疑うには、遅すぎて
最初に違和感を覚えたのは、偶然が重なりすぎたことだった。
昼休み。
茉莉子が透花と話していると、必ず雪葉が現れる。
「ここ、空いてます?」
そう言って自然に輪に入ってくる。
断る隙も、怪しむ理由もない。
(……タイミングが良すぎる)
そう思ったのは、三度目だった。
だが、雪葉は何もしていない。
少なくとも、茉莉子の目にはそう映っていた。
「乃苺さんって、聞き上手ですよね」
透花がそう言うと、雪葉は首を振る。
「聞いてるだけです。話したい人が話してるだけ」
その言い方が、妙に引っかかった。
(主導権を取らない……?)
感情に踏み込んでいるのに、中心には立たない。
茉莉子がやるやり方とは、少し違う。
放課後。
三人で帰る途中、透花が用事を思い出して先に離れた。
残されたのは、茉莉子と雪葉だけ。
「……最近、あの人、楽そうですね」
雪葉が、前を見たまま言う。
「あなたがいるからじゃない?」
「荻宮さんですよ」
即答だった。
否定でも謙遜でもない。
事実を述べただけのような声。
(評価が早い)
少し、警戒心が浮かぶ。
「乃苺さんは、人をよく見てる」
「そうですか?」
「無意識でやってるなら、なおさら」
雪葉は少し考えるように黙ったあと、笑った。
「……バレました?」
冗談めいた言い方。
軽い、逃げの表情。
茉莉子はそこで、それ以上踏み込まなかった。
(ただの勘がいい子)
そう判断するには、十分だった。
コンビニに立ち寄り、二人で飲み物を買う。
並んで歩く距離は、いつの間にか近くなっていた。
「荻宮さん」
雪葉が、急に足を止める。
「人を騙すのって、難しいですよね」
心臓が、わずかに跳ねる。
「……何の話?」
「クラスの人間関係です」
すぐに補足される。
「本音と建前、全然違うから」
そう言って、雪葉は何でもない顔をしている。
(偶然、だよね)
自分に言い聞かせる。
この学校で、人間関係の話題は珍しくない。
「荻宮さんは、騙されなさそうです」
「どういう意味?」
「感情で動かないから」
核心に近い言葉だった。
だが、言い方は柔らかい。
「……褒めてる?」
「はい」
即答。
茉莉子は、ほんの少しだけ笑った。
「変な子」
「よく言われます」
雪葉は、楽しそうだった。
駅前で別れる直前、雪葉がふと振り返る。
「もし」
その声が、少し低くなる。
「もし、誰かに嘘をつかれてたら……
荻宮さん、どうします?」
「……別に」
即答だった。
「気づかなければ、問題ない」
それは、詐欺師としての本音だった。
雪葉は、一瞬だけ目を細める。
「そっか」
それだけ言って、笑った。
その笑顔は、
いつもと同じで、
少しだけ違った。
(……何か隠してる?)
疑念は、確かに芽生えた。
だが、決定的な証拠はない。
雪葉は何もしていないし、何も奪っていない。
それに——
(疑う理由が、ない)
茉莉子は、そう結論づける。
乃苺雪葉は、少し勘が良くて、距離感が近くて、
人の感情に敏感なだけの一般人。
自分とは、違う。
その夜、茉莉子は計画の進捗を確認しながら、
なぜか雪葉の笑顔を思い出していた。
警戒はしている。
それでも、油断している。
その隙間に、
静かに、確実に、
別の罠が仕掛けられていることにも気づかずに。




