怪異空蝉座礁説
かなり途中なので注意です。
その洋館は都市部から離れ、木々に囲まれひっそりと佇んでいた。冷えた空気と木々の微かなざわめきが、きっと何十年も緩やかな時間を守っていたのだろう。一人の男が、玄関の扉を蹴り開けるまでは。預かった鍵で扉を解錠したはいいものの、積もった埃や泥、躯体に生じた長年の草臥れが開閉を阻んだ。それゆえ力任せに蹴飛ばした。道具も無いのだし仕方がない、というのがこの男の言い開きであった。
「どんだけ古いんだ、この館は」
ため息混じりにボヤいて中へ入ると、装飾や美術品の数々を見せびらかしている広々としたホールが出迎えた。正面には上階へと続く階段、側面には幾つかのドアが見える。
ここへ来たのは、とある知り合いからの依頼だ。この館のどこかに本があるから、それを探して欲しいという事だった。詳細については分からないが、装丁に金の装飾があるから見れば分かるとは言っていたものの、なかなか骨の折れる仕事になりそうだ。
どこから探したものかと顎を摩っていると突然、背後からバタンと音がした。振り返ると、蹴り放ったまま固まっていたはずの玄関扉が閉じている。しかも、押しても引いてもビクともしないおまけ付きだ。窓から外を見ても人や動物の気配はしなかった。
表情を引き攣らせ「嵌められた」と思った。件の知り合いからは、本を見つけてくるだけでウン十万と言われ飛びついたが、完全に罠だった。よくよく考えれば、話している時の彼女は少しニヤけていた気がしてくる。骨が折れるどころではない〝お遣い〟を、引き受けてしまった事実を噛み締めつつ、仕方なく依頼と脱出に頭を切り替える事にした。
取り敢えず左の部屋に入ってみると、部屋の中央にデカい机が配置された食堂のようだった。鼻につくカビの臭いが、かつて並んだであろう華々しい食膳に思いを馳せる気さえ失せさせる。
「強盗だってもっと綺麗に漁るぜ」
建付けが悪くなっているのか窓は開かなかった。カチカチと空虚に音を鳴らす照明のスイッチは、その表面にすら得体の知れない汚れがこびり付いていて、点灯を試みた指にお土産をくれた。軽く舌打ちをして指を拭うと、そのまま懐から小型の懐中電灯を取り出す。ホームセンターの隅に置かれていた安物だが、性能は十分と言い張るかのように部屋全体を浮かび上がらせた。
窓からの薄明かりの中でも、その惨状を把握するに余りあったが、こうして光に照らされるとより鮮明に人為的なものを感じる。無数に走る細長い傷、乱れた靴跡、そして赤黒い汚れ。くずおれ、床に顎を沈ませている机の裏まで調べたが、予想通りこんな所に本などなかった。
隣接するように配置された調理場には、薄い水溜まりが点々と続いていて、食器や調理具の類一切が見当たらなかった。凡そ、金目の品が目当ての盗人か何かが持ち去ったのだろう。
「高そうなもんはねえなあ」
あったとして、盗みを働く気など〝神に誓って〟微塵もないが、何故だか残念な気持ちになった。俺とは縁のない高価な品を一目見たかっただけだ。そう、見たかっただけ。デカい冷蔵庫の中身は…開いて後悔した。とにかく、この辺りに本はないだろう。一度玄関ホールに戻り、向かい側の部屋を探ってみる事にした。依然、玄関扉は沈黙を貫いている。
向かいの扉だが、一つは客人用の応接間、もう一つはそれを回り込むような形の廊下へ繋がっていた。応接間には、比較的綺麗な状態の机やソファ、所々取っ手の取れた棚がある。一通り調べた後、棚の扉を度々壊すように開いていく。ここは元々、金持ちの別荘だったらしいが、普段は宿泊施設として貸し出して居たらしい。後は、利用証明書や領収書などの書類に紛れて小さな鍵があるだけだった。書類を横目に鍵をポケットへと無造作に突っ込んだ瞬間、どこかで扉の鳴る音がした。考えてもいなかった、こんな洋館に自分以外の生きた人間がいる可能性など。
物音を立てないよう、慎重に応接室の扉からホールを覗く。そこにはワンピースを纏った少女のようなシルエットが、こそこそとホールを横切るのが見えた。館の関係者か、盗人か、あるいは……。息を殺してシルエットの向かった方へ向歩いていくと、中央階段の中腹に先程の影が見えた。
「おい、ここで何をしてる」
電灯を向け、そう問われるべきはむしろこちらの方だと心中で呟いた。照らされた十代後半とも見える少女は、弾かれたように振り返って目を丸くした。
「あんた誰?」
「質問で返すなよ、こっちが聞いてるんだ」
「……あたしは探し物。名前はリヤ、あんたは?」
「俺は秋斗だ。……頼まれて俺も探し物してる」
「秋斗ね……じゃあ、あんたはここの関係者ってわけじゃないんだ?その頼んできた人はどうか知らないけど。」
「いや、頼んできたやつも多分違うと思うが」
あいつが何らかの関係者ならば、情報も道具も少なすぎる。何より彼女のことだ、俺などに頼らず自分で捜しに来るだろう。たぶん。
「……まあいいや、探しまわるなら気を付けなよ。ほら、後ろとか」
そう指差す方を振り向いたが、背後には何もいなかった。視線を戻すと足音もなく彼女は消えていた。
「うわ……何なんだよ、まったく…」
リヤとかいう少女の得体が知れなさと、不吉な言葉のおかげで、背筋に冷や汗が流れた。このまま二階へ昇るのも有りだが、何処へ消えたか分からない気味の悪い少女を探すより、まずは一階の捜索を終わらせるのが先か。そう考え、俺は残る一つの扉へ向かった。
廊下は、割れた窓からの風雨に晒されたせいで、床から天井にかけて所々ひび割れ、植物の蔦が張って苔むしていた。
「これじゃ、外を歩いてるのと変わらねぇな」
ザクザクと足音を響かせながら進んでいくと、幾つかの居室と収納扉、そして、こちらにも二階への階段があった。ハッと白い息を吐いて、まずは収納扉の一つを開いてみる。と、同時に無数の黒い影がカサカサと這い出してきて、小さな悲鳴を上げてしまった。
「っ……最悪すぎだろッ…………い、田舎の百足とかゴキブリって、あんなデカくなんのか? 蛇かと思ったぞ……」
突き放すように舌打ちをして、乱暴に扉を閉める。取り残されて呑気している比較的小柄な虫達を蹴散らしながら、居室の扉へ手を伸ばした。
ノブに手が触れた瞬間、扉を突き破ってきた腕に肩を掴まれた。懐中電灯を取り落として一瞬しか見えなかったが、その腕は万力の様な力で締め付けてくる。圧倒的な力で、振りほどくことが出来ない。このままでは、肩の肉を抉られてしまう。
「く……っそがあっ‼」
歯を食いしばって扉を開き、そのまま思い切り蹴飛ばす。その威力で拘束を振りほどいた。一連の衝撃でコロコロと転がった懐中電灯が、襲いかかってきた者の身体全体を淡く照らす。
皮膚は裂けて肉が覗き、白濁した目は虚ろにこちらを眺めている。鼻があるべき場所には空洞があり、耳まで割れた口には不揃いの歯が並んで、声にもならない呻きを発している。人ならざるその姿に怖気が立つ。しかし、それ以上に肩の痛覚と、扉に嵌って藻掻くその姿が、身が竦むのを防いだ。
堰を切ったように走り出し、そのままの勢いで胴蹴り、足を掬って跪いた所にまた蹴りを放つ。左、右と交互に蹴りを繰り出し、化け物の頭蓋を砕いていく。
「うおあぁぁあっ倒れろ! 倒れろ! 倒れろッ」
唸るように叫び、唾液を飛ばしながら無我夢中に蹴りまくる。掴まれた左肩部にじわじわと痛みが戻ってきた頃、化け物は動かず、その頭部はひしゃげて赤い花を咲かせていた。呆然と肩で呼吸しているうちに、乱れた息が段々と戻ってくる。
「こ……こいつは何もんだ……? あんまり仲良く出来なさそうだったが……」
ほんのりと甘いような、捨て忘れられた精肉店のゴミ袋のような臭気に包まれながら、亡骸の懐を恐る恐る漁ってみる。胸元には、古ぼけて読めないネームプレートと、インクの出なくなったペンがある。既に何の役割も果たさない上着のポケットには、ほろほろと崩れる土のようなものが入っているのみだった。
強まりつつある臭いに顔を顰めながら、居室の中に取り戻した懐中電灯を向ける。中は思っていたより酷く、家具や壁は表面がボロボロに剥がれ、床材も穴が空いたり歪んだりの荒れ放題だった。理由は想像に難くないが。
机には引き出しが付いており、ほとんどの引き出しに何も入っていなかったものの、一番上の引き出しにだけ、汚れや劣化でくしゃくしゃになった、厚めの手帳が一冊入っていた。残念ながら金装飾はなく、中身も特に気になるところのない、ある館に住み込みで働く都宮という男の日記だった。半分まではだが。
半分を過ぎた頃の文章は、半分以前のそれと比べ、明らかに筆跡が乱れている。それが次第に内容さえ焦り、怯えるようになっていき、最後は文章として読む事が出来なくなった。ぐしゃぐしゃに書かれたような線の群れが、進む毎にどんどん疎らになり、少し赤茶に汚れた最後の頁には一言だけ、こう書かれていた。
「い る よ」
嫌な汗がじわりと流れ、鼓動が早くなり始める。……もう見ていられない。手帳を元の場所へと戻した。部屋の温度が少しだけ下がった気がして、ひんやりと頬に重なってくる空気を振り払うべく部屋を出る。同じ時、廊下の角を曲がった先、つまり、俺が来た方向からメキメキ……ガシャンと部屋が揺れるくらいの音がした。角から先をそろりと覗いてみる。ホールへ繋がる扉は完全に破壊され、天井に付きそうなほど大きな影がゆっくりとこちらへ向かって来ていた。
考える間もなく収納扉を開け、中へと身を隠す。収納の中は土とカビの臭いに紛れて、汚い溝の臭いが存在を主張した。ここで咳をしたり噎せたりしたら、あのデカいのに見つかってしまう。さすがに、草しか食べないベジタリアンで、人間のお友達ってワケはないだろう。
「頼むぜ、こっち来んなよ……」
懐中電灯の電源を切り、息を潜めて外の様子を伺う。何十秒かした頃だろうか、ずっしりとした振動と共に、大きな影が前を横切る。亡骸のある居室の前で立ち止まった影は、亡骸に向かって何かをしている。暫くして、影は二階へ昇って行ったのが見えた。衣服を払いながら廊下へ出ると、亡骸は消え去っていた。
「何が起きてんだ、なんなんだこの館はよぉ……あ」
奴が二階へ向かったのなら、恐らく上にいるだろうリヤが危ない。助ける義理はないが、女子供を見殺しにするほど、この佐藤秋斗も腑抜けちゃいない。戦うつもりはないが、最悪俺が囮になって引きつけるくらいの事はしてやる。
懐中電灯を握り直し、聞き耳を立てながら階段に足をかけるのだった。その階段はギシギシと鳴き、何とも頼りなく体重を支えた。あまり大きな音を立てると、奴が戻ってくるかもしれない。だが、急がなければ彼女も危ない。そんな二つの気持ちに挟まれつつ、漸く階段を昇り切ると、薄明かりの差し込むL字の廊下が続いている。奥までは見通せないが、眼前に化け物が佇んでいるような事はなかった。ほっと一息つき、周囲を見渡せば、一階と同じくどちらの道も居室が続いているようだ。
「右が……玄関ホールか」
自分にだけ聞き取れるくらいの音量で吐き出したのは、情報を整理しながら恐怖を遠ざけるためだった。それと同じくらいの大きさで、右側から微かに物音がした。忍びながら、ゆっくりと音の方へ進む。居室廊下、茶室、その先の廊下を越えて、玄関ホールの二階へ出た。時を同じくして、向かい側の扉からあの少女が穏やかに姿を現す。
「あ、おい、無事だったのか」
「無事……ってなにさ」
「こっちは大変だったんだぜ、なんか妙なのがいてよ」
「ふうん、あんたのがよっぽど変だけど」
「……んだと、こら」
歩み寄りながら、見たモノや情報を伝える。同時に少女から、呆れるほど優雅な廃墟探索の話を聞かされた。どうやら向かい側は、寝室と書斎があるようだ。
「それで、化け物が彷徨いてて危ないって話だよね。さっき忠告したでしょ。あたしが気になるのは、その日記だね」
「はァ? そんなんただのイカれた奴の怪文書かなんかだろ。化け物が──」
「化け物化け物うっさいなっ……はあ、化け物と言えばそいつ、扉壊して進んでたんでしょ? なら、まだこっちには来てないんじゃないの」
「そういえば、たしかにな……」
言い終わらないうちに、ドワンと銅鑼に似た音が鳴った。鳴ったと言うより、鳴り続けている。そして壁が揺れ始めた。
「な、なんだ⁉」
「噂をすれば、でしょ」
「え……」
ドポォッと後方の扉が歪み、黒い塊が壁から〝滲み出して〟きた。いや、滲むと言うよりこれはまるで、壁そのものが溶けだしているような……。そしてこの塊──その表面にはコポコポと泡が無尽蔵に浮き上がり、消えていく。扉は跡形もなくバラバラになり、沈んで見えなくなった。昔、実験で動物の死骸や植物、そして土をゴミ袋に纏め、何週間か放置したことがある。このヘドロは、その袋を開け放った時より何倍も酷い臭気を漂わせながら、俺の背丈以上に膨れ上がった。
「まずい、逃げるぞ!!」
身を翻し、少女の手を掴むと走り出す。その一寸ほど背後をヘドロの鞭が掠めた。落下防止の手すりが一部破壊され、破壊された痕はやがて薄煙を上げながらドロドロになる。そんな一部始終を尻目に、中央扉を開いて中へ飛び込む。サイの如き勢いで、俺たちの残像に突進するヘドロの化け物が見えた。モタモタしていたら、今の突進で二人とも死んでいただろう。
「立てるか⁉」
少女を助け起こし、部屋を見回すと、壁面に設置された大きな暖炉を見付けた。少女の手を引いて、そこへ二人で身を隠す。灰と埃で咳き込みそうだ。程なく化け物が、締まりかけていた扉を壊して、いや、むしゃむしゃと食べてしまうかのように引きちぎって、この部屋へと入ってきた。咄嗟の判断で暖炉などに身を隠してしまったが、奴が視覚ではなく、聴覚や嗅覚でこちらを探知しているとすれば、身を隠すのは悪手だったかもしれない。しかし、今の俺たちには息を潜めて、奴が立ち去ってくれるよう祈るしか出来ない。
臭気が近付いてくる……コポコポと泡立つ音、そして低く長い銅鑼のような鳴き声。しかし、その巨大な存在が蠢く音は、真っ直ぐこちらへ向かってくる様子ではない。どうやらこちらを見失っているようだ。化け物は大きな鳴き声を上げた後、反転して元きた方へ戻って行き、暫くしても戻ってくる気配はなかった。諦めたと言うことか。何にせよ──
「助かった……」
「みたいだね」
二人して穴蔵から這い出し、衣類や毛髪にまとわりつく灰を叩き落とした。
「ここからどうする」
「言ったでしょ、あたしは探し物するから。じゃあね」
「おい、待てよ! 探し物ってなに捜してんだァ」
俺を無視して、颯爽と館の奥へ進もうとする彼女の肩を掴む。
「離してよ。あんたも探し物してんでしょ? ここからは別行動だよ!」
「こんな館で単独行動はやべぇだろ!」
「あんただって……はぁ、もういい分かった。一緒に行けば良いんでしょ。足手まといになったら、あんたのこと置いてくからね」
