完全に被害者の体でフローラはマルセルに抱きついていた。


 エレオノーラは全く自分の言葉を聞かない2人の態度に対して、その美しい瞳に疲労の色が滲み始めていた。しかし、ここで引くわけにはいかなかった。

 やってもいない悪事を認めることはできない。

 公爵家の令嬢として、王家の血を引く者として、正しくない行動は取れなかった。


「よろしいでしょうか?」


 エレオノーラの隣に立ったアリーナは、にこりと微笑んで、胸に手を当てて深く頭を下げた。

「ひとつ、お尋ねしてよろしいでしょうか?」

「なんだ!急に出てきて!」

 ギロリと睨むマルセルに怯むことなく、アリーナはまっすぐ、彼を見据えた。


「この場がどういう場であるか、第四王子殿下にはご理解いただいておりますでしょうか?」

 口元にゆっくりと笑みを浮かべて、アリーナは後ろで見ている生徒たちに視線を向けた。

「この場は、学園を卒業される先輩方を祝う場です。こちらにいらっしゃるエレオノーラ様もその祝われる立場の方。そのエレオノーラ様に対していささか、失礼がすぎませんか?」


「私は生徒会長として、これ以上この場を乱すことを許すことができません。たとえ、あなたが王族の1人だとしても…」


 毅然とした態度のアリーナに、エレオノーラをはじめとする卒業生と在校生は安堵した。やっとこの緊張感から解放されるのではないかと、期待していた。


「生徒会長だから、なんだというんだ!その生徒会長は、本来なら私が引き継ぐはずだった!それなのに!婚外子風情が!正式な公爵家の人間でもないくせに、偉そうに!」


 マルセルの婚外子という言葉に会場中の空気が冷たく張り詰めた。

 アリーナは確かにアメジリウス公爵の子供であるが、母親は公爵夫人ではない。


「論点をずらすんじゃない」


 アリーナの隣に第三王子エリオが、マルセルの兄として、前生徒会長としてこの場を収めるため、エレオノーラとアリーナの隣に立った。

「論点をずらすな。今それは関係ないだろう。それに、アリーナ嬢は確かに国王陛下に認められた公爵家の令嬢だ。その言葉は陛下に対する不敬だ」


 陛下に対する不敬。

 たとえ血を分けた息子であっても、国王への不敬は処罰対象となる。


「黙れ!兄だからといって偉そうにするな!その女を気に入っているからといって、生徒会長にするなんて!王族の私がいるにも関わらず…」

「私がアリーナ嬢を気に入っているから、生徒会長にしたと?バカなことを言うな。我が学園の生徒会長になるための条件、知らないはずないだろう?学業をはじめとするありとあらゆることにおいての成績優秀者が任命されるんだ。何ひとつアリーナ嬢に勝てないお前が、ただ王族というだけで任命されるほど、甘い職ではない!」


 厳しく言い放つエリオの言葉にマルセルが押されるが、その隣に立つフローラは目をキラキラと輝かせていた。

「エリオ様…」


 フローラに名前を呼ばれ、エリオのまゆがぴくりと動いた。

「私の名を呼ぶことを、あなたに許可した覚えはないが?」

 いつも飄々として掴みどころがなく、周りの人には王子だけどとても優しいと評判の第三王子の苛立ちを含んだ声に、アリーナは少し驚いていた。


「そういうところです、フローラさん」

 アリーナに名前を呼ばれ、フローラがぴくりと大きく体を震わせた。

 ブランシュ子爵令嬢ではなく、あえて名前で呼ぶことで、名を呼ぶことに対する礼儀について伝えたかったが、フローラはアリーナの毅然とした態度に怯えるだけで、その真意をわかろうとはしていなかった。


「自分より高位の家、しかも王族の方への接し方は気をつけなければなりません。学園に入学した際、説明があったはずです。エレオノーラ様に対してもそうです。あなたはエレオノーラ様に名を呼ぶ許可をいただきましたか?」

「え?それは…」

「エレオノーラ様はお優しいので、そのことについて言及されませんでした。ですが本来ならアルデンティア公爵令嬢とお呼びしなければなりません」

「だって、学園では身分関係なく交流をしていいと…」

「確かに、学園内では身分に関わらず交流をしても良いとされています」


 アリーナは一歩進んで、エレオノーラの前に出た。

 ーーここからはアリーナが受けて立つ番だ。


「ですが、それはお互いに敬意を持って接している場合に限ります。あなたはご自身の思いばかり主張して、エレオノーラ様のお気持ちを考えていらっしゃいませんよね?それでは平等とはいえません」

「っ…」

 互いに思いやりを持って接することなど、貴族令嬢であれば幼少期に教わる、人付き合いの基本である。

 しかし、フローラの言動には思いやりが感じられない。

 1番の問題はそこなのだ、とアリーナは伝えた。


「あなたが困らないように苦言を呈していらっしゃったそのエレオノーラさまの思いやりを汲み取れなかった。そんなあなたがトラブルに巻き込まれないように、助言をしてくださっていたんです」

