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第3章 壊れかけた友情の温度(02)

 翌朝、雨は止んでいた。

 雲の合間から陽光が差し込み、旧校舎の木床に斑模様の光が広がっている。天井の梁に掛けられた埃っぽいカーテンが、朝の光に透けてゆっくりと揺れていた。

 音楽準備室は、旧校舎の南端に位置していた。普段使われることは少なく、扉の前にはかつて貼られた“立入禁止”の紙が、今では破れかけのまま残されている。

 10時ぴったり。全員が集まった。

 部屋の中には、古い譜面台、楽器ケース、埃をかぶったままのパイプ椅子。そして、中央には一台の小型スピーカーと、紙で覆われた白い箱。

 「……じゃあ、流すよ」

 遼平が慎重に操作を始めると、スピーカーから“あの声”が流れてきた。


《ようこそ、音楽準備室へ。みんな、ちゃんと来たね。えらいぞ》

《この部屋を選んだのは、静かで落ち着ける場所だったから……と言いたいところだけど、本音を言えば、君たちが一番“嫌がる”場所を選んだつもりだ。だって、あのときも、ここでいろいろあっただろう?》

《さて、ここからが課題一つ目だ。タイトルは、『過去を語る』》

《高校時代に抱えていた“最大の後悔”を、それぞれ口にしてもらう。順番は自由。だが、全員が語り終えるまでは、この部屋を出ないこと》

《君たちの中には、“話したくない”と思う者もいるだろう。それでも、“聞く”ことはできるはずだ》

《“言葉にする”ことと、“耳を傾ける”こと――それが、卒業の第一歩だ》


 音声が終わると、部屋には重たい沈黙が広がった。

 「……ほんとに、“先生”だったな、あの人」

 春樹が小さく笑う。

 「じゃあ、誰からいく?」

 将が問いかける。だが、誰も目を合わせない。空気がよどむ。

 「じゃ、あたしから」

 柚羽が、いつもの調子で手を挙げた。だが、声は少しだけ震えていた。

 「高校二年のとき、クラスで騒がしい男子がいたんだ。授業中にふざけたり、私語したり。でも私は“学級委員”だったから、注意した。“ルールは守って”って。何回も、何回も言った」

 彼女は笑っているようで、目はどこか遠くを見ていた。

 「ある日、彼がクラスからいなくなった。“別の学校に行った”って、先生は言った。でも、私、知ってた。彼がクラスで孤立してたこと。誰も彼を“庇わなかった”ってこと。……私も、その一人だった」

 彼女の手が膝の上で震えていた。

 「“正しさ”って、時々すごく冷たい。あのとき、私は“間違ってなかった”と思ってた。でも、“優しさがなかった”って気づいたのは……卒業して、ずっと後のことだった」

 部屋の空気が、ゆっくりと変わっていく。

 「ありがとう、柚羽」

 誰かがそう言った。たぶん、それは亜沙美の声だった。

 「……じゃあ、俺も」

 遼平が小さく手を挙げる。

 「俺、機械いじりが好きで……高校の頃、ほとんどそれしかしてなかった。誰かと関わるのが怖かったんだ。……言葉って、苦手だったから」

 彼は目線を落とす。

 「でも、ある日、誰かが言った。“あいつ、オタクで気持ち悪い”って。それを聞いても、俺は何もできなかった。……自分を守るので精一杯で、誰かに助けを求めることもできなかった。今でも……あの時、もっとちゃんと、話せていればって思ってる」

 その言葉に、何人かが目を伏せた。

 言葉にすることは、確かに痛みを伴う。

 だが、そうして語られた“後悔”は、確かにこの空間を変えていった。


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