言い返したくなる気持ちを抑えて向き直る。俺は大人だからな、大人はガキと言い合いなんかしねえ、と心の中で呟きながら彼女に付いて行く。
その先には、大きな元娯楽場があり、虫食い状に広がった侵食の痕から、光が射し込んでいる。迷い込んできた風に誘われて、何処からか飛んできた蜘蛛の糸が顔にへばりついた。身震いしてそれを引き剥がすと、リヤが嘲笑するように息を吹いた。化粧の剥がれかかったビリヤード台や麻雀卓、ダーツボードは風化してまるでこちらを見ているかのような、おどろおどろしさを醸している。そして、部屋の隅にある扉の隣にひときわ目を引く白い塊が鎮座していた。脳の中で情報が読み込まれていくほど、鮮明になっていくその像は、人骨だ。
ひび割れて形が崩れてはいるものの、それが余計に、作り物には出し得ない質感を強調している。おずおずと近付いて見てみれば、骨の太さや骨盤辺りの作りからして、成人男性のもののようだ。彼の座する下には、黒くくすんだ汚れが、カーペットよろしく広がっている。とうとう人間の死骸を目の当たりにしてしまい、先の化け物に抱いたものとはまた別の、重々しい気持ちになって固まっていると、背後からリヤがてくてく近付いてきた。それを手で制したが、遅かった。すでに俺の隣に来ていた彼女は、白骨を目撃してしまっていた。しかし、思った反応とは違い、悲鳴のひとつも上げずにまじまじと観察していた。
「それ、ここの職員のみたいだね。胸のところにバッジを付けてる」
「あ、ああ……平気なのか?」
「まあね、ちょっとだけ慣れてるから」
ちょっとだけ慣れる事なんてあるのか、と考えつつ、そこらの瓦礫で懐を漁ってみる。頭蓋の中、肋骨を掻き分け、衣服を探る。しかし、昆虫の類が数匹這い出して来たぐらいのもので、気になるものはなかった。ただ、リヤに言われて気付いたのだが、ズボンの一部分だけがハサミで切ったように綺麗に切り取られていた。瓦礫を捨て立ち上がると、リヤもそれに倣った。
その後も暫く娯楽場を探索したが、紙幣の一枚さえ見付けることは出来なかった。リヤの方もお目当ての品はなかったようで、唇を尖らせながら、廊下へ戻る俺に続いた。
扉を開けて暫く、先程ここへ来た時と違う空気に足が止まる。訝しげに覗き込んでくるリヤを横目に、この胸をざわめかせる気配の元を探る。舞う塵の香りに混じって、微かにだが確かに甘ったるい香りがする。リヤはあまり気にしてない風に衣服の端を弄っている。疑惑を声に出そうと口を開いた時、視界の端で何かが動いた。それは廊下の隅にある休憩室の扉だった。それほど吹き込む風もないのに、ゆっくりと開いていく。そして、開いた隙間の暗闇からぬらっと木の幹のようなものが伸びる。いや、木の幹などではない、まるで何かを求めるかのように伸ばされたそれは、腕だ。先述したように、木の幹の如く乾いてささくれたその肉体の全貌が露わになる。この虚ろで白濁した眼、長さも方向もバラバラに突き出している牙、差異はあれども、あの居室で襲いかかってきた人型の怪物と同種だ。そいつの背後から一体、二体と同じ怪物が現れ群れを作り、こちらを視認してか向かってくる。
「ここへ来た時におれを襲ってきたバケモンの仲間みてェだ。逃げるぞ!」
リヤを促し、反転して駆け出す。この辺りは探索不足だが、今戻ってヘドロの化け物と挟み撃ちにされるよりは進んだ方がマシだ。たぶん。当然、リヤもそれについて思い当たったようで、不安を口にする。
「この先、鍵でも掛かってたらどうするのさ?」
「そんときゃぶち破る!」
ため息混じりに付いてくるリヤを気に掛けながら、瓦礫が点在する廊下の角を一つ二つと曲がっていく。暫く走ると、少し大きい両開きの扉が現れた。施錠はされていない様子で、少し軋むものの何とか扉は開いた。外から新鮮な空気が流れ込んでくる。どうやらここは別館の二階へと繋がる渡り廊下のようだ。来た道を振り返れば、緩慢ではあるものの着実に、怪物たちが唸りながら追い付いて来ていた。
「しッかたねぇ、行くぞ!」
別館への渡り廊下を進む俺と、軽快な足取りで付いてくるリヤ、その後ろに付いてくる御一行。ここが波打ち際でも嬉しくない追いかけっこだ。
別館の扉は、蔦や蜘蛛の巣が張って、私最近動いてませんという風だった。それは他の扉も同じだが、こいつは取っ手を回しても開かなかった。つまり、鍵が掛かっている。
「マジか、鍵かかっちゃってるよ……」
「呑気かっ! どうするのさ」
「くっ」
強く引っ張ったところでびくともしない。蹴破るにしても数発程度では壊せなさそうだ。それに、時間もない。
「早く何とかしないと」
「わ、わかってらぁ! 今考え中だァ」
振り向くと、腐肉の怪物たちが見えた。やつらとの距離はもう十数メートルしかない。そして、リヤと目が合う。
「い──」
「飛び降りるぞっ」
リヤが何か言おうとしていたが、先に叫んだのは俺だった。一般の家屋より高いが、たかが二階だ。下にある枯れ木や、草の層が厚い場所に着地すれば死にはしないだろう。なによりここに留まる方が危険だ。リヤも様々な可能性を飲み込んだ風に、こちらを見て頷いた。即座に羽織っていたコートを脱ぎ、片端をリヤに握らせる。
「こいつでなるべく高さを誤魔化す。足ぃ曲げて、なるべく真っ直ぐ落ちろよ」
「あんたはどうすんの」
「何とかならァ」
腐肉どももあと数メートルまで接近してきていた。その間にリタは手すりから降り、コートで宙吊りになる。俺の一張羅がみちみちと限界を叫んだ。数瞬固まったのち、落ちた。ひらひらと手を振っているところを見るに、上手く落下の衝撃を和らげることができたみたいだ。
「さっさと逃げろっ! 先に行け」
「え、逃げろって……秋斗は?」
戸惑うリヤに応えることなく向き直る。二人で一緒に逃げたら追い詰められてジリ貧だ。ここは一旦、俺が囮になって奴らを引き付けるのが得策。どうにかこの群れの中を突っ切らないとならないが、伸るか反るか……。
「とォぜん、賭けるね」
己を鼓舞するため呟く……俺を育ててくれた婆ちゃんは、賭け事が大好きだった。やれ競馬だのパチスロだのの蘊蓄を、晩飯の時によく話してくれたものだ。少ない年金を賭けるようなとんでもない婆さんだったが、負けたところを見たことがなかったし、還暦をとうに超えているのにその眼は自信と生気に満ちていた。なにより、身寄りのない俺をずっと傍に置いてくれて、それを苦にしない強さがあった。俺はそんな婆ちゃんのことが大好きだった。俺も婆ちゃんみたいになりたい。他人の重さを背負っても、ヘッチャラって笑っちまうような人間に。
先頭にいる腐肉の額に俺の拳がめり込んで、食らった個体は受け身もなしに背中から倒れた。目で追うことなく前に現れた次の個体へ、その次へと全身を使って打撃や投げを繰り出していく。しかし、流石に数が多い。加えてこの状況、こちらの体力だけが一方的に減少していく。次第次第に、奴らの攻撃を受け始め追い込まれていく。そして、遂に腕を掴まれてしまった。が、完全に握られる前に、切り傷からの血が滑って間一髪で逃れた。抜け出した勢いそのままで打った裏拳で、掴んできた個体は手すりにぶつかって倒れた。そいつが倒れてできたスペースに、身をねじって入り込み、良い位置にある顔面を蹴って土台代わりに飛ぶ。渡り廊下とほぼ平行に身体が伸びるほどの跳躍、名称としては前転ローリングが正確か。その伸び切った足を後列にいた腐肉に掴まれた。圧倒的な握力で保持され、そのまま地面に叩きつけられる。背中を打ち、一瞬息が止まる。
背中を激しい痛みが襲い、尚も解放されることはない。また持ち上げられ大きく振られるが、今回は館の方へ放り投げられた。そのまま俺は何回転かし、冷たい空気を切りながら飛んで、別館にぶち当たった。しかし、運よく窓に命中し、そのガラスを盛大に破壊して、破片にまかれながら室内へ転がり込んだ。コートのおかげで、大きな破片が突き刺さって大怪我を負うことは免れた。
「ぐ……かっ……」
とはいえ、かなりの距離を飛ばされたのだ。戦闘の影響もあり、すぐさま立って歩くことはできなかった。この部屋は管理人用の仮眠室のようだ。幾つかの戸棚とベッド、倒れた書類立てやグズグズになった筆記用具が散乱したデスクが見える。しかし、重症ではないだろうが、背中が激しく疼く。ここで一服しよう。禁煙だろうが関係ない。コートから潰れた煙草の箱を取り出し、その内マシな一本に火を着ける。古びたライターを仕舞い、疲労と安堵を煙と共に吐き出した。ゆらゆらと舞う紫煙のように、このまま漂って行けたなら楽なんだが。
吸う度に赤く灯る火がフィルターに辿り着くと、高そうな絨毯に擦り付けて火を消した。黒い跡が残った床から立ち上がり、部屋の隅に配置されたデスクの上をよく調べてみる。机上には幾重にも蜘蛛の古巣が張って、書類を基礎とした建築法無視のゴーストタウンと化していた。隣接した戸棚の中には、手書きの図面や土地周辺の地盤などをまとめたファイル群がある。読み取れた情報からすると、この館以外にも所有している物件があるらしく、竣工年からして相当な年季ものだった。今も残っていればだが。
この洋館についての資料を漁っていると、部屋の入り口が開く音が聞こえた。振り向いた俺の眼に映ったのは、こちらを向いて立ち尽くすリヤだった。
「な、なんでここに」
「一階開いてたからさ。中庭は塀に囲まれてて出られないし」
「そうなのか。……てことは別館二階だけ施錠されてたわけか」
あんな無茶せず、俺も飛び降りればよかった……。
「それであんたが飛んでったあと、化け物も引き上げてったの見えたから」
奴らは本館へ戻って行ったのか。道理で静かだと思った。しかし、馬鹿みたいに襲ってくるだけかと思いきや、意外と知性の片鱗を感じさせる。
「それはそうとあんた煙草吸って何してるのさ。てっきり大きな怪我でもしたのかと思って心配してたのに」
「怪我はしてるし痛くて動けなかったんだよォ」
「血ぃ出てないから大丈夫だよ」
「医者でもねえくせにテキトー言うなっ」
リヤに鼻で笑われながら、再開に密かな安堵を覚えた。そして、俺の探しているものが管理人の部屋にも無いとすれば、一体この館のどこに放ってあるのだろう。まだ探っていない本館書斎か、別館のどこかにあるのか……。
「なぁ、本って普通どこに置くかな」
「え」
「探し物してるって言ったろ。本なんだよ、俺の探しもん」
「本は図書館とか書斎でしょ」
「まァそーだよな」
「寝室とか、トイレに置いてるって話も聞いたりするよ」
「べ、便所は勘弁だな」
「あと、そーだなぁ……探してくれって言われるならそれこそ特徴があるものなんじゃない?」
「ううむ、金装飾で飾ってある装丁なんだとよ」
「外見じゃなくって、本そのものの特徴だよ。カルト的宗教の教祖が書きましたーとか、極悪殺人鬼の日記帳ですーとか、そういう特別なのがあれば、自ずと保管方法も決まってくるはずだよ」
特別な本か……言われてみれば、市場に出回ったものならばわざわざこんな田舎くんだりまで探しにくる必要もないな。他のものと違う、回収したい品……。空き巣やなんかに持ち去られず、未だ残っているとすれば…………地下か。
「そんなとんでもねぇもんだとすれば、地下にずっと保管されてるってのが考えられるな。誰にも見つからずに」
「だね、地下を探してみよう」
二階だけ見ても、本館ほどではないがかなりの広さがある。寝室などを含めた居室が多く、本館のものと然程変わりない造りであったが、廊下の奥に進んで行くと両開きの大扉が厳かに佇んでいた。扉の向こうは劇場、その二階席に通じていた。目に飛び込んでくるのは華美な装飾、柱の一つ一つに掘られた竜の彫刻。いや、ドラゴンというべきか。しかし、客席が所々脱落し、天井に穴が空いて、この元劇場は何とも廃墟然としていた。よくよく見れば壁を飾る装飾や、柱の彫刻からも、嵌められていたであろう宝石の類がその跡を残して消失している。画竜点睛を盗られる、だな。
「ここで観る劇は圧巻だったろうな。ま、俺は演劇とかあんまわからんが」
「ああ、勿体ないね」
演劇の粋が理解できない俺に対してか、かつての栄華を失ったこの劇場に対してか、リヤが惜しんでいることだけは伝わった。俺たちは足元に注意しつつ、比較的浸食の少ない壁沿いを進んで行った。舞台裏には当時のまま、演出用の機材や小道具がまとめて置き去られていて、演者の導線が見て取れる。ごちゃごちゃして分かりづらいが、こんな所にも小さな植物類が生えている。苔やキノコなどに似たものが多いのは雨風の湿気のせいだろう。湿った土を顔面に塗りたくられたような気分になる……。
「きのこ、食べれるのかな」
「あんま見たことねぇ種類だ。やめた方がいいぜ」
「うぇ、冗談だよぉ……」
なんだ、腹が減ったのかと思った。外になら、食べられる雑草なども生えていると思うが。そう頭の中で呟いた。舞台袖からステージの上に登ると、主役じみた気分になってなんとなく両手を広げてしまった。そこはかとなくいい気分だ。リヤと目が合って気まずくなった俺は咳払いをして目を泳がせた。反対側の舞台袖も同様で、唯一違うのは放送用の個室が仮設されていることだ。中は防音機構になっており、放送機器と固定設置された椅子がある。だが、何よりも目を引くのは、ありとあらゆる場所に付着している透明なゲル状の何か。変わった臭いはしないが、触って調べることは憚られる。
「これ……なんだろうな」
「……透明きのこ、とか」
「お前やっぱ腹減ってるよな」
ガスでも発生していたら大変だ。そう考え、即座に戸を閉めた。
「劇場って感じだったな」
「裏口もなさそうだね。壁の薄そうな場所もないし」
歓声や演出の音響を外へ漏らさないため、防音の仕組みはともかく躯体がそれなりの厚みを守って造られている。隠し部屋や可動性を備えているならば、外観や叩いた際の音の変化で、すぐに分かるはずだ。それらを起動するためのスイッチなども見当たらない。まあ、秘匿された通路や部屋ならば簡単に見つけられるはずはないが。
「ほかの場所も探ってみよう」
「別館の一階は手付かずだしね」
一階席中央の通路にある大扉から、別館一階へ出る。二階とは違い、事務用と思しき部屋や宗教絡みの施設、救護室などがある。廊下を練り歩きながら、ある程度の間取りを頭に叩き込んでいく。再度、先ほどの劇場付近まで戻り、劇場の扉が目に入った俺の胸を、ある違和感がひと撫でした。あの両開きの扉が片方、微かにだが動いた気がしたのだ。なにゆえ薄暗闇、懐中電灯を向けていたわけでもない僅かな時間。ほんの小さな疑惑でしかない。
「おい、気ぃ付けろ。何か居るかもしれん」
「どうしたの、なんか見た?」
リヤからは俺の背中が陰になって何も見えなかったようだ。
「いま少し……あの扉が動いた気がする」
耳打ちして静かに引き返し、二階の扉まで急いで向かう。何かいたとして、少しでも意表を突くためだが、疑惑でしかないこの状況でここまでするのは些か臆病か……?