「でも、でもっ!」

「転ばされた、という件ですが…」

 何か言い訳をしようとするフローラの言葉を遮って、アリーナは淡々と続けた。

「それは、あなたの責任でしょう?学園内で走って、なぜかエレオノーラ様の前で派手に転んでいらっしゃいましたよね?私、何度もその場におりましたので記憶しております」


 涙目になるフローラと、アリーナの迫力に先程までの勢いがなくなってきているマルセルは、眉間に皺を寄せていた。反論しようとして口を開こうとしても、それを遮って、アリーナが言葉を続けた。


「あと、王女殿下のお茶会の件ですが、そんなフローラさんをリオネッタ姫の前に出せるとお思いですか?私はそんな危険なことは許可できません。ですので、私の判断で絶対にあなたを参加させないようにしていました。ですので、この件に関してはエレオノーラ様には責任がないことです」

 強い意志の眼差しに、マルセルとフローラは言い返せなくなっていた。


 エレオノーラの悪事を並べれば、自分たちの味方がきっと出てきて、兄2人もわかってくれると思っていたのだ。

 それなのに、思い描いていた断罪劇と真逆になっていたのだ。

 アリーナだけではない。第三王子エリオも冷たい瞳を2人に向けていた。


 どうにか逆転できる道はないかと思考を巡らせていると、階段の上にいた王太子が数段降りてきた。

 そして、静かに、しかし会場全体に響く力強い声でアリーナに命を下した。


「アリーナ・フォン・アメジリウス、学園長として王太子レオニスが命じる」


 会場の空気が張り詰める。その場にいる全員が次の言葉の待った。


「第四王子、マルセル・ルクセル・アメジストを捕縛せよ」


「承知いたしました」

 アリーナは右手を胸に当てて、頭を深く下げた。

 生徒会のメンバーであるヴォルフがアリーナの補佐ができるよう目配せをしたのを見逃さず、第四王子マルセルに向き合った。


「くそ、くそ、くそーーーー!なんだその目は。私は王族、お前なんかに負けてたまるか!」


 ごうっと大きな音がして、マルセルの体から魔力が放たれた。

 それは得意の土魔法でも、水魔法でもない。

 ただの魔力を放出したものだった。


 ーーこれはだめだ。ここで止めなければ!誰も傷つけさせない!


 遅い…、防げる!

