表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/45

第3章 壊れかけた友情の温度(00)

 夜の帳が静かに旧校舎を包み始めていた。木製の窓枠の隙間から漏れる外気は、すこし肌寒さを伴っており、そこに春の雨の匂いが混じっている。

 教室の蛍光灯は一部がチカチカと瞬き、何度目かの寿命の兆候を見せていたが、誰も気にする様子はなかった。

 「夕飯……なんとかなるもんだねぇ」

 柚羽が紙皿を眺めながら満足げに言った。

 食事は亜沙美が中心となり、近くのコンビニと町の個人スーパーで調達したものを、簡易的に温めて提供した。から揚げ、おにぎり、野菜スティック、インスタントのスープ。どれも手軽なものばかりだったが、懐かしさも含めてか、不思議と味気なさはなかった。

 「“食べる”って、やっぱり一番簡単な“共有”なんだな」

 春樹が箸を口に運びながら呟いた。

 彼の言葉は、特に誰にというわけではなかったが、何人かがうなずいていた。

 「それにしてもさ、ここ、夜になるとマジで音が響くね。雨の音、ちょっと怖い……」

 柚羽が窓の方に目をやった。雨粒がガラスにぶつかる音が、夜の静けさを強調するように続いていた。

 「……ねえ、覚えてる? 高2のときの“あれ”」

 ぽつりと美紗が言った。

 その声は、まるで一枚だけ古いアルバムから剥がされた写真のように、唐突に、しかし確信を持って差し込まれた。

 「“あれ”って……?」

 「理科室で、夜、停電になって……」

 「ああ、あった!」

 将が笑った。

 「懐中電灯持ってたのが遼平だけで、パニック起きかけたやつな。でも遼平、まさかの乾電池切らしててさ。あのとき、全員で声だけで居場所確認したよな。“右にいます!”とか、“ここにいるよー!”って」

 「……今考えたら、あれって、“信頼してなきゃできない”ことだよね」

 亜沙美の一言に、誰かが「確かに」と呟いた。

 「でも今の俺たち、名前呼ばれても、“そこにいる”って言えないかもしれないな」

 祥太の声は、どこまでも静かだった。

 「……なんで、そうやって水差すかな」

 少し遠くから聞こえてきたその声は、恵梨のものだった。

 彼女は、教室の後方、黒板近くの椅子に腰掛けたまま、足を組んでいた。片手には缶コーヒー。まだ封を開けていないそれを、指先でくるくると回している。

 「なに? せっかく“思い出話”してんのに、“今の俺たちは壊れてます”って言いたいわけ?」

 「そういうつもりじゃ――」

 「じゃあ黙ってれば?」

 言葉が、空気を凍らせる。

 教室に静寂が落ちた。

 祥太は、ほんの少しだけ視線を落とした。その瞬間、柚羽が笑いながら割って入る。

 「はいはーい! ここで“空気を壊さないジョークタイム”入りまーす!」

 「お前……」

 「先生のモノマネするよ? “岸本、ここで黙ってるのは、ちょっともったいないぞー”とか言ってたじゃん。あの言い方、クセ強くてさ」

 その場に、小さな笑いが生まれた。

 それはほんのわずか、ほんの一瞬だったかもしれないが、緊張を和らげるには十分だった。

 恵梨は視線を逸らしたまま、缶のプルタブを開ける音だけを響かせた。

 「……正直、許してないよ」

 その一言が、また空気を張り詰めさせる。

 「私は、今でも思ってる。あのとき、私が“あんな言い方”したのが悪いって言われた。でも、黙ってたあんたたちだって、十分ズルかったよ」

 誰も何も言えなかった。

 それは、確かに“過去”のことだった。でも、それが“終わった”と思えるほどには、誰も成熟していなかった。

 「……でも、まあいいよ」

 恵梨は缶を傾ける。

 「三泊四日なんでしょ? “卒業”するんでしょ? だったら、どこかで一回くらい、“本音”言ってみてもいいかなって思って」

 彼女の視線は、どこにも向いていなかった。けれどその言葉は、しっかりと全員に届いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