10.
『クリスは、したいことないの?』
凪いだ水面を眺めながら、ふと気になったことを聞いてみる。
「したいこと、かぁ……」
空を見上げたクリスは、目を閉じて真剣に悩んでいた。
ハッと何かに気がつくと、キラキラした目で私を見てきた。
何か思いついたみたいだった。
「……あ!あったよ、したいこと。したいと言うか……会いたい。」
『誰に?』
「昼間の月の精霊に。」
『私?んー……私は夜の精霊だから、夜しか会えないよ。』
昼間は取るに足らない平凡な私。
友人になったクリスに、あまり見せたいものではない。
だから、会うのは夜だけでいいのだ。
この関係が一番居心地がいい。
「でも月は、昼間でも、見えづらくてもそこにあるよ。」
『確かにそうだけど……でもダメね。』
「えぇー……じゃあ、名前教えてよ!呼び名でもいいからさ!」
まぁ、呼び名くらいならいいかな?
本当の名前じゃなければ、私のことを知られる心配はないし。
『…………フィール。呼び名は、フィールよ。』
「フィール……フィール……いい名前だ。」
そんなに大切そうに呼ばれると、何だか照れる。
そこまで喜んでくれるなら、もっと早く伝えてもよかったかも。
『ありがとう。さて、私はもう行くわ。』
「……そっか……また、会える?」
寂しそうな、子犬のような目で見られると、ダメとは言えない。
私自身、大切な友人との縁を切りたくない。
『ええ。また会いましょう?』
「うん。それじゃあ、またね、フィール。」
『ええ、またね、クリス。』
クリスに手を振って、ふわりと浮かび上がる。
夜明けはまだ遠い。
クリスに背を向けて、再び夜の散歩を続けよう。
私の姿が見えなくなるまで、クリスはその手を振り続けていた。
早々に背を向けて飛び立った私は、知らなかった。
私の背を見つめるクリスが、何を呟いていたかなんて。
「月は昼間でも、そこに存在する。……僕は昼間の月を見つけてみせるよ、愛しいフィール。」
――――――
夜の街は、静かなのに賑やかだ。
人間以外の生き物の気配がすごく弱くて、なのに人間はお酒を飲んで騒いでいる。
瞬く星は、月の光に負けないくらい、力強く輝いている。
月を見ていると、クリスとの会話を思い出す。
月は昼間でも、見えづらくても、そこにいる。
あの言葉は、私の存在を肯定してくれている言葉だと思った。
昼間の私は目立たない、取るに足らない私。
夜の私は、夜を代表する夜の精霊。
どんな私でも、そこにいていいんだと、認めてくれたような気分だ。
クリスと友人になれて、本当に良かったと思う。




