第16章 答えのない卒業式(01)
春樹の一言を皮切りに、場の空気が少しずつ動き出した。
次にマイクの前へ立ったのは、美紗だった。
「……私は、こういう場は向いてないと思ってた。でも、来てよかった」
彼女は紙を見ずに、まっすぐ前を向いていた。
「“誰かと向き合うこと”が苦手でした。今も、少しはそう。でも、あの三日間で、それが“悪いことじゃない”って知りました。……ありがとう」
それだけ言って、美紗は席に戻った。
拍手はなかった。けれど空気の質がまた少し変わった。
次に立ち上がったのは恵梨。
緊張で声が震えていたが、それでも彼女は言葉を選びながら口を開いた。
「……比べてばっかりだった。誰かと。自分と。でも、あの合宿でようやく気づけた。“同じじゃなくていい”って。……あたし、ちゃんと今、ここにいます」
そう言った彼女の顔は、どこか晴れやかだった。
将は、何も書かず、ただふらりとマイクに近づいた。
「俺さ、たぶん、今もまだ“ちゃんとした大人”じゃないんだと思う」
会場に小さな笑いが広がる。
「でも、それでもいいんじゃね? “ちゃんとしてないまま、誰かを笑わせられる”って、結構すごい気がしてさ。俺はそれで生きてく。……たぶん明日からも、飛び石で」
拍手はない。だけど、何人かが微笑んだ。
真吾は、ゆっくりと歩いて舞台に立った。
「“正しくあること”をずっと信じてきた。でも、その正しさが、誰かの居場所を奪っていたこともあったと、あのとき気づいた」
彼は一度だけ息を整えた。
「……今は、違う。“間違っても戻ってこれる場所”を、誰かと作っていきたいと思ってる。俺も、戻ってこれたから」
短く一礼して、戻った。
次に立ったのは遼平。
彼は、手元に持っていたメモを一切見なかった。
「ぼくは、人と関わるのが苦手だった。今も得意じゃない。でも、苦手でも関われるんだって、今回わかった。……そのことが、ずっとぼくの心を支えてくれてる」
小さな声だったが、その誠実さは会場の奥まで届いていた。
柚羽は、軽やかな足取りでマイクの前に立つと、にっこりと笑った。
「ねえ、卒業式って、やっぱり泣くもんなの?」
誰かがふっと笑った。
「わたし、今日来るまでは、ちょっと構えてた。“感動した顔”しなきゃいけないかなって。でも今は違う。“自然な顔”でいられる。それがすっごくうれしい」
彼女はそう言って、誰に向けるでもなく手を振った。
麻実は短く語った。
「自分のアイデアを、今は外に出せるようになった。……でも、それはあのとき、“描いてもいいよ”って言ってもらえたから。ありがとう。それが、私のスタートでした」
菜穂はためらいながらもマイクに立った。
「……私はいつも、“軽く済ませる”ことに逃げてた。今もまだ癖は抜けないけど、でも、“ちゃんと心が動いた”ことは、忘れないでいたいと思った。それが、わたしの卒業」
雄也は、いつになく言葉を選ばず話した。
「……俺、失敗ばっかだった。でも、あの時間があったから、自分のことを“そのまま受け止めて”生きていこうと思えた。……それだけで十分だった」
亜沙美は、皆の言葉を聞いた後、最後にマイクに立った。
「わたし、ここで皆が話してくれてるこの時間が、すごく好きです。……人と一緒にいることの、意味を考え続けたい。それが、坂下先生の言葉に応えることだと思うから」
そして最後に、祥太がゆっくりと舞台に立つ。
彼の手には、白紙のカードが一枚。
「俺は、たぶんずっと、自分の物語を“書かない側”にいた。でも、今は思ってる。“書いてもいいんだ”って。……だから、この一枚に、俺は“まだ空白のままの未来”を書いていこうと思います」
そう言って、彼はカードを壇上の台に置いた。
その瞬間、どこからともなく、拍手が湧いた。
誰かが促したわけでもなかった。
自然と、会場の誰もが手を叩いていた。
それは、“卒業”ではなかった。
けれど、確かに――“始まり”だった。
(第16章 End)




