9.
ここの泉は、精霊たちが集まりやすい聖域となっている。
もちろん、私も好きなので、夜は大抵ここにいる。
夜の精霊である私は、夜に漂うのが好きなのだ。
「月の精霊さん。いい夜だね。」
『ええ。いい月夜ね、クリス。』
彼はクリス。
夜の泉で会ううちに、こうして話すようになった少年だ。
私にとっては、友人のような存在だ。
彼はいつも、一人でここに来る。
こんな夜に一人でなんて心配だけど、彼は精霊と親和性が高いから、お願いしたら助けてくれるだろう。
もちろん、夜の間なら私も手助けをするつもり。
「あなたの舞は、いつも美しい。もちろん、あなた自身も。」
『ふふっ。ありがとう。』
「はい、これ。あなたが好きだと言っていたベリーだよ。」
『いいの?』
「あなたのために持って来たんだ。どうぞ食べて。」
『では、遠慮なくいただきます。』
広げられたハンカチに乗っているベリーを、一粒口に入れる。
『うん!やっぱり美味しい〜』
「よかった!」
私は、座っているクリスの隣に腰掛けた。
クリスの横顔を見ていると、いつもより影を作っている気がする。
私は心配になって、声をかける。
『クリス、元気ない?』
「あー……わかる?」
『こんな感じで、ショボーンってしてる。』
私は目尻を指で下げ、口をへの字に曲げた。
「あはははっ!そんな顔してないよ〜でも、元気ないのは本当かな……」
私の変顔に笑ってくれたけど、すぐにまた暗くなってしまった。
クリスは、笑っている方がいいと思う。
「母上がさ、ずっと当主になれって言うんだ。僕には優秀な兄上が2人もいるのに。僕は当主になりたくない。月の精霊さんと一緒に、こうやってのんびり過ごしたいだけなんだ。」
『家の問題は、難しいね……』
どれだけ幸せに見えても、それぞれの家には、様々な問題が隠れている。
それは、平民でも貴族でも変わらないのだ。
家の問題は、他人からはとても見えづらい。
だから、他人がどれだけ探しても、見つからないことも多い。
だって所詮、他人だから。
当事者でないから、当事者の気持ちなんて、本当の意味で理解できるはずがないのだ。
結局のところ、解決方法はただ一つ。
自分がどう納得するか、それだけだ。
他人の意見は、ただの意見でしかない。
何の助けにもなり得ない。
ただ、虚しい現実を突きつけられるだけ。
人は誰しも救われたいと願うけれど、自分を救えるのは自分だけなのだ。
いや、もしかすると、救われたいとすら思っていないのかもしれない。
これが現実なのだ。