扉の前まで来て、リヤと目配せをすると懐中電灯を消し、二人で片方ずつ慎重に扉を開いていく。中の様子を伺いながらゆっくりと……。心音がリヤに聞こえるのではないかというほど大きく鳴る。中から物音は聞こえない。そして、天井の穴から差す光が照らす劇場が露わになる。こそこそと駆け寄って二階席の手すりから下を覗いたが、歯抜けの客席が見えるだけだった。ほっと息を吐くと、リヤも階段をぴょんぴょん降りてきた。
「俺の見間違いだったみてーだ。何もいねぇよ、この劇場にはよ」
先走った勘違いに対する羞恥で顔を赤らめていると、口をへの字に曲げたリヤが左手側の舞台袖を指差して口を開いた。
「ううん、入り口から人影が見えたよ。あそこに」
「マジかよ、俺には全然見えなかった」
「あたしたちが入って来た瞬間、カーテンの裏に隠れた」
おもむろに立ち上がって、また壁沿いに舞台裏へ向かう……今度は逆側からだが。舞台裏の扉を開け、中を覗くも、やはり何者の影も見当たらない。背後に付いてきたリヤの眼にも、何も映っていないようだ。注意深く観察しながら階段を降りる。この空間に自分たちの呼吸音さえ反響して聞こえそうだ。舞台裏は先ほど訪れた時と変わりなく、しっとりとした空気が足元から身体へ昇ってくる。そうだ、カーテンの裏に隠れたとリヤは言っていた。それがステージの端に引いてある幕ではなく、背景演出用の幕の影ならあり得る。人が隠れる余裕はある。リヤに手で合図して、幕に近づき覗いてみる。
「うわああああああ」
舞台装置の幕裏から、いきなり発狂した男が飛び出してきた。
「うおぉっ」
咄嗟に後ずさりした拍子に、足を踏み外して尻もちをついてしまった。尚も男はこちらに向かってくる。
「なん、何なんだっ」
座ったままの姿勢で男の脛を蹴とばすと、男は叫びながらこちらに倒れ掛かって来た。それを転がって躱し、再度男を捉えた時には、既にうつ伏せに倒れ伏していた。頻りに訳の分からない言葉と嗚咽を繰り返すその男に敵意はない様子で、彼を宥めるのには時間を要した。その様子を見て、困った犬のような顔をしたリヤは見ものだったが。
暫くして、幾分か落ち着いたように見える男は、ダサいアップリケの入った茶色のズボンとセーターに、白衣を羽織った研究員のような恰好だ。暫く手入れされていない無精ひげと、だらしなく伸びた長髪、左手人差し指に厚めの指輪を付けている。おそらくだが結婚はしていないと見た。歳は……三十半ばくらいか。
「わ、私はこの近くにある希少動植物研究所で働いています。笠井と言います。他人の気配がして、少々取り乱してしまいました」
「研究者サマのカサイさんがどーしてこんなとこに」
「この辺りにしか生えない特殊な菌類が──」
「あ、やっぱ食べれるすごいきのこなんだよあれ」
リヤが口を挟み微妙な空気が流れる。咳払いをして仕切り直した。
「この館にはよく来るのか」
「私がこのエリア担当でして、それなりに」
「じゃあ詳しいんだな、この館にも。案内とかできるか?」
カサイの顔色を伺うような目線が気に障る。研究所とやらでも、上司にへこへこして働いているんだろうな。何とも窮屈なことだ。
「ええ、それは良いのですが、ここでお二人は何を……」
ここはテキトーに誤魔化しておくか。
「俺らはここらまでピ、ピクニックで来たんだけどよ、迷っちまって……それで、森を歩いてたらこの建物が見えたもんでよ。つまり、まぁ出たいんだよこの館をよ」
リヤが白~い眼でこちらを見ている。そんな眼で……呆れたって面で俺を見るなよ。
「そうでしたか、でしたらご案内しますよ、森の出口まで」
「ねぇお兄ちゃあん、あたしの落とし物はぁ?」
お、お兄ちゃん……? というか落とし物? ……ああ、そうか、リヤも探し物をしていたのだった。
「お、ああ、そうだったな。お前の落とし物を探さないといけないんだったな。ということでカサイ、洋館の中を探し終わってからでもいいか?」
「は、はい大丈夫ですよ」
「あ、ところでこの館、地下室とか裏口はあるか」
「いえ、本館と別館だけです。それぞれ富裕層向けの施設として利用されていたと聞いていますが……」
地階が存在しないのか、この館は。だとすればやはり本館に……
「それなら先行っててよ。この辺で落としたからさ」
にこにこと笑顔を浮かべるリヤがそんなことを言い出す。探し物の見当も付かない様子だったが、何か気になるものでもあったのか……? ここはカサイを遠ざけるべきか。
「おお、そうだったか。先に行って道を聞いとくから、見付からなかったらすぐ来いよ」
困惑するカサイを半ば強引に引き連れ、劇場を後にする。廊下を進み、渡り廊下の下、中庭まで着いた。カサイも付いてきたが、先述の恰好で寒いのだろう、腕を摩る動作をしている。外は日が陰り、中庭まで室内のような薄暗さだ。流れる空気まで緩やかで、心なしかどんよりしている。中庭の中央まで歩いて、ふと思い当たった。そういえば、カサイはいつからここにいるんだ?
俺がこの館に侵入した後か……? それなら、ヘドロや腐肉と鉢合わせず劇場まで辿り着くのは至難の業なのではないか……? 俺より先に着いていたなら、正面玄関が施錠されていたのも妙だ。管理者もいないような廃墟、丁寧に施錠するものだろうか。そもそも、鍵など持っているのだろうか……現に俺の持っているこの鍵は、非常に特殊なルートで手に入れたものだ。複製した鍵を持っているにしてもいちいち施錠するか? 裏口の類はないとカサイは言った。であれば、正面玄関から出入りするしかない。この違和感に気付いたから、リヤは単独行動を選んだのか……?
「カサイはよくここ来るんだよな。開かない部屋があってさぁ、鍵とか持ってないか?」
振り向かず、思索を悟られぬように、平然を装って問う。
「鍵ですかぁ、そういったものは見たことがありませんね」
そして、辿り着いた本館の扉は施錠され、開かなかった。
背後にカサイが近づいたのを足音で気取る。振り向きざまに繰り出した後ろ回し蹴りは空を切り、カサイの顔面を捉えることはなかった。避けられた……それも不意打ちを。こいつ、やはり普通の研究員などではない。
「あぶないなぁ、急に暴力はいけませんよ」
そう言うとカサイは髪を掻き上げ、口角を釣り上げる。
「お前、何だ」
「うーん? 私の正体が分かったわけじゃないのかぁ……まあいいか、少し大人しくしてもらうよ」
そう呟いたかと思えば、急な踏み込みで間合いを潰してくる。振り下ろされた拳を腕で防いで、そのまま本館の壁へ叩きつける。その手には怪しげな注射器が握られている。
「く、てめぇ、ただの研究者サマじゃねえな」
「ふ、くく……君もただのモルモットじゃないねぇ」
すぐさま立ち上がってくるカサイを見て、少しばかりたじろいだ。コミック本やアニメ作品のように気絶などしないにしても、壁面の突起がある部分を狙って当てたんだ、少しくらいは休まないと痛くって動けないはずだが……握ってる注射器を離しもしないなんて。俺が思考を巡らせている間に、体勢を立て直したカサイがじりじりと近寄って来る。こいつ、何らかの訓練を受けているか、研究者らしく肉体改造でもしてんじゃねえか? 何にしろむやみに突進してこないところを見ると、素人じゃねえのは明らかだ。
とはいえ、あからさまに食らったらやばそうなのは、あの注射器だろうな。そう考え半身に構えて軽く腕を前に出した。すると、カサイもそれに応じるように注射器を左手に持ち替える。間合いの半径がじりじりと削れていく。それを冷やかすように空気が身体を撫でていくのが分かる。と、先に動いたのはカサイの方だった。真っ直ぐ、喉元向けて注射器を突き出す。喉元に届く前にその腕を掴み、注射器を叩き落す。よし、これで致命的な一撃は貰わずに済む。
そう思い、気が緩んだ刹那、左脇腹に衝撃が走る。視界が歪み、息ができない。勢いよく飛んだ注射器が、地面で音を立てて呆気なく割れる音が聞こえた。外傷はない、殴られたのか? あの体勢から蹴った? いずれにせよ、左腕による視野の狭まりを利用し、大した隙ではない一瞬の緩みを的確に刺す狡猾な戦い方。注射器を囮に使いやがった……
ろっ骨全体を縄で締め付けられているような感覚、思った以上のダメージに肩で息をする。
「研究陰キャの一打など、取るに足らないとでも思ったかぃ? 私の研究は人体の発展にも大きく関わるものでねぇ、それはそれは、ふふ……色々と試したよ。当然だが、格闘技やら武術の幾つかも修めている」
「こぁ……かっ……」
「モルモットを無力化する方法も様々でね、先ほどのような薬物や湿温度等の調整、ふふ……それこそ力ずくで黙らせることもできるのだよ」
くそ野郎。そう吐き捨ててやりたいが、いまはまず呼吸を整えるんだ。ムカつくがカサイ、こいつは強い。正面切って戦うには実力が拮抗し過ぎている。戦うにしても一度別館へ戻り、リヤを非難させてから隠れて奇襲する。これが一番確実だ。じわじわと後ずさりしていると、身体の調子が戻ってくる。全力で走れば振り切れるか……? いや、今一つ足りないか。逃げ切るために奴の注意を引き付けるか、走力を削ぐ必要がある。
「逃げるつもりかい? いいさ、逃げたまえよ。どうせ逃げ場はないんだから」
こちらの様子を伺っていたカサイが、やや逃げ腰の呼吸に気付いたのかにやりと笑う。方法は分からないが、本館ホールの玄関を封鎖したのはこいつだな。のこのこやって来た獲物を逃がさないように……そして迷い込んだ人間を研究材料か何かに使っているのだろう。つまり、ここは調達場ということか……?
