第14章 祥太、歩き出す(02)
旧校舎にたどり着いたとき、空は高く晴れていた。
文化祭の看板は手描きだった。温かみのある筆文字で「記憶をつなぐ文化祭」と書かれている。
懐かしい石畳の階段を登りながら、祥太は一歩ごとに過去を追体験していた。
この場所で、誰かとすれ違い、時にすれ違い、そしてまた戻ってきた。
玄関の扉を開けると、少しだけ磨かれた廊下が目に入る。
そこに、あの頃と変わらぬ匂いがあった。
「……やっぱり、来てたか」
その声に振り向くと、そこには将がいた。
ゆるく首にスカーフを巻き、相変わらず軽い足取りで近づいてくる。
「おまえが来てなかったら、今日の企画、半分意味ないと思ってたわ」
「よく言うよ。お前こそ、来るかどうか最後まで読めなかった」
「飛び石的に来るのが俺の美学ってことで」
ふたりは笑いながら、校舎の奥へと歩いた。
続けてやってきたのは柚羽だった。
「きゃー! まさか本当に全員いるとかじゃないよね!?」
そう叫びながら、半分本気で驚いている。
「なにその“奇跡の再集合”テンション」
「だってさ、あれから誰とも連絡取ってなかったのに。なのに会えるとか……運命以外のなに?」
柚羽の言葉に、将が肩をすくめた。
「というか、“先生の仕掛け”がすげぇんだよ。お前、まだ気づいてないかもだけど、来賓リストの名前、全員“坂下推薦”だったらしいぞ」
「え……じゃあ、ほんとに……」
「うん。あの人は、未来の俺たちまで見越してた。まったく、手がかかるよな」
そして、真吾、美紗、恵梨、遼平、麻実、春樹、菜穂、雄也、亜沙美――
奇跡のように、12人が次々と校舎へ戻ってきた。
誰も呼びかけたわけではなかった。
けれど、誰もが“今日ここに行く理由”を持っていた。
旧三年C組の教室は、そのまま残されていた。
机と椅子、黒板、掲示板。
どこか無造作で、どこかやさしい空気が流れている。
そして、教壇の前には、大きな紙が一枚。
そこには、ひとつの問いが書かれていた。
「君は、いま、誰と話したいですか?」
静かに目を落とした祥太は、しばらく黙っていた。
そして、用意してきた12枚の栞の入った袋を取り出し、机の上にそっと置いた。
誰かの席に、そっと滑り込ませる。
春樹の席には「笑顔は、誰かの救いになる」。
美紗には「冷静さと、あたたかさは共存する」。
遼平には「機械も、心を動かせる」。
……一枚一枚、それぞれの“あの日の言葉”を刻んだ。
「なあ祥太。お前自身は、誰と話したい?」
将が、ふと尋ねた。
祥太はその問いに、少しだけ考えたあとで答える。
「……そうだな。今は、自分自身とかな」
「やっぱ真面目だなー。俺なんて“未来の恋人”とか言おうかと思ってたわ」
「そういうとこ、変わらないな」
笑い合いながら、二人は窓の方へ歩いた。
窓から差し込む光が、彼らの影を長く伸ばす。
最後に祥太は、黒板にチョークでそっと書いた。
「またここで会えるように」
その文字は、消されることなく、しばらく教室に残ることになる。
(第14章 End)