 そう確信して風魔法で防御しようとした、その時だった。

 少し後ろにいたエレオノーラが一歩前に出た。


「アリーナ様!」


 エレオノーラが手のひらを体の前にかざすと、光の壁が現れた。

 エレオノーラの防御魔法だ。

 リオネッタほどの強さはないが、アリーナが防御魔法を使わなくてもいい、素晴らしい防御壁だった。


「ありがとうございます」

 静かに礼をいい、アリーナはマルセルが放った魔力の塊に今この場で使える最大限の風魔法をぶつける。

 鈍い音がして、その音の不気味さに悲鳴が上がるが、アリーナは構わずもう一度風魔法を放ち、魔力の塊を開かれていたバルコニーへの扉へ向かって押し出した。

 そしてそのまま今度は水魔法で大きな輪を作り、マルセルとフローラをまとめて拘束した。


「動かないでください。動くと転びますよ」


 水の輪は2人の体にぴたりと沿うと少しずつ固まり始めた。

 水魔法の周りを風魔法で急激に冷やして、氷に変えたのだ。

 すぐに生徒会メンバーが駆け寄り、2人を捕縛しようと近づいた。

 フローラには伯爵家のクラリッサが縄をかけたが、流石に王族に縄をかけるのは躊躇われた。


「それは私がやろう」


 第三王子エリオがヴォルフから縄を受け取り、弟の体と手首に縄を巻き、拘束した。

 2人が縄で拘束されたのを確認したアリーナは、パチンと指を鳴らして、氷の拘束を解いた。


「この!公爵家の爪弾きものが!私は第四王子だぞ!不敬であろう!」


 血走った目でギロリとアリーナを睨むマルセルを、エリオは階段から引きずりおろすと、ふらついた足を容赦なく払った。

 そのまま顔を床に押し付けた。そのままマルセルの体の上に自身の体重を乗せて、これ以上暴れさせないようにした。


 ーーその時だった。

 静まり返った会場に、階段を降りる足音だけが響いた。


「不敬なのは、お前だよ。マルセル」


 階段の上から成り行きを見守っていたレオニスが、一段、また一段と降りてきた。

 この学園の最高責任者の学園長として、そしてマルセルの兄として、最後の幕引きをするために…。


「アリーナ嬢は、国王陛下が認めた公爵家の令嬢だ。陛下がお認めになっていることをたとえ血のつながった息子だとしても否定することは許されない」


 レオニスは低く重い声でマルセルへ言い渡すと、アドリアンに目で合図を送った。


「第四王子、マルセル殿下とブランシュ子爵令嬢を連れて行け!」


 アドリアンの命令で王太子の警護のために来ていた王宮騎士が素早く2人を会場の外へ連行していく。


「くそ…」


 一言だけ吐き捨てて、マルセルはそれ以上暴れることなく、騎士に連れられ会場の外へ連れ出された。


「ふぅ…」

 ほぼ被害なく事件が収束し、アリーナは少し気持ちを緩めるため一度ゆっくり息を吐いた。


「申し訳ございませんでした」


 エレオノーラがレオニスに深く頭を下げた。そしてくるりと体の向きを変えて、自分と同じく卒業する同級生、在校生にも深々と頭を下げた。

 エレオノーラはどちらかといえば被害者であるが、自分の婚約者が起こした不祥事について、周囲を詫びねばならなかった。

 その美しい謝罪に、皆が拍手を送った。

「頭を上げてください!」

「エレオノーラ様は、全く悪くないです」

 会場中からエレオノーラを擁護する声が上がった。


「アルデンティア嬢、弟がすまなかった」

 エリオは兄として、エレオノーラへ謝罪した。王族として頭を下げることはできないが、しっかりと彼女の瞳を見て、誠意ある謝罪だった。

「第三王子殿下、そのような…。わたくしこそ、マルセル殿下を諌めることも、ブランシュ子爵令嬢を指導することができず、不甲斐ないばかりでございます」

「あなたは生徒会でもしっかりその役目を果たしてくれていた。この件、全ては弟に責がある。そして兄としても前生徒会長として、私にも責任が、ある」

 エリオはマルセルとフローラのことを知っていた。婚約者であるエレオノーラを蔑ろにしているのも知っていた。

 でも、兄としてマルセルの行動を正すことができなかった。

 苦言を呈したことはあるが、マルセルが理解するまで話をしたことはなかった。

 もう起きてしまったことにもしもということはないが、もっと真剣に話をしていれば、違った結末であったのではないかと思ってしまう。

 レオニスがアリーナに幕引きを命じた瞬間、すべて決していた…。

 それでも、何か自分にできることはなかったかと、思わずにはいられなかった。


「お二人とも悪くありません。何も悪いことはしていません」

 にっこりと微笑むアリーナの声に、2人は顔を上げた。

「さあ!お二人は主役の卒業生ですよ。胸を張ってくださいませ。笑顔ですよ、笑顔」

「アリーナ様…」

「アリーナ嬢…」

 先ほどまでの怖いくらいの凛々しい顔ではなく、いつものアリーナの笑顔に、2人は目を合わせて笑った。

「さあ、王太子殿下、学園長からの祝辞ですよ」

 アリーナは2人の背中を押し、一歩後ろに下がった。


 ーーここからは卒業生が主役に戻る番だ。


 そう伝えるように、会場の端で騒動を見守っていた他の卒業生たちに声をかけて、学園長の声がよく聞こえるところへ誘導していった。

 他の生徒会メンバーも卒業生が持っていたグラスを受け取ったりして、アリーナの行動に倣った。


 少しずつ会場の空気が緩和していき、騒動前の煌めきを取り戻しつつあった。

 やっと緊張から解放され、卒業生在校生ともに笑顔になっていた。


「卒業生の皆、改めて、おめでとう」


 卒業式よりも少し柔らかい表情で、レオニスが再度祝いの言葉を述べる。

 その言葉を聞いて卒業生だけでなく在校生も瞳に涙を溜めていた。


 ーーよかった。


 やっと本来の姿に戻った会場になったことを確認して、アリーナは先ほど第四王子の魔力を会場の外に出すために使ったバルコニーへ向かった。


「アリーナ、お疲れ様でしたね」

「リオネッタ様」


 アリーナが手を差し伸べると、リオネッタがその手を取り、アリーナのエスコートで2人はバルコニーへ出る。

「修理費、どのくらいになるのでしょう」

 魔力の塊の形に壊れている手すりを見て、アリーナは青ざめた。

「こういうのはやった人の保護者が払うべきよ。今回は、お父様、国王陛下が払うから心配しなくていいわ。エリオ兄様と協力してうまく言うわ」

 ふふふと楽しそうに笑うリオネッタを見て、アリーナは少し肩の力が抜けた。

「今回のこと、きっとお父様は評価してくださるわ」

「そうでしょうか…。マルセル殿下とフローラ嬢を見ていれば、事前に防げたと言われそうで…」

「何かやるとは思っていたけど、まさか卒業を祝うパーティでなんて誰も予想できなかったわよ」


 リオネッタはアリーナの手を包み込んで、顔を覗き込んだ。

「絶対に、私たちの夢を叶える一歩になったはずよ」

 にっこりと微笑むリオネッタを見ていると、そうなのかと思えてくるので不思議だ。


「ええ。そうなると信じます。ずっとあなたのそばにいられるよう、努力を積み重ねます」

「私もよ。あなたの努力を無駄にしない、素敵な主人になってみせるわ」


 再び始まった音楽を背に、2人は破壊されたバルコニーから星空を見上げた。

 ーーこの先も、同じ星空をこれからも見上げられるように…。


 この夜を境に、アリーナは「公爵家の子供」ではなく、1人の人間としてみなされることとなる。

 それがどれほどの意味を持つのかを理解していたのは、まだほんの一部の者だけだった。

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