「誰が逃げるって? へっ、研究者サマにステゴロで負けるわけねえだろ」
「ほう、やる気満々かぃ。ではもう一度、こちらから行くよ……」
俺の口ぶりが少々気に障った様子で、目に見えて大幅に距離を詰めた。拳における一足一刀の領域へと侵入した途端、カサイは踏み込んで目を突いてきた。先ほどとほぼ同じ構図。今度は右腕で払い、そのまま掴む。瞬間にカサイは白衣から腕を引き抜き、回転して白衣を脱ぎ去る。背負い投げを読まれた俺は、そのまま無防備に背中を晒すこととなった。回転を利用した横薙ぎの拳が左脇腹に突き刺さる。ダメージを受け、地面へ膝を突いたのは俺の方だった。
「研究者さまに、負けてしまったねぇ」
顔を見なくとも、奴が浮かべているにやけ面は想像に難くない。
「君のようなチンピラかぶれ如きが、この私に盾突くなど片腹痛いねぇ……フン、同じ空気を共有することすら耐え難い」
そう吐き捨てると、とどめを刺すためか近付いてくる。そして、俺の左脇を蹴り上げようとした……その脚を膝で抑え、腕で抱える。そして、体勢を崩したカサイの顔面に、土塊を握った平手を思い切り叩きつけた。
「ぐぬぅっぁっ」
少なくない量の土や砂が眼球にトッピングされたようで、地べたに這いつくばり藻掻いている。その顔はきっと涙や涎でくしゃくしゃだろう。
「頭か脇腹ぁ……来ると思ってたぜぇッ」
のたうつカサイの〝左脇腹〟に、少しばかりの恨みと全身全霊を込めたトーキックをお見舞いした。顔面を押さえたまま転がったカサイは、さらに脇腹を押さえて呻いている。
「ばァあーか、同じとこばっか狙ってんじゃねぇよ」
そう、ヤマ勘で二発目を防いだ俺は、もろに食らった振りをして反撃の好機を待っていた。これで逃げる隙はできた。苦しむカサイの様子を十分に楽しんだ後、劇場を目指して走り出した。
幾つかの部屋が並ぶ廊下を風のように走り抜け、劇場の付近まで来るのにさほど時間は掛からなかった。劇場を目の前にして足を緩めたのは、目の前にリヤの姿を捉えたからだ。大接戦を潜り抜けた俺と違い、何とも呑気な表情で歩いてくる。
「はぁ……はぁ……カサイのやつ、やべえマッドサイエンティストだったぜ。襲い掛かってきやがった」
先に手を出したのは俺だが、それは伏せておいた。
「やっぱり? なーんか怪しいと思ったんだよねぇ。ここに来るまで、人の気配なんてしなかったのにさ」
「とにかく、ここに留まるのはまずい。どこかに隠れよう」
「うーん、こっち側なら事務室か、教会みたいなとこかな」
「隠れられそうな場所はそこらだな」
だが、馬鹿正直に隠れたところで見つかるのは必至……奴の動向を把握した上で潜伏するのがベストか。
「まず奴の背後に回って、機会を待とう」
リヤも頷き、二人で上階へ上がる。階段と廊下が交わる場所に陣取り、逃げ場を確保すると耳を欹てる。さて、どちらから来るか。
「そーいえば、あいつどこから来たのかな」
「どこからって……外からじゃねえのか」
「でも玄関の鍵は閉まってたでしょ」
「そうだが、それを言うならお前もだろ。俺が来た時──」
「あたしのことはいいのっ、誰かと違ってちゃんと戸締りはするタイプなんだから。うるさいなもう」
「は、え……あ、ああ」
丁寧な施錠を行う人間の登場によって、先の仮説は崩れ去った。自分を基準に推測するもんじゃないな。
「だからさ、裏口があるんじゃないのって話だよ」
奴のマッドサイエンティストな本性を知った今、俺たちを留めるための嘘と考えるのは妥当だろう。問題は、そんなものがどこにあるのかだが。
「けどよ、そうそう見つかるもんでもないだろ。奴から逃げ隠れしながら──」
「モォルモットおぉぉぉぉおおおっ」
階下からカサイの叫び声が聞こえてきた。
「隠れても無駄だぁっ! 階段の影に隠れているのは分かっているぅぅっ!」
「なんだって⁉」
動揺を口から零して我に返る。いや、はったりだ。奴は今、俺たちが動くのを待っているのだ。暫くして、階段の方からコツコツと足音が聞こえてきた。……地面を踏みにじるような乱暴な歩き方だ。リヤに合図をし、忍び足で廊下を進む。奴は自分の居場所を隠す気もない様子で、時折ククッと笑う声が聞こえる。再度一階に下りた俺たちは、劇場へ向かう廊下まで辿り着いた。
「奴を引き付けて何とか無力化する。劇場に隠れてろ」
「ほんとに勝てるの?」
「勝たなくてもいーんだよ。あいつが俺らを追跡できない状況に追い込みゃあいい。腐肉の群れを相手にするより簡単だぜ」
「……助けて欲しくなったら、叫んで知らせるんだよ」
こいつは俺をガキかなんかだと思ってる節がある。リヤを手で追い遣り、その場でカサイの姿を遠目に捉えてから、二階渡り廊下へ走る。
「いつまでこんな鬼ごっこを続けるつもりだぁい」
カサイはまんまと俺に付いてきている。息せき切って渡り廊下前まで走り抜けた。渡り廊下を通り過ぎる瞬間、何かに引っ掛けたのか、翻ったコートのポケットから鍵が転がり落ちた。館に入る際に使用した鍵だ。鍵を手に取ると、ふと思い立ち、何の気なしに渡り廊下扉の錠へ差し込んで回してみる。錠はカタンと音を立てて開いた。こ、この鍵……マスターキーだ。ポケットへ突っ込んだっきり、すっかり存在を忘れていたが、まさか別館の扉にも使えるとは……。渡り廊下で腐肉のゾンビと、死ぬ気で殴り合っていたことを思い出し、苦々しい気分になった。それならそうと渡した時に言っとけよ……あのババア。だが、とにかく好都合だ、これで別館と本館を行き来できるようになった。
相変わらず薄暗い空模様。空気も淀んでいるが、館内部より随分とマシだ。本館の扉は半開きで、そっと中を覗いてみても怪物の気配はしない。ここでカサイを迎え撃つ。下では少々不覚を取ったが、条件はイーブンだし、今回は作戦もある。ぬらりと姿を現したカサイは平静を装っているものの、土跡がのこる顔でこちらを睨みながら歩いてくる。
「おや、もう逃げないのかい。もう一人と別れたのは知っていたが、まさか挟み撃ちにでもするつもりなのかい?」
「てめえとやり合うのに助っ人なんざ必要ねえなぁ」
その手が……あったか。
「そうかね。ああ、ちなみにだが、どこへ行こうと監視カメラで居所は把握できるんだ。また姑息な手で逃れようが、この館からは出られないし逃げられないんだよねぇ」
「逃げねえって。ここでぶちのめしてやるからよぉ」
はったりではなく、監視カメラで実際に位置を把握してたわけか。確かに、携帯端末のようなものを持っていれば、リアルタイムでいつでも確認できる。そして、館への侵入者を察知して捕らえに来たということか。まあ何にせよここで、したくもねぇ追いかけっこは終わりだ。有効な一撃を繰り出せる距離へ、摺り足で近づく。カサイも余裕ぶった立ち姿から、迎撃の構えへと体勢を変えた。睨み合い、時間が止まったとすら感じる緊張感のなか、俺が間合いに到達した時だった。スッとカサイの表情が抜け落ちるように一変し、次第に構えさえも成立していない中途半端な格好になっていく。その眼は、目の前の対手を映しておらず、はるか前方に張り付いていた。あまりの狼狽ぶりに顔を顰めながら、その矢印を追うように振り返る。どうやら視線は本館への扉、その半開きになった隙間へ向けられているようだった。
「け、ケマガ、マオリ……」
そう呟いたカサイは、狼狽えながらズリズリと後退りする。ぶつぶつと何かを念仏のように唱えたかと思うと、急に振り返って別館の中へ走り去った。面食らった俺は、本館の扉付近に目を凝らすが、やはり何も見付けることができない。化かされた気分になって、カサイを追うために振り返った俺の耳に、カサカサと枯葉をこすり合わせるような音が聞こえた。どこからか分からないが、確かに聞こえる。風は凪ぎ、動く木の葉や砂利もないのに。連続してカサカサ……ジャリジャリ……と音が鳴っている。音の感覚が短くなり、別館への道を駆け出した頃、渡り廊下が揺れ始めた。
「おわ、今度はなんだっ」
揺れが大きくなり、足元がうねっている錯覚に襲われる。よろめいて手すりにもたれ掛かると、錯覚ではなく実際に渡り廊下が波打っていることが分かった。本館側の扉は歪み、ミシミシと音を立てている。いや、それよりも大きく銅鑼のような音が響いている。手すり伝いに別館まで辿り着いた俺は、渡り廊下が黒い液体に飲み込まれて崩れ落ちるのを見た。ズドオォンと凄まじい轟音が辺りを震わせ、衝撃が埃や瓦礫を巻き上げる。ヘドロが来た。しかも、表面に瓦礫や腐肉の腕やらが突き刺さって、前回遭遇した時より一回り大きくなっていた。奴が周囲のものを飲み込みながら俺を追って来て、どんどん肥大化していくとしたら……文字通り逃げ場が無くなっていく状況でどれだけ持ち堪えられるだろうか。
ヘドロの化け物を駆除するにしても一体どうすれば……。一緒に日光浴でもして、奴だけ干からびるのを待つか? そんな海外アニメみたいな解決法できるわけねえ、まずはリヤと合流して状況を共有しなくては。塵や埃の舞う中央廊下を駆け抜け、そのままの勢いで劇場へ突入する。劇場内部を一瞥したところリヤの姿はなく、どこかへ隠れているようだった。瓦礫を蹴飛ばしながら舞台裏へ下り、リヤの行方を探す。
足元の悪さに若干苛つきながら、ステージの際まで歩いていく。「わっ」という声と共に急に何か飛び出してきた。ぎょっとして影の方を見ると、おどけた表情のリヤが、顔の横に手を構えて立っている。どうやらユーモアのつもりらしい。
「どお、驚いた?」
「び、びびってねぇ。あと、それどころじゃねえ。ヘドロがこっちまで来やがった」
「それはやばいね。でも、ふふん……こっちもお知らせがあるよ」
どこかの教授よろしく指を立て、眼鏡を直す振りをしたリヤが得意げに言う。
「お知らせって……」
意図を汲み取れず開口する俺を見かねてか、ステージの端へ歩いて行ったリヤが、放送ボックスの辺りを弄る。すると、ステージの床が振動し始めた。驚いた俺は慌てて飛び退く。尚もステージの床は移動し続け、最終的には垂直に持ち上がる形で停止した。そして、贅沢にもステージ全体を蓋代わりに、その下へ存在していた階段が露わになる。
「こ、こいつは……」
「カサイが猛ダッシュで戻って来たから隠れてたんだけど、この仕掛けを起動し始めてさ。焦ってたから操作方法も簡単に見れちゃった」
「でかした! 地下へ行きゃあ、ヘドロから逃げられるかもな」
拳を握った俺の足元にある瓦礫が、ガサガサと少しだけ動いた気がした。積み石の如く積み上がった天井の残骸だ。ヘドロの引き起こす地震や、先ほど起きたステージの振動、はたまた俺やリヤの動きですら廃墟の崩壊を手伝うかもしれない。もう少し気を遣った方が良いかもしれないな。気を引き締めた俺をよそに、リヤは無邪気に地下へ降りていく。その背を追おうとした視界の端に、這っていく何かの一部が映った。一瞬しか見えなかったが、節足動物のような構造を持つ生き物が瓦礫の下を潜り抜けていったように見えた。どうにもここらに大きい虫が多いのは、カサイが上げた研究成果の一つなのだろうか? あのわしわしとした多足が気味悪い。鼻を鳴らして、軽く衣服を払うとリヤを追いかけた。
高校生のがっつり弁当箱よろしくぽっかり空いた空間へ下りると、岩肌が剝き出しの通路が続いていた。中にあるレバースイッチを下ろすと、ステージもゆっくりと閉じた。通路内部は補強構造もそこそこに、点々と頼りない照明が設置されている。ご丁寧に空調用のグリルも付いていて、アルミやガルバリウムといった耐食性のある金属が使われているのか、比較的湿度の高いこの地下においても茶錆は見えない。通路が伸びる方角を見るに、どうやら館近辺の地下をアリの巣の如く包囲しているようだ。そして、そこから外へも出られるのだろう。あの計算高いカサイが、わざわざ危険度の高い本館を通って劇場に出入りしているとは考え難かったが、漸く謎が解けた。
「やれやれ、髪がごわつくから湿気は嫌いなんだが……」
「そぉいうもんなの?」
髪に頓着がないのか、女子にしては髪が短いからなのか、不思議そうにリヤが言う。俺にしても言ってみたかったから言っただけだが、湿気が嫌いなのは本当だ。公園のベンチだとか芝生が濡れて体温が奪われる。それと、単純に衣服がまとわりついて気持ち悪い。湿った砂利の音を耳に受けながら、地下通路の構造を把握すべく練り歩く。こう広いと、頭の中でマップを作り上げるのも一苦労だ。全体の地図とは言わずとも、避難経路図なんかがあれば探索もしやすいのだが。相も変らぬ石造の路を歩きながら、ふと思ったことを口にする。
「そう言えば探し物、見つかったのか? ンなら、出口を探した方がいいと思うが……」
「ああ、そうだったねえ。見つけたよ、ほら」
そう言うと、棒のようなものをふりふりと振ってみせる。ただでさえ暗い上に、リヤが振り回すためよく見えない。
「ンだそれ、高価なもんか?」
「んー、思い出の品……なんじゃない?」
リヤもよく知らないようだ。頼まれてこんなところまで来たくせに、その詳細についてよく知らないとは、テキトーなやつだ。……ん? 考えてみれば俺もそうだったな。その所為で土竜みたいに小汚い洞穴なんぞ潜る羽目になっているのだが。途中、幾つかの横道と階段扉を通り過ぎて、行き止まりの一本道に入った。その最奥にある扉の向こうには、地上へ向かって螺旋階段が生えている。館にあったボロ階段と違う、確かな感触を足に感じながら昇っていく。螺旋階段の終点には、スライド式の大扉が待ち受けていた。金が掛かっていそうな、電子操作盤付きのいかにもな自動ドアだ。人影感知でもしたのか、スッとドアが開く。扉の外装は岩を模してあり、外見からはドアと判別できないようになっている。まるでフジツボを背負う甲殻類の擬態だ。
「森からは出られるな?」
「うんー、大丈夫だよ。来るときも退屈だった」
森に十代そこそこの少女を放つのは些か危険とも思うが、俺の用事もこれ以上時間を掛ければ色々と支障が出る。何より、館の中に置いておくより随分マシだ。
「暗くなる前には抜けられるだろ、川沿いは危ねえからやめとけよ」
「大丈夫だってば、早く行きなよ」
半ば急かされるようにして、俺は先ほどの螺旋階段を下りていく。
──背後でドアが音を立てて閉まる前、既に影も形も残さず消えていた少女の異様に、秋斗が気づくことはなかった。
