雪の朝に響いた声
世の中には、天気予報より当たる「天然キャラ」というものがある。
奥さんの友人――彼女はその生きた証拠だ。
普段から、どこか一本、いや二本くらいスッと抜けている。
箸置きにリモコンを置き、洗濯物と一緒にスマホを洗いかける。
そんな彼女が、今回も期待を裏切らなかった。
”
息子の友人が地方から受験で泊まりに来ることになった。
普通の母親なら「明日は大事な日だから早く寝なさいよ」だろう。
だが、天然母さんは違う。
「え?せっかく来てくれたんやし、前祝いしよ!“がんばりやー”の宴会や!」
受験前日に宴会を開くという、全力で逆をいくスタイル。
息子も友人も苦笑いしつつ、結局は巻き込まれて夜遅くまでワイワイ。
盛り上がりすぎて、翌日の本番がどこか遠い出来事になってしまった。
本来なら――
母は早起きしてお弁当を作り、
息子と友人はさわやかに起床し、
いつもより少し早めに出発し、
「じゃあ、いってらっしゃい!」
そんな絵に描いたような朝を迎えるはずだった。
しかし現実は、実にシンプルだった。
三人そろって、盛大に寝過ごした。
受験の日に寝坊するなんて、母親として避けるべきミス堂々の第1位。
だが彼女を知る人は皆こう言った。
「あぁ、あの人やったら……うん、あるある」
あるあるで済ませていいのかはさておき、評判は揺るぎない。
バタバタしながら車に飛び乗り、駅へ向かって全力疾走。
外はうっすら雪。車内は“無言の焦り”で満たされていた。
駅に着くと、息子と友人は時間ギリギリでホームへ駆け出した。
その背中に向かって、母が全力で叫ぶ。
「ちょっと!雪やでー!すべるでー!」
受験生に向かって「すべる」は禁句中の禁句。
走りながら息子が振り返り、笑いながら言った。
「おかあさん、それ一番あかんやつ!」
「すべるでー!」
禁句のはずなのに、不思議と胸があたたかくなる。
あの声は、失敗を恐れる心をそっと溶かす、春の気配のようだった。
天然母さんの言葉は、いつも少しズレている。
けれどそのズレは、誰かの緊張をほどき、
肩の力を抜かせ、笑顔を取り戻させるためのものなのかもしれない。
あの朝の駅前で、雪が舞う中、
受験生も母も、そして雪さえも、どこか楽しげに見えた。




