第2章 再会は雨の午後に(02)
「じゃあ、次は俺か……」
ため息混じりに立ち上がったのは、真吾だった。
「藤堂真吾。警察官をしてる。交番勤務。平和で退屈な町で、信号無視と自転車のマナー違反に注意するのが主な業務だ」
言葉の端々に皮肉が混じる。だが、それは自己卑下というより、自分自身との折り合いのつけ方に似ていた。
「高校の時、“正しさ”にこだわりすぎて、何人かとぶつかった。……今は、それを反省してるつもり。でも、職業柄、また“正しさ”に縛られてるって感じもする」
彼は言葉を切って、祥太の方を見た。
「お前とは、またどこかでちゃんと話すよ」
祥太は無言でうなずいた。
「……じゃあ、私が」
椅子から立ち上がったのは、菜穂だった。
「谷口菜穂。保険の営業してる。数字とノルマと、うまくいかない人間関係と戦う日々。……でもまぁ、嫌いじゃない」
彼女は笑ったが、その笑みにもどこか“浅さ”が漂っていた。
「私はね、こういう集まり、あんまり好きじゃないの。だってさ、めんどくさいじゃん。空気読まなきゃいけないし、本音なんてそうそう言えないし。でも……来ちゃった。きっと、それだけは、嘘じゃない」
誰も返す言葉がなかった。ただ、その一言が教室に残る。
最後に立ち上がったのは、雄也だった。
「田島雄也。介護施設で働いてる。身体のケアもだけど、メンタルケアのほうが大事な時もある。……最近、やっとそれがわかってきたところ」
彼はしばし視線を落とし、言葉を選ぶように続けた。
「昔、自分の感情を“正しく処理”するってこと、苦手だった。でも、それを“苦手”だって認めることが、最初の一歩なんだと思う。間違えることを怖がらないように、今はしてる」
静かだった。だが、その静けさには、全員が聞き入る空気があった。
そして、全員が話し終えた瞬間――
誰も言葉を発さなかった。
教室に雨の音だけが戻る。
けれど、その雨音がさっきよりも少しだけ柔らかく聞こえたのは、なぜだろうか。
「……これで、“今の自分”は少しだけ見えたかな」
柚羽が、ぽつりと呟くように言った。
「じゃあ、明日は“昔の自分”だね。……ね、祥太?」
祥太は静かにうなずいた。
坂下先生が仕掛けた“課外授業”は、まだ始まったばかりだった。
だがその午後――
冷たい雨に濡れた校舎の中で、12人の“再会”は、確かに一つの幕を上げた。
(第2章 終/第3章「壊れかけた友情の温度」へ続きます)