もう同行者を気遣うことなく本探しに没頭できるのだ。とはいえ、今のところ情報の断片すら手に入っていない。ここへ着いてからというもの、色々なことが起こった。もうかなり経つが、館内部に本がないという確信もない。そして、カサイが激しく動揺を示したあの時、呟いた言葉も気になる。ケマ何とか……一体何のことだろう。だが、いくら考えようと答えは出ない。このまま、地下へ向かっていいのだろうか……もし、下へ逃げたカサイが俺を待ち構えていたら? 上も下も危険には変わりないが、ヘドロを躱しながら悠長に探索するのは正直無理がある。考えがまとまらず、心にも迷いが生じる。良くない傾向だ。ただでさえこの状況では即断即決、即行動が求められるというのに。とぼとぼと歩いて行って、横道にある扉の一つを開くと、さらに下へと下る階段がある。仕方ない、手掛かりがない以上はこのまま地下を洗いざらい探してやる。決心すると同時に階段を下りていく。
その階段は次第に地下施設の外部階段へと変化していった。目の前に現れた大扉は到着から程なくして開き、足労を労うかのように壁内に収まる。研究所、といった言葉が似合う内装に、何らかの薬品じみた鼻に付く匂い。ガラス窓の付いた受付のようなスペースを過ぎて、通路沿いに歩いていくと自動扉があり、その向こうには幾つものパソコンやデスクが並んでいるのが見えた。研究所にも事務所ってあるんだな、と思いながら目の前で銃器類を構えている職員たちに目を戻す。ひぃふぅ……まあとにかく大勢いるな。
「おやおや、誰かと思えばぁ~ドブ臭いモルモット君じゃないか」
大衆を掻き分けるようにして悠々と姿を現したのはカサイ。こういった施設ならば当然、監視カメラ等が設置されている。と、思い警戒はしていたが、上手く隠されているのかあからさまなものは見つけられなかった。……くそ、ここは大人しく降伏するしかないか。
「俺がデザインしてやったメイク、落としちゃったのかよ? だいぶ似合ってたのになあ」
万歳の恰好でニヤリと笑ってみせた。対照的にカサイは顔を歪めて、額に深い堀を作りながら近付いてくる。そのまま、握り締めた拳を俺の鳩尾へ放った。そして、蹲った俺は頭に重い衝撃を受けた。視界が揺さぶられ、いつの間にか地面が頬と接している。「連れていけ」と、カサイの声が遠くから響く。……俺の体は職員数名に引き摺られ、どこかに連れて行かれるようだった。
白い……頭の中に白いもやが……気を失ったのか……俺は。暫く暗闇に身を任せていると、次第に視界が白く開き、やがてハッキリと像を結ぶ。不規則にどこかで鳴っている鈴と思しき音色、これが俺の眼を覚まさせたのか。……今、立っている場所は研究所でも、あの廃墟でもない。ここは、花畑だ……。
「俺……は……し、死んだ……のか?」
遠くに門のようなものが見える。背後には、日本家屋の回廊に似た建造物。回廊に囲まれた庭園には、離れと呼べる建物があった。……あの離れは見覚えがある。だが、どうしてこんな場所に? 理解の及ばない現象に少々圧倒されながらも、離れの引き戸に手を掛ける。俺がまだ息絶えていないとすれば、心当たりは一つだけ。廊下を進み、襖に仕切られた部屋に入る。そう、心当たりは一つ……俺をあんな洋館に送り込んだ元凶。本を探してほしい、と俺を金で釣った女は日本間の中央に陣取り、慎ましやかに正座していた。
「やぁ、おかえりなさい」
立ち位置を変えると、如何様にも色を変える褪せ緑の海月みたいな髪から片方だけ覗く眼。見つめると何故だか、懐かしいような気持ちや暖かい安堵が心の底から湧いてくる。
「獨花……お前の仕業か」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、掌で足元を指して促す。座れということだ。
「仕業って言うと何だか悪党みたいでしょ」
そう言って彼女は頬を少し膨らませる。俺の扱いだけ見れば悪党みたいなものだと思うが。
「君をあの研究所から連れ出すのはちょーっとしんどいかなぁ。今は、君の意識だけをここに繋げてるんだ。にひひ」
空蝉獨花、それが彼女の名前だ。大昔の人間から貰ったと当人は言っていた。俺に分かることはこいつが人間でないということだけ。だが、それで十分だ。深入りは面倒ごとに巻き込まれるからな。とはいえ、事ある毎に俺を呼び出して、頼み事をしてくる。俺の居所をどうやってか掴んで、だ。世の中に大勢のエリートを輩出している空蝉家の大親分ってとこだが、以前とは体制を異にしている。その件に俺も一枚嚙んでいるものの、一連の騒動はあまり思い出したくない苦い記憶だ。
「んで、俺を呼び戻したのはなんでだ」
「んむむ、ボクもあの本を回収するだけなら一人で大丈夫だと思ってたんだけどさ。……地下に入っちゃったみたいだから一応忠告をね」
「降りちゃったもんはどうしようもねぇでしょうが。俺の身体は捕まっちまってるんだよな? ンなら、本探しどころじゃないじゃんよ」
「それがねぇ……君が地下へ降りたことで分かったんだけども、本は地下にあるみたいなんだぁ」
「ま、まじか……どこにあるんだよ」
「さすがに正確な位置までは把握できないなあ」
「まあいい、地下にあるって確証を得られただけでも収穫だ」
「けど、急いだほうがいいよ。研究施設にあるならカサイが持ち出すかもしれない」
「カサイが? どうして……てかなんでカサイのこと知って……」
「さあ、ゆきなさい勇者よ」
台詞とともに視界がぼやける。
「あ、おい誤魔化すな馬鹿がっ……どうすればいいんだよ俺はっ」
「何とか味方を見つけるのです~……です~……ですぅ……」
セルフエコー演出と共に目が覚める。……なんとも寝覚めの悪いモーニングコールだ。それに味方だと? RPGにお熱なのが丸わかりだ。あいつに携帯ゲーム機を勧めたのは間違いだった。今、頭ン中に入り込んで来やがったあれは……。彼女は以前、身の回りに起こる不可解な現象について〝現し出す〟とかどうとか言っていたが、あの回廊がある花畑もそうなのか……或いはまじないや魔法の類なのか。俺の動向を把握する術があるようだが、何にせよ今はどうでもいい話だな。
眩暈を振り払うと、目を覚ました部屋を見渡してみる。まるで、日本の刑務所を数段格下げしたような粗悪な収容室だ。ベッドと簡易便所、それのみの部屋。いや、至る所に飛び散った血液と思しき汚れや糞便の類……それを装飾と呼ぶなら話は別だが。俺は一番深いため息を吐いて立ち上がると、格子戸に近寄り調べてみる。粗悪な部屋に似合った粗悪な鉄格子、とはいえ蹴り破るのは不可能だろう。扉の蝶番も劣化はしているものの、役目を全うしている。そういえば、持ち物は取られていないようだ。不通の携帯を手にして、内側カメラで格子扉の鍵穴を観察する。やはり簡素な鍵だ。ポケットへ乱暴に仕舞ってあった煙草の箱からライターを抜き出す。
「実はツールを仕込んであるンすねぇ、このライターは。これを俺が使って鍵穴を弄ると……」
カチャカチャと操作の音が響く。高級料理店で音を立てるのはマナー違反だが、五流以下の場所ではピッキングもオッケーよ。暫く掻き回すとキリリと鈍い音がして格子扉が開いた。
「あら不思議、チャチャッと脱獄完了」
今時見ないほど脱獄が容易な牢屋だった。妙なところで金をケチっているようだ。それか、焦っていたので安直な方法でしか拘束できなかったか。まあ、どちらにせよ助かった。他の牢屋はがらんどうで、入り口に収容エリアと書かれたプレートが設置されている。なんと、ここは人畜無害な人間を閉じ込めておく場所らしい。驚きの新事実だな。と、いった風な独り言を呟きながら廊下の気配に注意しながら先へ進む。廊下の分かれ道を右に折れたところにある部屋は、先ほどの収容エリアより悲惨だった。ガラス向こうに見える血みどろですり鉢状になった斜面の下に、口を開けている機械がある。食べ残しのカスのように、ぐちゃぐちゃな赤黒い固形物を刃の間に付着させている。スプラッター蟻地獄ってところだ。ここは処理室だろうな。奴らにとって不要になった〝もの〟をここへ廃棄処理する。それはかつての〝モルモット〟なのか、今になっては分からない。よく見れば斜面の隅に梯子がついてはいるが、あれは掃除用だろう。鉄の噎せ返りそうになる臭いとネバついた空気で、長居すると嘔吐しそうだ。
早々に処理室を出て、今度は処理室の反対側へ歩いていく。靴に何かこびりついて歩きづらい。嫌な気分だ。廊下の先に現れたのは実験場と言えるかなり広い部屋だった。中央に聳えるガラスの中を見下ろすと、闘技場にも見える箱型のステージがある。それを見渡せる位置に何らかの計器や操作盤、モニター類がずらっと並んだブースが設置されていた。なんだか、ロボットアニメの指令室みたいだ。壁側にエレベーターと大きめのダストボックスのような口も見える。
業務用の棚に山ほど積まれたファイル群を一つ手に取って中身を拝見してみるが、何々値だとか何某線がとか意味不明の単語が羅列されていて、何の情報も汲み取れなかった。そのまま、雑誌を捲るようにぺらぺらと内容を流し読みするも、挿絵の一つも無く断念した。雑にファイルを戻すと、その勢いで弾かれたファイルが床に飛び散り、散乱して開いたファイルの内一つに目が留まる。そのページの一番初めに〝穢禍魔澱〟と書かれている。何と読むかは分からないが、付箋を貼るほど重要なページであることは確かだ。〝繋がり〟とか〝不浄〟や〝結界〟など気になる単語は出て来るが、何よりも目を引くのはその報告書に張り付けてある写真だ。幾つかのアングルから撮られたものだが、その被写体は本だった。画質が悪く中身までは読み取れないが、金装飾がある、これが俺の求めているものに違いない。収容場所の欄には〝Ⅲ〟とだけ印字されていた。このページだけでなく、ほかのページにもⅠ、Ⅱ、Ⅲのいずれかが印字されている。
「何度言えばいいんだいぃ」
まずい、資料に気を取られて背後へ迫ったカサイに気付かなかった! 背後に十数人の職員を引き連れて、腕組みしながら立っている。さながらアイドルのセンター気取りだ。
「ここは私のテリトリーなのだよ、君を監視することなど造作もないさ」
トップアイドルは俺の方へねっとり歩み寄りながら、俺に向けられた妙な形の銃器を目で撫でる。厭らしい野郎だ。
「てめえがどんなスケベ本読んでっか見てたんだよ」
「やれやれ……モルモットには理解できないさ」
白衣の裏からシガーケースのような箱を取り出し、中からあの注射器を取り出した。
「注射は苦手なンだよお医者サマぁ」
カサイが手を挙げると全銃口がこちらを向いた。大きくため息を吐いて、大人しく袖を捲った腕を差し出す。ここで射殺されないところを見るに、俺にもまだモルモットの資格はあるようだ。この薬が長期的な依存状態を引き起こさなければだが。
「お医者様心で言っておくがモルモット君、次逃げ出せば君は廃棄だ。即刻射殺するよ……それともガスがいいかな? はぁ……我々は君のような便所ネズミに対して浪費する時間は持ち合わせていないんだ」
髪を掻き上げて途端に細く鋭い眼になったカサイが、注射を爪で弾きながら続けて口にする。
「君だけじゃなく、もう一人も暫くすれば捕らえられる。先ほど捕縛部隊を送ったからねぇ」
まさか、リヤに追手が⁉ それはまずい……森中に監視の手を伸ばすのは無理だろうが、捕縛隊の人数と技術によっては、捕まってしまう危険性が大いにある。
「てめぇ……リヤは関係ないだろうが」
嘲笑を隠しもせずカサイが首を振る。
「モルモットには理解できない世界があるのだよ、あ──」
フロア全体が揺れ始め、カサイや俺を含めた周囲の人間全員が狼狽し始める。職員の背後、俺の見ている方向の床一面が波立ち、ゴリゴリと盛り上がるのが見えた。天井を覆い尽さんばかりに反り返った床材の津波に、反応する暇もなく全員が飲み込まれていった。当然、俺も研究員共々押し流されて、壁面にめり込む形でもみくちゃになっている。床色の粘土と化した一同は呼吸も出来ず、藻掻く空間もないため為す術もない。次第に身体を締め付ける圧力も増し、血液が居場所と酸素を求めて暴れ始める。落下特有の浮遊感に気付いたのは、暗闇の中で意識を失う寸前だった。
目を覚ました時、最初に目撃したのは先に起きた職員がおろおろと歩き回る様だった。あの部屋にいた十数人全員が無傷か軽傷のようで、一人二人と意識を取り戻していく。エレベーターと上で見たダストボックスの管が横並びになっているが、エレベーターの方は空のティッシュ箱かと思うほどひしゃげて、素人目に見ても使用不能が窺えた。正面には映画館にあるものに似た、両開きの扉が待ち受けている。俺たちを襲撃した存在はどこにもいないようだ。近くにいたスズオというネームプレートを付けた職員を捕まえて、俺たちが今いる場所についてなるべく穏便に聞いてみる。
「おい、アホ研究者ァ、ここは研究所のどの辺りなんだ?」
「し、侵入者……いてて、ここはと、とても危険な場所だよっ」
「てめえ、上も下も危ねえじゃねえかよっ、出口教えねえともう一発叩くぞ」
「ひいぇやめてくれえぇ、助けてくださいカサイ所長ぉ」
気を失っていた職員も半数以上が目を覚まし、いつの間にかカサイも立ち上がっている。だが、俺の存在を認識してはいるものの、カサイは神妙な顔でただそこに立ち尽くしていた。違和感を感じつつも、圧倒的アウェーなこの空間に対し気を尖らせていると、カサイの様子を感じ取ったスズオが叫んだ。
「あぁっカサイさん指輪がっ」
カサイの指を見ると確かに、先程まで嵌めていた指輪が無くなっている。
「あの指輪がどーしたってんだよ、お姫様か?」
こちらを睨め付けながらも、動揺からか額に汗を浮かべているカサイは、慌ただしく手に持った端末を弄ったり耳に手を添えて呼びかけている。だが、満足のいく情報は得られないようで、次第に眉が軒を作っていく。そして、もう一度俺を見据えると非常に嫌そうな顔を見せる。
「実験エリアにあのスライム……〝載絹〟が侵入してくるなど、未だかつて無かった事だ」
「サイケンン? スライムって……あのヘドロのことか」
「ヘドロではないっ! あれは浄化装置だ……あの穢れた洋館をろ過するためのな」
「なに言ってんだ。あいつ真っ黒だったじゃねえか」
「度重なる浄化と機能の摩耗によって黒く染まっていったのだ。今も尚、穢れの根源を追い続けている」
「穢れの根源……?」
「そんなことはどうでもいい! 今重要なのはお前たちの事だっ……ふぅ、君たちがあの館に侵入して来た途端に、今まで微動だにしなかった事態が一変した」
興奮したり落ち着いたり忙しい奴だ、それに、何が言いたいのか全く分からない。
「君や、連れていたあの少女には何かある。と、私はそう考えている」
「なぁに言ってんだ。何もねえよ、預金も住所もな」
「あのリヤとか言う少女だが、森から公道まで向かう経路で発見できなかった」
「そりゃあ、良かった。俺らの作戦成功ってとこかな」
一安心だ、リヤは上手く逃げられたらしい。
「下らない一計のことを言っているんじゃないッ!」
カサイは鬼気迫る様子で詰め寄って来た。
「あの少女は、監視カメラに映っていない」
胸倉を掴まれて息が苦しい。それに、何だって?
