第13章 その後の日々:変わらぬものと変わるもの(02)
季節は、秋へと移っていた。
祥太は、都市部の出版社を退職し、地方の図書館に併設された学習支援センターで働き始めていた。
静かな町。海からの風が心地よく、校舎より少し小さな古い建物。
中には本を読む子どもたちと、勉強に向かう高校生の姿。
「話を聞いてほしいだけの子が、けっこういるんです」
そう、所長は言っていた。
祥太は驚かなかった。
自分もかつて、話すことより“ただ隣にいてくれる人”を求めていたから。
彼は、静かに椅子に座り、相談に来た子どもの話を黙って聞く。
時折、短く言葉を返す。
“それでいい”。それが彼のスタンスだった。
ある日、放課後の時間。
中学生の男の子が、ぽつりと訊いてきた。
「先生は、どうしてここにいるの?」
祥太は少し考え、こう答えた。
「俺が昔、“誰かと話せなかった”から。……今はその続きを、してるんだと思う」
男の子は、不思議そうな顔をしたあと、小さく頷いた。
“対話は続いていくもの”――それを教えてくれたのは、仲間たちだった。
事務机の上には、合宿の帰りに撮った一枚の写真が飾られていた。
旧校舎の坂道で、12人が一列に並んで歩く後ろ姿。
夕方の光が、彼らの影を長く引き伸ばしていた。
それぞれの歩幅は少しずつ違っていて、肩と肩の間には適度な距離がある。
けれど、進む方向は――同じだった。
“あのときの記憶”は、誰の生活にも溶け込んでいた。
それは、何か劇的な変化というより、日々の選択の中に滲むような、小さな希望だった。
そして、その希望こそが、彼らを前へ進ませていた。
この章の締めくくりに、柚羽の独白を引用してみよう。
「誰かと会うのに理由なんていらない。
でも、“また会いたい”って思えるのは、きっと、その時間が“ちゃんとしたもの”だったから。
楽しいだけじゃなかったし、辛かったことも多い。
でも、心のどこかに、“あの時間があったこと”が、今の自分を支えてる。
……それって、すごいことだと思う」
12人は再び別々の道を歩き始めていた。
だが、もう誰も“ひとりきり”ではなかった。
(第13章 End)




