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放課後、近すぎる距離

 放課後の校舎は、昼間とは別の顔をしている。

 人の気配が薄れ、廊下の音がやけに響く。

 荻宮茉莉子は、この時間帯が嫌いではなかった。誰にも邪魔されず、思考に集中できるからだ。

「荻宮さん」

 隣を歩く乃苺雪葉が、自然な声で呼びかける。

「歩くの、早いですね」

「そう?」

「はい。置いていかれそうでした」

 そう言いながら、雪葉はきっちり同じ速度で歩いている。

 無理をしている様子はない。

(合わせてる)

 そう気づいて、茉莉子は少しだけ眉をひそめた。

 だが、それ以上考えないことにする。

 昇降口を出ると、夕方の空気が肌に触れた。

 校門へ向かう生徒たちの中で、二人は並んで歩く。

「家、どっちですか?」

「駅の方」

「私もです」

 会話はそれだけで続く。

 沈黙があっても、雪葉は無理に埋めようとしない。

(気を遣わないタイプ……?)

 人と距離を詰める人間ほど、沈黙を恐れる。

 それなのに、この少女は平然としている。

「荻宮さんって」

 雪葉が、少し考えるように間を置いた。

「人と話すとき、ちゃんと相手を見てますよね」

「……どういう意味?」

「視線、逸らさないから」

 指摘されて、茉莉子は一瞬だけ言葉に詰まる。

 癖のようなものだ。相手の反応を観察するため、視線を外さない。

「それ、嫌がる人もいますよ」

「知ってる」

「でも、私は嫌じゃないです」

 あっさりと、そう言い切られる。

 理由も説明もない。

 ただの感想のような声音。

(変な子)

 だが、不快ではなかった。

 駅へ向かう途中、通り沿いのコンビニの前で、雪葉が足を止める。

「寄っていきません?」

「……何を」

「アイス。今日は暑いので」

 断る理由はなかった。

 茉莉子は無言で頷き、店内に入る。

 雪葉は迷わずアイスケースの前へ行き、数秒で一つ選んだ。

 茉莉子は、その様子を横目で観察する。

(即決。欲しいものがはっきりしてる)

 会計を済ませ、店の外で並んでアイスを食べる。

 夕焼けが、二人の影を長く伸ばしていた。

「荻宮さん」

 雪葉が、棒をくるくる回しながら言う。

「この学校、どう思います?」

「普通」

「普通、ですか」

 雪葉は少し笑った。

「私は、ちょっと息苦しいです」

「……どうして?」

「みんな、同じ顔してるから」

 その言葉は、妙に核心を突いていた。

 茉莉子も、同じことを感じていたからだ。

「誰かに合わせて、無理してる感じがして」

 雪葉はそう続けて、茉莉子を見る。

「荻宮さんは、違いますよね」

「何が」

「無理してない」

 断定だった。

 茉莉子は一瞬、言葉を失う。

 それから、軽く息を吐いた。

「そう見える?」

「はい」

 迷いのない返事。

(見抜いたつもり?)

 だが、それを否定するほどの材料もない。

 茉莉子は話題を変える。

「乃苺さんは?」

「私ですか」

 雪葉は少し考えてから、曖昧に笑った。

「……私は、合わせるのが得意なだけです」

 それ以上は語らない。

 深掘りを拒むでもなく、ただ話題を閉じた。

(掴みどころがない)

 それなのに、不思議と不信感は湧かなかった。

 駅前で、人の流れが増える。

 二人は足を止めた。

「ここで別れですね」

「そうね」

 そう言ったはずなのに、雪葉はすぐに離れなかった。

「また、一緒に帰ってもいいですか?」

「……理由は?」

「楽しかったので」

 あまりにも単純な理由。

 計算も、下心も見えない。

 茉莉子は、ほんの数秒考えたあと、頷いた。

「好きにすれば」

 雪葉は、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、また明日」

 そう言って、今度こそ背を向ける。

 その背中を見送りながら、茉莉子は思う。

 ――乃苺雪葉は、計画に使える。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう結論づけたはずなのに。

 胸の奥に残った、説明のつかない違和感だけが、

 いつまでも消えなかった。

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