「厳密に言えば、映ってはいる……だが、君と共に居る場面だけだ。彼女がどこから入ったか、どこを通って移動したのか、その足跡が全く残っていないっ……君はバッチリ映っているというのにだよ!」
監視カメラに映っていない……それはリヤがカメラの存在を知っていて、上手く躱しただけの事ではないのか? いや、あんな少女がカメラを警戒などするだろうか? そもそも、彼女のようなイタイケな少女がなぜ廃墟に? そう言えば、リヤはいつ侵入したのだ? 俺の前か、それとも後か。玄関から入ったにしても監視網に引っ掛からないのは無理がある。まず、施錠された扉はどうする? 様々な思考と疑惑が頭の傍を通り過ぎていく。だが、リヤに悪意や敵意があるのなら既に無事ではないだろう。このいけ好かない糞所長の言葉より、俺は自分の眼で見て感じたことを信じるね。それで、溢れたもんは運任せよ。今までもそうやってなんとか楽しく生きてきたからな。
「んで、結局何が言いてえんだ?」
カサイは再び嫌悪と葛藤をチカチカと明暗させる。まるで何十年も熟成させたワインを割ってしまったかのような顔で、目元をぴくつかせながら低い声で言った。
「く、一時休戦としよう……君を連れて……取りに、行くものがある」
なにやら、想像を超えた状況になっている様子で、モルモットの手も借りたいという風だ。俺としても、この人数を相手に立ち回るのは敗色濃厚だ。風向きが変わるまでこいつらの中に紛れるというのも手かもしれない。
「取りに行くものってなんだよ」
「この事態を収拾させる〝もの〟だ、ここより地下に収容してある。それ以外は部外者である君に教える必要がないねえ」
チッ……モルモットであることは変わりないって事か。いざとなったら真っ先に石橋を叩く棒や、肉の盾として使われるのは間違いない。腹の探り合いは依然継続ってわけね。表向き賛同した俺と職員一同は、所長サマの背中にバックダンサー隊形で付いていく。これじゃ本当にアイドルみたいじゃねえか、と突っ込みつつ、全員で正面の扉に入っていく。
堅苦しい扉を開いた先は、遠目からでも分かる古物や遺物といった品が、大小様々なガラスケースに並ぶ博物館のように見えた。驚くのは展示品の数だろう。種類や形状の似たもの、年代や地域、それから名称とジャンルごとに細分化されて一部屋だけで何百何千と集めてある。プレートにはあの資料にあった〝Ⅰ〟というローマ数字の後に、何桁かの数字が割り振られていた。例えば、俺の眼の前にある妙な形の釘だが〝Ⅰ‐0103〟と表記されている。二年ほど前に日本のど田舎、それも山中にて見つかったもので、説明文から直に触ると危険だということが読み取れた。同じショーケースの中だけで、似たような釘や串の類が何十本と並べてある。このフロアはおそらく、摩訶不思議仰天アイテムの保管庫ってところだ。もうなにが出て来ても驚かないな。ヘドロや腐肉の化け物……ああいった超常的存在を認知し、隙あらば捕獲と研究をするのがカサイやこの職員どもの仕事か。これは推測だが、これだけの人材を揃えられるのは、研究内容に投資する人間がいるということ。そして、そいつらが得をする仕組みがある……。やはり金持ちの考えは分からん。自らの足元でどれだけ多くの人間がくたばっても、計画通りに利益が上がれば知ったこっちゃないというのか。どの国でも、持たざる者は逆らえない。
ため息をついてカサイが向かった部屋へ向かう。すべての部屋が金庫の如く、分厚い扉と壁に区切られている。それは、防災と防犯的意味合いもあるが、ここにある超常的な物質同士の干渉を防いでいるようにも感じられた。しかし、カサイの前にも所長がいるのか、これほどの建造物をカサイの代だけで完成させたとは考えられない。そんな考察をよそに、一行は奥へ奥へと進んでいく。絵画や美術品に属するものも見受けられて、ここは美術館といっても差し支えなさそうだ。さらに進むと、スポーツ用品や電化製品、車の部品から線路の一部まで、多少年季は感じるものの、何でも揃うホームセンターじみてきた。
それにしてもこのフロア、かなり広い。予想も出来なかった、洋館や研究所の比ではない空間が地下に埋まっているとは。何度目かの扉と廊下を潜り抜け、一行は電化製品や古着っぽい衣服類が多く展示された大部屋に辿り着いた。なんだか、昔訪れた歴史館みたいだな。部屋の中央に
配置されたガラスケースの中には、俺の心から懐古の情を引きずり出すような品々が置いてあった。
「お、これやったことあるぞ」
ケースに手を置き注視するのは、何世代も前の携帯ゲーム機だった。アドベンチャーやロールプレイング、動きがぎこちないアクションなど様々なジャンルのソフトが発売された。……婆ちゃんも文句を言いながらプレイしてたっけな。昔を懐かしんでいると、突如ゲーム機の電源がオンになった。驚いて離れると同時に、寄って来たカサイが怒鳴る。
「おい! それから目を──」
照明が消えた。電子音のノイズがどこか遠くで聞こえる。照明は数秒後に再び点灯した。いや、点灯というよりは日が昇るように、徐々に明るくなる感じだ。目が慣れてくると、周囲の状況が脳に認識されていく。先ほどまで立っていた保管庫ではない、ここはどこか一軒家の一部屋だ。戸棚や机の上を詳しく調べてみるが、部屋にあるものは貼り付いたように動かせない。ドアは開くことが分かった。なんだ、一体何が起きているんだ。洋館は? 研究所は? それに、職員どもは? 人の気配はしないが、音を立てずに部屋を出る。そのまま、足音を極力消して一階への階段を下りていく。なぜか既視感湧くリビングを抜け、出口のノブに手を伸ばす。
「あら、出掛けるのね」
ぎょっとした。確かに人の気配はしなかったのに、背後に三十代ほどの女性が立っていた。だが、奇妙だ。どこか違和感がある……。違和感の正体を探りながら、動揺を隠すべく返答する。
「あ、ああ……少し外にね」
「そうなのね、暗くなる前に帰ってくるのよ」
淡々と話す彼女は、こちらを見ているようで見ていない。呼吸をしている風でもない。そうか、違和感の正体はこれだ。人間と同じ振る舞いをしているものの、端々がどこか人形じみているのだ。不気味の谷というものだろうか、姿形は人間然としているのだが、心に動きがない。発話や仕草と若干のラグがある感覚……何かにそうさせられているような。背筋に冷たいものを感じながら、ノブを捻って外へ出る。彼女は何の動きも見せず、ただ立っているだけだった。
外は明るく、日差しが眩しい。太陽の位置からすると正午といったところか。携帯を確認してみるが当然不通、時刻から考えても日が高すぎる。俺は何処か別の場所に飛ばされたみたいだな。そして、屋内にいた女性は一体……。近所を見回ったところ、この家は小さな村の中にあり、村向こうには大きな城が聳えているのが分かった。外国……にしても言葉が通じるのはおかしい。だが、何となく読めてきた。何処かで見たことのある造りの住宅で目が覚め、世界を救うため旅立つ。俺の知っている作品とは異なるが、見渡せる限りでもよくあるロールプレイングゲームに酷似していた。指を口の下に添えて思案する。大方、あの古ぼけたゲーム機が作り出す世界へお邪魔してるってところだな。仮にだが、元の世界へ戻る方法があるとするなら、このゲームをクリアまで進めるか、対応するイベントやアイテムを見つけることだろうか。些か楽観的な自分の考えに嫌気が差して舌打ちをする。定石通り動くとすれば、まずはあの城を訪ねてみるべきだが、装備や道具類、そして情報を隈なく探す方が先決か……?
そういえば、ここがRPGの世界なら、ステータスやパラメータの確認方法はあるのだろうか? この世界で命がどういった扱いになるのかまだ分からないが、自身の状況が分からないことには攻略の糸口も見出せない。
「ステータス。……オープン。…………メニュー! 開けゴマ!」
応答なしだ。間抜けな声に反応するものは村人含め誰もいなかった。それはよかったが。少し考えて、心の中で俺の考えるステータス画面を想像してみた。すると、目の前に想像通りの半透明な画面が現れた。……さっきのひと悶着は何だったのだ。全ての項目を確認すべく視線を流していく。お馴染みのHP・MP・攻防力などが示されていて、その数値は平均して70程度だが、何故かMPの値だけがずば抜けて高い。そして、レベル表記はどこにもなかった。空欄になっているが、魔法や特技の欄もある。
最初の町でこれだけの数値があるなら進行に支障はないだろう。レベル表記がないのは多少気掛かりだが、城で話を聞く分には問題ないはずだ。現状、金銭の類もないわけだしな。貧乏なのは現実もゲームも同じか、とため息を吐いて城の方へ足を伸ばす。道中すれ違った村人は、微塵もこちらを気にする素振りがない。石造りの橋を越えて城門の前へ着くと、両側に待機している警備兵がこちらを見て門を開け放った。ふむ、勇者様扱いは気分が良いな。ここで揉めるのもテンポが悪いし、当たり前と言えば当たり前だが。城の中は広々とした造りになっていて、噴水付きの中庭まである。が、手入れが行き届いていないのか、残念ながら表面に苔が生え広がっている。兵士の槍に先導されて、他所を漁る暇なく玉座の間まで直通だった。
王はいかにもな口ひげを携えたひょろ長い男だった。座っているから分かりづらいが、身長は間違いなく二メートルを超えている。その存在感はといえば、先述の違和感ある容貌も相まってホラー映画の巨人じみていた。俺が目の前に立つと、王はくぼんだ眼でこちらを認識し、重そうな髭を動かした。
「おぬしが……勇者か。……この世界は今、魔王の手によって脅かされておる」
「そいつを俺がぶっ倒せばいいんすね」
「左様。魔王の城はここから遥か南西に位置しておる」
「あのー、討伐の前金というか、準備費用みたいなもんは貰えたりするんスかねぇ」
王は無言で頷くと顎で合図をし、出て行った兵士は暫くすると宝箱を抱えて戻って来た。やはり、俺との会話は通じているようで通じていない。それとも、俺が勇者だからちょっとした無礼は見逃して貰えたのか? 宝箱の中には銀貨が何十枚か入ったずた袋と、暗い赤色のマントが入っていた。それらに指で触れると、フッと消えた後に自動で装備され、袋は腰に巻きつく形で収まった。ちょっと暑っ苦しいな。
「さあ行け、勇者よ」
へいへい、行きますよぉ。無感情だからか、なんだか追い払われている気がする。厄介もんはさっさと失敬するかね。
城下へ降り、武器屋を訪ねてみる。鉄と煤の臭い、愛想だけは良さそうな店主のおっさん。それから、壁面や樽の中に武器防具の類が陳列されている。俺が選ぶのは剣だ。やはり、勇者は剣だろう。取り回しも良く、薙ぎ刺しできる形が攻防非常に優れている。多少なら剣術の心得もあるしな。ふと思い立って斧や槌、槍、鎖など手に取ってみるも、装備できない武器種は弾かれるように触ることが出来なかった。鉄の形を変えただけで触れないなんて、どこから線引きをしているのか少し気になるところだ。俺の認識、なのかな? 俺は自分に嘘が吐けない男だから、何にしろシステムに誤認識させるのは無理だが。いや、つまりはこういった性格面もゲーム内に反映されていると見るべきか。それが、職業などの育成傾向に影響を与えているとか。だからと言って、どう出力されるのかは体験してみないと分からないが。
店にある鋼の剣、その中でも歪みが少なく柄が握り易いものを選んだ。残り僅かなお釣りで、道具屋にある薬草と包帯、毒消しの丸薬、水筒を購入した。あのケチ王、物価から考えて金を寄越せよ。武器屋のおっさんがおまけで鞘を付けてくれたのは嬉しい誤算だったが。左腰に鞘を据え、しっかりと固定した。食料もなく大した装備ではないが、長時間移動することを考えると多少重い。体力を浪費しないように休憩しながら次の町を目指そう。村を出ると何処から現れたのか、あの母親設定の女性が見送っていた。足音もなく現れるのは心臓に悪い。
町は森に囲まれてはいるものの、貨物運搬の轍や人間が移動した道が続いていて、遭難の危険性は低いと思われる。舗装こそされていないが、思ったほどガタガタな酷い道ではない。これなら日中かなりの距離を進むことが出来そうだ。三十分、一時間と代わり映えのしない、つまらない道をひたすら歩き続ける。途中で茂みや木の葉を調べてみたが、どうやら実物の植物かそれと同等の組織を持つ物質だと確認できた。ほろ苦い甘さが舌の上で踊っている。あとは、野生動物が確認出来れば盤石なのだが。
舌に残る苦みを吐き出すと、再度歩み始めた俺の三メートルほど前方にある茂みがガサガサと揺れた。腰の刃に手を掛け身構える。草を割って飛び出してきたのは、茶色く滴る粘液の塊。その中央に見える丸い球体には二つ光る眼がある。……スライムが現れたってやつだなこれは。体表をうねらせ、縮んだかと思うとそのまま俺に飛びついて来た。スライムは剣を抜いた俺の手に張り付く。右手にジワリと痛みが広がった。反射的にスライムを振り払おうとする。が、へばりついてなかなか取れない。剣を離し、スライムが腕を昇ってくる前に木へ叩きつける。
