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透明旅行  作者: 本田遼成
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第一章 旅立ち

なぜ僕が死という選択肢を選んだのか。それは僕が抱えていた劣等感から逃げ出すための手段が死だったからだろう。

幼少の頃から周りより少しだけ勉強が出来た僕は、両親が医者ということもあり、自然と医者を志すようになっていった。

もちろん、本当に医者になりたいなんて思ったことは人生で一度たりともない。

僕は昔から勉強をしなければという使命感に駆られていたからか、自由のある生き方を望んでいた。

医者という仕事にも自由は伴っているのかもしれないけれど、仕事から帰ってくる父や母の姿を見るとそれはそれは過酷な仕事に見え、僕はその仕事に就く勇気をだんだんと失っていった。

そして僕はバックパッカーやファームでの仕事といった、もっと国際性があって、なんというか“自由”があって、視野が広がるような職業を体験したいと思うようになった。

それから高校生になった頃。

僕はあまりクラスにも馴染めず、友達を作ることができなかった。

「こんな生き方は嫌だ」とか「自分なんて」とか思う回数が自然と増えていった。

そんな中で不幸にも学業も振るわなくなっていったのだ。

前だったら中学でクラスで一番は当たり前だったのに、今ではクラスの半分より上に入れたらいい方。

得意教科の数学でさえ、クラスの中では上から数えて五番目の成績だった。

当然、親からのプレッシャーも激しくなる。

両親は僕の成績が悪化したので、僕が怠惰な性格になったのかと思い、激しく叱られた。また、テストの点数を上げるために家庭教師を新たに雇った。

僕からしたらまさしくなんの意味も成さないように思えたが、両親からしたら当たり前の手段だったのかもしれない。

夕食の会話も以前だったら将来について両親が嬉しそうに語ってくれたのに、最近は蔑むような目で見てくる。

とうとう家族すら味方ではなくなってしまった…。

その喪失感と何もできない劣等感が、僕が生きている意味さえも否定しているように感じられたのだ。

そんな中で迎えた高校二年生。

当たり前のように理系を選んだ僕は友達のできないまま日常を過ごした。

今考えればインターネットの中の薄い世界であったとしても、最後の命綱を探して迷い込めばよかったのかもしれない。

でも何にも頼らず生きていこうというプライドだけはあったからそんなことは出来なかった。

だんだんと闇は深くなっていく。

無表情になった僕、食欲がなくなった僕を見た両親は心配して病院へ連れ回した。

けれども薬なんかで治る病ではないことは僕の中では明らかだった。あくまでも僕の中だけだったけれど。

そして迎えた夏休み。

学校ではそろそろ受験だと騒がれ始める。

「このままどうなっちゃうんだろう」

少し痩せた頬と覇気のない眼差しをした僕は、明日が来ることを拒んでいた。

「楽になりたい…」

そういう類いの思いがどんどん高まっていく。

この気持ちが実行されたのが今日である。

この世からの別れ方は色々考えた。

誰にも迷惑を掛けないように、とか、確実に生まれ変われるようにとか…。

その結果、列車に轢かれるという別れ方を選んだ。

そうして晴れて自由の身となれた“はず”であった。

しかしおかしい。

意識があるのだ。

昔の僕がいて、昔の街があって、昔の家がある。

そして魂となった僕は誰も僕の存在に気づいていないことに気が付いた。

「おーーーーーーーーい」

目一杯、喉を少し枯らしながら叫んでみた。

でも返事は返ってこないし、周りの目線はみんなスマートフォンに吸われている。

冷静になろうと思って深呼吸をしてみた。

すると僕は今二つの選択肢の岐路に立っていることに気が付いた。

もう一回身を擲って新しい人生に賭けてみる選択。

そしてもう一つは、霊のままでもいいから生前の夢だったバックパッカーのような旅を楽しむという選択。

亡くなって霊になった瞬間に後者のようなことを思いつくというのは少しおかしいのかもしれない。

普通に考えれば絶対におかしい。

でも僕は生きる勇気を得た今、後者の道を歩んでいくことを決めたのであった。


まずは旅に出る支度である。

金銭と着替えはどこへ行っても必要であろう。

だから僕は霊の姿のまま走って、家の中に貯めてある五万円を取りに行こうと思った。

これは三年間のタンス貯金の賜物である。

僕は最寄駅だと特急列車が通過しなかったから、二駅先の小崎駅を選んだ。

