第2章 再会は雨の午後に(01)
雨音は止む気配を見せず、むしろそのリズムを刻みながら、旧校舎の天井や木床にしみ込むようだった。時折、風が窓を叩く音がして、そのたびに誰かの視線がそちらへ向く。教室にいる全員が、落ち着かない何かを内に抱えていた。
「……まずはさ、全員、自己紹介でもする?」
柚羽の明るい声が、場の重苦しさを切り裂くように響いた。
「自己紹介?」
恵梨が鼻で笑う。
「高校三年間、顔突き合わせてた連中に、今さら何を紹介するのよ」
「えー、でもさ。仕事とか、今どこ住んでるかとか、誰かと結婚したとかしてないとか! 気にならない? ……っていうか私が気になる!」
柚羽は肩をすくめながら、笑ってみせた。
「いいじゃん、最初のウォームアップとしてさ。ね、順番どうする? あ、じゃんけんとかは嫌なんだけど。負けたら一人芝居しろとか言われそうだし」
「……いいよ、じゃあ俺からで」
不意に声を上げたのは祥太だった。
柚羽も将も、一瞬だけ意外そうな顔をしたが、恵梨は小さく笑った。
「さすが、真面目代表」
祥太は教室の中央に立ち、少しだけ姿勢を正した。
「岸本祥太。都内で編集関係の仕事をしてる。今は……職場を辞めて、休職中。しばらくは地方で暮らそうと思ってる。理由は、まあ、そのうち話すよ」
無駄のない言葉だった。けれど、その最後の一言だけが、彼の中にある“語られていない何か”を匂わせた。
「じゃあ、次は私ね!」
柚羽がすかさずバトンを受け取る。
「朝比奈柚羽。小学校の先生やってるよー。低学年担当。毎日ちびっこと戦ってる感じかな。最近、授業参観で“先生ってかわいい”って子どもに言われたんだけど、お母さんの顔が怖くて震えました。以上!」
「何その情報」
「かわいい子どもって、時々悪魔より怖いんだよ?」
笑い声が、数人から洩れる。わずかだが、確かに「和み」が生まれていた。
「じゃあ、俺」
将が立ち上がる。
「川田将。広告代理店でプランナーしてる。転職三回目、現在フリーランス。彼女募集中、って言ったら引かれますか? ……いや引かないで? 引いたらお前、後で俺の自虐ネタショー見る羽目になるから」
「軽いなぁ」
柚羽が苦笑する。
「ま、俺は“飛び石型”だからな。人生、何となく跳ねながら進んでるって感じ。でも今回の“再会”は、ちょっと足元見たくなった。そういうタイミングなんだろ、多分」
軽口の奥に、一瞬だけ見える真剣さ。将という男は、そういう“狭間”で立っていることが多い。
「次……私でいい?」
静かに立ち上がったのは、亜沙美だった。
「浅井亜沙美。今は、地域支援のNPOで働いてる。子どもやお年寄り、障害を持った方たちの暮らしを支えるのが仕事。直接“手助け”をするというより、一緒に課題を見つけて、一緒に動くって感じかな」
彼女の声には、誠実さがにじんでいた。飾り気のない言葉が、教室の空気をまた少し柔らかくする。
「坂下先生の“再会の場”を整えるの、少しだけ手伝ったの。詳しくは……明日、お話するね」
その言葉には、何かの“布石”のような重さがあった。
次に立ち上がったのは――
「大谷美紗。今は医療関係の事務をしてる。ルーティンだけど、ルールがはっきりしてるのは好き。人との会話は少ないほうがいい」
彼女は一度言葉を切り、そしてもう一度だけ言った。
「再会して、“何か変わる”って期待はしてない。でも、“無駄”って決めつけるのも、今はやめてる。……それだけ」
「潔いなぁ、ほんと」
将がぼそりと呟くが、美紗はそれに反応すら見せなかった。
教室には、まだ数人が残っている。
言葉を選ぶようにして、次に立ったのは遼平だった。
「佐伯遼平……機械修理と、町工場の仕事してます。最近は古い家電とか直して、リサイクルショップに卸したり。あ、趣味は……まあ、PCの組み立てとか、回路いじりとか……」
彼はちら、と祥太を見る。
「こうやって、みんなの前で話すの、久しぶり。……昔は、うまく言えなかったことが多くて。でも、今日は、頑張ってみる」
誰も何も言わなかった。ただ、その静かな決意を、ちゃんと聞いていた。