「おらよッ」
中心の球体が潰れて粘液が黒く滲むと、粘性を失った液体が溶け落ちる。薄々分かっていたが、この球体が弱点だったようだ。そして、粘液に長い間触れているのは危険だ。少し触れただけの右手が赤くかぶれている。粘液全体で捕食する生態らしい。──ピロッという効果音が頭の中に流れた。ステータス画面を確認すると、新たに〝グル〟と〝薙ぎ払い〟がそれぞれ魔法と特技の欄に追加されている。特技はともかく、魔法は名前だけじゃどんなものか分からないな。手を伸ばし、心の中で魔法の名前を唱えた。全身が仄かに暖かくなる感覚がして、掌から放たれた握り拳ほどの火球が爆ぜ、樹木の表面に焦げ目を付けた。火の攻撃魔法か! 威力は控えめだが、火は貴重だし、狙撃の感覚や速度も十分実戦で使える。なるほど、戦闘などの経験に準じて覚える感じだな。これは儲けたぜ。仕舞ってあった薬草を石ですり潰して、滲んだ汁を右手に塗ると、拾い直した剣を納めて旅路に戻った。
水筒の清潔な水が半分程度になってくると、随分この道にも慣れてきた。空気は澄んでいるし、人間が常日頃通っているだろう道なのだ、そうそう危険度の高い生物が現れることもない。とはいえ、栄養になりそうな生物は未だ姿を見せない。この付近は雑魚スライムが蔓延っているため、小動物の類はヒエラルキー最下層に位置しているのだろう。このまま日暮れまで森を抜けられなければ、いずれはスライムを糧にしなければいけないかもしれない。核の部分を焼けば食えるか……? 食料をケチって買わなかったことに一片の後悔を感じつつも、規則正しく足を動かし続ける。何度目かの欠伸を中断し、見据えたのは丘。この森に入って初めて平坦ならざる道を見つけた心の動きは、俺の足を丘の上まで素早く運ばせた。丘の上から見下ろす先に、次なる人間の営みが並んでいる。俺が出発した村に比べ三倍は面積が大きい。堀と塀に囲まれたその街の中央にある大きな時計塔が、まるで方位磁石の針みたいだ。
丘を駆け下り、草原が香る風を纏いながら塀の真下まで到着した。こう下から見ると意外に高く反り上がっているため、敵国や盗賊が登るとなると骨が折れそうだ。町の出入口は四つ、円状の塀に等間隔で配置された門のみだ。例によって門を潜るのは簡単だった。まず、この街ですることは金稼ぎと情報収集だな。ギルドや職安のようなものが存在すれば良いのだが。案内図などを探して歩いているうちに、中央の時計塔へ辿り着いた。背丈だけで言えば村の城より高い。時計塔内部へ通じる扉の前に、何やら揉めている男どもがいる。
「だァかーらぁ、いつまでもここに張り付いてたってしょうがないでしょ。アタシたちで何とかするしかないのよぉ」
「ぼ、僕は行きたくないっ……トウドウさんは強いからそう言えるんだっ、指輪もない僕たちがこの状況で生き残るなんて無理だよお」
「ばかっ、強さの話じゃないのよ! 先に進まなければ、どのみち死ぬことになるって言ってるのよ。アンタの気持ちはアタシだってよく分かるもの。でも、生きてるうちは進まなきゃダメなのよ」
オネエ様とへっぽこ研究員のスズオが言い争っている。彼ら──彼女ら?もこのゲームの中に吸い込まれていたみたいだ。それにしてもこのオネエ、身長は180センチないくらいだが、輝かんばかりに引き締まった筋肉を、みちみちに引っ張られた白衣の裾から覗かせている。どんな鍛え方をしたらここまで肉が付くのだろう。衣服に覆われているというのに三角筋や、大胸筋、大腿四頭筋の主張が強すぎる。鮮やかなリップを唇に塗っていなければ、俺とて近寄りがたく感じるはずだ。そんな分析をしつつ棒立ちになっている俺に気づいたようで、にこやかな表情に早変わりしたオネエが手を振ってくる。
「あらァ、侵入者ちゃんじゃない! この街じゃ見なかったけど、他のところから来たの?」
「ああ、ここから北の方にある村から歩いて来たぜ。お前らもここに入って来てたんだな」
「そうよ、アタシたちは運よく同じ街に落ちたけれど、飛ばされる場所はランダムみたいね。でも、あともう一人入って来てるはずよン」
てっきりソロプレイのつもりでいたが、四人パーティのRPGらしいな。つまり、難易度もそれに見合ったものに違いない。
「アンタかなり見込みがあるわ、アタシの部下になってほしいくらい」
「俺は研究とかめんどいのは勘弁だな。それに、人間を材料にした悪趣味な図工の授業なんぞ受けたくねえ」
「勘違いしてるようだけど、アタシが入ってからはそンな非人道的な行為は許してないわよ。本当に必要に迫られた際は、とある筋から死刑相当の犯罪者を譲渡してもらっているけれど、アタシはそれも気が進まないわ。偶にカサイ所長が暴走するのは悩みの種ね」
研究所全体がカサイのように狂った思想を掲げているわけではないというのは少し安心だが、危険な団体という評価を崩すほどではない。こいつらの研究存続が危ぶまれれば、容赦なく人間を〝使う〟って事だからな。耳心地のいい言葉を並べたとて、材料にしている犯罪者と同じ穴の狢よ。こちらの表情からそれを読み取ったのか、オネエが申し訳なさそうな顔で手を差し伸べてくる。
「アタシは副所長の東藤、こっちは鈴尾よ。信じられないかもしれないけど、アンタたちのことも無事に送り届けるつもりだったの。研究所に罪があるのは確かよ。でも、だからこそアタシは善い方へ進まなくちゃいけないと思っている」
「まあ、俺は司法の長でも何でもないからな。あんたは話が分かりそうで良かったぜ、一先ず協力ってことで」
彼女の分厚い手を握ると、程よい握力で握り返してくる。潤いのある若々しい皮膚をしているものの、古傷や掌の感触から、数多の修羅場と苦労の道を通り抜けて来たのが分かる。トウドウは信頼できるかもしれない、とそう思わせる説得力がこの手には握られている。
「この世界の事は薄々分かっているみたいだけど、一応、掻い摘んで説明させてもらうわね」
「ああ、頼む」
「ここは〝Ⅰ‐1989〟が生み出すゲームの世界……〝Ⅰ〟って言うのは対象の危険度を表す記号ね。ゲーム機本体や世界転移現象は〝G・O〟とも呼ばれているわ」
「ジーオー」
「ええ。ゲーム起動時に半径十メートル以内の人間とその持ち物を、現実から切り離してゲーム世界へ引き込む。独りでに起動したのはこれが初めてじゃないけれど、確かな条件は掴めていないわ。同現象の確認例が六件中、生還者がいるのは二件。そのどちらも被害者は疲弊した状態で発見された。」
「てことは、この世界での死イコール現実での失踪か。詳細は分からんが生還は可能と」
「そう。事後カウンセリングによると、何日もゲームの世界で冒険していたという証言が得られたわ。失踪時刻とのつじつまが合わないの。これは時間経過に内外差が発生していることを示している」
「なるほど、一日二日過ごしたところで浦島太郎にゃならなそうだな」
「そして、アタシは攻略内容も聞き取り調査している」
でかした、こいつは心強いぜ。このゲームのプロがここに居ンじゃねえか……カンニングだけどよ、ズルとか言ってる余裕はないな。思ったより早く、恋愛相談も出来ねぇガラクタ人形だらけの世界から出られそうだぜ。
「じゃあ、まずどこへ行けばいい」
「そうね、ここから東に5キロほど進んだ場所にある〝魔女の領地〟まで、みんなでピクニックしましょう。この街の管理主曰く、そこには近隣の人々を攫ったり呪いを掛けたりする悪い魔女が住んでるらしいのよ。それを懲らしめて二度と悪さが出来ないようにしてほしいってことよ」
「二度と悪さ出来ないように、ねぇ」
「想像通りよ。魔女が襲い掛かって来て、それを撃破する筋書きみたいね」
こんなフルダイブのRPGで人型のNPCを殺生するというのは、それなりに気分が悪くなりそうだ。容姿と断末魔がなるべく現実離れしているように願いたい。
「ぼ、僕は〝くわれみ坊主〟が見つかるまで、ここを動きたくないっ」
「なんだそりゃ」
「はァ……この街にはないって言ってるでしょ! ンもう、この子ってばこの世界で手に入る身代わりアイテムがないなら、この街を出たくないって言うのよ」
「なら置いてけばいいじゃねえか」
「アタシは副所長であり、この子の属する班長なのよ? 置いて行けるはずがないわっ」
肩書の多いおと……女だ。攻略しないと言うならこの世界に残る選択をしたも同義だ。連れて行ったところで喚かれても癇に障るだけだ。しかし、このトウドウは戦力になる。攻略情報も網羅しているため、脱出後の余力温存を考えても同行は必須か。
「おい、スズオとやら」
肩に手を置き、トーンを落として語り掛ける。
「お前はここにいれば安全と考えているようだが、それは違うぞ」
眼を丸くしているスズオをよそに続ける。
「俺は意外とゲーマーでな、こういったRPGもかなりの数を熟している。その経験によって分かるンだなあ、その考えはデッドエンド直通だ」
「ど、どういうこと、ですか」
「俺らが進むにつれてゲームのイベントフラグが立つ。そうすると、この世界の情勢も変わっていく。通常の時間経過とは違った劇的な変化が訪れるわけだなあ。貿易が始まったり新しい建物が解放されたり、そういったプラスの変化ならいい。だが、それが紛争や襲撃、病気の蔓延、天変地異などマイナスの変化だったらどうする? いかに頑丈な塀が囲んだ街の引きこもりだといっても、容易く回避は出来ない事象だと思うなぁ。いや、メインイベントから離れた街に籠っているからこそ、そういった現象の影響を受け易いとも言えるなぁ。……俺は御免だね、廃墟になった街でお前の亡骸を見つけるのは」
間髪挟ませぬ演説の効果はあったようで、スズオが小刻みに震えだす。いつかのカサイはこいつの性格を真似っこしていたのかもしれない、そっくりだ。暫く青ざめた頭の中で考えてみせると、俺たちに同行することを選択した。スズオは初期から回復魔法〝セル〟を習得している僧侶タイプで、トウドウの方は拳スキルと高い攻防力が売りの戦士タイプだった。癪だが、回復手段はかなり重宝されるだろう。軽い作戦会議の後、三者の所持金を合わせて最低限の道具・装備を購入した。到着時刻の関係もあり、結局街を出たのは翌日になったが、意外にも安宿の寝心地が良好で清々しい気分の旅立ちとなった。
一行の足が街を離れるごとに平原の道は粗悪さを増し、次第に芝生もまばらな荒野然とした風景が辺りを埋め尽くす。魔女の領地と言っていたが、魔女は森の奥地にひっそりと住み着いているものではないのか。それなりの理由があるか、はぐれ者、変わり者の魔女だと考えておくか。先陣を切るトウドウの後ろをスズオがびくびくしながら付いていく。歩きなれていない様子で歩調も呼吸も乱れ切っている。先が思いやられるな。肝心の魔女は未だ痕跡や気配すら認めることが出来ない。仕方ないだろう、一旦作戦会議を兼ねて休憩を取るか。
「トウドウ、宛てなく歩いても消耗するだけだ。目星を付けよう」
「そぉねン、スズオちゃんもかなりくたびれてるみたいだし」
「はぁ……はぁ……お二人が、はぁ……早、歩くのがはやハァ……」
周囲は見通しの良い平地で敵も俺たちも丸見えだ。せめて枯れ木の傍に集まると、魔女の居場所について意見交換を始める。
「ゲームキャラの傾向から考えて、間違った情報を話すことは考えづらい。よほど性格の悪いキャラクターでない限りな、メタ読みだが。その辺、筋はどうなんだ?」
「管理長は人の好さそうな男性だったわ。誤った情報でアタシたちを嵌めるとは考えられない。とすれば、情報の信憑性も保証されるはずね」
「スズオ、てめえは何か気付いたことねえのかよ」
「ええっ僕かい? 僕は、特に……ああ、この先に海があるってことは街の噂で耳にしたかな」
「海ねえ。あったとしてかなり先だろ、魔女には関係ねえな」
荒野は視野の遥か先まで続いている。多少の散歩でオーシャンビューが堪能できるとは思えない。風が吹き始め、砂塵のせいであまり先まで見通せないことも探索難度に拍車を掛けている。この不毛の大地でうかうかしているのはあまりよろしくない。どんな生物が生息しているのかも不明だし、ここまでは運よくエンカウントしなかっただけなのだ。時間を掛ければ掛けるほど、俺たちの生存確率も目減りしていくと考えられる。幸い、街へ帰還するのも然程難しくない距離だ、最も危険な野宿は避けられる。ここは荒野での拠点を決め、そこから徐々に行動範囲を広げていくのが賢明か。目印になりそうなこの枯れ木に、遠目でも分かるよう包帯を巻きつけておくか。少し勿体ないが。
「手がかりもないんだ、ここを基準に探索していこう。いまはそれしかない」
