第2章 再会は雨の午後に(00)
窓の外で、雨が降り始めた。
ぽつり、ぽつりと屋根を打つ音は、まるで過去の記憶が静かに呼び起こされるような響きを持っていた。春の雨らしい柔らかな降り方だったが、旧校舎の木材にはそれが染み込むように思えた。
「懐かしいな、この雨の匂い」
春樹がつぶやいた。
教室の隅、古びた椅子に腰かけ、窓の外を見ている。彼の声には、どこかしら過去を懐かしむ響きがあり、それでいて「今」に向き合おうとする静かな意志も感じられた。
「そんなポエム、らしくないね」
その背後から恵梨が毒を落とす。傘もささずに来たらしく、髪が少し湿っている。濡れた髪を無造作にかきあげながら、彼女は床に置かれたリュックからノートを取り出した。
「らしくないことができるのが、大人ってもんじゃない?」
春樹は、にこやかにそう返す。その表情には、若干の寂しさが見え隠れしていた。
一方、教室の中央では、柚羽が腕を組んで立っていた。
「“再会の第一日目”にしては、静かだね。もっとこう、泣いたり喚いたり、感動の再会!みたいなの期待してたんだけど」
「期待しすぎると、失望するわよ」
美紗がさらりと返す。窓際の席で一人、ノートPCを広げて作業をしていたが、指はほとんど動いていない。代わりに彼女の視線は、参加者たちの一挙一動を冷ややかに観察していた。
「でもさ、ここまで来たってことは、みんな“何か”を持ってるってことでしょ?」
亜沙美が、湯気の立つポットを抱えて入ってきた。手には紙コップがいくつも重ねられていて、その一つ一つに丁寧にお茶を注いでいく。
「心だけ持ってこい、って先生は言ったけど……実際、重いよね。“心”ってさ」
「軽いのは、頭か口だけよ」
恵梨の辛辣な言葉に、亜沙美はにっこり笑って返す。
「辛口でも、聞けるってことは、まだ元気ってことだよ」
「ふーん」
恵梨はノートのページをぱらぱらとめくりながら、何事もなかったかのように返した。
やがて、旧校舎に設置された時計が午後五時を告げた。
それと同時に、教室のスピーカーから“あの声”がまた流れてきた。
《こんばんは、みんな。今日からの四日間が、どんな時間になるかは、君たち次第だ》
坂下光太郎の、少しだけしゃがれた声。
《この旧校舎には、私が君たちのために用意した“問い”が三つある。だが、その前に、まずは顔を合わせること、時間を共有すること、空気を思い出すこと。人は、そうして少しずつ、何かを取り戻していくものだから》
スピーカーの音が止まり、静けさが広がる。
誰もが、その場の空気を深く吸い込んでいた。
「……不思議だな。死んだ人間に、こんなにも鼓舞されるなんてさ」
将が教室の後ろから声をかけた。
「俺、実は来る前、“行くだけ時間の無駄だ”って思ってたんだよ。でも、今はちょっとだけ、“またやれるかも”って気になってる。何をやるってわけじゃないけどさ」
「“またやれる”って、何を?」
遼平が小さく問いかけた。
「そうだな……“友達”とか?」
将の言葉に、一瞬だけ空気が凍る。だがそれは、不快さからではなかった。誰もがその言葉を、どこかで待っていたのかもしれない。
「……簡単に“友達”とか言わない方がいい」
祥太が初めて、強めの声を出した。
全員が彼の方を見る。
「それが、どれだけ脆くて、どれだけ残酷か。……俺たちは、あの時、痛いほど知ってるだろ」
教室の窓の外で、雨脚が少しだけ強くなった。
「でも、だからこそ、来たんじゃないの?」
亜沙美が、そっと言葉を重ねた。
「簡単じゃないことを、もう一度“やり直してみる”ために」