だから小崎駅から最寄駅まで列車を乗って移動し、最寄駅から二十分くらい歩いて自宅へと帰ることにした。

小崎駅から出る普通列車に乗ったけれど、乗客から見られている感じは全くなかった。

それは当たり前かもしれない。

程なくして最寄駅へ着いた。

改札をお金を払わず通るというのは罪悪感が伴ってなんとも言えない気持ちである。

最寄駅の大杉からは明るい一本道を通っていき、フィリピンパブが入っている雑居ビルを曲がって五分程歩くと“昔”僕の抜け殻が住んでいたマンションに着く。

八月のうざったいような蒸し暑さと、路面を反射するネオンに包まれながら僕は家へと辿り着いた。

階段を登っていき、ドアノブを掴んで入ろうとしたが上手く入れない。

なぜか手がすり抜けてしまう。

そこでドアを開けてもらおうと思い、ドアに体当たりしてみた。

物音がすればきっと気付いてもらえるはずだと思ったからだ。

思いきりドアにぶつかったと思ったら、体はすり抜けてすごい勢いで玄関へと投げ込まれた。

でも不思議なことに全く痛くない。

家族は警察からの通報を聞いたのか全員家にいない様子であった。

僕は自分の部屋へと歩いていき、一応の確認として鍵付きのキャビネットの引き出しから五万円を取ろうとしたが、やっぱりダメだった。

普通の霊ならば、感覚がないことにもっと驚くのかもしれないが、ここでも僕の持った冷静さが発揮されたのかもしれない。

旅に出ようと思った僕はとりあえず旧家に別れを告げて成田空港を目指そうと思った。

時刻は午前十時。

亡くなってからおよそ四十分くらいといったところだろうか。

そして歩いて大杉駅へと戻った僕は、複雑な路線図と睨めっこをしながら、おそらくの乗り継ぎ表を頭に思い描いて列車へと乗り込んだ。

ふと車窓を見ると摩天楼と共に煌めく東京の街並みが写りこんできた。

東京の街というのは驚くほどに綺麗である。

でもその綺麗さの裏には僕のような葛藤と劣等感の中で戦っている人が少なからずいるのではないか。

そんなようなことを考えていたら乗換駅へ着いた。

次に乗る列車までは六分近く待ち時間がある。

自動販売機の清涼飲料水を眺めながら、子供の頃に飲んだラムネや缶ジュースを思い出した。

好きだった白ブドウ味の缶ジュースは底にアロエが溜まってしまう。

そんなような思い出を回想すると少し涙が出そうになった。

そうこうするうちに次の列車が到着し、行き先を見ると成田空港と表示されていた。

「これに乗れば海外へ行ける…」

そういったような期待と、死にきれなかった現状とか入り混じって、少しブルーな気持ちになりながらも無事に成田空港へと辿り着いた。

成田空港へは初めてくるわけではない。

以前、海外に住んでいる祖父母が日本へとやってくる際に、迎えに行く時に訪れて以来だ。

あれはおよそ八年前くらいだろう。

空港へ入ると大きな行先案内と到着案内の掲示板があった。

クアラルンプール、ニューヨーク、北京、イスタンブール、シドニー…

それは魅力的な都市ばかりだ。

深夜に発着する便も意外と多く、この時間からでも行ける都市はたくさんあった。

この中で僕は、初めての海外旅行として訪れてみたかった台湾へ行くことにした。

なぜ台湾がいいのか、と疑問に思うかもしれないが、台湾は日本からも近く、割と日本語が通じるみたいである。また、料理も美味しく、夜市は賑やかで映画の舞台にもなった素敵な街並みが広がっているらしい。

あくまでも僕が生前観た動画から得た知識ではあるが。

それと、違う理由としては昔父親が僕に対して、

「お前ともし二人旅をするのならば台湾へ行きたい」

という言葉を思い出したからである。

その時に理由を聞いておけばよかったと今になって後悔してしまう。

そして台北へ向かう便は一時三十分に出発すると表示されている。

F5ゲートと記載されているが、成田空港は広くなかなか見つけられない。

こういう時に空港内を歩いているスタッフに頼ればいいのだが、今の僕はどれだけ話しかけても気付いて貰えない。

やがて歩き回っているとお目当ての搭乗ゲートを見つけられた。

パスポートも金銭もスーツケースさえも持っていない一人旅だけれどちっとも不安ではなかった。

搭乗が始まると機内へと乗り込み、空いている席へと座った。

ここから台北までは四時間程度らしい。

機内で提供されたオレンジジュースが少し美味しそうに見えたが、飲むことは出来なかった。

やがて出発の時刻となると、飛行機は滑走路から離陸し、遥かな空へと飛び出していった。


僕の初めての海外旅行の始まりである。

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