トウドウとスズオも俺の意見に同意した。各自小休止を取った後、まずはギリギリ枯れ木が見える位置で円状に見回ることにした。時間経過によって風圧も静まり、段々と探索もし易くなっていく。尚も荒野自体の様子は変わらない。だが、岩や砂によって形作られる荒野の風景に、幾つかの起伏があることに気付いた。法則はない。しかし、どの方角に視界を向けても2つ3つの盛り上がりがある。岩ではなく、掘ってそのまま埋め立てた感じだ。……もしや、魔女の領地には既に到着しているのかもしれない。そんなことを考え始めた頃、眩暈なのか視界が揺れた。いや、これは実際に地面が揺れているのだ。他二人も同様に顔を見合わせて動揺している。三人の前方にある土砂が噴き上がり、周囲が土煙に覆われて一瞬暗くなる。視界が開けるとともに、荒野を抉って飛び出してきた存在がその姿を現す。さながら広大な大地に生えた一本の豆の木、その先には球状の頭部がキシキシと心地の悪い音を奏でている。実態はこの土地を食い枯らした当事者、気味の悪いまだら模様を身体全体に纏った大きな一匹の芋虫だ。
「ひ、ひぃええぇぇっ」
スズオが素っ頓狂な叫び声を上げ走り出す。ちっぽけな三匹の餌には為す術もなく、逃げの一手を打った一匹に倣う他なかった。芋虫は水しぶきの如く土を巻き上げながら、巨体をうねらせてゆっくりと追って来る。そのサイズゆえ、緩慢な動きでも餌の全力に勝る。何とか樹木の上に避難した餌の所在を知ってか知らずか、勢いそのままで突進してくる。直前で土中へ潜ると、揺れが収まった。かと思えば、揺れはまた近付いてくる。どうやら見失ったわけではないようだ。
「まずい。お前ら飛べっ」
三人が飛び出した直後、大きく開いた口の中へと樹木は消えた。工業用の破砕機よろしく、巨大機械じみた動きで咀嚼する。今が好機だ。駆け寄りながら抜き放った剣で芋虫の腹へ突きを繰り出す。刃は深々と突き刺さり、傷口からは緑色の体液がどっと溢れた。痛みを感じてか芋虫がキリキリと鳴き声を響かせる。体表は土中を進むため厚い皮膚で覆われているが、腹側は幾分か柔らかい様子だ。噛み付いた餌を払うべく、巨大な芋虫が鎌首をもたげてこちらを狙う。まるでビルの谷間に入ったように影が差す。丸々とした樹齢何千年もある霊木のような身体が軋み、攻撃の準備に入った。巨体を活かして、そのまま落下するように突進してくる。飛び退って回避した俺と入れ替わりでトウドウが飛び出し、地面に激突した芋虫へ正拳突きを繰り出した。
「ぬンッ」
拳の威力は芋虫の首元に30センチほどのへこみを作り、衝撃で巨体が地面へと崩れ落ちた。仮想現実内で現実とは物理法則が多少異なり、スキルやステータスの効果が加わっているとは言え、あの極められた肉体を見るとなんだか納得がいってしまいそうだ。とはいえ、芋虫はまだピンピンしている。いくら頑張って外的ダメージを与えようが、この巨体に秘められたHPを削りきるのはかなり時間が掛かるだろう。その前に俺たちが胃の中にドボンだ。小手先の技術が通用する相手でもなし、序盤で相手するべきではないボスキャラなのだろう。とはいえ、追い掛けっこも勝てそうにない。絶体絶命というわけだ。
「らちが明かねえ、なんかねえのかっ……このままチクチク攻撃してても倒せねえぞっ」
「役に立つものも情報もないわン。こんなのが荒野に住み着いてるなんて知らなかったっ」
「うあわわぁっ死にたくないぃっ」
「黙ってろッ」
次に芋虫が三匹の小虫に対して迎撃の構えを取った時、当の小虫らは数多ある隆起した地面の影に息を潜めていた。地面を伝う振動を正確に捉えられる感覚器官があるとはいえ、予想だにしない反撃を受けた動揺でさすがに見失った様子だ。しかし、それも時間の問題だ。芋虫が所構わず周囲を食い荒らし始めたら、矮小な虫けらたちは自らの針で突くような反撃を、ただただ後悔するしかなくなるのだ。芋虫が動作の起こりを見せた瞬間、今度ははっきりと水平方向へ動く足音が聞こえた。
「おらぁーっ、さっさと追ってこいよミミズ野郎っ」
然程間を置かず、迷いない進路を取った芋虫の歩調は苛立ちを孕んでいる。正面からぶつかれば良くて即死、悪くすれば動けなくなったところをじわじわと食い潰される。だが、人間は正直な野生の獣などとは違う。ある面で見れば須らく邪悪な生き物なのだ。芋虫との距離が縮まる前に、荒野へ開いた穴の一つに飛び込む。先ほどから散見された地面の隆起、あれらはあの芋虫が地中へ築いた地下迷宮の入り口だった。平面だけでなく上下の軸も加われば、追跡も容易ではないはず。そのような甘い考えを丁寧に払拭するかの如く地鳴りが聞こえてきた。穴の斜面を素早く滑るようにかなり深くまで潜ってきたが、いつまでも逃げ隠れはできない。地中はむしろ奴の領域だ。それに、振動も迷わずこちらへ近づいてきている。聴覚以外でも獲物を追跡できるに違いない。
「よっっしゃあっ、やってやるぜえっ」
半ば涙目になっての咆哮。しくじれば死んで電子に漂うことになる。身体を強張らせる不要な恐怖や緊張を気迫で吹き飛ばすのは必要な行動だった。その勢いが何処かへ行ってしまわないうちに駆ける、今度は逆方向に。何発もの炎魔法の刃で洞窟の表面を削りながら。ともすれば自分共々生き埋めにしかねない危険な行為だが、信仰してもいない神に都合よく祈りながら地上を目指して進んで行く。なるべく奴の足場を減らすように、自らが巻き添えを食わない塩梅で洞窟を崩す。地上へ到着した時にはかなりの疲労が全身を襲った。
「どうだ、トウドウっ」
駆け付けたトウドウの掌中には小ぶりな瓶が握られていた。その口元には細く千切った布が挿入されている。奴の体力を奪いつつ、俺を追って覗かせた鼻っ面に即席の火炎瓶をぶつける。どうやら材料には消毒用の可燃液を使用したようだ。松明作成用にと選んだのが功を奏したな。小瓶を受け取ると、先程より随分と勢いが弱くなった芋虫の移動音が聞こえてきた。
「ラッキーだな。多少は酸欠んなってるみてえだ」
これで投下のタイミングは図り易くなった。チャンスは一投。次第に近付いてくる気配と失敗への不安が心臓を撫でる。大丈夫、何とかなる。失敗したら逃げればいい。それが可能かは置いておいて。思案の合間にも、うねる荒野の主は一歩ずつ地上に近づく。そして、巨人の指先にも見えるまだら模様が目視で確認できてすぐ、火炎瓶を野球部のエースさながらに放り投げた。地面へ投げるピッチャーなどいないとは思うが。そして、斜め下に開いた洞窟に沿う形で飛んだ瓶は、くるくると回転しながら芋虫の頭部に当たって砕けた。内容液が芋虫の輪郭を這うようにまとわりつき、それを炎が追う形で燃え広がる。投げてすぐさま離れたその穴から、炎上した芋虫が飛び出してきた。速度が付いている分、空気が送られ更に火勢を増す。
「わりぃな、デッドボールだ。俺が悪かった。地獄まで進塁してくれても構わねえ」
芋虫はキシキシ鳴き声を上げながらのたうち回ったあと、しばらくして力なく地へ伏した。まだだ、こういうデカいのは結構しぶといからな。かわいそうだが、命懸けな以上は入念にとどめを刺しておきたい。剣を鞘から引き抜き、芋虫へ近づいていく。どこが致命部か分からないが、頭部付近の器官を破壊しておくか。それとなく振り向くと、間抜け面のスズオに並んでトウドウが顔を覆っている。俺を止めはしないことから、これが必要なことだと理解してくれているようだ。気の進まない足を運んで横たわる芋虫の傍らに立ち、頭部下の柔らかい部位を狙って剣を突き立てた。刃が見えなくなると突如、剣ごと腕が持ち上がった。最後の力を振り絞ったか、それとも急所への刺激に反応したか。いずれにせよ、刺さった剣に振り回される形になっている。手を放せば走って逃げられるか? まだ剣は深く突き刺さって抜けそうにない。
「うおおぉぉとなしくしろおっ」
芋虫の傷口に手を当て、そこへ炎魔法を撃ち込む。何度も、何度も。この場で弱みを見せたなら、死ぬのはそいつの方だ。攻撃の手を緩めるわけにはいかない。ゲームの世界とは言え、眼前で命が冷たい死に抗っている。今にも消えそうなそれを吹き消そうとしているのは俺だ。距離が近過ぎて、魔法の余波が自分の身体にまで伝播する。熱い、痛い、怖い。だが、それをこいつも感じているのだ。何が違うか? 俺はただ、運が良かっただけ。
何発撃っただろうか。既に芋虫は事切れ、自分の手は熱で蒸発寸前の体液に塗れていた。我に返ったのは、あの能天気な電子音が頭の中に響いたからだった。この戦闘により、俺は次の炎魔法〝グラル〟を覚えたようだ。芋虫の亡骸を見ると、淡い光を放って消滅していく途中だった。この世界で死んだら、やはり葬式さえ挙げてもらえないみたいだな。どことなくしんみりした気持ちになっていると、トウドウに肩をポンと叩かれた。
「アンタのおかげでアタシたちは助かった。それだけが事実よン」
トウドウの明るく強い心に照らされた気になって、気恥ずかしさを感じた俺は顔を背けると鼻を鳴らした。余計なお世話だ。俺の命だって懸かっていたんだからイチかバチかで一発やるしかないだろうが。隅っこで未だ震えているスズオを引っ張って来て、俺の治療をするように促した。その間は再度、井戸端会議と洒落込む。
「そういえば、件の攻略情報はそれほど詳細な情報じゃないのか? さっきの芋虫とか、魔女の領地のことも知らないようだし」
「そぉねえ、かなり荒のある情報ではあるわ……ごめんなさい。そこからアタシも考えてみたんだけど、ゲーム自体がアップデートされてるのかもしれないわ」
「アップデートだとぉ?」
「ええ。魔女の領地を目指す以上、あの芋虫と遭遇しないとは考えられないもの。事前に得た情報との差異から、ゲーム自体が膨張している説を思いついたの。まだ確定ではないけれど」
「んなるほどぉ……そりゃあ、あるかもな」
「き、帰還者が手に入れた情報や物品はいずれも、当人にとって高価値と想定されるもので、このゲーム自体がトラップの構造になっているという説もあります。外部から接近した獲物の感情や欲求に反応しているとか、生存者を出すのも次の獲物の釣り餌にするためだとする説が。ど、どれも憶測の域を出ない説だけどもしかしたらこのゲームに意思があるのかもっ……」
ここぞとばかりにスズオがお喋りを始めた。そういうとこだぞ。
「なるほどな。要するに超デカいミミックってとこか」
何を理由に人間を食うのか。俺には食料として以外に考えられないが、取り込んで即消化じゃないところが気に掛かる。待てよ、このゲームどうやって動いてるんだ?
「このゲームのバッテリーはどう供給されてるんだ?」
「勝手に付いて勝手に消えるから分かんないわ。人為的に電源をオンオフすることはできないのよ。電源表示もない世代の媒体だし、外的要因も無効化されるから分解も出来ない。それに、本来収容すべき場所はもっと隔離されているのよ。誰かが移動したのか……これは考えたくないけれど、不明な移動方法があるのかも」
「世界旅行して人間を飲み込むビックリゲーム機かよ。シャレになんねぇ。研究者サマの方でちゃんと捕まえといてくれや」
移動するにも何人か犠牲になるだろうがな。だが、それは俺の考えることではない。人を飲み込んでバッテリー代わりにするのは分かったが、それなら尚のこと即死する仕組みの方がG・O側から見て都合が良い気がする。まさか、人間が苦しむのを見て楽しんでるとか? もし、そうだったら最悪だ。性格の悪いイベントや罠が沢山揃えてあるってことだからな。性格の悪いゲームだってことを念頭に置いておかないといけないかもしれない。先の芋虫も然り、ボスクラスをポンポン出してくるか、即死のトラップを仕掛けてくるか……もっと意地悪い奴の思考を読んで考えるんだ。いつか婆ちゃんが言ってた。「自分の中にいる化け物に聞いてみるんだ」って。常軌を逸した相手との戦い方を教えてくれるのは、人間の内にある狂気だ。いつの間にか治療が終わり、痛みの去った掌の調子を確かめ、装備の点検もしておく。
「さてと、魔女の領地だが、もう到着してるとみた」
「えっ」
二人が目を見合わせる。
「下だよ。魔女ってのは引き籠るもんだろうが」
トウドウがハッと表情を変える。研究所を地下に建設している集団とはいえ、やられる側になると思い当たらないもんだな。あの地面の隆起、芋虫が掘った穴の意味に気付くまで、俺も全く考えなかったわけだが。そもそも、開口部の口径が大きいとはいえ、土のカムフラージュで分かりづらくしてある。攻略情報にも載らなかったことから、アップデートによって地下にお引越しした可能性は大いにある。
「正解よ。引き籠りはご挨拶だけれど」
低く艶っぽい女性の声が辺りに響く。ぎょっとして辺りを見渡すが声の主は見当たらない。
「ようやくキノコの生えた魔女の登場ってかァ」
一同の眼前にローブを纏った二十代後半と思しき女性が現れる。浮遊し、瞬間移動もやってのけたことからこいつが魔女に相違ない。あからさまに魔女っぽい帽子も被ってるしな。まさかこのまま連戦とはやってくれるものだ。
「まずは感謝しましょう。よくぞ、私の領地から醜悪な害虫を駆除してくれた。」




